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第五話 知りたがりの理由
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マイケルは本人が言った通りセキリュティ会社に努めている。
だが今は現役を引退していて若い人たちに教える教官のようなものらしい。
朝に出かけて夕方に帰る。帰って来る時間帯もほぼ決まっている。
帰ってきて夕食、風呂。少しTVでニュースをチェックして就寝というのが彼の生活パターンだ。
土日は休みで気が向けばホープと出かける。出かけない日は家で過ごす。映画を見るか、読書をするかだ。
そういう正確なサイクルでマイケルは生活をしている。
家に誰かが遊びに来たことはホープがここに来てからない。それが少し気になって
「俺がいるから?」
と尋ねたら
「元々だ」とマイケルは言った。
そんなマイケルの家のインターホンが鳴ったのはホープがマイケルと住み始めて半年経った頃だった。
「誰かと約束が?」
「ない。けど俺の家に来る奴はアイツしかいない。以前話したろ?腕の良い後輩だよ」
「今チャールズの護衛をしているって言ってた人?」
「そう。早く出ないとうるせぇぞ、俺は着替えてくるから、頼む」
今はまだ午前中。休みだけあってマイケルはまだ部屋着のままだった。
ホープはマイケルの代わりに玄関の扉を開いた。
「おそい!レディを待たせるなんて無作法ねマイク!ってあれ?貴方誰よ」
「えっと。俺は、あの同居人で」
「玄関先で大声を出すのは止めろよ。エミ。ホープ、こいつはエミリア。エミリア、こいつはホープだ。説明は後で、とにかく入れよ。お前がそろそろ来る頃だろうと思ってた」
マイケルが後ろからやってきて手早く二人を紹介するとエミリアはちらりとホープを見てから部屋に入った。
ホープもマイケルとエミリアを追って部屋に入る。
「ちょっとマイク。同居人ができたなんて聞いてないんだけど」
「だってお前ずっと出張中だっただろう?会ったら言うつもりだったんだよ」
「そうよ!すっごく大変だったんだから!だから一緒に来てほしいって言ったのに!」
「俺はもう現場に出ないって言っただろ?エミ、コーヒー?紅茶?どっちがいい?」
「コーヒーちょうだい」
エミリアの言葉に軽く頷き、コーヒーメーカーに向かうマイケルに「俺がするから」とホープは言って引き止める。
「そうか?」
「うん、貴方はいつものでいい?」
「頼む」
マイケルのコーヒーはいつも同じ。薄め、ミルクなし、砂糖ありだ。
コーヒーメーカーを準備するホープを見やってエミリアは「で?誰なの?あの子は」とマイケルに詰め寄った。
「親戚?って感じじゃないし、どっかで拾ったの?」
「拾ってねぇよ、犬猫じゃあるまいし。ホープはチャールズから送られてきたアンドロイドだよ」
「アンドロイドぉ!?」
「よろしく、ミズ・エミリア」
「よく出来てるわね、人にしか見えないわ。ヒューマノイドってやつかしら?」
「えぇ。そうです」
「色々あって、今はここで俺と暮らしてるんだよ」
「チャールズがどうして貴方にこんな高価な贈り物をするのよ。貴方の生活能力の心配でもしたの?それとも気まぐれ?」
「気まぐれだろ、あいつは変わりもんだしな」
「それは否定しない」
エミリアはきっぱり言ってホープに目を向けるとにっこりと笑った。笑ったけれどホープを警戒しているのか視線が鋭い。
マイケルが言った通り美人だ。そして気が強いのも本当だろう。
「しかしすごいわね、この子。私も時々ヒューマノイドとは会うけど彼はパーフェクトね。人にしか見えない」
エミリアにコーヒーの入ったカップを手渡すと、マイケルのコーヒーは彼の前のテーブルにトンと置いてホープはマイケルの隣に座った。
エミリアが興味深そうにホープを見ている。
