記憶の泉~くたびれたおじさんはイケメンアンドロイドと理想郷の夢を見る~

magu

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第二十三話 旅路へ

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チャールズ・ペイトン・ジュニアが12歳になった。
カイトはもういなかった。犬としては長生きした方だろう。彼は18年生きてくれた。
そうやって生まれる命と失われる命がある。世界はそうやって循環している。

だとすればマイケルとホープはその輪からはとっくにはみ出している存在だった。
自分たちは人間ではない。
自分で選んだ事とはいえ、それはとても重大な事実だ。
穏やかに過ごしているうちに、ここにいて安寧に浸っているのは間違いだと思うようになった。
永遠を生きるなら、何かをやり遂げてみたくなったのだ。

「なぁ、ホープ」
家のベッドに腰を掛けてマイケルはかねてから考えていた事をホープに相談する事にした。
「どうしたの?今日は寝る?」
「いや、眠くはない。大丈夫だ。あのさ、相談があるんだけど」
「なに?」
「旅に出ないか?」
「旅?」
「うん、旅だ。行先の決めない、旅に」
ホープはマイケルの真意を探るようにじっとマイケルの瞳を見ていた。
「マイケルが望むなら、どこにでも行くよ」
にこりと笑ってホープはそう言った。



キムが用意したのは小さなキャンピングカーだった。
「旅と言えばこれよね」と言ってキムが贈ってくれた白くて小さな車にはベッドやソファやテーブルが設えられていた。
「ベッドは必要ないけどな」
「あら?必要になるでしょ?二人には」と真顔でキムに返されてマイケルは苦笑した。
ずっと二人はキムには勝てない。この先も永遠に彼女には頭が上がらないだろう。

キムが用意してくれたものは他にもあった。
まずは旅の資金。
チャールズ・シニアは生前のマイケルの資産を彼の死後に管理して、投資等で増やしてくれていた。
それは今キムが管理している。
その資産は年々着実に増えているらしく(どんなマジックなのかマイケルには全然わからない)基本的な生活費のほとんどいらない二人が旅をするぐらいでは減らない額にまでなっている。
後はIDとパスポート。
これは偽装だろう。どういうツテなのかマイケルは敢えて聞いていない。どちらにせよ自分たちが二人だけで旅をするのなら必要なものだった。
というのもアンドロイドは人間が所持する義務のあるものだからだ。
きちんと国に登録されて管理されている。今はほとんどのアンドロイドにGPSが埋め込まれていて所持人がわかるようになっている。
もちろんマイケルとホープはどこにも登録されていない「はぐれもの」だった。
人間のふりをしながら旅をするなら、IDやパスポートにドライバーライセンスが必要だ。
そのすべてをキムは用意してくれた。
「アパートはきちんと整理しておいた」
マイケルが言うとキムは「あそこはあなたたちの家だから、そのままにしておく」と言う。
涙ぐむキムをホープが優しく抱きしめた。
彼はキムが生まれた時から知っている。ホープはキムの成長をマイケルよりもずっと長い時間見て来たのだ。
父親を早くに亡くしたキムにとって彼は兄であり弟であり父親でもあった。

別れは辛い。

けれど、いつかその時は確実に訪れる。
彼女には自分たちにはない安息の日が来るのだから。
キムの見た目の年齢はもうすでにマイケルとホープよりも随分上だった。
けれどマイケルやホープにとってキムはいつまでも守るべきお嬢さんだ。
「マイケル。ホープ・・・行かないでよ」
大きな茶色の瞳に涙をたたえたチャールズに言われるのは正直に言うとかなり辛かった。
「たまには寄るよ」
そう言ったけれど、ここに来る事は多分もうないとマイケルは思っていた。
思い入れの強い場所だ。想い出がありすぎる場所だ。

すべてがここで終わって、すべてがここから始まった。
マイケルもホープもここで生まれた。ここは二人にとって故郷も同然だ。居心地が良すぎて離れたくなくなってしまう。だからもうここには来ない。
いつかは自分たちも動かなくなる日がくるだろう。何かに巻き込まれて壊れてしまう事もあるかもしれない。
ここにいれば、キムがそしてキムがいなくなってもチャールズが、チャールズがいなくなってもチャールズの意志を継ぐ誰かが自分たちを存在させ続ける。
それが良い事なのか誰にも判断できない。だから委ねようと思う。時代の流れ、そのままに。

