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6章(1)
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あれが本物の夢見しずくだったのか、答え合わせの瞬間はいくらもしないうちに訪れた。
「十束くん、ちょっと」
練習前。部室に顔を出すと、部長の赤崎に手招きで呼ばれた。目前に迫った大会のことだろうか。めいめいに騒いでいる同期たちの間を縫って、赤崎の元に行くと彼はついてくるよう手で示して、部室を出た。
サークル棟の廊下は年季の入った壁と、薄暗さが相まってなんとなくアパートの廊下に似ている。赤崎は廊下の端で立ち止まると、手にしていた週刊誌を開いた。
「これ、俺の見間違いじゃなければ小野くんだと思うんだけど……十束くんにはどう見える?」
赤崎が差し出してきたページを見る。見開き一ページにでかでかと白黒の写真が載っている。見出しは「現役女子高生作家・夢見しずくに熱愛発覚!? 年上ヒモ彼氏の正体に本誌が迫った!」と書かれている。
旭陽は写真を一瞥し、ぎょっとした。写真に映っている、裾のふんわりとしたワンピース姿の女性に見覚えがあったからだ。人形みたいな綺麗な横顔も。間違いなく、数日前に旭陽がアパートで出会い、名刺を渡された夢見しずくだった。
そして夢見しずくの隣には、無地のトレーナーを着た男が映っていた。旭陽より小さめの背丈、眼鏡をかけた横顔、怠そうに丸められた背中――小野碧である。赤崎がわざわざ旭陽に確認したのは、画像が粗すぎて確信が持てなかったからだろう。旭陽も最初は別人かと思ったが、隣人の立ち姿を見間違えることはなかった。
「小野さん……ですよね」
「だよね、やっぱり」
赤崎は週刊誌のページを覗き込んで、唸った。
「まさか大学をサボって、女子高生に手を出す奴だったとはなあ……」
「いや、夢見しずくは――」
そこまで言って、口を噤んだ。世間では夢見しずくは女子高生なのだ。碧が過去に言っていた。夢見しずくは受賞時、男子中学生だった、と。あの言葉が本当なら、ワンピース姿は女装ということになるが……。
旭陽は記憶を引っ張り出して、夢見しずくと会った時のことを思い出した。遠目から見た時はたしかに女性らしかったし、声も声変わりをした男のようではなく、少女のような小さくて儚い声だった。違和感があったとしたら、彼女を正面から見た時だった。あれはそうだ……今思えば女性にしては顎のラインがシャープだったり、全体的にまろみを欠いていたように見えたからだろう。
「小野さんが、年上のヒモ彼氏ってことですか?」
それ以上、夢見しずくについての話を広げられず、旭陽は話題を変えた。赤崎がページをめくる。隠し撮りされたと思しき数枚の写真の間に文字が並んでいる。ざっと目を通していると、ある文言が目に留まった。
「小野くんが、売れない作家だって」
赤崎も同じところが目に留まったのだろう。苦笑しながら記事の一部を読み上げている。要するに週刊誌は売れっ子作家である夢見しずくと、対照的にまったく売れない作家である野々みどりの格差恋愛を報じていたのだ。
「こんな記事、どこに需要があるんでしょうね」
「この夢見しずく? って子が女子高生で小説家なんだろう? そっちのファンとかがいるんじゃないのかな」
サークル棟の隅で、二人は週刊誌を挟んで顔を突き合わせていた。きっとお互いの頭の中に浮かんだことは同じだ。碧は一体、なにをやっているのか。
この記事に書かれていることがすべて本当だとは思わない。けれど、すべてが間違いだとも言い切れない。実際、二人がこうして肩を並べて歩いているところを撮られているわけだし、夢見しずくは碧のアパートにまで押しかけてきていた。二人の間に、なんらかの出来事があったことにはちがいないのだ。
どうすることもできず、赤崎は週刊誌を閉じて肩をすくめた。そして部室へ戻る途中で、その週刊誌をゴミ箱に放った。本人に聞きたいことが山ほどあるが、当の本人は失踪してからすでに一ヶ月以上が経っている。
◇ ◇ ◇
赤崎とどうしようもない事実を確認した数日後。旭陽はバタバタと廊下を駆けていく足音で目を覚ました。時刻はすでに午前二時を回っている。こんな時間に、旭陽の部屋の前を走り抜けていった人間がいる。
旭陽はそっとベッドから抜け出すと、玄関で靴を履いて廊下に出た。天井の蛍光灯はいまだ交換されず、薄暗い廊下は夜の冷たさで満たされている。旭陽の見立てが間違いでなければ、足音の主は隣室に入った。つまり、碧が部屋に戻ってきたのだ。
どうする? インターホンを押すか、それともまた部屋から出てくると見込んで廊下で待つか。足の先から冷たさが這い上がってきて、上着を着てこなかったことを後悔する。
十分ほど待って、待ちきれずインターホンに手を伸ばした時――おもむろに玄関ドアが開いた。ドアの隙間から廊下へ滑り出そうとしていた碧が、旭陽の姿を認めて急ブレーキをかける。
「……十束くん?」
久しぶりに見た碧の顔は、ちっとも変わっていなかった。本人を見て実感する。やはり週刊誌の写真に映っていたのは碧だ。
ドアの前に立ちふさがり、視線を落とす。碧と目が合う。碧は明らかに動揺していた。
「どうしたんだい、こんな時間に――」
「夢見しずくと」
その名を出した時、碧の顔がわずかに強張った。本人は意識していないかもしれないが、旭陽にはわかる。表情の変化も、内包されている戸惑いや、後ろめたさのようなものも。