「で、今日はどうした?」
「あら、やだ。お土産があったんだった。ロスに行ってたから。ほら有名なカップケーキの店があってね。だから買ってきた」
「おお!すげぇな」
エミリアの差し出した箱をマイケルは嬉しそうに覗き込んだ。
「マイケル。エミリアはマイケルの友達?」
ホープは二人の仲の良さがどうしても普通の同僚とは思えずにそう尋ねた。
「それとも。恋人?」
言った途端にエミリアがぶっと吹き出す。
「やだ、何?それヤキモチ?すごい高性能ねぇ」
「いや、ヤキモチとかじゃねえだろ・・・。ホープは知りたがりなのさ」
マイケルがそう言った。
「知りたがり?アンドロイドなのに珍しい。まぁいいわ。恋人じゃないわよ。友達は友達だけど。私は彼の妹よ」
「義理の。だ」
ホープの中で情報が駆け巡る。義理の妹という関連性が示すのは弟の伴侶。もしくは自身の伴侶の妹、である。
「彼に言ってないの?ローズのこと」
エミリアの言葉にマイケルは目を伏せた。
「言っていない」
その口調は切り捨てるようにきっぱりと響いた。エミリアは「そう」と言ったまま黙って、けれどマイケルが口を開かないのを察するとホープに言葉を向けた。
「マイクは私の姉の夫なのよ。姉は随分前に亡くなったの。だから私は正しく彼の義妹ってわけ。私もマイクと同じ会社にいる。元部下でもあるのよ」
「そう」
ホープの”知りたい”欲求は萎んでいた。
マイケルは今までそんな話をしなかった。ホープにする必要がなかったからだろう。
妻を亡くす。それは彼にとって辛い記憶だ。その辛さをマイケルはホープと共有しなかった。
まだたった数ヶ月しか経っていない。だからかもしれない。
だがそうではなくホープがそれを理解しないとマイケルが思っているのならそれはとても”寂しい”と思う。
チクリ、と胸に何かが刺さったような気がした。思わずその部分を手で押さえるものの、それは僅かな感覚ですぐになくなった。
「ねぇこれ新作なんだって。マイク、貴方ギトギトに甘いやつが好きでしょ?」
彼女は朗らかにマイケルに話しかけている。
「どうせ甘いもん食うなら徹底的に甘い方がいいってだけだ」とマイケルも常と変わらぬ声で答えている。
ローズってどんなひと?
そう尋ねたい。
どうして部屋に一枚も彼女の写真を置かないの?
それが気になる。
でもきっと尋ねてはいけないのだ。
「マイケル。コーヒー、おかわりは?」
だから何も知らないふりをしてそう尋ねる。
「あぁ、頼むよ」
マイケルも変わらない様子で頷く。「私もお願い」エミリアの差し出したカップを受け取ってホープはキッチンに向かう。
マイケルといると”楽しい”
マイケルを知っていく事が”嬉しい”
けれど今はそれよりも大きなずしりとした嫌なものがホープを満たしている。
”寂しい”
マイケルが自分を頼ってくれない事が。
とても寂しかった。
「ねぇ、駅まで送ってよ」
その後もエミリアは世間話をしたりチャールズの愚痴を散々マイケルに話していた。
昼どきになってデリバリーのピザを注文し、帰ると言い出しのは夕方だった。
「いつも勝手に帰るだろ」
「なによ、ホープに送ってほしいのよ。か弱い美女が暗い中、駅まで歩くなんて物騒じゃないの」
「まだ暗いってほど暗くないし。お前は全然か弱くないけどな。しょうがないな。ホープ頼めるか?」
「もちろんだよ」
今日一日二人を見ていたが、二人は本当の兄妹のように仲が良い。
マイケルはエミリアを大切に思っているのだな、とそう感じていた。
季節は秋になりかけている。
肌寒くはないが、夕方になると日中よりも随分と涼しい。温度の変化はホープに理解できるが、暑いとか寒いという感覚はホープにはない。ただ体内にあるセンサーが季節の温度の変化をホープに知らしめてくれる。
「寒くない?エミリア」
「全然だいじょうぶよ」
エミリアは笑って言い、2人はゆっくりと駅までの道を歩いた。
