3 / 8
亡国の王子
1-3
しおりを挟む
森の中 アリューゼ
どうにか王都を脱出した俺とバイス、ボーマンの3人は今後の事を相談していた。
「さて、今後一体どうしたらいい?」
「そうですね、王子はどうされたいですか?」
「俺か? 俺は……」
父は死んだ。
それは目の前で起こった出来事が否応なく俺に告げていた。
ただ、母グィネヴィアはまだ生きている可能性が高い。
それが頭によぎった時、俺の行動は決まっていた。
「俺は母上を助けに行きたい!」
「わかりました。では、まずは力をつけましょう。軍も必要ですが人材も必要です」
俺の思いに対して、ボーマンは微笑みながら賛同してくれた。
そんな俺たちの会話を今まで横で聞いていたバイスが疑問を投げかける。
「そうは言っても副長、人材って殆ど王都に集結していましたし、地方の奴らはどっちかって言うと統治の才能しかない奴ばっかですよ?」
「確かにバイスの言う通りで、地方の殆どの領主は統治能力に重きを置いている者がほとんどです。ですが、1人それもこの近くに軍才のある者がおります」
ボーマンがそう言うと、バイスも思い出したのかハッとした表情を作るのと同時に苦虫を噛み潰した様な顔になった。
「いやいやいや、副長。あの人はダメですって、あんな訳わからん人仲間にするんですか?」
「確かに奴の思想は良く分からん。だがな、こと軍才に関しては私たちよりも遥かに抜きんでているのは事実だ」
「すまない、その風変わりな者は誰なのだ?」
「あぁ、そうか王子はあの人と殆ど会った事が無いのですな。とんでもない奴でして」
そう言ってバイスが語る〝あの人〟は、曰く階級主義なんて取っ払ってしまえ、曰く軍事力で全てを解決しようとするな、曰く奴隷なんてもっての外だ。
という過激な発言をするそうなのだ。
そして、その男はとある事件で父上に猛反対して幕僚としての地位を追われ、野に下ったそうなのだ。
「……バイスの言う通りですが、彼ほどの才覚を持った軍師を私は知りません。それに今の現状1人でも優秀な人材は欲しいものです。王子、如何でしょう?」
確かにバイスの言っている事が本当なら、国の根幹に関わってくる内容だ。
我が国も他国に漏れず、奴隷制によって地位の低い者が少なからずいる。
また、軍隊の歩兵戦力も殆どが奴隷なのだ。
それが、歪である事も俺は知っている。
なぜなら、父や母も奴隷をどうにかしなければならないと悩んでいたのだ。
それを幼少の頃から聞いていただけにその思いはある。
もっとも、思いがあるだけで何の対策も持ってはいないのが現状なのだが。
「よし、とりあえず会って決めよう。どんな人なのかも分からないのに噂と憶測で判断できない」
「……はぁ、俺は止めましたからね」
「はっ! 才能だけは十分だと思います。後は王子のお気持ち次第です。」
俺たちは、ボーマンの案内の元で噂の人物に会いに行くことにした。
〝あの人〟の家に向かって歩き始めてから数刻、すでに日が陰り始めた頃。
突然足元に矢が飛んできた。
「おい! これ以上近づくな! 次は当てるぞ!」
突然の警告に俺が驚いて見上げると、白いフードを被った少年が弓を引き絞っていた。
突然の襲撃に俺達が武器を構えると、ボーマンが間に入って、少年に弁明を始めた。
「ちょ、待ってくれ、ローラン。私だ、ボーマンだ」
「……、ボーマン様でしたか。失礼しました」
チラリとボーマンの姿を確認した彼は、幾分か警戒を緩めながらも弓を引き絞り続けた。
その姿に俺とバイスは困惑したものの一応交戦の意思がない事を示すため、武器をしまった。
その様子を見てやっと警戒を解いたのか、彼も引き絞っていた矢を矢筒に直すと、木の枝から飛び降りて俺たちの前に跪いた。
「ボーマン様、知らぬとは言え矢を射た事を謝罪いたします」
「いや、貴方もしっかりと主人に尽くしているが故の事です。顔を御上げなさい」
