記憶の泉~くたびれたおじさんはイケメンアンドロイドと理想郷の夢を見る~

magu

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第一話 波乱は突然に

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ポーン!

チャイムの音が鳴り響いてマイケル・メンゼルは寝そべっていたカウチから起き上がった。
この家に人が来ることは滅多にないからチャイムの音が部屋に響くこと自体がとても珍しい。

「誰だ?」

ぼりぼりと寝癖のついた頭を掻きながらモニターを覗き込み通話ボタンを押す。
『お届け物でーす』
朗らかな声とともにモニターに映ったのはデリバリー専用のロボットだ。
大きな台車型のロボットの前面にはモニターがあり、そこにはニコニコ顔の絵文字が映し出されている。
声は小さな男の子の声だ。
愛嬌たっぷりのロボットは宅配事業やレストランなどでよく見かける一般的な運搬用の物だった。

「はいはい」
マイケルは扉を開く。
「受取の登録をどうぞ!」
元気の良いロボットの声と共にモニターから顔が消えて指のマークが現れる。
言われた通りモニターに親指を押し付けた。
「ありがとうございま~す!お運びします!」
またまた陽気な声で告げるとロボットはキュルキュルと音をさせながら部屋に乗り入れ大きな箱をそこに降ろした。
「まて、デカイな!なんだこれ!」
「毎度あり!またどうぞ!」
ロボットは荷物が大きかろうが小さかろうが関係ございませんと言わんばかりに、定型通りの返事をしてまたキュルキュルと音をさせながら部屋から出ていってしまった。
残されたのはやたらと大きな荷物がひとつ。
四方が1メートル以上はあろうかというサイズである。
マイケルは箱の荷受け伝票に目を走らせる。
差出人の名前を確認すると思わず大きなため息が出てしまった。
荷物の差出人を知っていたからだ。
マイケルはセルを取り出すとメモリーからその人物を呼び出すべくボタンを押した。
プルプルと何度かのコールの後に突然男の大声がセルから飛び出す。
『やあ!僕にお礼の電話なんてわざわざかけてくるとは!君にそんな常識的な了見があったとは驚きだ!!』
キーン、とデジタル音が割れんばかりの大声にマイケルは思わずセルから耳を離した。
男と話すのは数ヶ月ぶりだが、相変わらずなことだ。
電話の相手は暇な人間ではない。だからコールには応対しないだろうと思っていたのに見事に外れてしまった。
留守電に断りの電話を入れて荷物は送り返してやろうと思っていたのだ。

マイケルに荷物を送りつけた張本人は超が付くほどの有名人である。
「ペイトン」
マイケルが呼びかけると男は
『私と君の間でその呼び方は硬いな!もっとフランクにチャールズとかチャーリーとか呼ぶ事を許可しよう!』
そう言われてもマイケルは声色を全く変えずに「ペイトン」と繰り返した。
ファミリーネームを呼んだのは嫌味のつもりだったが彼は気にせずに『相変わらず照れ屋だな!』と的外れな返事をよこした。
男の名前はチャールズ・ペイトン。
この国でも最も大きな企業の一つであるペイトンカンパニーのCEOだ。
つまりは国で1,2を争う大企業の社長である。
天才的な科学物理学者であって、15歳で大学を卒業した常軌を逸する頭脳の持ち主でもある。
彼は大学を卒業し父から会社を継ぐとあっという間にペイトン社を国一番の企業に押し上げた。
宇宙工学と人工知能、人工生体のエキスパートでもある彼は宇宙エネルギー開発における功績で一気に富を拡大させた。
派手で変わり者のセレブとして有名で、様々なメディアを賑わす人物でもある。
年齢はマイケルよりも1つ上の42歳。街の中心部にそびえ立つバカでかいタワービルに居を構えていて、こんな安アパート暮らしの自分とは本来であれば接点などない人物なのだ。
だが何故か彼はマイケルの事を「友人」だと言う。
それには少々込み入った事情があるのだが、今それは問題ではない。
現在の最大の問題は目の前にあるチャールズから贈られた大きな箱である。
「お前からの荷物が今届いた」
『おお!そうか!礼などいらないぞ。私のささやかな贈り物だ。どうだ?気に入ったか?』
「開けてねぇよ」
『ん?まだか?あ~、心配するな”それ”は勝手に出てくるからな』
「は?なんだと?」
訳の分からないことを言う”自称友人”を問いただしているマイケルの後ろで何やらゴソゴソと音がする。
マイケルが怖々と振り向くと、箱の口が大きく開いていて、そこには1人の若い男が立っていた。