「ねぇ。あなたすごく知りたいって顔してるわよね」
「え?」
「好奇心が旺盛なの?それともマイケルのことだからそんなに気になるの?どっち?」
ホープは返答に困った。マイケルを知りたいと思う”欲”は日増しに大きくなっていく一方だ。
そしてマイケルの考えていることが知りたい。
マイケルのことを気にするのはホープにとって当たり前のことだ。
彼はホープのマスターで、家族だから。
でもマイケルが望まないなら知らないままでも良いような気もする。言わなかったということは、彼は自分に話したくなかったのだろう。
そう言うとエミリアは驚き目を丸くした。
「なるほどね、さすがチャールズが送ってきただけあって一筋縄じゃいかないのね。貴方は」
「どういう意味?」
「いいのいいの。あのね。マイクが姉の事を貴方に言わなかったのは、貴方を信頼していないとかそういう事じゃないのよ」
「そう、なの?よくわからない・・・」
「あの人、まだ立ち直っていないのよ。だから人に話すのが難しいのよ。姉は突然の事故で死んだから、マイクはそれを受け入れ切れていないのだと思うわ」
「僕はマイケルが結婚してたなんて知らなかった。なんの痕跡もなかったし」
「でしょうね。姉が死んでからマイクは一時抜け殻みたいになっちゃってね。引っ越す時に辛いからって姉の物を何も持ち出さなかったの。それは私が保管してる」
「そうだったんだね」
「まぁ今は随分穏やかな暮らしをしてるし、安定してるわ。もう心配ないかもと思ってるけどついつい様子を見に来ちゃうのよ。癖みたいなもんね」
「貴女、マイケルのことが好きなんだね?」
エミリアはその言葉に立ち止まってホープをじっと見つめてきた。
「あの人は出会った時から姉の夫だったから。私は彼にとってはずっと妹なのよ。でもね。妹っていうのは永遠に変わらない関係でいられるから、私はそれでいいのよ」
ホープは唇に指を当ててじっと考え込んだ。人間の”愛”の示し方はとても複雑だ。彼女は愛しているけど欲していないのだろうか。
違う。彼女はマイケルを愛しているが自分と彼が”そうなるべきではない”と思っているのだ。
「とても難しいね」
ホープの言葉にエミリアは笑った。
「まさか!簡単なことよ。貴方にだってきっと理解できるわよ」
駅の入口が見えてきた。
「ねぇ貴方、マイクを愛しちゃってるんじゃない?」
エミリアは立ち止まって悪戯な表情でホープの顔を覗き込む。
「わからない。僕は人間じゃないから。愛するってことがよくわからないんだよ」
「でも、マイクと離れたくないって顔しているわよ、全部知りたい!って顔してるし。私に嫉妬していた。違う?」
「でも、僕は知らないんだ」
「困ったわね。複雑ね」
「さっきは簡単って言わなかった?」
「そうよ。方向が決まれば簡単なのよ。そうでしょう?右に行くか左に行くか、進むか止まるか。それが決まれば足を出すだけなのよ、複雑なのはそれまでよ。自分で複雑にしているだけよ。そういうものでしょう?」
「貴方はもう決まってるってこと?」
「そう。私はここでいいの。この場所が気に入ってるのよ。さ、着いたわ。ありがとうホープ」
「・・・どういたしまして」
「私、貴方がマイクと一緒にいることに賛成よ。あの人は一人で生きるべきじゃない。けどマイクは簡単に人を寄せ付けないから。貴方ならマイクを一人にしないでしょう?」
「うん、しない」
ホープは死なない。老いない。だからマイケルがホープと居る限り一人になる事はない。
「貴方とは良い友達になれそうだわ。また遊びに来ていい?」
「ぜひ。マイケルも喜ぶよ」
「知ってる。マイクを頼むわね。あの人本当は寂しがりなのよ」
エミリアは笑って地下鉄の駅の階段を足早に降りていった。
『貴方、マイクを愛しちゃってるんじゃない?』
エミリアの声が残る。
愛してる?これが?