「ありがとうございます。で、こちらのお二人はどちら様でしょうか?」
「あぁ、ローランも初めてでしたね。こちらはアリューゼ・フォン・オルレンシア王子です」
ボーマンがそう紹介をすると同時に少年の顔から一気に血の気が引く。
それと同時に彼は再度跪いてきた。
「し、知らぬとは言え申し訳ございませんでした! 王子に弓引くなどあってはならぬ事、誠に申し訳ございません!」
「そう畏まらなくても良い。君がしっかりと外してくれていたから私は怪我もしていない。だから顔をあげてくれ」
「は! いえ、しかし……」
「王子がそう言ってくださっているのだ。しっかり顔をお見せなさい」
戸惑っているローランにボーマンが声をかけると、彼は困惑しながらも立ち上がって俺の方を見てきた。
その顔はフードに隠れているものの、金色の髪に金色の瞳をしておりどこか不思議な感じのする少年である。
「……副長、俺の紹介は無いんですか?」
俺とローランが見合っていると、横からバイスが声をかけてきた。
確かに俺の紹介で彼は完全に蚊帳の外になってしまっていた。
「ん? あぁすまんな。ローランあの軽薄そうなのがバイスだ」
「……あぁ、3又してその全員に愛想をつかされたバイス様ですね」
「……副長。俺の事一体どういう風に教えているんですか?」
バイスが不機嫌そうにそう言うと、俺達はついおかしくなって笑ってしまった。
「ところで、ボーマン様。なぜアリューゼ様を連れてこのような所まで? 見たところ護衛もあまりお連れではないようですが……」
彼はそう言って周りを不思議そうに見渡した。
それもそのはずだ。
あの混乱の中から逃げ出した俺たちは、自分達の身を守るのに精いっぱいで、とてもではないが兵を連れてくるなんて事はできなかったのだ。
「あぁ、それについては彼も交えて話すとしよう」
「あ、はい。ではこちらですのでどうぞ。あちこち罠だらけですので私の後ろと道を離れない様にしてくださいね」
今かなり物騒な一言があったような……。
俺は、彼が仕掛けたという罠が見えるかと思って左右を見渡したが、全く見つけられなかったので諦めて真直ぐ歩く事にした。
それから半時も経たずに一軒のあばら家に到着した。
いや、あばら家というのは失礼極まりない。
丸太を積み重ねて作った趣のある家と言うのが適切だろう。
俺はそんな家に少々圧倒されていた。
仮にも一軍の参謀を務めていた人物が、この様な森の奥で慎ましやかに隠棲しているのだ。
「……」
「王子どうされました?」
「あ、いや、中々趣のある家に住んでいるのだなと思ってな」
「あぁ、このあばら家は僕とご主人様の2人でつくったのですよ。未だに修復しないといけない場所があって、冬は隙間風が寒いんですよね」
「それはまた、大変な所に住んでいるのだな……」
「ご主人様! 客人がお見えです! ボーマン様とアリューゼ王子がお越しですよ!」
圧倒されている俺をよそに、ローランは家のドアを開けると大声で主人を呼び始めると、奥から声が聞こえてきた。
「おぉ~、やはりお越しになられたか! すまんがローラン、奥までご案内してくれ」
「……だそうですので、どうぞこちらです」
主人の許可を得たローランは、家の中へと入っていった。
その様子を見た俺達も彼の後を追って家の奥へと進んだ。
家の中は、意外となんて言うと失礼かもしれないが、かなり広く作られていた。
そして間口に対して奥行きが広い、所謂〝蛇の寝床〟と言われるような作りをしている。
まぁもっとも蛇は最近では丸くなって眠るというのが発見されているので、正確には違うんだけど。
そんな事を考えながら奥へと進むと、天井の抜けた場所へと到着した。
そこは台所の様な竈かまどの置いてある場所に板とは違った藁を束ねた様な場所があり、その真ん中に1人の男が地図を睨んでいる。
男は年の頃は三十中頃という感じで、ぎらつく様な目をしていた。
