記憶の泉~くたびれたおじさんはイケメンアンドロイドと理想郷の夢を見る~

magu

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第二話 家族ごっこ

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「別に服なんていらないのに」
「でもお前は背が高いから、俺の服じゃつんつるてんじゃないか」
ホープがマイケルの家に来てから3週間が経っていた。
身ひとつでやって来たホープの細々とした身の回りの物を買うために二人は近くのモールに買い物に出かける事にしたのだ。
ニコニコと笑うホープは嬉しそうに見える。心から笑っているのかは定かではないが。
モールをうろつく二人は他人から見ればどう見えるだろうか。
親子。それは勘弁してほしい。こんなに大きな子供がいる年齢にはさすがに見られたくないものだ。
叔父と甥、もしくは年の離れた兄弟といったところだろうか。
(けどちっとも似てないからなぁ)
マイケルは隣をのんびりと歩くホープをちらっと見上げてそう思った。
自分には少し大きかった白いシャツも彼が着ると丈が短い。
パンツは何の変哲もない黒いパンツで、彼が元々履いていたものだ。
だがどんな服を着ていても彼の突出した容姿の妨げにはならないらしく、先程からすれ違う人がじろじろとホープに視線を送っている。
彼はそれを感じているのかいないのか、ただ穏やかな顔でマイケルの隣を歩いていた。
よくできたアンドロイドだな、と改めて思う。容姿だけではなく能力の面においても。
彼は家事もできるし何よりも知識が豊富だ。話していて楽なのは彼が物知りだからだけじゃない。
彼は人を不快にさせない術を心得ている。
それは彼のプログラムによるものだと理解しているが、一緒にいて楽なのは大いに助かっている。
「何を着ても様になるってすげぇな」
マイケルが言うとホープは意味がわからないのかただ首を傾げただけだった。

ホープの服を選ぶために店に入って適当に物色していると、あっと言う間にホープは店員に取り囲まれ、そこからはまるでファッションショーだ。
これも似合う、あれも似合いそうと言う店員に「適当に」とお願いしてマイケルはのんびりと待っていれば良かった。
数枚のシャツ、ジャケット、パンツ、靴、一式揃えると結構な金額になったがマイケルは普段金を使わないので貯蓄はある。
チャールズほどではないが一般的な服を買うぐらいの金はどうにかなった。
「ペイトンさんが請求しろ、って言ってたよ」
ホープの言葉にマイケルは首を横に振った。
チャールズの財布事情の心配をした訳ではなく、連絡をした時の彼との会話を思うとげんなりしたからだ。
「いい、べつに。高いもんじゃないし」
「そう?じゃあお言葉に甘えて」
ホープはそう言ってにこりと笑った。その顔がとても人間臭くてマイケルは感心してしまう。
「お前、すごく良く出来てるよな」
「僕が?まぁそりゃあね・・・その為に作られてるしね」
「だろうなぁ・・・。ちょっと見ただけじゃお前がアンドロイドだって絶対気が付かないよな」
「かな?」
「あとはベッドだな」
「え?」
「ベッドだ、買わなきゃな」
「僕は眠らないよ」
ホープはマイケルの家に来てからリビングのソファーで座ったまま朝まで過ごす。マイケルが眠っている間も彼はじっと座っているのだ。
その姿はヒューマノイドと暮らすのが初めてのマイケルには大変奇異なものだった。
人の姿であるならば、人に近い生活を送ってほしい。
単にそれはマイケルのエゴであってホープに必要ないものであることはわかっている。
だがマイケルはヒューマノイドとどう接すれば正しいのかなんて知らない。
なら、自分の常識の範囲で彼を扱わないと仕方ない。同居人が夜もずっとソファーで座っているのは落ち着かない。だから眠らなくてもいいから夜はベッドに入ってもらうつもりだ。
一人暮らしが長くなると人との距離感に迷う。
結果的にマイケルはホープを「家族」のように扱っている。
友達と思うには彼の見た目の年齢が若すぎる。弟に接するような感覚になってしまうのは仕方ない事だ。
「知ってるけど、そういう事じゃない。俺がなんだか落ち着かないんだよ。お前にもプライバシーが必要だと思う。だから部屋に簡単な家具は置かせてくれ」
マイケルの家の空き部屋には今テーブルと椅子があるのみだ。ゲスト用のベッドすらない。
一人になってからマイケルの家に誰かが泊った事がないからだ。