だからマイケルがホープに言っていなかった真実に胸が傷んだのだろうか。
リアがホープに対して抱いた愛もこんなふうに痛みを伴うものだったのだろうか。
「愛してる」
わからなかった。愛はもっとワクワクして楽しいだけのものだと思っていた。
とにかく早く家に帰りたかった。
マイケルの傍でマイケルの声を聞いて、それから今度行こうと言っていた水族館の話しをしたい。
ホープは足早に家路を急ぐ。
走り出しそうな足を抑えて、来た道を戻っていった。
だが今は現役を引退していて若い人たちに教える教官のようなものらしい。
朝に出かけて夕方に帰る。帰って来る時間帯もほぼ決まっている。
帰ってきて夕食、風呂。少しTVでニュースをチェックして就寝というのが彼の生活パターンだ。
土日は休みで気が向けばホープと出かける。出かけない日は家で過ごす。映画を見るか、読書をするかだ。
そういう正確なサイクルでマイケルは生活をしている。
家に誰かが遊びに来たことはホープがここに来てからない。それが少し気になって
「俺がいるから?」
と尋ねたら
「元々だ」とマイケルは言った。
そんなマイケルの家のインターホンが鳴ったのはホープがマイケルと住み始めて半年経った頃だった。
「誰かと約束が?」
「ない。けど俺の家に来る奴はアイツしかいない。以前話したろ?腕の良い後輩だよ」
「今チャールズの護衛をしているって言ってた人?」
「そう。早く出ないとうるせぇぞ、俺は着替えてくるから、頼む」
今はまだ午前中。休みだけあってマイケルはまだ部屋着のままだった。
ホープはマイケルの代わりに玄関の扉を開いた。
「おそい!レディを待たせるなんて無作法ねマイク!ってあれ?貴方誰よ」
「えっと。俺は、あの同居人で」
「玄関先で大声を出すのは止めろよ。エミ。ホープ、こいつはエミリア。エミリア、こいつはホープだ。説明は後で、とにかく入れよ。お前がそろそろ来る頃だろうと思ってた」
マイケルが後ろからやってきて手早く二人を紹介するとエミリアはちらりとホープを見てから部屋に入った。
ホープもマイケルとエミリアを追って部屋に入る。
「ちょっとマイク。同居人ができたなんて聞いてないんだけど」
「だってお前ずっと出張中だっただろう?会ったら言うつもりだったんだよ」
「そうよ!すっごく大変だったんだから!だから一緒に来てほしいって言ったのに!」
「俺はもう現場に出ないって言っただろ?エミ、コーヒー?紅茶?どっちがいい?」
「コーヒーちょうだい」
エミリアの言葉に軽く頷き、コーヒーメーカーに向かうマイケルに「俺がするから」とホープは言って引き止める。
「そうか?」
「うん、貴方はいつものでいい?」
「頼む」
マイケルのコーヒーはいつも同じ。薄め、ミルクなし、砂糖ありだ。
コーヒーメーカーを準備するホープを見やってエミリアは「で?誰なの?あの子は」とマイケルに詰め寄った。
「親戚?って感じじゃないし、どっかで拾ったの?」
「拾ってねぇよ、犬猫じゃあるまいし。ホープはチャールズから送られてきたアンドロイドだよ」
「アンドロイドぉ!?」
「よろしく、ミズ・エミリア」
「よく出来てるわね、人にしか見えないわ。ヒューマノイドってやつかしら?」
「えぇ。そうです」
「色々あって、今はここで俺と暮らしてるんだよ」
「チャールズがどうして貴方にこんな高価な贈り物をするのよ。貴方の生活能力の心配でもしたの?それとも気まぐれ?」
「気まぐれだろ、あいつは変わりもんだしな」
「それは否定しない」
エミリアはきっぱり言ってホープに目を向けるとにっこりと笑った。笑ったけれどホープを警戒しているのか視線が鋭い。
マイケルが言った通り美人だ。そして気が強いのも本当だろう。
「しかしすごいわね、この子。私も時々ヒューマノイドとは会うけど彼はパーフェクトね。人にしか見えない」
エミリアにコーヒーの入ったカップを手渡すと、マイケルのコーヒーは彼の前のテーブルにトンと置いてホープはマイケルの隣に座った。
エミリアが興味深そうにホープを見ている。
「で、今日はどうした?」
「あら、やだ。お土産があったんだった。ロスに行ってたから。ほら有名なカップケーキの店があってね。だから買ってきた」