「夢見しずくと、なにしてたんすか?」
「十束くん、ちょっと」
練習前。部室に顔を出すと、部長の赤崎に手招きで呼ばれた。目前に迫った大会のことだろうか。めいめいに騒いでいる同期たちの間を縫って、赤崎の元に行くと彼はついてくるよう手で示して、部室を出た。
サークル棟の廊下は年季の入った壁と、薄暗さが相まってなんとなくアパートの廊下に似ている。赤崎は廊下の端で立ち止まると、手にしていた週刊誌を開いた。
「これ、俺の見間違いじゃなければ小野くんだと思うんだけど……十束くんにはどう見える?」
赤崎が差し出してきたページを見る。見開き一ページにでかでかと白黒の写真が載っている。見出しは「現役女子高生作家・夢見しずくに熱愛発覚!? 年上ヒモ彼氏の正体に本誌が迫った!」と書かれている。
旭陽は写真を一瞥し、ぎょっとした。写真に映っている、裾のふんわりとしたワンピース姿の女性に見覚えがあったからだ。人形みたいな綺麗な横顔も。間違いなく、数日前に旭陽がアパートで出会い、名刺を渡された夢見しずくだった。
そして夢見しずくの隣には、無地のトレーナーを着た男が映っていた。旭陽より小さめの背丈、眼鏡をかけた横顔、怠そうに丸められた背中――小野碧である。赤崎がわざわざ旭陽に確認したのは、画像が粗すぎて確信が持てなかったからだろう。旭陽も最初は別人かと思ったが、隣人の立ち姿を見間違えることはなかった。
「小野さん……ですよね」
「だよね、やっぱり」
赤崎は週刊誌のページを覗き込んで、唸った。
「まさか大学をサボって、女子高生に手を出す奴だったとはなあ……」
「いや、夢見しずくは――」
そこまで言って、口を噤んだ。世間では夢見しずくは女子高生なのだ。碧が過去に言っていた。夢見しずくは受賞時、男子中学生だった、と。あの言葉が本当なら、ワンピース姿は女装ということになるが……。
旭陽は記憶を引っ張り出して、夢見しずくと会った時のことを思い出した。遠目から見た時はたしかに女性らしかったし、声も声変わりをした男のようではなく、少女のような小さくて儚い声だった。違和感があったとしたら、彼女を正面から見た時だった。あれはそうだ……今思えば女性にしては顎のラインがシャープだったり、全体的にまろみを欠いていたように見えたからだろう。
「小野さんが、年上のヒモ彼氏ってことですか?」
それ以上、夢見しずくについての話を広げられず、旭陽は話題を変えた。赤崎がページをめくる。隠し撮りされたと思しき数枚の写真の間に文字が並んでいる。ざっと目を通していると、ある文言が目に留まった。
「小野くんが、売れない作家だって」
赤崎も同じところが目に留まったのだろう。苦笑しながら記事の一部を読み上げている。要するに週刊誌は売れっ子作家である夢見しずくと、対照的にまったく売れない作家である野々みどりの格差恋愛を報じていたのだ。
「こんな記事、どこに需要があるんでしょうね」
「この夢見しずく? って子が女子高生で小説家なんだろう? そっちのファンとかがいるんじゃないのかな」
サークル棟の隅で、二人は週刊誌を挟んで顔を突き合わせていた。きっとお互いの頭の中に浮かんだことは同じだ。碧は一体、なにをやっているのか。
この記事に書かれていることがすべて本当だとは思わない。けれど、すべてが間違いだとも言い切れない。実際、二人がこうして肩を並べて歩いているところを撮られているわけだし、夢見しずくは碧のアパートにまで押しかけてきていた。二人の間に、なんらかの出来事があったことにはちがいないのだ。
どうすることもできず、赤崎は週刊誌を閉じて肩をすくめた。そして部室へ戻る途中で、その週刊誌をゴミ箱に放った。本人に聞きたいことが山ほどあるが、当の本人は失踪してからすでに一ヶ月以上が経っている。
◇ ◇ ◇
赤崎とどうしようもない事実を確認した数日後。旭陽はバタバタと廊下を駆けていく足音で目を覚ました。時刻はすでに午前二時を回っている。こんな時間に、旭陽の部屋の前を走り抜けていった人間がいる。
旭陽はそっとベッドから抜け出すと、玄関で靴を履いて廊下に出た。天井の蛍光灯はいまだ交換されず、薄暗い廊下は夜の冷たさで満たされている。旭陽の見立てが間違いでなければ、足音の主は隣室に入った。つまり、碧が部屋に戻ってきたのだ。
どうする? インターホンを押すか、それともまた部屋から出てくると見込んで廊下で待つか。足の先から冷たさが這い上がってきて、上着を着てこなかったことを後悔する。
十分ほど待って、待ちきれずインターホンに手を伸ばした時――おもむろに玄関ドアが開いた。ドアの隙間から廊下へ滑り出そうとしていた碧が、旭陽の姿を認めて急ブレーキをかける。
「……十束くん?」
久しぶりに見た碧の顔は、ちっとも変わっていなかった。本人を見て実感する。やはり週刊誌の写真に映っていたのは碧だ。
ドアの前に立ちふさがり、視線を落とす。碧と目が合う。碧は明らかに動揺していた。
「どうしたんだい、こんな時間に――」
「夢見しずくと」
その名を出した時、碧の顔がわずかに強張った。本人は意識していないかもしれないが、旭陽にはわかる。表情の変化も、内包されている戸惑いや、後ろめたさのようなものも。
「夢見しずくと、なにしてたんすか?」
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