「おぉ、ボーマンよく来たな。ん? おぉ、それに王子大きくなられましたな」
「え? あぁ、すまない俺は君の事をよく覚えていないんだ」
「あぁ、それはそうでしょう。私が二十歳になる少し前にお生まれになり、貴方が四歳の誕生日を迎える前に私が下野したのですから」
俺が彼と話していると、ボーマンは咳ばらいをして「改めて紹介したい」と言ってきた。
「王子、こちらに居りますのが元王国騎士団参謀のシュターゼン・フォン・ベルムートです。一応貴族に列せられています」
「一応とは何だ、一応とは。まぁ言っても元貴族でもあります。今はしがない隠居の身ですからな」
彼はそう言いながらも俺に手を差し出してきた。
王侯は握手する風習が無いので一瞬驚いたものの、俺は彼の差し出した手を取り握り返しながら自己紹介をした。
「そうだったのか、知らぬとは言え申し訳なかった。俺はアリューゼ・フォン・オルレンシア。王国の第一王子だ」
「えぇ、良く存じ上げております。そしてお前も久しいなバイス君」
「はっ! シュターゼン参謀もお元気そうで……。っていつまでも新人騎士扱いしないでくださいよ!」
バイスの挨拶が終わるのと同時にシュターゼンは、俺達に座敷に入る様に勧めた。
「さて、立ち話も何ですからこちらへ。あぁ、履物はそこで脱いでください。これは東のヨキ国の座敷という部屋です」
「王子、彼はヨキ国の風習に興味を持っておりまして、この家の内装もヨキ国のものを参考にさせたらしいのです」
そう言われて俺は、「ほぉ」となんとも間の抜けた感想しか言えずに辺りを見回しながら彼の勧める地図のある場所へと移動した。
全員が勧められた場所へと移動すると、シュターゼンは地図を見せながら話し始める。
「さて、今回の戦争ですが西側の殆どが隣国であるクリストフ帝国の物となってしまっております」
そう言って彼が指さしたのは、国のほぼ中央にある王都とその西側半分だった。
「で、東側ですが……、クリストフ帝国に動きは無いのですが、魔物の動きがここ最近活性化しており、その対応に苦慮しているでしょう」
「そうか、東も魔物の活性化があったのか……」
「東も、と言いますと?」
「うむ、王都もクリストフ帝国の襲撃時に、魔物が地下水路を通って侵入してきてな……」
「なるほど、それが敗戦の原因でしたか。いくら何でもこの堅固な要塞都市が落ちるには早いと思っておりましたが、そのような事が……」
俺の言葉にシュターゼンは黙って考え込み始めた。
「……で、今後はどうしたら良いか教えてもらえないだろうか? シュターゼン参謀」
「……そうですね、過去の事はまだ分からない事が多いからな、まずは今後の事についてですね。まず逃げる場所ですが、東か南しかないでしょう。北は既に街道が封鎖され、西はクリストフ帝国を越えなければならず、南か東が逃げ道となります」
「俺としては、東のイスラファン連合に行きたいのだが……」
「王妃様の母国ですね。確かに最大の友好国ですが、その分道は険しくなりますよ?」
シュターゼンが俺に暗に止めた方が良いと言うと、ボーマンが口を挟んできた。
「確かに南のマリネシア商国の方が近いし楽ではある。だが彼らは、俺達に利用価値が無いと判断したらすぐにでも裏切るんじゃないか?」
「まぁその辺りは致し方あるまいて。こちらに商品価値があるぞって見せておく必要があるからな」
そう、その商品価値を見せるのが大変なのだ。
方や亡国の王子、方や勢いのある帝国。
このどちらに取り入るのが一番か、それは火を見るよりも明らかであろう。
「商品価値と言ってくれるが、彼らにとって俺は正直何の価値もないと思うが?」
「いえ、価値なんてものはいくらでも作り出す事ができますし、提案の仕方しだいでしょう」
「価値を作り出す?」
「そうですね、例えばマリネシア商国の不安を煽る、とか」
