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7章(4)
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アウストルが一命を取り留めたこともあって、マーリンドは死罪を免れた。しかし、いくら死罪を免れたといっても、今までのように野放しになっているわけではない。ドゥアオロ王は、マーリンドを生涯、地下牢へ幽閉することを決めた。ユルハ城で放蕩の限りを尽くしてきたマーリンドにとっては、死罪よりもつらいものかもしれない。
「顔を上げよ」
メルフェリーゼはドゥアオロ王の威厳ある声で、平伏していた頭を上げた。
謁見の間にはメルフェリーゼと、玉座に腰かけたドゥアオロ王。そして国王の守りを固める近衛兵が幾人も立っている。
「ここに呼ばれた理由は、分かっておるな」
ドゥアオロ王の有無を言わせない問いに、メルフェリーゼはかすかに顎を引いてうなずく。
「私は、どんな処罰でも受けるつもりでここへ参りました」
「けっこうな心がけだ」
メルフェリーゼの言葉に嘘はない。たとえ妻であり、王族であったとしても、夫を殺そうとした罪は重い。本来であれば、その事実が露見した段階で首を刎ねられてもおかしくないほどの罪だ。
今日までメルフェリーゼがなんの処罰もなく生きてこられたのは、アウストルが事実を公にしなかったからだ。ドゥアオロ王の耳に入ってしまった以上、王族としてもメルフェリーゼの暗殺未遂、カイリエンとの駆け落ちを見過ごすことはできないだろう。
メルフェリーゼはドゥアオロ王と目を合わせるのもおこがましく、彼のよく磨かれた靴の先ばかり見ていた。
「その前に、アウストルの容態はどうだ」
「ベッドの上で起き上がれるほどには、回復しています」
「指は? やはり元には戻らないか?」
「そうですね……」
メルフェリーゼは伏せていた視線をさらに伏せ、床を見つめた。
アウストルの指は手当てが遅れたことで壊死がはじまり、回復の見込みはないということだった。幸い、指を切断するところまでは至っていないものの、これまでのように自由に指先でものを掴んだりすることは難しく、見た目にも影響があるため手袋を着けて生活するほうがよい、というのが医師の見解であった。
剣どころかペンも握れない、と弱々しく微笑んだアウストルに、メルフェリーゼはどう声をかけてよいものか迷いに迷った。
アウストルは頑なに隠そうとしているが、脚にもわずかに障害が残っているようである。命は助かっても、彼の人生が元通りにならないことは明白だった。たとえマーリンドが幽閉され、自身が王位を継承することが決まったとしても満足に動かない手足を抱えたままでは、国王に即位することも難しいように思われた。
「分かった。お前に処遇を伝えよう」
メルフェリーゼの心臓が激しく打ち鳴らされる。縛り首か、斬首か。できればあまり苦しまない方法がいいと思うのは、我儘すぎるだろうか。
「メルフェリーゼ。お前は生涯にわたり、次期国王アウストルを支え、献身をもってその罪を償うのだ」
「え……」
メルフェリーゼは言われたことを上手く飲み込めず、武人のように厳しいドゥアオロ王の顔を見た。
「聞こえなかったか?」
「いえ……聞こえております」
「ならばよい。早速、戴冠式に向けてアウストルの体調を整えるよう尽力せよ」
ドゥアオロ王が近衛兵に目配せをする。
退室を促す近衛兵の腕を振り切って、メルフェリーゼは玉座に向かって訴えた。
「お待ちください! なぜ私は死罪ではないのですか! 私の行いは、ユルハ王族の権威を失墜させるのに十分すぎる――」
「私の決定に異を唱えることは許さぬ」
国王の眼光の鋭さに、メルフェリーゼは言いかけた言葉を飲み込んで押し黙った。
誰も、彼の決定を覆すことはできない。不服だったとしても、飲み込むしかない。
「よいか、メルフェリーゼ」
ドゥアオロ王がいくらかやわらかい視線をメルフェリーゼに投げかける。
「死とはすなわち、罪の苦痛から逃れることである。自分の罪を見つめ、アウストルの隣で生きよ。自分だけが死に逃れられるなどとは、ゆめゆめ思わぬことだ」
メルフェリーゼの両肩に、ドゥアオロ王の重すぎる言葉がずしりとのしかかった。
自分のしたことを、忘れてはならない。一生、背負い続ける。その覚悟を、ドゥアオロ王はメルフェリーゼに求めているのだ。アウストルを置いて自分だけ逃げることは許さないと、厳しすぎる視線が物語っている。
メルフェリーゼは返す言葉を持たないまま、玉座に向かって深々と頭を下げた。
近衛兵に促されて、謁見の間を退出する。
廊下の窓から見下ろす中庭は、夕暮れの明るい西日に包まれていた。
メルフェリーゼは、そこでふと気づく。
ドゥアオロ王は戴冠式に向けて、と言っていたような……。
「メルフェリーゼ様!」
廊下の向こうから、ドレスの裾をからげてハナが走ってくる。ハナは正式にロワディナとの血の繋がりが認められ、第一王女として王族へ復帰することになった。
けれど侍女だった頃の癖が抜けないらしく、こうしてドレスの裾を捲りあげて廊下を走ってくるようなことがたびたびある。
メルフェリーゼは目の前までやってきて、肩で息をするハナの乱れたドレスを直してやった。
「どうしたの、そんなに急いで」
「だって大変なことですよ!」
「だから、なにが大変なの?」
ハナは手に握りしめたくしゃくしゃの紙を伸ばし、メルフェリーゼに突き出した。