「うわぁぁ!!なんだ!?お前いつそこに!?」

まさか箱の中に人が入っているなんて考えもつかなかったマイケルは大声をあげる。
電話の向こうではチャールズが大笑いする声が聞こえていた。

『うわッははは!!驚いたかね?驚いただろう!?安心したまえそれは人ではないっ!』

箱の中に立っている男は若い。20代後半か?中ほどか?とにかく若い男だ。
黒色のウェーブのかかった髪の毛が肩の辺りで切りそろえられている。
顔の掘りは深く眉は濃かった。
大昔、学校の歴史の教科書に載っていた太陽の神アポロンのような容姿の男がそこにいた。

「な、な、なんだ!?なんだ!?」
狼狽えるマイケルを男は静かに緑色の瞳で見つめ「初めまして」と抑揚のない声で言った。



「で?なんだって?これはなんのつもりだって?」
『彩りのない君の生活に少しエキサイティングな変化をつけてやろうと思ったのだよ!いやはや彼はアンドロイドだが、見た目も知能も人と変わらない。むしろ人以上だと断言する!』
チャールズの言葉にマイケルは頭を抱えたくなった。

人型アンドロイド。

先進国で人口が頭打ちになったのは100年ぐらい前のことだ。
人口減少の影響による働き手不足を補うためにロボットが活用されるようになったのもその頃だった。
ロボットの発展は人類滅亡阻止のための急務だった。
車の自動運転ロボット。宅配。配膳。介護。医療。教育。様々な場所に活用されたロボットたちを、より人に近づけようと学者たちが躍起になったのは自然な流れだったのだろう。
そういう労働ロボッドを企業は競争するように開発した。
ロボットに活用される学習型の人工知能は飛躍的に進化し、受け答えは完璧に時にはユーモアすらみせるロボットへと発展していった。
さらに人は彼らに完璧な容姿を与えた。
美しいものに嫌悪感を持つ人間はあまりいない。
それはアンドロイドを人が受け入れやすくするための処置だった。

そうしてアンドロイドはどんどん進化した。
やがて彼らが人の感情を理解するかに思われた時、人は恐怖を覚えたのだ。
人に近く、人より優れ、だが人のように死なない彼らが人に変わり地球を支配する事に。
人間により近いアンドロイド、人は彼らをヒューマノイド等とも呼んだが、ヒューマノイドの制作は国に厳しく規制され管理される事になった。
発展しすぎたAIが人に害をなす事を防ぐため、現在は肉体的なパワーも制限されている。
もちろん人間よりは屈強だが熊などの野生動物には及ばない。
チップは基本的に一世代ごとにリセットされるし構造的寿命を迎えたヒューマノイドの記憶媒体も全消去される。
人型に近いアンドロイドを見かける機会は多少あってもヒューマノイドになると希少性はぐんと高くなってしまう。
殆どのアンドロイドは汎用品で、顔は人間でも下半身が台座に固定されていたり先程の宅配ロボのように車輪が付いていたりするので一目でロボットだとわかる。
例えばマイケルがよく行くマーケットのレジ係の女性型アンドロイドは落ち着いた雰囲気の美人だが、受け答えはパターン化されている上に足がない。そんな彼女でも車が1台は買えるほどの金額を払わねば手に入れることは出来ないのだ。

「私が気に入りませんか?」
青年は無表情にマイケルに問いかけてきた。
「いや。気に入るとか気に入らないとか、そういう問題じゃなくて。だな」
「では何が問題でしょうか?」
とりあえずと椅子を勧めると彼は優雅な動作でそこに腰をかけた。
動きが滑らかで人間にしか見えないのは彼がヒューマノイドの中でもとりわけ優秀な個体である証だった。
それはそうだろう。なにせ彼はあのチャールズ・ペイトンが送ってきたヒューマノイドなのだから。