これからを悲観したことはなかった。
今の体になって、またこうやってホープとの生活が続いているのは幸せだ。

自分たちの終わりがまったく見えないのは恐怖だと思う事もあるけれど、それは生身で生きている時だって同じことだ。
人は思いもかけない終わりを迎えるものだ。だからマイケルとホープだってそうなるだろう。
ならば人よりずっとずっと時間を長く持った者として一つの所に留まっていたくない。
何かできることを見つけたかった。
それは強迫観念とも言っていい程強い想い。
そう言ったマイケルにホープは「貴方らしい選択だね」とだけ言った。
流れる様に生きていく。今はまだ見つけられていない何かを見つけられるその日まで。
それが二人で決めた、マイケルとホープのこれからの生き方だった。



二人は出発した。
NYから離れるのはホープには初めての経験だ。
そうマイケルに言うと「お前宇宙にいただろ」と言うけれど宇宙からは地球全体が見えて、どこがどこだかわからなかった。
遠くに行くのはワクワクする事だ。

車の運転をするのは主にマイケルだ。
自動運転の機能もあるけれど「俺は旧世代の人だから」とマイケルは言って自分で運転をするのが好きだ。
開け放った窓から流れてくる風がマイケルの柔らかな金色の髪を揺らしていた。
「そういえば、エミリアに運転させたことがあったな」
マイケルがエミリアの話をするのは珍しかった。
アンドロイドになってからは意図的に避けていたようにすら感じる程マイケルはエミリアの話をしなかったのに。
「怖かったでしょ?」
ホープが言うとマイケルは目をぱちぱちさせて大笑いをした。
「ははは!そう。よくわかってるな~。アイツほんと危ない運転しかしないんだよ。無茶苦茶飛ばすし」
マイケルはでもと付け加える「運動神経が良いからさ。上手いんだ、あいつ。今は安全運転してんのかね?」
「絶対してないと思う!」
「いい歳こいてむちゃな事してそうだなぁ」
エミリアはマイケルよりも10は年下だったが、それでも70歳はゆうに超えているだろう。
けれど、ホープとマイケルの中のエミリアはあの時のままだった。
そしてエミリアの記憶の中のマイケルもあの時のままだと思う。

記憶を保存するというのはこういう事なのだと思う。
上書をしない事で尊べる物がこの世界にはある。


まずはN.Y.からワシントンを目指した。
行く当てのない旅だ。アメリカ中を回ってみるつもりだった。
マイケル自身はアイオワで生まれたという。だから最終的にはそこに行こう、とマイケルは言った。
「故郷って恋しいもの?」
「いい思い出なんてないけどな。何故か無性にまた見てみたくなるもんだ」
幸せな記憶が故郷にはない。とマイケルは言った。
なら作ればいいのだ。二人で。
どこにでも行けるというのは案外不便だった。何の制限もないというのはかえって難しいものだ。
アメリカは広いが街と街を繋ぐ場所には人が少ない。
ただただまっすぐな道があるだけだ。
NYからワシントンは飛行機だとすぐの距離だが、車だと5時間以上はかかる。
こういった都会ではきちんと宿泊施設に滞在する方がかえって目立たないから国道沿いのホテルを利用することにした。

チェックインしたホテルはごく普通のホテルで、ビジネスマンがよく使うようなホテルだ。
部屋でマイケルが旅の途中で買った地図と色々な場所のガイドブックをベッドに広げた。
2人で何をしたいだの、どこに行きたいだの言いながら地図に丸を書き入れた。
あきれるぐらいたくさん丸のついた地図を前に二人で笑い合う。
「すごい量だな。何年かかるんだろ?」
マイケルが目を丸くする。
「でも、できるよ?僕たちは」
ホープの言葉にそうだなとマイケルは笑う。
「たくさん色々な所に行って、色々なものを見よう」
マイケルが言った。
「うん、二人でね」
「そう」
地図を広げたベッドをそのままに、もう一つのベッドに二人でなだれ込んだ。
なんだかとても楽しくて、クスクスと笑いながらキスをした。
「愛してる、マイケル」
「うん」
マイケルの指がホープの髪を梳いた。
優しい力加減。マッサージするみたいに頭皮を押して滑っていく。
これがとても好きだった。これをいつも望んでいた。
躾けられた犬のようにホープはマイケルに撫でられると嬉しくなる。
服を脱がせあうのも、肌を合わせるのも、もう違和感なんてない。
生まれた時から一つだったみたいに二人は簡単に溶け合う。
「明日も、明後日もずっと好きだ」
マイケルが何とも言えない恍惚の表情を浮かべて言った。
ホープから涙が溢れる。どうも素直なマイケルには涙腺を刺激されていけない。
それを見てマイケルは呆れたみたいな、でもとても優しい顔で微笑んでいた。
「お前ホント泣き虫だなぁ。だから一人にさせられない」
ぐっと頭を抱き寄せられる。
髪をぐしゃぐしゃにされる。ホープは必死にマイケルにしがみ付く。
そうやって朝を迎え、また二人は旅に出るのだ。
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