字を追ったメルフェリーゼの顔にも、驚愕の表情が浮かぶ。
「王妃になるんですよ! メルフェリーゼ様が!」
ハナが握りしめてきた紙は、ドゥアオロ王の生前退位と、第二王子アウストルの国王即位に関する触書だった。
「顔を上げよ」
メルフェリーゼはドゥアオロ王の威厳ある声で、平伏していた頭を上げた。
謁見の間にはメルフェリーゼと、玉座に腰かけたドゥアオロ王。そして国王の守りを固める近衛兵が幾人も立っている。
「ここに呼ばれた理由は、分かっておるな」
ドゥアオロ王の有無を言わせない問いに、メルフェリーゼはかすかに顎を引いてうなずく。
「私は、どんな処罰でも受けるつもりでここへ参りました」
「けっこうな心がけだ」
メルフェリーゼの言葉に嘘はない。たとえ妻であり、王族であったとしても、夫を殺そうとした罪は重い。本来であれば、その事実が露見した段階で首を刎ねられてもおかしくないほどの罪だ。
今日までメルフェリーゼがなんの処罰もなく生きてこられたのは、アウストルが事実を公にしなかったからだ。ドゥアオロ王の耳に入ってしまった以上、王族としてもメルフェリーゼの暗殺未遂、カイリエンとの駆け落ちを見過ごすことはできないだろう。
メルフェリーゼはドゥアオロ王と目を合わせるのもおこがましく、彼のよく磨かれた靴の先ばかり見ていた。
「その前に、アウストルの容態はどうだ」
「ベッドの上で起き上がれるほどには、回復しています」
「指は? やはり元には戻らないか?」
「そうですね……」
メルフェリーゼは伏せていた視線をさらに伏せ、床を見つめた。
アウストルの指は手当てが遅れたことで壊死がはじまり、回復の見込みはないということだった。幸い、指を切断するところまでは至っていないものの、これまでのように自由に指先でものを掴んだりすることは難しく、見た目にも影響があるため手袋を着けて生活するほうがよい、というのが医師の見解であった。
剣どころかペンも握れない、と弱々しく微笑んだアウストルに、メルフェリーゼはどう声をかけてよいものか迷いに迷った。
アウストルは頑なに隠そうとしているが、脚にもわずかに障害が残っているようである。命は助かっても、彼の人生が元通りにならないことは明白だった。たとえマーリンドが幽閉され、自身が王位を継承することが決まったとしても満足に動かない手足を抱えたままでは、国王に即位することも難しいように思われた。
「分かった。お前に処遇を伝えよう」
メルフェリーゼの心臓が激しく打ち鳴らされる。縛り首か、斬首か。できればあまり苦しまない方法がいいと思うのは、我儘すぎるだろうか。
「メルフェリーゼ。お前は生涯にわたり、次期国王アウストルを支え、献身をもってその罪を償うのだ」
「え……」
メルフェリーゼは言われたことを上手く飲み込めず、武人のように厳しいドゥアオロ王の顔を見た。
「聞こえなかったか?」
「いえ……聞こえております」
「ならばよい。早速、戴冠式に向けてアウストルの体調を整えるよう尽力せよ」
ドゥアオロ王が近衛兵に目配せをする。
退室を促す近衛兵の腕を振り切って、メルフェリーゼは玉座に向かって訴えた。
「お待ちください! なぜ私は死罪ではないのですか! 私の行いは、ユルハ王族の権威を失墜させるのに十分すぎる――」
「私の決定に異を唱えることは許さぬ」
国王の眼光の鋭さに、メルフェリーゼは言いかけた言葉を飲み込んで押し黙った。
誰も、彼の決定を覆すことはできない。不服だったとしても、飲み込むしかない。
「よいか、メルフェリーゼ」
ドゥアオロ王がいくらかやわらかい視線をメルフェリーゼに投げかける。
「死とはすなわち、罪の苦痛から逃れることである。自分の罪を見つめ、アウストルの隣で生きよ。自分だけが死に逃れられるなどとは、ゆめゆめ思わぬことだ」
メルフェリーゼの両肩に、ドゥアオロ王の重すぎる言葉がずしりとのしかかった。
自分のしたことを、忘れてはならない。一生、背負い続ける。その覚悟を、ドゥアオロ王はメルフェリーゼに求めているのだ。アウストルを置いて自分だけ逃げることは許さないと、厳しすぎる視線が物語っている。
メルフェリーゼは返す言葉を持たないまま、玉座に向かって深々と頭を下げた。
近衛兵に促されて、謁見の間を退出する。
廊下の窓から見下ろす中庭は、夕暮れの明るい西日に包まれていた。
メルフェリーゼは、そこでふと気づく。
ドゥアオロ王は戴冠式に向けて、と言っていたような……。
「メルフェリーゼ様!」
廊下の向こうから、ドレスの裾をからげてハナが走ってくる。ハナは正式にロワディナとの血の繋がりが認められ、第一王女として王族へ復帰することになった。
けれど侍女だった頃の癖が抜けないらしく、こうしてドレスの裾を捲りあげて廊下を走ってくるようなことがたびたびある。
メルフェリーゼは目の前までやってきて、肩で息をするハナの乱れたドレスを直してやった。
「どうしたの、そんなに急いで」
「だって大変なことですよ!」
「だから、なにが大変なの?」
ハナは手に握りしめたくしゃくしゃの紙を伸ばし、メルフェリーゼに突き出した。
字を追ったメルフェリーゼの顔にも、驚愕の表情が浮かぶ。
「王妃になるんですよ! メルフェリーゼ様が!」
ハナが握りしめてきた紙は、ドゥアオロ王の生前退位と、第二王子アウストルの国王即位に関する触書だった。
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