「不安を煽る?」
「えぇ、彼らにとって比較的大人しいオルレンシアは、帝国との間の緩衝地帯と考えていたでしょう。その緩衝地帯が無くなったらどうなるかという不安を煽るのです」
なるほど、確かにそれなら俺たちは祖国奪還の為の資金援助を受けられ、尚且つ祖国復興が叶う。
「……だが、本当にそれで良いのだろうか?」
俺が少し疑問に思った事を口に出していたのか、隣で聞いていたシュターゼンが「ほぅ」と感心した様に俺の方を見た。
「王子は中々外交の才能がおありのようです。確かにこの策は上手く行けば行っただけマリネシアの干渉を受ける属国になる可能性があるのです」
「属国? それは一体どうしてなんです? シュターゼン参謀」
「ふむ、バイスにも理解できるようにかみ砕いて説明してもらえるか? シュターゼン」
「そうですね、バイス君はお金を借りた事はありますか?」
「う~ん、お金はありませんが女性なら借りた事は……痛ぇ! 副長! せめて籠手は外してください! 俺の頭が割れちまいますよ!」
「茶化そうとするからだ!」
そう言われたバイスは、頭をさすりながらシュターゼンの方を見た。
「お金は確かに少し友人に借りたりした事はあります」
「その時、その友人に対してどんな感情があった?」
「……感情? そうですね、感謝と同時に少し後ろめたい気持ちがありましたね」
「そう、後ろめたいんです。そしてその後ろめたさを無くそうとしたらどうしますか?」
「え? そりゃ頑張って働いてお金を返しますけど」
「じゃ、それが返し切れない金額だったら?」
「返し切れない金額だったら……、相手の言う事を聞く? あ!」
「そうです、どうしてもそうなってしまうんですよ。正常な人間はね。そして、これが国家であれば?」
「傀儡になるしかない……」
「そういう事です」
シュターゼンはそう言って地図上の指を東に、イスラファン連合に移動させた。
どうにか王都を脱出した俺とバイス、ボーマンの3人は今後の事を相談していた。
「さて、今後一体どうしたらいい?」
「そうですね、王子はどうされたいですか?」
「俺か? 俺は……」
父は死んだ。
それは目の前で起こった出来事が否応なく俺に告げていた。
ただ、母グィネヴィアはまだ生きている可能性が高い。
それが頭によぎった時、俺の行動は決まっていた。
「俺は母上を助けに行きたい!」
「わかりました。では、まずは力をつけましょう。軍も必要ですが人材も必要です」
俺の思いに対して、ボーマンは微笑みながら賛同してくれた。
そんな俺たちの会話を今まで横で聞いていたバイスが疑問を投げかける。
「そうは言っても副長、人材って殆ど王都に集結していましたし、地方の奴らはどっちかって言うと統治の才能しかない奴ばっかですよ?」
「確かにバイスの言う通りで、地方の殆どの領主は統治能力に重きを置いている者がほとんどです。ですが、1人それもこの近くに軍才のある者がおります」
ボーマンがそう言うと、バイスも思い出したのかハッとした表情を作るのと同時に苦虫を噛み潰した様な顔になった。
「いやいやいや、副長。あの人はダメですって、あんな訳わからん人仲間にするんですか?」
「確かに奴の思想は良く分からん。だがな、こと軍才に関しては私たちよりも遥かに抜きんでているのは事実だ」
「すまない、その風変わりな者は誰なのだ?」
「あぁ、そうか王子はあの人と殆ど会った事が無いのですな。とんでもない奴でして」
そう言ってバイスが語る〝あの人〟は、曰く階級主義なんて取っ払ってしまえ、曰く軍事力で全てを解決しようとするな、曰く奴隷なんてもっての外だ。
という過激な発言をするそうなのだ。
そして、その男はとある事件で父上に猛反対して幕僚としての地位を追われ、野に下ったそうなのだ。
「……バイスの言う通りですが、彼ほどの才覚を持った軍師を私は知りません。それに今の現状1人でも優秀な人材は欲しいものです。王子、如何でしょう?」
