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6章(2)
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閉じかけたドアの隙間に手を差し込み、無理やり開ける。
「教えてくださいよ。週刊誌に撮られたことも知ってるでしょ?」
碧は旭陽の顔を見上げた後、そっと目を逸らした。
「君に話すことは……なにもないよ」
踵を返し、部屋の中へ引っ込もうとする碧の腕を掴む。その腕は骨の感触が直に伝わるほど細く、そして冷たかった。
「俺には言えないことを二人でしてたってことすか」
「そんなことは――」
「じゃあ言えるでしょ」
碧の腕が冷たければ冷たいほど、自身の手のひらの熱さを感じた。
なぜこんなに碧のことが気になるのか。碧が夢見しずくと一緒にいようが、全然部屋に帰って来なかろうが、自分には関係ないはずなのに。なにもわからないのに、胸の中でくすぶっているのは碧に対する苛立ちだった。それはまるで、自分だけが仲間はずれにされた時のようなどうしようもない気持ちで――。
「君は、夢見しずくに嫉妬しているのか?」
「……嫉妬?」
「だって気になるのだろう。僕と夢見しずくが、二人でなにをしていたのか」
これが嫉妬という感情なのか。自分は、夢見しずくに嫉妬している? なぜ? 碧が、自分の元から離れ、他の人と一緒に過ごすことに嫉妬しているというのか?
「心配しなくとも、夢見しずくは女じゃない。女装趣味の男だ。僕が彼とどうこうなることは、まったくもって――」
「男じゃ、だめなんすか」
旭陽は気づけばそんなことを口走っていた。
碧の目がまるまると見開かれる。
「十束くん、君は……」
いつから願ってしまったのだろう。碧が頼るのは、自分だけであってほしい、と。他の人のところに行かないでほしい、と。
言ってしまった、と思ったがもう止められなかった。手のひらの熱が伝わって、碧の腕もじんわりと熱くなっていく。
「俺、小野さんのこと好きかもしれないです」
「それはうれしい言葉だ。ありがたく受け取っておこう」
では、と言って碧が部屋に戻ろうとする。腕を引き、その細い身体を引き戻す。
「冗談でもお世辞でもありません。本気なんです、俺」
「……僕は、男と付き合ったことはないが」
「俺だってないですよ」
ぐっと込み上げてきた感情を飲み下し、困惑気味の表情を浮かべる碧を見下ろす。
「でも小野さんが俺以外を頼るのは……嫌なんです。小野さんの努力を一番近くで見るのは、俺がいいんです」
一歩、距離を詰めた。碧は下がらない。
「俺の努力を一番近くで見てくれるのも、小野さんがいい」
碧が距離を取らないのを見て、旭陽はもう片方の手を伸ばした。碧の背中に触れ、身体を引き寄せる。そのまま抱きしめようとした時――碧は腕を伸ばし、旭陽の身体を突き放した。
「……すまない。ちょっと、考えさせてくれ」
するりと碧の腕が手の中から抜けていく。一歩、二歩と後ろに下がっていった碧は、眉を下げて旭陽の顔を見上げた。
「十束くんのことが嫌いというわけではないんだ……ただ、驚いただけで。時間が、必要なんだ」
旭陽がなにかを言い返す前に、碧はそっと廊下に旭陽の身体を押し出すと玄関のドアを閉めた。
薄暗い廊下に一人、残される。指先でなぞった玄関ドアは、すべてを凍らせるほど冷たく、それは旭陽と碧との間にある距離を想起させた。
自分の部屋に戻ることもできず、その場に立ち尽くす。碧の態度は、明確な拒絶ではなかったと思う。しかし勝機があるとも思えない。ただいたずらに彼を困惑させただけで。
「夢見しずくじゃなくて、俺を頼ってくださいよ……」
閉じたままのドアに向かって、呟く。頭の中は沸騰したように熱いのに、身体は芯まで冷え切っていた。足を引きずり、自分の部屋に戻る。ベッドに潜り込むとじんわりと暖かさが戻ってきたが、なかなか寝つけなかった。壁を一枚隔てた向こう側で、碧がなにを思い、なにをしているのかが気になって仕方がなかった。
◇ ◇ ◇
翌日。
旭陽は朝練のために朝早くに部屋を出た。隣室からはなんの物音も聞こえなかった。
早朝の空気はきんと冷えて澄んでいて、旭陽のどろどろとした心を責めているようでもあった。
余計なことを考えないように早朝のプールにやってきたのに、ストレッチをしている間も、泳いでいる間も、頭を占めるのは碧のことばかりだった。自信家でありながら臆病でもあり、向こう見ずなのに慎重なところがある。アンバランスな性格を、旭陽に対して時折見せる無邪気さを、旭陽は愛おしいと思ってしまったのだ。
頭を空っぽにするように、ひたすら泳いだ。おそらく部活に入ってから一番泳いだだろう。朝練の様子を見に来た監督からは、大会を目前に気合いが入っていていいことだと褒められた。正直、大会どころではないというのが旭陽の考えていることではあったのだが。
講義が入っていた二限の直前まで泳いでから、旭陽は手早く着替えて髪も乾かないうちに講義室に滑り込んだ。まだ教授は来ておらず、レジュメとノートを机に投げ出してからスマホを取り出す。
珍しく、妹から連絡が来ていた。妹とは帰省の時に会って以来、メッセージのやり取りすらしていない。一体なんの用なのか。メッセージの詳細を確認するべく、通知をタップする。そこに並んでいた文字を旭陽は三度、読み返した。
『夢見しずくのサイン会当たったんだけど、兄ちゃん一緒に行かない?』
「教えてくださいよ。週刊誌に撮られたことも知ってるでしょ?」
碧は旭陽の顔を見上げた後、そっと目を逸らした。
「君に話すことは……なにもないよ」
踵を返し、部屋の中へ引っ込もうとする碧の腕を掴む。その腕は骨の感触が直に伝わるほど細く、そして冷たかった。
「俺には言えないことを二人でしてたってことすか」
「そんなことは――」
「じゃあ言えるでしょ」
碧の腕が冷たければ冷たいほど、自身の手のひらの熱さを感じた。
なぜこんなに碧のことが気になるのか。碧が夢見しずくと一緒にいようが、全然部屋に帰って来なかろうが、自分には関係ないはずなのに。なにもわからないのに、胸の中でくすぶっているのは碧に対する苛立ちだった。それはまるで、自分だけが仲間はずれにされた時のようなどうしようもない気持ちで――。
「君は、夢見しずくに嫉妬しているのか?」
「……嫉妬?」
「だって気になるのだろう。僕と夢見しずくが、二人でなにをしていたのか」
これが嫉妬という感情なのか。自分は、夢見しずくに嫉妬している? なぜ? 碧が、自分の元から離れ、他の人と一緒に過ごすことに嫉妬しているというのか?
