記憶の泉~くたびれたおじさんはイケメンアンドロイドと理想郷の夢を見る~

magu

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第二十話 マイケル

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「40年?」
自分が眠っていた年月を教えられたマイケルは驚いて声を上げた。
しばらくホープと抱き合いキスをする寸前でキムの存在に気がついたマイケルはホープを力いっぱい押しのけた。
そのせいでホープはしゅんと椅子に座っている。
「はじめましてマイケル。私はキンバリー・ペイトン。チャールズ・ペイトンの娘よ」
「チャールズの?あぁ、もしかして君、俺の夢の中にいなかったか?」
「大昔ね、子どもの頃」
「やっぱり!なんとなく覚えているよ。それにしても君はチャールズに似ているな」
マイケルの言葉にキムは満更でもなく肩を上げて「よく言われる」と答えた。
「チャールズは?」
「亡くなったわ。もう20年前になるわ」
「そうか・・・あいつが・・・」
マイケルはそう言って瞳を伏せた。
「変わったんだな。それだけ年月が流れたのか・・・」
しんみりと言うマイケルの手をホープはぎゅっと握りしめた。
「貴方には僕がいるよ」
「あぁわかっているさ。色々な覚悟はしていたんだが、まさか40年も眠っちまうとはなぁ」
キムは思わず笑ってしまった。
年若い容姿に似合わぬ口調は、彼の中身が50歳近い壮年の男だと痛感させられる。
見た目の年齢はホープよりも若く見えるくせに、口を開くと年長者の風格が漂っていて、そのギャップが面白いのだ。
「Ms.キンバリー」
「キムでいいわよ」
「じゃあキム。色々とありがとう。お父さんの事は残念だった。君のお父さんは、その、本当にいい奴だった、えっと常識には囚われない・・・奇天烈な、いや、えっと風変わりというか、えっと面白い人だったけど」
キムはマイケルの言葉を手を上げて止めた。
「父が変人だったのはわかってるから、取り繕わなくていいわ。母も貴方に会いたがっていたからまた連れてくるわね」
「え?えっと君のお母さんってのは、チャールズの、奥さん?」
「ええそうよ」
「あいつと結婚するってすごく寛大な人だな・・・」
マイケルの言葉に今度こそキムは吹き出した。
マイケルと父が親友だったのが頷ける。彼の歯に衣着せぬ物言いがキムは気に入ってしまった。
きっと父も同じだったろう。
ケタケタと笑うキムをマイケルは不思議そうに見てそれから自分も小さく笑った。
「あ~すまない。結構失礼な事を言ってるかも」
「いいわ。本当の事だし。とにかくしばらく休んで。後でまたモニターをさせてね。色々と見たいし、データも欲しいわ」
「あ、あぁ、いいよ。わかった」
「じゃあよろしく」
「あ、そうだ、ええと俺の前の家ってどうなったんだろう?俺が死ぬ前はまだちゃんと処分していなくて」
「あの場所はチャールズが買い取って建て替えたんだ、今は高層マンションだよ」
ホープの答えにマイケルは目を白黒させた。
「一室をチャールズが僕たちにって譲ってくれた。貴方の私物はそこにある。定期的にメンテナンスはしてくれているはずだよ」
「しているわよ。いつでも住めるけど、もう少し待ってちょうだい。貴方に不具合がでないか見ないといけないし、今後の事はゆっくりと決めましょう」
マイケルは「そっか、チャールズに迷惑をかけたな」と言った。それからキムを見つめて「すまない、キム。もうしばらく世話になってもいいかな?」と言った。
「もちろんよ、貴方とホープは家族だもの。ずっと居てくれてもいいのよ」
マイケルは嬉しそうに顔をほころばせた。
ホープも人間と見間違うばかりだとキムは思っていたが、マイケルは根本からして何かが違う。
細かな表情。声の抑揚。すべてが人間そのものだ。
彼をアンドロイドだと思う人はいないだろう。
彼がオリジナルのマイケルの思考と記憶をそのまま引き継いでいるのは確実だった。
彼の中身は大人の男だ。それはキムに父性すら感じさせる。
だが彼の容姿はそれとは正反対に少年のようだった。
キラリと陽光に輝くブロンド。白い小さな顔に大きなアーモンド型の瞳の色は薄い青。
にこりと笑うと余計に若く見える。