確かにバイスの言っている事が本当なら、国の根幹に関わってくる内容だ。
我が国も他国に漏れず、奴隷制によって地位の低い者が少なからずいる。
また、軍隊の歩兵戦力も殆どが奴隷なのだ。
それが、歪である事も俺は知っている。
なぜなら、父や母も奴隷をどうにかしなければならないと悩んでいたのだ。
それを幼少の頃から聞いていただけにその思いはある。
もっとも、思いがあるだけで何の対策も持ってはいないのが現状なのだが。
「よし、とりあえず会って決めよう。どんな人なのかも分からないのに噂と憶測で判断できない」
「……はぁ、俺は止めましたからね」
「はっ! 才能だけは十分だと思います。後は王子のお気持ち次第です。」
俺たちは、ボーマンの案内の元で噂の人物に会いに行くことにした。
〝あの人〟の家に向かって歩き始めてから数刻、すでに日が陰り始めた頃。
突然足元に矢が飛んできた。
「おい! これ以上近づくな! 次は当てるぞ!」
突然の警告に俺が驚いて見上げると、白いフードを被った少年が弓を引き絞っていた。
突然の襲撃に俺達が武器を構えると、ボーマンが間に入って、少年に弁明を始めた。
「ちょ、待ってくれ、ローラン。私だ、ボーマンだ」
「……、ボーマン様でしたか。失礼しました」
チラリとボーマンの姿を確認した彼は、幾分か警戒を緩めながらも弓を引き絞り続けた。
その姿に俺とバイスは困惑したものの一応交戦の意思がない事を示すため、武器をしまった。
その様子を見てやっと警戒を解いたのか、彼も引き絞っていた矢を矢筒に直すと、木の枝から飛び降りて俺たちの前に跪いた。
「ボーマン様、知らぬとは言え矢を射た事を謝罪いたします」
「いや、貴方もしっかりと主人に尽くしているが故の事です。顔を御上げなさい」
「ありがとうございます。で、こちらのお二人はどちら様でしょうか?」
「あぁ、ローランも初めてでしたね。こちらはアリューゼ・フォン・オルレンシア王子です」
ボーマンがそう紹介をすると同時に少年の顔から一気に血の気が引く。
それと同時に彼は再度跪いてきた。
「し、知らぬとは言え申し訳ございませんでした! 王子に弓引くなどあってはならぬ事、誠に申し訳ございません!」
「そう畏まらなくても良い。君がしっかりと外してくれていたから私は怪我もしていない。だから顔をあげてくれ」
「は! いえ、しかし……」
「王子がそう言ってくださっているのだ。しっかり顔をお見せなさい」
戸惑っているローランにボーマンが声をかけると、彼は困惑しながらも立ち上がって俺の方を見てきた。
その顔はフードに隠れているものの、金色の髪に金色の瞳をしておりどこか不思議な感じのする少年である。
「……副長、俺の紹介は無いんですか?」
俺とローランが見合っていると、横からバイスが声をかけてきた。
確かに俺の紹介で彼は完全に蚊帳の外になってしまっていた。
「ん? あぁすまんな。ローランあの軽薄そうなのがバイスだ」
「……あぁ、3又してその全員に愛想をつかされたバイス様ですね」
「……副長。俺の事一体どういう風に教えているんですか?」
バイスが不機嫌そうにそう言うと、俺達はついおかしくなって笑ってしまった。
「ところで、ボーマン様。なぜアリューゼ様を連れてこのような所まで? 見たところ護衛もあまりお連れではないようですが……」
彼はそう言って周りを不思議そうに見渡した。
それもそのはずだ。
あの混乱の中から逃げ出した俺たちは、自分達の身を守るのに精いっぱいで、とてもではないが兵を連れてくるなんて事はできなかったのだ。
「あぁ、それについては彼も交えて話すとしよう」
「あ、はい。ではこちらですのでどうぞ。あちこち罠だらけですので私の後ろと道を離れない様にしてくださいね」
今かなり物騒な一言があったような……。
