オルレンシア復興記

リューク

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亡国の王子

1‐4

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「さて、イスラファン連合も難しいですが、こちらに逃げるという手もあります」

 そう言いながらシュターゼンが指さしたのは、ヨキ国だった。
 
「シュターゼン、流石にそこに行くのは難しいのでは?」
「ボーマン、分かっとらんな。難しいからこそ行くんじゃないか」

 確かに、難しいからこそ相手の予想を超える事ができる。
 なぜなら、マリネシアの東部と接しているヨキ国だが、その間には密林の海が行く手を遮っているからだ。
 この密林は流石にクリストフ帝国でもそう簡単には手が出せないはず。
 また、ヨキ国に到着できれば傭兵国家と言われるだけあって大量の質の良い兵力を確保できるだろう。
 ただ、問題は……。

「シュターゼン参謀、けど俺達無一文ですよ。傭兵国家に行ったところで雇える兵が居ないと思うんですが……」
「確かにバイス君の言う通り、我らには金がない。ならどうしますかな? 王子」
「……マリネシア商国を通り抜ける時に商人から借り受ける?」
 
 俺がそう言うと、シュターゼンはニヤリと笑って手を叩いた。
 そして、真顔に戻って続きを促してくる。

「……商国の統治体制は、5巨頭制と言われる大商人5人の合議で決まる」
「そして、その5人の合意は即ち国家の合意」
「だとしたら、誰も手を貸さない可能性もあるんじゃないのか?」
「まぁ普通の国家ならあり得ますね。ですが彼らは商人です。商人は利にさとい」
「……要するに、国家の合意=全ての商人の合意ではない可能性もある、ということか?」

 俺がそこまで考えを廻らせると、シュターゼンは正解とばかりに膝をパンと叩いて、思考を切ってきた。
 
「えぇ、その通りです。特に近年は代表合議制に疑問を持つ商人が連合を組み始めており、少しずつではありますが、支配体制に揺るぎが出てきています。そこを突けば、金銭を借り受ける事ができるでしょう。そこまで行けば後は簡単です。傭兵を手に入れた我らは、そのまま他国を巻き込みながらクリストフ帝国打倒を掲げて突っ切るのです」
「……なるほど、確かに相手も予想はしていないだろう。だが、そう上手く行くのだろうか?」
「何か懸念があるのか? ボーマン」

 シュターゼンの言葉に異を唱えたボーマンは、少し考えてから話し始めた。

「確かに商国の代表合議制は知っているし、穴もあるかもしれん。ただそれを当てにしてダメだった場合はどうなる? 我らは全くの無一文。とてもでは無いが傭兵なんぞ雇える状況ではないのだぞ」
「確かにその通りだ。だから失敗しない策を私が用意するんじゃないか」

 シュターゼンはそう言って、自信あり気に手を広げた。

「さて、王子。どうされますか? 我が策を信じて突き進むか、我が策をはねのけて己が道を進むか。二択です」
 
 そう言って迫ってきたシュターゼンを前に、俺は今一度状況の整理を頭の中で始めた。
 まず、俺達は王国を追われた敗残兵である。
 次に、王国の東部諸侯は魔物の相手に手一杯で、とてもでは無いが援軍は出せない。
 そして、我々は無一文である。
 今この現状で打てる手は、東部を突っ切ってイスラファン連合に行くか、南のマリネシア商国へと行くか。
 マリネシア商国へ行ったとしても、彼らを頼るか彼らを利用して更に東のヨキ国の兵力を頼るか。

 イスラファンへの道は恐らく早晩封鎖されるだろう。
 我らが行くまでに敵は城を次々と落とし、街道の封鎖を行う。
 となると、イスラファンへ行くのは危険だ。
 
「……はぁ、ここはシュターゼンの策にのろう。今の我々にはどっちに転んでもマリネシアの助力が必要だ」

 俺がそう言うと、シュターゼンはニッコリと微笑み、ボーマンとバイスは頷いてきた。
 話もまとまった事で、今日はもう休もうという話になった時、ローランが声を潜めて警戒してきた。

「ご主人様、どうやら侵入者です」
「……数は?」

 シュターゼンの質問にローランは目を凝らして夜闇の中を見渡した。

「……1人居る事は確実ですが、何人かまでは……」
「いや、いい。1人は確実に居るのなら対処せねばならん」

 シュターゼンはそう言うと、こちらを向いて目に手を当ててきた。
 目を隠せというのだろうか?
 俺が片手で目を隠すと、少しして彼は話しかけてきた。

「王子、もう目を開けて頂いて大丈夫です。ただ、暗いのでお気をつけください」

 そう言われて目を開けると、先程まであった油灯が無くなり、辺り一面は夜闇の中だった。
 事前にシュターゼンに目を隠す様に言われていても、見えるのは人の形だけだ。
 顔までは判別できない。

「シッ! 声を潜めてください。敵は一気に近づいてきています。どうしますか?」
「……ここは逃げましょう。この暗闇では戦いようがないでしょ?」

 そう言われて辺りを見回すと、確かにボーマン、ローランは弓。
 バイスは槍、俺は剣、シュターゼンに至っては無手である。

「そうだな、ここは逃げの一手だ。シュターゼン案内を頼む」
「かしこまりました。では、ローラン最後尾について誰もはぐれない様にしてくれ」
「はっ! かしこまりましたご主人様」

 シュターゼンは手短に指示を出すと、すぐさま屋敷の裏口から外へと移動を始めた。
 敵が追ってきていると言われているが、正直何も感じられない。
 というか、本当に追ってきているのかさえ疑問が残る。

「これ、本当に追ってきてるんすか?」
「バイス君、君よりもローランの方が気配察知の実力がある。実際に彼が来ていると行った時は、ほぼ確実に誰か潜んでいると思いたまえ」
「うぅ、俺あんな小さい子より下なんですか?」

 そんな軽口を叩きながらも俺達は前だけを見て一心不乱に森の中を駆けていた。
 家を出てから少ししたころ、突然ローランが大声をあげた。

「バイス! 右へ避けろ!」
「へ? あ、あぁ」

 突然の警告に一瞬バイスは躊躇いながらも右へ少し移動すると、そのスレスレを何かが通り過ぎて、突き刺さる音がした。
 俺たちは暗がりの中、一瞬立ち止まってそれをよく見ると、動き出した。

「おいおいおいおい、マジかよ! これリッパ-じゃねぇか!?」
「シュターゼン、この辺りはこんなのまで出てくるのか!?」

 リッパ-、それは巨大な刃物を持った人型の魔物である。
 その大きな刃物を使って人を切り刻むだけの魔物と言われており、その名〝|切り裂き(リッパ-)〟がついた。

「中級以上の魔物は反則だ、ろっての!」
 
 一番近くに居たバイスは、微かに漏れ入る月明かりを頼りに刃物の軌道を読んで防御していた。
 ただ、リッパ-は素早い。
 基本的に重武装の騎士では相手にするには正直厳しいものがあるのだ。
 そして、なによりも厳しいのが……。

「くっ! 的が小さすぎる。バイス! どうにかして動きを止めろ!」
「そんなこと言われても、防ぐので手一杯なのにどうしろと!?」

 そう、リッパ-は子供くらいの大きさしかなく、背丈は小さいのだ。
 しかも、リッパ-の攻撃範囲は相手の懐深い場所。
 懐にぐいぐい入り込んで戦ってくるので、そう簡単に多対一の戦いにできない。

「ふ、副長! どうにかしてくださいよ! この間合いでは防ぐのが手一杯です!」

 そして、バイスの得物は槍。
 槍が本領を発揮するのは、中遠距離であって至近距離ではない。
 その為、バイスは先程から槍の柄を使って必死に敵の攻撃を受け流している。

「そうは言うがお前が邪魔でどうにも狙えんのだ! ローラン! そっちからは無理か!?」
「こっちも無理です! 上手く交互に体位を入れ替えて狙いを絞らせない!」

 そうこうしている内に、バイスが何度目かの攻撃を防ごうとした瞬間、足を滑らせて得物を落としてしまった。
 その隙を敵も逃すはずもなく、一瞬でバイスの懐に踏み込んできた。



イスラファン連合 ????

 イスラファン連合、亜人同士の互助を見旗として結成された国家である。
その構成人種は、エルフ、|獣人(ワービースト)、ドワーフの三種でそれぞれの守護精霊も含めると約8種族となる。
 この大陸の中で唯一の貴族議会制を取っており、重要な決定は各種族の代表者8名によって決められる。
 
 その議場の議長席に1人のエルフの少女が尊大な様子で座っていた。
 彼女の名前は、ルイーゼ・フォン・ベルンカステル。
 エルフ3代名家の一つ、ベルンカステル家の次期当主でもある。
 
「だから! 我らの最友好国であるオルレンシア王国がクリストフ帝国に攻められたのだ! 今すぐ援軍を派遣して、彼らの民を救わねばならない! また、先代のエルフ3名家の一つ、アッシリア家の当主であるグィネヴィア様を見殺しにする気ですか!?」
「確かにグィネヴィアは我らが同胞ではあるし、オルレンシア王国には多数の同胞、盟友が居るが、今動くのは適切ではない! 特にクリストフ帝国があのイグナシオを抜いたとあっては、こちらは国境線の防備を固めながら難民に対処するのが筋だろう!」
「だいたいが、クリストフ帝国は人類至上主義とかいうアーミニス教を信奉しておるのだろ!? あのような奴らを信用するから――」
「今はそんな話ではなかろうが! これからのことをだな――」

 今日何度目のため息を吐いただろう、ルイーゼはゆっくりとだが可憐に議長席から立ち上がった。
 その姿を見た議員たちは、先程までの議論を一時中断して議長を仰ぎ見る。
 その様子を冷たい目で見ていたルイーゼはゆっくりと、ハッキリと宣言した。

「各議員の懸念事項も分かるが、このまま議論していても埒が明かぬ。そこで、我としては議長権限を使って結論を出したいと思うが、宜しいか?」

 〝議長権限〟という言葉を聞いた瞬間、全ての議員の顔色が変わった。
 難色を示す者、歓迎する者、どう判断してよいのか迷う者。
 皆様々な思いを抱きつつも、会期に1度だけ行使できる〝議長権限〟をどのような形で使うのか固唾を飲んで見守っていた。

「我、ルイーゼ・フォン・ベルンカステルは、議長権限を持って国境線防衛、並びに友邦オルレンシア王国の難民を受け入れる事を決定する! なお、この決定に一切の意義を認めぬ!」

 そう宣言されたのと同時に、議員たちは一斉に礼をして議場をあとにした。
 その様子を見ていたルイーゼは、「ふぅ」と小さくため息を吐きながら、窓の外を見つめる。

「……アリューゼの馬鹿は生きておるかの。……真っ先に死にそうじゃからな。死んでおったら許さぬからの」

 彼女は誰に言うでもなく、ポツリと呟いてからまたため息を吐いて部屋をあとにした。

 この1ヶ月後、イスラファン連合は友邦オルレンシア王国の難民を保護するように国境魔術師団に通達をするのだった。
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