「心配しなくとも、夢見しずくは女じゃない。女装趣味の男だ。僕が彼とどうこうなることは、まったくもって――」
「男じゃ、だめなんすか」
旭陽は気づけばそんなことを口走っていた。
碧の目がまるまると見開かれる。
「十束くん、君は……」
いつから願ってしまったのだろう。碧が頼るのは、自分だけであってほしい、と。他の人のところに行かないでほしい、と。
言ってしまった、と思ったがもう止められなかった。手のひらの熱が伝わって、碧の腕もじんわりと熱くなっていく。
「俺、小野さんのこと好きかもしれないです」
「それはうれしい言葉だ。ありがたく受け取っておこう」
では、と言って碧が部屋に戻ろうとする。腕を引き、その細い身体を引き戻す。
「冗談でもお世辞でもありません。本気なんです、俺」
「……僕は、男と付き合ったことはないが」
「俺だってないですよ」
ぐっと込み上げてきた感情を飲み下し、困惑気味の表情を浮かべる碧を見下ろす。
「でも小野さんが俺以外を頼るのは……嫌なんです。小野さんの努力を一番近くで見るのは、俺がいいんです」
一歩、距離を詰めた。碧は下がらない。
「俺の努力を一番近くで見てくれるのも、小野さんがいい」
碧が距離を取らないのを見て、旭陽はもう片方の手を伸ばした。碧の背中に触れ、身体を引き寄せる。そのまま抱きしめようとした時――碧は腕を伸ばし、旭陽の身体を突き放した。
「……すまない。ちょっと、考えさせてくれ」
するりと碧の腕が手の中から抜けていく。一歩、二歩と後ろに下がっていった碧は、眉を下げて旭陽の顔を見上げた。
「十束くんのことが嫌いというわけではないんだ……ただ、驚いただけで。時間が、必要なんだ」
旭陽がなにかを言い返す前に、碧はそっと廊下に旭陽の身体を押し出すと玄関のドアを閉めた。
薄暗い廊下に一人、残される。指先でなぞった玄関ドアは、すべてを凍らせるほど冷たく、それは旭陽と碧との間にある距離を想起させた。
自分の部屋に戻ることもできず、その場に立ち尽くす。碧の態度は、明確な拒絶ではなかったと思う。しかし勝機があるとも思えない。ただいたずらに彼を困惑させただけで。
「夢見しずくじゃなくて、俺を頼ってくださいよ……」
閉じたままのドアに向かって、呟く。頭の中は沸騰したように熱いのに、身体は芯まで冷え切っていた。足を引きずり、自分の部屋に戻る。ベッドに潜り込むとじんわりと暖かさが戻ってきたが、なかなか寝つけなかった。壁を一枚隔てた向こう側で、碧がなにを思い、なにをしているのかが気になって仕方がなかった。
◇ ◇ ◇
翌日。
旭陽は朝練のために朝早くに部屋を出た。隣室からはなんの物音も聞こえなかった。
早朝の空気はきんと冷えて澄んでいて、旭陽のどろどろとした心を責めているようでもあった。
余計なことを考えないように早朝のプールにやってきたのに、ストレッチをしている間も、泳いでいる間も、頭を占めるのは碧のことばかりだった。自信家でありながら臆病でもあり、向こう見ずなのに慎重なところがある。アンバランスな性格を、旭陽に対して時折見せる無邪気さを、旭陽は愛おしいと思ってしまったのだ。
頭を空っぽにするように、ひたすら泳いだ。おそらく部活に入ってから一番泳いだだろう。朝練の様子を見に来た監督からは、大会を目前に気合いが入っていていいことだと褒められた。正直、大会どころではないというのが旭陽の考えていることではあったのだが。
講義が入っていた二限の直前まで泳いでから、旭陽は手早く着替えて髪も乾かないうちに講義室に滑り込んだ。まだ教授は来ておらず、レジュメとノートを机に投げ出してからスマホを取り出す。
珍しく、妹から連絡が来ていた。妹とは帰省の時に会って以来、メッセージのやり取りすらしていない。一体なんの用なのか。メッセージの詳細を確認するべく、通知をタップする。そこに並んでいた文字を旭陽は三度、読み返した。
『夢見しずくのサイン会当たったんだけど、兄ちゃん一緒に行かない?』
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