俺は、彼が仕掛けたという罠が見えるかと思って左右を見渡したが、全く見つけられなかったので諦めて真直ぐ歩く事にした。
それから半時も経たずに一軒のあばら家に到着した。
いや、あばら家というのは失礼極まりない。
丸太を積み重ねて作った趣のある家と言うのが適切だろう。
俺はそんな家に少々圧倒されていた。
仮にも一軍の参謀を務めていた人物が、この様な森の奥で慎ましやかに隠棲しているのだ。
「……」
「王子どうされました?」
「あ、いや、中々趣のある家に住んでいるのだなと思ってな」
「あぁ、このあばら家は僕とご主人様の2人でつくったのですよ。未だに修復しないといけない場所があって、冬は隙間風が寒いんですよね」
「それはまた、大変な所に住んでいるのだな……」
「ご主人様! 客人がお見えです! ボーマン様とアリューゼ王子がお越しですよ!」
圧倒されている俺をよそに、ローランは家のドアを開けると大声で主人を呼び始めると、奥から声が聞こえてきた。
「おぉ~、やはりお越しになられたか! すまんがローラン、奥までご案内してくれ」
「……だそうですので、どうぞこちらです」
主人の許可を得たローランは、家の中へと入っていった。
その様子を見た俺達も彼の後を追って家の奥へと進んだ。
家の中は、意外となんて言うと失礼かもしれないが、かなり広く作られていた。
そして間口に対して奥行きが広い、所謂〝蛇の寝床〟と言われるような作りをしている。
まぁもっとも蛇は最近では丸くなって眠るというのが発見されているので、正確には違うんだけど。
そんな事を考えながら奥へと進むと、天井の抜けた場所へと到着した。
そこは台所の様な竈かまどの置いてある場所に板とは違った藁を束ねた様な場所があり、その真ん中に1人の男が地図を睨んでいる。
男は年の頃は三十中頃という感じで、ぎらつく様な目をしていた。
「おぉ、ボーマンよく来たな。ん? おぉ、それに王子大きくなられましたな」
「え? あぁ、すまない俺は君の事をよく覚えていないんだ」
「あぁ、それはそうでしょう。私が二十歳になる少し前にお生まれになり、貴方が四歳の誕生日を迎える前に私が下野したのですから」
俺が彼と話していると、ボーマンは咳ばらいをして「改めて紹介したい」と言ってきた。
「王子、こちらに居りますのが元王国騎士団参謀のシュターゼン・フォン・ベルムートです。一応貴族に列せられています」
「一応とは何だ、一応とは。まぁ言っても元貴族でもあります。今はしがない隠居の身ですからな」
彼はそう言いながらも俺に手を差し出してきた。
王侯は握手する風習が無いので一瞬驚いたものの、俺は彼の差し出した手を取り握り返しながら自己紹介をした。
「そうだったのか、知らぬとは言え申し訳なかった。俺はアリューゼ・フォン・オルレンシア。王国の第一王子だ」
「えぇ、良く存じ上げております。そしてお前も久しいなバイス君」
「はっ! シュターゼン参謀もお元気そうで……。っていつまでも新人騎士扱いしないでくださいよ!」
バイスの挨拶が終わるのと同時にシュターゼンは、俺達に座敷に入る様に勧めた。
「さて、立ち話も何ですからこちらへ。あぁ、履物はそこで脱いでください。これは東のヨキ国の座敷という部屋です」
「王子、彼はヨキ国の風習に興味を持っておりまして、この家の内装もヨキ国のものを参考にさせたらしいのです」
そう言われて俺は、「ほぉ」となんとも間の抜けた感想しか言えずに辺りを見回しながら彼の勧める地図のある場所へと移動した。
全員が勧められた場所へと移動すると、シュターゼンは地図を見せながら話し始める。
「さて、今回の戦争ですが西側の殆どが隣国であるクリストフ帝国の物となってしまっております」
そう言って彼が指さしたのは、国のほぼ中央にある王都とその西側半分だった。