休憩をするためにコーヒースタンドに寄ってコーヒーを注文する。ホープにはミネラルウォーターを頼んでやった。
ホープは食事をしないが水は飲む。
科学的な詳しい事はマイケルにはわからないが水を体内で分解しエネルギーを生み出すのだそうだ。
彼にはそういう動力源があって、水さえあれば殆ど永遠にエネルギーを生み出し続けるという。なんとも便利なものだ。
結局二人はその日、ベッドとホープの服をしまうためのチェストを買った。
家具が揃うとホープの部屋は一気に人が住む部屋になった。
「自分の部屋なんて初めてだ」
そう言ったホープはどことなく嬉しそうだった。


マイケルが仕事に行っている間にホープが部屋を掃除し食事を作るようになった。
別にマイケルが望んだわけじゃないが「仕事を与えられないのは落ち着かない」と彼が言うから好きにさせている。
「おかえり」
と迎えられるのはなんだかくすぐったくて少し嬉しい。
自分はもしかすると寂しかったのかもしれないと気が付いたのはホープがやってきてからだ。
寂しいと感じる事がなくなったのはいつぐらいだろう。
「ただいま」と返事をするのが当たり前になってきてやっと気が付いた。自分は随分と孤独だったのだと。
面倒なことになったとホープが送られてきた時はそう思ったが今はそれなりに楽しいと感じている。
感謝を示せばチャールズがどんな反応をするか手に取るようにわかるので敢えて電話はしていないが、彼からはホープを定期的なメンテナンスに連れてくるようにと言われている。
もうすぐその日がやって来る。別にマイケルはチャールズの事が嫌いではない。
だが彼はとにかく天邪鬼でややこしい男だ。悪い人間ではないがマイケルの手には余る。

週末は食材を買うためにグロサリーに寄る。一人だと最低限のものしか買わないのにホープがいると余計なものを買ってしまう事があるが二人で話をしながら買い物をするのは楽しかった。
「これ。マイケル好きでしょ」
ホープが手に持つのは確かにマイケルがいつも買うハムだった。
「よく覚えてるなぁ」
「忘れないよ。全部」
ホープが笑って言う。彼の脳は人間より遥かにたくさんの事を記憶できるのだろう。
ネットにだって繋がってどんな答えも瞬時に導き出してくれさえする。
「忘れない。か・・・それって疲れない?」
忘れる事ができる方が楽なことも世の中にはたくさんある。マイケルはそれをいやと言う程知っているからそう尋ねた。
「忘れた事がないから、わからない」
ホープはそう答えて微笑む。
その顔にマイケルは首を傾げた。
時々ホープは機械らしくない表情をする。憂いているような、切ないようなそういう顔。
おや?と思った時にはもうホープはいつものように穏やかに微笑んでいた。
彼は泣くことも怒る事もきっとない。平坦で平穏だ。けれど時折妙に人間臭くなる。
ホープは目にかかった髪を手でかき上げた。
「なぁ。髪切ってやろうか?」
「え?」
「邪魔なのかなって、よくそうやって手で払ってるだろう?」
マイケルが大袈裟にホープの真似をするとホープは目を丸くする。
ほら。こういう表情も。これがホープを人のように見せている要因なのだ。
果たしてこれも彼のプログラムなのだろうか。
「切りたい?」
マイケルがもう一度尋ねるとホープは目をぱちぱちと瞬かせる。
「僕にどうしたいか聞いてるの?」
「お前の髪だもん」
「マイケルは、伸ばさないよね?短いのが好き?」
「俺は無精だから。手入れできないし、仕事の邪魔だしな」
「似合うかな?短いの」
「お前の顔で似合わない髪型なんてないだろ」
言うとホープはしばらく黙って「マイケルが切ってくれるなら切ろうかな」と言った。
そっか。と返すと彼は嬉しそうに笑う。
その顔が随分幼く見えて、子供がいたらこんなふうだったかもなんて思う。
「疲れたなぁ」
とマイケルが言うと「抱っこしてあげようか?」と言うから謹んで辞退した。
時々ホープは面白いことを言う。ユーモアのセンスもあるらしい。
博識である彼のそういうところをマイケルは好ましく思っていた。

可愛い奴だな。

そう思うから。
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