「おお!すげぇな」
エミリアの差し出した箱をマイケルは嬉しそうに覗き込んだ。
「マイケル。エミリアはマイケルの友達?」
ホープは二人の仲の良さがどうしても普通の同僚とは思えずにそう尋ねた。
「それとも。恋人?」
言った途端にエミリアがぶっと吹き出す。
「やだ、何?それヤキモチ?すごい高性能ねぇ」
「いや、ヤキモチとかじゃねえだろ・・・。ホープは知りたがりなのさ」
マイケルがそう言った。
「知りたがり?アンドロイドなのに珍しい。まぁいいわ。恋人じゃないわよ。友達は友達だけど。私は彼の妹よ」
「義理の。だ」
ホープの中で情報が駆け巡る。義理の妹という関連性が示すのは弟の伴侶。もしくは自身の伴侶の妹、である。
「彼に言ってないの?ローズのこと」
エミリアの言葉にマイケルは目を伏せた。
「言っていない」
その口調は切り捨てるようにきっぱりと響いた。エミリアは「そう」と言ったまま黙って、けれどマイケルが口を開かないのを察するとホープに言葉を向けた。
「マイクは私の姉の夫なのよ。姉は随分前に亡くなったの。だから私は正しく彼の義妹ってわけ。私もマイクと同じ会社にいる。元部下でもあるのよ」
「そう」
ホープの”知りたい”欲求は萎んでいた。
マイケルは今までそんな話をしなかった。ホープにする必要がなかったからだろう。
妻を亡くす。それは彼にとって辛い記憶だ。その辛さをマイケルはホープと共有しなかった。
まだたった数ヶ月しか経っていない。だからかもしれない。
だがそうではなくホープがそれを理解しないとマイケルが思っているのならそれはとても”寂しい”と思う。
チクリ、と胸に何かが刺さったような気がした。思わずその部分を手で押さえるものの、それは僅かな感覚ですぐになくなった。
「ねぇこれ新作なんだって。マイク、貴方ギトギトに甘いやつが好きでしょ?」
彼女は朗らかにマイケルに話しかけている。
「どうせ甘いもん食うなら徹底的に甘い方がいいってだけだ」とマイケルも常と変わらぬ声で答えている。
ローズってどんなひと?
そう尋ねたい。
どうして部屋に一枚も彼女の写真を置かないの?
それが気になる。
でもきっと尋ねてはいけないのだ。
「マイケル。コーヒー、おかわりは?」
だから何も知らないふりをしてそう尋ねる。
「あぁ、頼むよ」
マイケルも変わらない様子で頷く。「私もお願い」エミリアの差し出したカップを受け取ってホープはキッチンに向かう。
マイケルといると”楽しい”
マイケルを知っていく事が”嬉しい”
けれど今はそれよりも大きなずしりとした嫌なものがホープを満たしている。
”寂しい”
マイケルが自分を頼ってくれない事が。
とても寂しかった。
「ねぇ、駅まで送ってよ」
その後もエミリアは世間話をしたりチャールズの愚痴を散々マイケルに話していた。
昼どきになってデリバリーのピザを注文し、帰ると言い出しのは夕方だった。
「いつも勝手に帰るだろ」
「なによ、ホープに送ってほしいのよ。か弱い美女が暗い中、駅まで歩くなんて物騒じゃないの」
「まだ暗いってほど暗くないし。お前は全然か弱くないけどな。しょうがないな。ホープ頼めるか?」
「もちろんだよ」
今日一日二人を見ていたが、二人は本当の兄妹のように仲が良い。
マイケルはエミリアを大切に思っているのだな、とそう感じていた。
季節は秋になりかけている。
肌寒くはないが、夕方になると日中よりも随分と涼しい。温度の変化はホープに理解できるが、暑いとか寒いという感覚はホープにはない。ただ体内にあるセンサーが季節の温度の変化をホープに知らしめてくれる。
「寒くない?エミリア」
「全然だいじょうぶよ」
エミリアは笑って言い、2人はゆっくりと駅までの道を歩いた。
「ねぇ。あなたすごく知りたいって顔してるわよね」
「え?」
「好奇心が旺盛なの?それともマイケルのことだからそんなに気になるの?どっち?」
ホープは返答に困った。マイケルを知りたいと思う”欲”は日増しに大きくなっていく一方だ。
そしてマイケルの考えていることが知りたい。
マイケルのことを気にするのはホープにとって当たり前のことだ。