先ほどのチャールズとの会話を思い出してマイケルは頭が痛くなった。
要領を得ない(わりといつものことである)彼との会話をかいつまんで理解するに、彼はどうやら宇宙ステーションから引き取ったロボットで、そもそもは廃棄予定だったものをチャールズが助けたという事だった。
それをなぜ自分に送ってきたのかという理由については残念ながらさっぱり理解できなかった。
チャールズは天才すぎる故かそれが彼の元々の資質であるのか単に性格の問題か知らないが、とにかく平凡を絵に書いたような男であるマイケルには理解できない行動をとる男なのだった。
「問題とかじゃなくて。ええと、俺が君をもらう理由がないんだよ。チャールズに何か聞いているか?」
「Mr.ペイトンにはマイケル・メンゼルに仕えて世話をしろと。あなたが私の主人になると伺っています」
ヒューマノイドにとって人間の命令は絶対だ。
皮肉なことに彼と話している方がチャールズと話しているより楽に言葉を理解できる。
「ううん、けどなぁ。はっきり言うと、君みたいなヒューマノイドは俺には分不相応だしな・・・」
「不釣り合いかどうか私にはわかりませんが、Mr.ペイトンは貴方がもし私を気に入らず送り返されるのなら」
「なら?」
「私はそのまま廃棄されるそうです」
「はあ!?」
マイケルは思わず眉間にシワを寄せた。
ヒューマノイドは概ね超高級品の部類になる。一般的な一軒家ほどの値段がするのだ。
その彼が簡単に廃棄されるのだろうかと思ったが、なにせチャールズは超がつく大金持ちだ。
彼の金銭的感覚からすればヒューマノイドの一体や二体は惜しくもないのかもしれない。
だがマイケルは目の前にいる青年(ロボットであっても)が廃棄されると聞いて静観できるほど薄情な男ではなかった。
『面倒見が良すぎるのはどうかと思う』
そう自分に警告したのは親友で身内の女の子だが、今はその言葉が身にしみる。

それによく考えてみると彼には食費もかからないし、マイケルに負担になるような事はまったくない。
どころか、彼ほど人間と見分けがつかないヒューマノイドなど一市民が所持したくともできるような代物でもない。
幸いな事にマイケルは一人暮らしだ。家族に迷惑がかかることもないし、近所の目を気にするほど殊勝な性格でもなかった。
これが妙齢の女性型ヒューマノイドならマイケルはもっと困っていただろうが、目の前にいるのは美しいとはいっても男性体である。味気ない一人暮らしは気楽だが孤独でもある。話し相手ぐらいの気持ちで丁度良いのだろう。
富豪のペイトンには痛くも痒くもない出費だろうし、そもそもそのペイトンの頼みでこのヒューマノイドを引き受けるのだからマイケルが引け目を感じる必要は皆無だ。
じっと考え込んだマイケルを急かす事もせずに彼は静かに黙ったまま座っていた。
「まぁ、いいや」
マイケルの言葉に彼は首を傾げる。
「チャールズがやるって言うんだから遠慮する事もないな。廃棄なんて言われたら放っておけないしなぁ。だからここに居ればいい。俺は気が利かないから楽しくはないだろうが」
「ありがとうございます。マスター」
「ここにいるならその呼び方はやめてくれ。俺はマイケルだ。マイク、マイケル、どっちでもいい。で?お前は?名前はあるのか?」
「ホープ。と呼ばれていましたが、貴方が気に入らないなら新しい名前を付けて貰えと」
「ホープ(希望)ね。いい名前だ。変える必要なんてないよ。ところで、頼みがあるんだけど」
「頼みですか?なんなりと」
「もっと気楽に話してほしい」
「気楽に?」
「そう、フランクに。わかる?友達っぽく」
「友達っぽく」
「俺は堅苦しいのは苦手なんだ。その丁寧な言い回しは尻の座りが悪くて仕方ない」
彼。ホープはしばし考えるような仕草をして、それから「わかったよ。マイケル。これでいい?」と言った。
「上出来だ。よろしくな。ホープ」
マイケルが手を差し出すとホープはしばらくその手を見つめそれからそっとマイケルの手を握った。
驚く事に彼の手は人間の手のように暖かった。
「体温があるのか?」
「そう設計されているからね。人間はその方が安らげるんでしょ?こちらこそ宜しくマイケル」

マイケルとホープの同居生活はこうして始まった。

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