人形と呼ばれた僕は、黒狼殿下に溺愛される

yahagi

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婚約破棄と冒険

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 僕は古い商家であるタンザイト家の三男として生まれ落ちた。
 爵位も持つタンザイト家は裕福だが、格式にこだわる為、あれはやってはいけない、これもやってはいけない、と幼少の頃より厳しく躾られ、僕は物静かな人形のような子供に育った。
 年を経て、現在18歳。
 相変わらず物静かで大人しい僕は、茶色の長い髪に、紫と橙色のオッドアイ、整った顔立ちも相まって、本当に人形のようだ。

「……おい、聞いているのか、シェラヘザード!」

「聞いております」

「相変わらず薄気味悪い男だ。お前は嫁になるのだから、愛嬌を身に付けろとさんざん言ってきただろうっ」

 苛立たしげに足を踏み鳴らすこの男は、僕の婚約者。
 カイリー・エステマ。
 白銀の髪は背中まで伸ばし、左肩にまとめている姿は、貴族らしく優美だ。
 その水色の瞳が、怒りに染まっていく。

「せめて笑顔で出迎えろと言ってあったのに、相変わらずの無表情。俺はお前のオッドアイは気に入っているが、嫌いなのはその顔だ。薄気味悪くてかなわん。おい、笑顔を浮かべてみせろ」

 僕は口角を上げて笑顔を作った。
 精一杯の笑顔だったが、カイリーの怒りは収まらない。

「そんなもの、笑顔とは言わんっ! もう良い、お前とは婚約破棄するっ! オッドアイは惜しいが、薄気味悪くて人形を愛することは出来ぬ。良いな、シェラヘザード。お前とはこれきりだ。だが、お前のような薄気味悪い男にも使い道はある」

 カイリーは立ち上がって、手を広げた。

「敵国であった獣人の国エイザーと和平が成立した。そのため、獣人と婚姻する人間をこの国は欲しているのさ。シェラヘザード、お前は獣人の嫁になるのだっ。薄汚い獣野郎にせいぜい可愛がって貰うが良いっ! あっはっはっは!」

 カイリーは高笑いして帰って行った。
 婚約破棄されたというのに、胸は痛まない。
 カイリーには愛想があってニコニコ笑う娘が似合うのだろうと、ずっと思っていたからだ。

 獣人の国、エイザーに本当に行けるのならば、行ってみたい。
 まだ和平が結ばれて1年も経っていない未知の国だ。
 僕はたくさんの冒険を本に求めてきたけれど、本当は勇者になって竜を倒す旅に出たかった。
 子ども心に諦めた冒険への熱情がふつふつとよみがえってくる。
 その夜は冒険の小説を読んで眠りについた。

 お父様に呼び出されたのは、二週間後の事だった。

「シェラヘザード、久しいな。今日呼んだのは、カイリー・エステマとの婚約破棄についてだ。エステマ家は違約金を支払ったので、これを認めた。シェラヘザード、お前には獣人の国、エイザーへ行って貰う」

「はい……」

 心臓がどくどくと波打ち、手をギュッと握る。

「うちの家は由緒正しき貴族の家柄。エイザー国も考慮して下さり、第三王子黒狼殿下との婚姻が決まった。向こうに着いたら一週間後に挙式だそうだ」

「それは……急なお話ですね」

「黒狼殿下は戦争でも活躍した英雄だ。早く幸福な姿を国民に見せたいとお考えだ。お前は第三王子妃として、立派に仕事に勤めるといい」

「かしこまりました」

 お父様の命令で、すぐさま出立準備が進められていく。
 僕のお気に入りの本もだいたい箱に詰め込まれ、慌ただしい日々が始まった。
 僕は早急にエイザー国のことを勉強しなければならなかった。
 言葉は同じだが、貨幣が違う。
 朝はコーヒーを飲む習慣があり、朝食はクロワッサンが多い。
 そして外見には、頭に二つの耳と尻に尻尾が生えている。
 耳と尻尾には触れてはならない。
 それから、エイザー国の貴族についても、僕は早急に学んだ。
 約一週間後、僕は護衛の冒険者を引き連れて、出立した。

 僕は冒険者を見るのが初めてで、馬車の中から声をかけた。

「ねえ、エイザー国に行った事はある?」

「はい。俺は戦争に参加していました。エイザー国は食い物もうまくて住みやすいと思いますよ」

「それは嬉しいな。黒狼殿下のことは知ってる?」

「黒狼殿下は物凄く強い獣人です。戦争だから仕方ないけれど、たくさんの仲間が死にました。恨んでる奴も多いから、奥様も気を付けて下さい」

「そっか。話してくれてありがとう。それからね……」

「シェラヘザード様、旦那様以外と会話するなど、はしたのうございます。どうぞ雑談はそこまでになさって下さい」

 止めて来たのは僕の専用侍従、ダンティス。
 彼も今回の輿入れについて来てくれるのだ。

「男の匂いを極力付けないようにと、注意書きがあったでしょう。シェラヘザード様もお気をつけ下さい」

 俺は窓を閉めて注意書きが書かれている冊子を取り出した。
 ここに、獣人の習性が書いてある。

「獣人はひとりを一生愛する。って本当かなあ」

「シェラヘザード様はカイリー様に婚約破棄されたのでナーバスになってらっしゃるのですね。これは本当だと思いますよ。獣人が離婚したという話は聞きません」

「なんで閨事の注意事項が多いんだろう。しかも、頻度は毎日だって! 僕は大丈夫かな」

「獣人も、人族とあまり変わりないという事をアピールしているのでしょう。性器も同じ形のようですし、怖がることはありませんね。耳や尻尾に触れないように、気を付ければよさそうです」