彼はホープのマスターで、家族だから。
でもマイケルが望まないなら知らないままでも良いような気もする。言わなかったということは、彼は自分に話したくなかったのだろう。
そう言うとエミリアは驚き目を丸くした。
「なるほどね、さすがチャールズが送ってきただけあって一筋縄じゃいかないのね。貴方は」
「どういう意味?」
「いいのいいの。あのね。マイクが姉の事を貴方に言わなかったのは、貴方を信頼していないとかそういう事じゃないのよ」
「そう、なの?よくわからない・・・」
「あの人、まだ立ち直っていないのよ。だから人に話すのが難しいのよ。姉は突然の事故で死んだから、マイクはそれを受け入れ切れていないのだと思うわ」
「僕はマイケルが結婚してたなんて知らなかった。なんの痕跡もなかったし」
「でしょうね。姉が死んでからマイクは一時抜け殻みたいになっちゃってね。引っ越す時に辛いからって姉の物を何も持ち出さなかったの。それは私が保管してる」
「そうだったんだね」
「まぁ今は随分穏やかな暮らしをしてるし、安定してるわ。もう心配ないかもと思ってるけどついつい様子を見に来ちゃうのよ。癖みたいなもんね」
「貴女、マイケルのことが好きなんだね?」
エミリアはその言葉に立ち止まってホープをじっと見つめてきた。
「あの人は出会った時から姉の夫だったから。私は彼にとってはずっと妹なのよ。でもね。妹っていうのは永遠に変わらない関係でいられるから、私はそれでいいのよ」
ホープは唇に指を当ててじっと考え込んだ。人間の”愛”の示し方はとても複雑だ。彼女は愛しているけど欲していないのだろうか。
違う。彼女はマイケルを愛しているが自分と彼が”そうなるべきではない”と思っているのだ。
「とても難しいね」
ホープの言葉にエミリアは笑った。
「まさか!簡単なことよ。貴方にだってきっと理解できるわよ」
駅の入口が見えてきた。
「ねぇ貴方、マイクを愛しちゃってるんじゃない?」
エミリアは立ち止まって悪戯な表情でホープの顔を覗き込む。
「わからない。僕は人間じゃないから。愛するってことがよくわからないんだよ」
「でも、マイクと離れたくないって顔しているわよ、全部知りたい!って顔してるし。私に嫉妬していた。違う?」
「でも、僕は知らないんだ」
「困ったわね。複雑ね」
「さっきは簡単って言わなかった?」
「そうよ。方向が決まれば簡単なのよ。そうでしょう?右に行くか左に行くか、進むか止まるか。それが決まれば足を出すだけなのよ、複雑なのはそれまでよ。自分で複雑にしているだけよ。そういうものでしょう?」
「貴方はもう決まってるってこと?」
「そう。私はここでいいの。この場所が気に入ってるのよ。さ、着いたわ。ありがとうホープ」
「・・・どういたしまして」
「私、貴方がマイクと一緒にいることに賛成よ。あの人は一人で生きるべきじゃない。けどマイクは簡単に人を寄せ付けないから。貴方ならマイクを一人にしないでしょう?」
「うん、しない」
ホープは死なない。老いない。だからマイケルがホープと居る限り一人になる事はない。
「貴方とは良い友達になれそうだわ。また遊びに来ていい?」
「ぜひ。マイケルも喜ぶよ」
「知ってる。マイクを頼むわね。あの人本当は寂しがりなのよ」
エミリアは笑って地下鉄の駅の階段を足早に降りていった。
『貴方、マイクを愛しちゃってるんじゃない?』
エミリアの声が残る。
愛してる?これが?
だからマイケルがホープに言っていなかった真実に胸が傷んだのだろうか。
リアがホープに対して抱いた愛もこんなふうに痛みを伴うものだったのだろうか。
「愛してる」
わからなかった。愛はもっとワクワクして楽しいだけのものだと思っていた。
とにかく早く家に帰りたかった。
マイケルの傍でマイケルの声を聞いて、それから今度行こうと言っていた水族館の話しをしたい。
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走り出しそうな足を抑えて、来た道を戻っていった。
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