その傍らにはまるで太陽神アポロンの彫像のようなホープがいるのだ。
彼ら二人のいる空間は花が咲いたように華やかだ。ちょっと非現実ですらある。

「ワン!」
ベッドの下からカイトが突然吠えるとマイケルは目を丸くして「犬だ!」と喜んだ。
カイトはベッドに飛び乗るとマイケルの顔をぺろりと舐めた。

「あっ!まだ僕でもキスしてないのに!カイト、お前ずるいぞ!」
ホープがカイトをマイケルから引き離そうとするがカイトは尻尾を振り回してマイケルの顔に自分の鼻をこすりつけた。
「ははっ!なんだよ。お前、すげぇ人懐こいな」
「カイトも貴方が目覚めるのを待っていたのね」
キムの言葉にマイケルは「そうなのか?いい子だ」と笑ってカイトの頭を撫で回した。
「ずるい・・・カイト、ずるい」
「犬に嫉妬するなよ」
そう言ったがマイケルはホープに腕を伸ばし彼を引き寄せると頬に優しく口付けた。

その時のホープの嬉しそうな笑顔を見て、キムは「犬が二匹」と思ったが口には出さなかった。その微笑ましい光景にキムは表情を緩ませる。

マイケルが戻ってきた。

約束を違えずに彼はちゃんと戻ってきたのだ。


その後のマイケルの検査で、やはり彼は眠っている時に自分の記憶をトレースしていたという事がわかった。
人間の記憶は膨大なのだ。脳が認知しない部分を含めると恐ろしい程の容量である。
マイケルのAIはその記憶を隅々までトレースする事で完全なコピーとなった。
キムは魂の在処なんてものに興味はなかった。
人間を構成する物質は化学で証明できるものだ。脳の構造も研究が進めば完全に解明される日がきっと来る。
マイケルはその足がかりになるかもしれない存在だ。
人の脳をコピーしたけれど記憶を失くして感情だけが発露したホープと、人の脳をそのまま持って誕生したマイケル。二人の存在が公になれば世界はきっとひっくり返ってしまう。
だが彼らをそんな存在にしたのが「愛」なんていうなんとも定義し難いものである事は大変興味深い。

だからこれは多分「奇跡」。

今、キムの目の前のモニターには膨大なページの手記やデータの羅列がある。
マイケルの出自や経歴、医療記録に至るまですべてのものをデータ化して保存したファイルだ。
チカチカと『消去しますか? Y/N』というメッセージが浮かび上がっている。
キムはマイケルの記録とホープの記録を抹消しようと決めて、まずは紙媒体の記録はすべて燃やした。
彼らの全記録は今キムが見ているデータの中にしか存在しない。
すべての記録を永遠に破棄しなければいつかは彼らに脅威が及ぶかもしれないから。
研究者としては断腸の思いであるがキムは科学者よりも先に彼らの家族だ。
家族を守る義務がキムにはあった。

いつか、もし自分に子供ができたら、その子にホープとマイケルの奇跡の物語を話してあげよう。
科学と奇跡が合わさった彼らの可能性をそうやって次代に残していけばそれでいい。
完璧なアンドロイドの完成という夢。曽祖父、祖父、父。3代にわたって成し得た偉業は家族だけが知っていればよいのだ。

キムは大きく深呼吸すると。Yのボタンを押した。
ピーという音と共に『完全消去完了』の文字が浮かんだ。
「これでいいわ」
キムはそう呟いてラボを後にした。
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