オネエが野獣になるときは。

胡桃

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Episode.01

01-1

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「…なんの冗談ですかこれ」

「それが冗談じゃないのよ」


私の目の前に座るのは、相変わらず綺麗なお顔の久我社長。


「冗談じゃないならこれは夢ですか?」

「…残念ながら夢でもないわ」


小洒落たレストランで向かい合う私と社長の間のテーブルには、一枚の紙切れ。


「さっき話した通りよ。これにサインしてほしいの」


…いくら社長でも、冗談はオネエってことだけにしてほしい。


さすがにそろそろ叫び出しそうだ。

もう冷静を保つとか無理でしょ、この状況。


「ほら、早くサインして?」


久我社長の言葉で紙切れに視線を戻したところで、私の理性はいきなり音を立てて崩壊した。




「…できるわけないじゃないですかっ!!婚姻届にサインなんて!!!」




上司と部下。

それ以上でもそれ以下でもない私達の間に、どうして婚姻届なんかが置かれているのか。


それは1時間前の、とある電話が原因だ。




***


「支倉ちゃん、ちょっと」

「えっ?久我社長?」


ビールのことを考えながら家に帰ろうとした矢先、話があるといきなり久我社長に連行された私。


「…あれ、お父さんから電話だ」


その車中、実家のお父さんから久々に電話がかかってきたわけなんだけど。



『蜜香、すまん…父さんが働いてた会社が倒産した』



…そこでいきなり爆弾発言をしやがった。


『父さんが倒産だ。はっはっはっ!』

「………は?いやいや、いきなりなにそれ全っ然笑えないんだけど!?」

『そうだ、この歳で失業とかまじで笑えない。今から雇ってもらえるところもないだろうしな。しかもまだローンも残ってる』


ちょっと待って…いきなりヘビーな話を聞かされてまったく理解が追いつかない!!!


『だけど、そこで救世主が現れたんだ。父さん達のローンを払ってくれて、なおかつコネで働き先を提供してくれる人が!』


初めて聞く情報があまりにも多すぎて、私の頭はパンク寸前になっているにも関わらず、お父さんはペラペラと一人で話し続ける。


だけどこれだけはつっこませてくれ。

そんな神様みたいな人が存在するわけないでしょ!


『父さんの学生時代からの親友で久我って奴がいるんだけど、その人が父さん達を助けてくれるらしいんだ』


けれど、その名前を聞いた途端嫌な予感がして



『お前と向こうの息子さんとの結婚を条件に』



…その予感は最悪な形で当たることになってしまったってわけ。
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