【完結】トワイライト

古都まとい

文字の大きさ
30 / 38

6章(1)

しおりを挟む
 あれが本物の夢見しずくだったのか、答え合わせの瞬間はいくらもしないうちに訪れた。

「十束くん、ちょっと」

 練習前。部室に顔を出すと、部長の赤崎に手招きで呼ばれた。目前に迫った大会のことだろうか。めいめいに騒いでいる同期たちの間を縫って、赤崎の元に行くと彼はついてくるよう手で示して、部室を出た。
 サークル棟の廊下は年季の入った壁と、薄暗さが相まってなんとなくアパートの廊下に似ている。赤崎は廊下の端で立ち止まると、手にしていた週刊誌を開いた。

「これ、俺の見間違いじゃなければ小野くんだと思うんだけど……十束くんにはどう見える?」

 赤崎が差し出してきたページを見る。見開き一ページにでかでかと白黒の写真が載っている。見出しは「現役女子高生作家・夢見しずくに熱愛発覚!? 年上ヒモ彼氏の正体に本誌が迫った!」と書かれている。
 旭陽は写真を一瞥し、ぎょっとした。写真に映っている、裾のふんわりとしたワンピース姿の女性に見覚えがあったからだ。人形みたいな綺麗な横顔も。間違いなく、数日前に旭陽がアパートで出会い、名刺を渡された夢見しずくだった。
 そして夢見しずくの隣には、無地のトレーナーを着た男が映っていた。旭陽より小さめの背丈、眼鏡をかけた横顔、怠そうに丸められた背中――小野碧である。赤崎がわざわざ旭陽に確認したのは、画像が粗すぎて確信が持てなかったからだろう。旭陽も最初は別人かと思ったが、隣人の立ち姿を見間違えることはなかった。

「小野さん……ですよね」
「だよね、やっぱり」

 赤崎は週刊誌のページを覗き込んで、唸った。

「まさか大学をサボって、女子高生に手を出す奴だったとはなあ……」
「いや、夢見しずくは――」

 そこまで言って、口を噤んだ。世間では夢見しずくは女子高生なのだ。碧が過去に言っていた。夢見しずくは受賞時、中学生だった、と。あの言葉が本当なら、ワンピース姿は女装ということになるが……。
 旭陽は記憶を引っ張り出して、夢見しずくと会った時のことを思い出した。遠目から見た時はたしかに女性らしかったし、声も声変わりをした男のようではなく、少女のような小さくて儚い声だった。違和感があったとしたら、彼女を正面から見た時だった。あれはそうだ……今思えば女性にしては顎のラインがシャープだったり、全体的にまろみを欠いていたように見えたからだろう。

「小野さんが、年上のヒモ彼氏ってことですか?」

 それ以上、夢見しずくについての話を広げられず、旭陽は話題を変えた。赤崎がページをめくる。隠し撮りされたと思しき数枚の写真の間に文字が並んでいる。ざっと目を通していると、ある文言が目に留まった。

「小野くんが、売れない作家だって」

 赤崎も同じところが目に留まったのだろう。苦笑しながら記事の一部を読み上げている。要するに週刊誌は売れっ子作家である夢見しずくと、対照的にまったく売れない作家である野々みどりの格差恋愛を報じていたのだ。

「こんな記事、どこに需要があるんでしょうね」
「この夢見しずく? って子が女子高生で小説家なんだろう? そっちのファンとかがいるんじゃないのかな」

 サークル棟の隅で、二人は週刊誌を挟んで顔を突き合わせていた。きっとお互いの頭の中に浮かんだことは同じだ。碧は一体、なにをやっているのか。
 この記事に書かれていることがすべて本当だとは思わない。けれど、すべてが間違いだとも言い切れない。実際、二人がこうして肩を並べて歩いているところを撮られているわけだし、夢見しずくは碧のアパートにまで押しかけてきていた。二人の間に、なんらかの出来事があったことにはちがいないのだ。
 どうすることもできず、赤崎は週刊誌を閉じて肩をすくめた。そして部室へ戻る途中で、その週刊誌をゴミ箱に放った。本人に聞きたいことが山ほどあるが、当の本人は失踪してからすでに一ヶ月以上が経っている。


◇ ◇ ◇


 赤崎とどうしようもない事実を確認した数日後。旭陽はバタバタと廊下を駆けていく足音で目を覚ました。時刻はすでに午前二時を回っている。こんな時間に、旭陽の部屋の前を走り抜けていった人間がいる。
 旭陽はそっとベッドから抜け出すと、玄関で靴を履いて廊下に出た。天井の蛍光灯はいまだ交換されず、薄暗い廊下は夜の冷たさで満たされている。旭陽の見立てが間違いでなければ、足音の主は隣室に入った。つまり、碧が部屋に戻ってきたのだ。
 どうする? インターホンを押すか、それともまた部屋から出てくると見込んで廊下で待つか。足の先から冷たさが這い上がってきて、上着を着てこなかったことを後悔する。
 十分ほど待って、待ちきれずインターホンに手を伸ばした時――おもむろに玄関ドアが開いた。ドアの隙間から廊下へ滑り出そうとしていた碧が、旭陽の姿を認めて急ブレーキをかける。

「……十束くん?」

 久しぶりに見た碧の顔は、ちっとも変わっていなかった。本人を見て実感する。やはり週刊誌の写真に映っていたのは碧だ。
 ドアの前に立ちふさがり、視線を落とす。碧と目が合う。碧は明らかに動揺していた。

「どうしたんだい、こんな時間に――」
「夢見しずくと」

 その名を出した時、碧の顔がわずかに強張った。本人は意識していないかもしれないが、旭陽にはわかる。表情の変化も、内包されている戸惑いや、後ろめたさのようなものも。

「夢見しずくと、なにしてたんすか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

【完結】口遊むのはいつもブルージー 〜双子の兄に惚れている後輩から、弟の俺が迫られています〜

星寝むぎ
BL
お気に入りやハートを押してくださって本当にありがとうございます! 心から嬉しいです( ; ; ) ――ただ幸せを願うことが美しい愛なら、これはみっともない恋だ―― “隠しごとありの年下イケメン攻め×双子の兄に劣等感を持つ年上受け” 音楽が好きで、SNSにひっそりと歌ってみた動画を投稿している桃輔。ある日、新入生から唐突な告白を受ける。学校説明会の時に一目惚れされたらしいが、出席した覚えはない。なるほど双子の兄のことか。人違いだと一蹴したが、その新入生・瀬名はめげずに毎日桃輔の元へやってくる。 イタズラ心で兄のことを隠した桃輔は、次第に瀬名と過ごす時間が楽しくなっていく――

殿堂入りした愛なのに

たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける) 今日からはれて高等部に進学する。 入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。 一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。 両片思いの一途すぎる話。BLです。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

僕らのトライアングル

竜鳴躍
BL
工藤ユウキには好きな人がいる。 隣の家に住んでいる大学生のお兄さん。 頭が良くて、優しくて、憧れのお兄さん。 斎藤久遠さん。 工藤ユウキには幼馴染がいる。ちょっとやんちゃでみんなの人気者、結城神蔵はいつもいっしょ。 久遠さんも神蔵が可愛いのかな。 二人はとても仲良しで、ちょっとお胸がくるし。 神蔵のお父さんと僕のお父さんがカップルになったから、神蔵も僕のお家にお引越し。 神蔵のことは好きだけど、苦しいなぁ。 えっ、神蔵は僕のことが好きだったの!? 久遠さんは神蔵が好きで神蔵は僕が好きで、僕は…… 僕らの青春スクランブル。 元学級委員長パパ☓元ヤンパパもあるよ。 ※長編といえるほどではなさそうなので、短編に変更→意外と長いかもと長編変更。2025.9.15

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

処理中です...