「で、東側ですが……、クリストフ帝国に動きは無いのですが、魔物の動きがここ最近活性化しており、その対応に苦慮しているでしょう」
「そうか、東も魔物の活性化があったのか……」
「東も、と言いますと?」
「うむ、王都もクリストフ帝国の襲撃時に、魔物が地下水路を通って侵入してきてな……」
「なるほど、それが敗戦の原因でしたか。いくら何でもこの堅固な要塞都市が落ちるには早いと思っておりましたが、そのような事が……」
俺の言葉にシュターゼンは黙って考え込み始めた。
「……で、今後はどうしたら良いか教えてもらえないだろうか? シュターゼン参謀」
「……そうですね、過去の事はまだ分からない事が多いからな、まずは今後の事についてですね。まず逃げる場所ですが、東か南しかないでしょう。北は既に街道が封鎖され、西はクリストフ帝国を越えなければならず、南か東が逃げ道となります」
「俺としては、東のイスラファン連合に行きたいのだが……」
「王妃様の母国ですね。確かに最大の友好国ですが、その分道は険しくなりますよ?」
シュターゼンが俺に暗に止めた方が良いと言うと、ボーマンが口を挟んできた。
「確かに南のマリネシア商国の方が近いし楽ではある。だが彼らは、俺達に利用価値が無いと判断したらすぐにでも裏切るんじゃないか?」
「まぁその辺りは致し方あるまいて。こちらに商品価値があるぞって見せておく必要があるからな」
そう、その商品価値を見せるのが大変なのだ。
方や亡国の王子、方や勢いのある帝国。
このどちらに取り入るのが一番か、それは火を見るよりも明らかであろう。
「商品価値と言ってくれるが、彼らにとって俺は正直何の価値もないと思うが?」
「いえ、価値なんてものはいくらでも作り出す事ができますし、提案の仕方しだいでしょう」
「価値を作り出す?」
「そうですね、例えばマリネシア商国の不安を煽る、とか」
「不安を煽る?」
「えぇ、彼らにとって比較的大人しいオルレンシアは、帝国との間の緩衝地帯と考えていたでしょう。その緩衝地帯が無くなったらどうなるかという不安を煽るのです」
なるほど、確かにそれなら俺たちは祖国奪還の為の資金援助を受けられ、尚且つ祖国復興が叶う。
「……だが、本当にそれで良いのだろうか?」
俺が少し疑問に思った事を口に出していたのか、隣で聞いていたシュターゼンが「ほぅ」と感心した様に俺の方を見た。
「王子は中々外交の才能がおありのようです。確かにこの策は上手く行けば行っただけマリネシアの干渉を受ける属国になる可能性があるのです」
「属国? それは一体どうしてなんです? シュターゼン参謀」
「ふむ、バイスにも理解できるようにかみ砕いて説明してもらえるか? シュターゼン」
「そうですね、バイス君はお金を借りた事はありますか?」
「う~ん、お金はありませんが女性なら借りた事は……痛ぇ! 副長! せめて籠手は外してください! 俺の頭が割れちまいますよ!」
「茶化そうとするからだ!」
そう言われたバイスは、頭をさすりながらシュターゼンの方を見た。
「お金は確かに少し友人に借りたりした事はあります」
「その時、その友人に対してどんな感情があった?」
「……感情? そうですね、感謝と同時に少し後ろめたい気持ちがありましたね」
「そう、後ろめたいんです。そしてその後ろめたさを無くそうとしたらどうしますか?」
「え? そりゃ頑張って働いてお金を返しますけど」
「じゃ、それが返し切れない金額だったら?」
「返し切れない金額だったら……、相手の言う事を聞く? あ!」
「そうです、どうしてもそうなってしまうんですよ。正常な人間はね。そして、これが国家であれば?」
「傀儡になるしかない……」
「そういう事です」
シュターゼンはそう言って地図上の指を東に、イスラファン連合に移動させた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる