オルレンシア復興記

リューク

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亡国の王子

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森の中 アリューゼ

 どうにか王都を脱出した俺とバイス、ボーマンの3人は今後の事を相談していた。

「さて、今後一体どうしたらいい?」
「そうですね、王子はどうされたいですか?」
「俺か? 俺は……」

 父は死んだ。
 それは目の前で起こった出来事が否応なく俺に告げていた。
 ただ、母グィネヴィアはまだ生きている可能性が高い。
 それが頭によぎった時、俺の行動は決まっていた。

「俺は母上を助けに行きたい!」
「わかりました。では、まずは力をつけましょう。軍も必要ですが人材も必要です」

 俺の思いに対して、ボーマンは微笑みながら賛同してくれた。
 そんな俺たちの会話を今まで横で聞いていたバイスが疑問を投げかける。

「そうは言っても副長、人材って殆ど王都に集結していましたし、地方の奴らはどっちかって言うと統治の才能しかない奴ばっかですよ?」
「確かにバイスの言う通りで、地方の殆どの領主は統治能力に重きを置いている者がほとんどです。ですが、1人それもこの近くに軍才のある者がおります」

 ボーマンがそう言うと、バイスも思い出したのかハッとした表情を作るのと同時に苦虫を噛み潰した様な顔になった。

「いやいやいや、副長。あの人はダメですって、あんな訳わからん人仲間にするんですか?」
「確かに奴の思想は良く分からん。だがな、こと軍才に関しては私たちよりも遥かに抜きんでているのは事実だ」
「すまない、その風変わりな者は誰なのだ?」
「あぁ、そうか王子はあの人と殆ど会った事が無いのですな。とんでもない奴でして」

 そう言ってバイスが語る〝あの人〟は、曰く階級主義なんて取っ払ってしまえ、曰く軍事力で全てを解決しようとするな、曰く奴隷なんてもっての外だ。
 という過激な発言をするそうなのだ。
 そして、その男はとある事件で父上に猛反対して幕僚としての地位を追われ、野に下ったそうなのだ。

「……バイスの言う通りですが、彼ほどの才覚を持った軍師を私は知りません。それに今の現状1人でも優秀な人材は欲しいものです。王子、如何でしょう?」

 確かにバイスの言っている事が本当なら、国の根幹に関わってくる内容だ。
 我が国も他国に漏れず、奴隷制によって地位の低い者が少なからずいる。
 また、軍隊の歩兵戦力も殆どが奴隷なのだ。
 それが、歪である事も俺は知っている。
 なぜなら、父や母も奴隷をどうにかしなければならないと悩んでいたのだ。
 それを幼少の頃から聞いていただけにその思いはある。
 もっとも、思いがあるだけで何の対策も持ってはいないのが現状なのだが。

「よし、とりあえず会って決めよう。どんな人なのかも分からないのに噂と憶測で判断できない」
「……はぁ、俺は止めましたからね」
「はっ! 才能だけは十分だと思います。後は王子のお気持ち次第です。」

 俺たちは、ボーマンの案内の元で噂の人物に会いに行くことにした。


 〝あの人〟の家に向かって歩き始めてから数刻、すでに日が陰り始めた頃。
 突然足元に矢が飛んできた。

「おい! これ以上近づくな! 次は当てるぞ!」

 突然の警告に俺が驚いて見上げると、白いフードを被った少年が弓を引き絞っていた。
 突然の襲撃に俺達が武器を構えると、ボーマンが間に入って、少年に弁明を始めた。

「ちょ、待ってくれ、ローラン。私だ、ボーマンだ」
「……、ボーマン様でしたか。失礼しました」

 チラリとボーマンの姿を確認した彼は、幾分か警戒を緩めながらも弓を引き絞り続けた。
 その姿に俺とバイスは困惑したものの一応交戦の意思がない事を示すため、武器をしまった。
 その様子を見てやっと警戒を解いたのか、彼も引き絞っていた矢を矢筒に直すと、木の枝から飛び降りて俺たちの前に跪いた。

「ボーマン様、知らぬとは言え矢を射た事を謝罪いたします」
「いや、貴方もしっかりと主人に尽くしているが故の事です。顔を御上げなさい」
「ありがとうございます。で、こちらのお二人はどちら様でしょうか?」
「あぁ、ローランも初めてでしたね。こちらはアリューゼ・フォン・オルレンシア王子です」

 ボーマンがそう紹介をすると同時に少年の顔から一気に血の気が引く。
 それと同時に彼は再度跪いてきた。

「し、知らぬとは言え申し訳ございませんでした! 王子に弓引くなどあってはならぬ事、誠に申し訳ございません!」
「そう畏まらなくても良い。君がしっかりと外してくれていたから私は怪我もしていない。だから顔をあげてくれ」
「は! いえ、しかし……」
「王子がそう言ってくださっているのだ。しっかり顔をお見せなさい」

 戸惑っているローランにボーマンが声をかけると、彼は困惑しながらも立ち上がって俺の方を見てきた。
 その顔はフードに隠れているものの、金色の髪に金色の瞳をしておりどこか不思議な感じのする少年である。

「……副長、俺の紹介は無いんですか?」

 俺とローランが見合っていると、横からバイスが声をかけてきた。
 確かに俺の紹介で彼は完全に蚊帳の外になってしまっていた。

「ん? あぁすまんな。ローランあの軽薄そうなのがバイスだ」
「……あぁ、3又してその全員に愛想をつかされたバイス様ですね」
「……副長。俺の事一体どういう風に教えているんですか?」

 バイスが不機嫌そうにそう言うと、俺達はついおかしくなって笑ってしまった。

「ところで、ボーマン様。なぜアリューゼ様を連れてこのような所まで? 見たところ護衛もあまりお連れではないようですが……」

 彼はそう言って周りを不思議そうに見渡した。
 それもそのはずだ。
 あの混乱の中から逃げ出した俺たちは、自分達の身を守るのに精いっぱいで、とてもではないが兵を連れてくるなんて事はできなかったのだ。

「あぁ、それについては彼も交えて話すとしよう」
「あ、はい。ではこちらですのでどうぞ。あちこち罠だらけですので私の後ろと道を離れない様にしてくださいね」

 今かなり物騒な一言があったような……。
 俺は、彼が仕掛けたという罠が見えるかと思って左右を見渡したが、全く見つけられなかったので諦めて真直ぐ歩く事にした。

 それから半時も経たずに一軒のあばら家に到着した。
 いや、あばら家というのは失礼極まりない。
 丸太を積み重ねて作った趣のある家と言うのが適切だろう。
 俺はそんな家に少々圧倒されていた。
 仮にも一軍の参謀を務めていた人物が、この様な森の奥で慎ましやかに隠棲しているのだ。

「……」
「王子どうされました?」
「あ、いや、中々趣のある家に住んでいるのだなと思ってな」
「あぁ、このあばら家は僕とご主人様の2人でつくったのですよ。未だに修復しないといけない場所があって、冬は隙間風が寒いんですよね」
「それはまた、大変な所に住んでいるのだな……」
「ご主人様! 客人がお見えです! ボーマン様とアリューゼ王子がお越しですよ!」

 圧倒されている俺をよそに、ローランは家のドアを開けると大声で主人を呼び始めると、奥から声が聞こえてきた。

「おぉ~、やはりお越しになられたか! すまんがローラン、奥までご案内してくれ」
「……だそうですので、どうぞこちらです」

 主人の許可を得たローランは、家の中へと入っていった。
 その様子を見た俺達も彼の後を追って家の奥へと進んだ。
 家の中は、意外となんて言うと失礼かもしれないが、かなり広く作られていた。
 そして間口に対して奥行きが広い、所謂〝蛇の寝床〟と言われるような作りをしている。
 まぁもっとも蛇は最近では丸くなって眠るというのが発見されているので、正確には違うんだけど。
 そんな事を考えながら奥へと進むと、天井の抜けた場所へと到着した。
 そこは台所の様な竈かまどの置いてある場所に板とは違った藁を束ねた様な場所があり、その真ん中に1人の男が地図を睨んでいる。
 男は年の頃は三十中頃という感じで、ぎらつく様な目をしていた。

「おぉ、ボーマンよく来たな。ん? おぉ、それに王子大きくなられましたな」
「え? あぁ、すまない俺は君の事をよく覚えていないんだ」
「あぁ、それはそうでしょう。私が二十歳になる少し前にお生まれになり、貴方が四歳の誕生日を迎える前に私が下野したのですから」

 俺が彼と話していると、ボーマンは咳ばらいをして「改めて紹介したい」と言ってきた。

「王子、こちらに居りますのが元王国騎士団参謀のシュターゼン・フォン・ベルムートです。一応貴族に列せられています」
「一応とは何だ、一応とは。まぁ言っても元貴族でもあります。今はしがない隠居の身ですからな」

 彼はそう言いながらも俺に手を差し出してきた。
 王侯は握手する風習が無いので一瞬驚いたものの、俺は彼の差し出した手を取り握り返しながら自己紹介をした。

「そうだったのか、知らぬとは言え申し訳なかった。俺はアリューゼ・フォン・オルレンシア。王国の第一王子だ」
「えぇ、良く存じ上げております。そしてお前も久しいなバイス君」
「はっ! シュターゼン参謀もお元気そうで……。っていつまでも新人騎士扱いしないでくださいよ!」

 バイスの挨拶が終わるのと同時にシュターゼンは、俺達に座敷に入る様に勧めた。

「さて、立ち話も何ですからこちらへ。あぁ、履物はそこで脱いでください。これは東のヨキ国の座敷という部屋です」
「王子、彼はヨキ国の風習に興味を持っておりまして、この家の内装もヨキ国のものを参考にさせたらしいのです」

 そう言われて俺は、「ほぉ」となんとも間の抜けた感想しか言えずに辺りを見回しながら彼の勧める地図のある場所へと移動した。
 全員が勧められた場所へと移動すると、シュターゼンは地図を見せながら話し始める。

「さて、今回の戦争ですが西側の殆どが隣国であるクリストフ帝国の物となってしまっております」

 そう言って彼が指さしたのは、国のほぼ中央にある王都とその西側半分だった。

「で、東側ですが……、クリストフ帝国に動きは無いのですが、魔物の動きがここ最近活性化しており、その対応に苦慮しているでしょう」
「そうか、東も魔物の活性化があったのか……」
「東も、と言いますと?」
「うむ、王都もクリストフ帝国の襲撃時に、魔物が地下水路を通って侵入してきてな……」
「なるほど、それが敗戦の原因でしたか。いくら何でもこの堅固な要塞都市が落ちるには早いと思っておりましたが、そのような事が……」

 俺の言葉にシュターゼンは黙って考え込み始めた。

「……で、今後はどうしたら良いか教えてもらえないだろうか? シュターゼン参謀」
「……そうですね、過去の事はまだ分からない事が多いからな、まずは今後の事についてですね。まず逃げる場所ですが、東か南しかないでしょう。北は既に街道が封鎖され、西はクリストフ帝国を越えなければならず、南か東が逃げ道となります」
「俺としては、東のイスラファン連合に行きたいのだが……」
「王妃様の母国ですね。確かに最大の友好国ですが、その分道は険しくなりますよ?」

 シュターゼンが俺に暗に止めた方が良いと言うと、ボーマンが口を挟んできた。

「確かに南のマリネシア商国の方が近いし楽ではある。だが彼らは、俺達に利用価値が無いと判断したらすぐにでも裏切るんじゃないか?」
「まぁその辺りは致し方あるまいて。こちらに商品価値があるぞって見せておく必要があるからな」

 そう、その商品価値を見せるのが大変なのだ。
 方や亡国の王子、方や勢いのある帝国。
 このどちらに取り入るのが一番か、それは火を見るよりも明らかであろう。

「商品価値と言ってくれるが、彼らにとって俺は正直何の価値もないと思うが?」
「いえ、価値なんてものはいくらでも作り出す事ができますし、提案の仕方しだいでしょう」
「価値を作り出す?」
「そうですね、例えばマリネシア商国の不安を煽る、とか」
「不安を煽る?」
「えぇ、彼らにとって比較的大人しいオルレンシアは、帝国との間の緩衝地帯と考えていたでしょう。その緩衝地帯が無くなったらどうなるかという不安を煽るのです」

 なるほど、確かにそれなら俺たちは祖国奪還の為の資金援助を受けられ、尚且つ祖国復興が叶う。

「……だが、本当にそれで良いのだろうか?」

 俺が少し疑問に思った事を口に出していたのか、隣で聞いていたシュターゼンが「ほぅ」と感心した様に俺の方を見た。

「王子は中々外交の才能がおありのようです。確かにこの策は上手く行けば行っただけマリネシアの干渉を受ける属国になる可能性があるのです」
「属国? それは一体どうしてなんです? シュターゼン参謀」
「ふむ、バイスにも理解できるようにかみ砕いて説明してもらえるか? シュターゼン」
「そうですね、バイス君はお金を借りた事はありますか?」
「う~ん、お金はありませんが女性なら借りた事は……痛ぇ! 副長! せめて籠手は外してください! 俺の頭が割れちまいますよ!」
「茶化そうとするからだ!」

 そう言われたバイスは、頭をさすりながらシュターゼンの方を見た。

「お金は確かに少し友人に借りたりした事はあります」
「その時、その友人に対してどんな感情があった?」
「……感情? そうですね、感謝と同時に少し後ろめたい気持ちがありましたね」
「そう、後ろめたいんです。そしてその後ろめたさを無くそうとしたらどうしますか?」
「え? そりゃ頑張って働いてお金を返しますけど」
「じゃ、それが返し切れない金額だったら?」
「返し切れない金額だったら……、相手の言う事を聞く? あ!」
「そうです、どうしてもそうなってしまうんですよ。正常な人間はね。そして、これが国家であれば?」
「傀儡になるしかない……」
「そういう事です」

 シュターゼンはそう言って地図上の指を東に、イスラファン連合に移動させた。
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