 僕はダンティスと会話をして旅路を過ごした。
 ダンティスは男性だが、既婚者であるし、先方に許可を貰っている。
 獣人とは嫉妬深い生き物のようだと、ぼんやり思った。

 それから二週間、馬車に揺られたわけだけど、不埒者の襲撃が二度あった。
 第三王子黒狼殿下に恨みのある輩だったそうだ。
 僕は馬車の中で震えていただけで、冒険者が撃退してくれた。
 狙いは僕だったようだ。
 その後も慎重に進み、エイザー国に入った頃には、疲れ切っていた。
 だが、異国情緒溢れる町並みや、頭に耳のある人々を見たら、好奇心がむくむく立ちのぼってきた。

「ダンティス、頭に耳があるよ! あっちの建物は何だろう? あれは食べ物かな」

「下男に買ってこさせます。少々お待ちください」

 買ってきて貰ったそれは、小さいドーナツに蜜をかけたものだった。
 疲れた身体に染み入る美味しさだ。
 僕はぱくぱくと食べて、麻袋の水を飲んだ。

 王城まで、それから5日かかった。
 長い旅路に身体は疲弊していたが、心は元気一杯で、好奇心に満ちていた。
 王城で旅装を解いた僕達は、まず大きな風呂に通された。

「シェラヘザード様は体力はないのに、元気一杯ですね」

「うんっ! 僕、こんな風に旅をしたことがなかったから、凄く楽しかった!」

 ダンティスに身体を洗われながら、僕は楽しかったことを話していた。

「シェラヘザード様が楽しそうで、ようございました。あのカエルの玩具はよく出来ていましたね」

「本物みたいにぴょんって飛ぶんだもの。僕、びっくりしちゃった。あの耳は猫科の獣人だと思うんだけど、優しそうだったよね」

 泡を流して、湯船に浸かる。
 ちょっと熱めの湯が気持ち良い。
 
「後は牛の獣人の売っていたミルクが美味しかったなあ。お風呂上がりにミルクって貰えるかな?」

「ご用意致します」

 ダンティスとしっかりあたたまってから、湯船を出た。
 着替えが用意されていたので、それを着る。
 長袖のシャツとバルーンパンツに薄いジャケット。
 それに装飾品が多数装着され、僕は薄く紅も引かれた。

 お風呂上がりのミルクを堪能していると、メイドが呼びに来た。
 時刻は5の刻であり、夕餉が始まるとの事だ。
 僕達は食堂へ案内され、ダンティスが椅子を引いて下がった。

 食前酒に口をつけていると、王族の入場があった。
 まず王様と王妃様、第一王子、第二王子、第三王子。
 ふと、第三王子と目が合う。
 短い黒髪に、狼の耳が二つ、ちょこんと乗っている。
 金色の瞳が輝き、その大柄な体躯は、装飾品も相まって華美に仕上げられている。
 勇ましい顔立ちかと思っていたら、整った大変美しい王子然とした顔で、僕は少々面食らった。
 第三王子黒狼殿下がこんなに優美な美丈夫だとは、誰も想像すまい。
 僕はときめく胸を押さえ、こっそり唾を飲み下した。

 まず王様が口を開いた。

「ようこそ、シェラヘザード。これからは城を我が家だと思って、ゆるりと過ごされよ。そなたと婚姻するのは末の王子、ザイルだ。黒狼殿下とも呼ばれておる。ザイル、挨拶を」

「ザイルだ。帰るなら今のうちだぞ。俺は番った雌を一生離さねえ。お前は男だが、俺の雌にするんだから同じ事だ。そのオッドアイ、猫みてえで綺麗だな」

 オッドアイはカイリーにも誉められていた。
 僕は勇気を振り絞り、声を出した。

「僕はザイル殿下と一生過ごす覚悟を決めております。それより、僕は人形のようで薄気味悪いという評判の男です。僕で本当に良いですか?」

「人形みてえで笑わねえから、婚約破棄されたんだったか。でもなァ、姦しい雌は嫌いだ。それにお前、ずっとニコニコしてるじゃねえか。よっぽど元の婚約者と合わなかったんだろう」

 ダンティスは後ろで大きく頷いた。

「じゃあ、シェラヘザードは俺が貰う。一週間後に挙式だ。誰も文句ねえみてえだしな」

 優美な顔でニッと笑ったザイル殿下は、シェフに合図して前菜を運ばせた。
 前菜は、貝のスープだった。
 じんわり染み出る塩味が美味しい。
 初めて食べる野菜が混じっていて、興味が惹かれる。
 後でダンティスに聞いて貰おう。
 俺は次の皿のオムレツを食べるために、フォークとナイフを手に取った。

 メインは、子羊のソテー。
 デザートはレモン風味のプティング。
 どれも本当に美味しかった。

「食事は口に合ったみてえだな。何か欲しい時は気を使わずに全部言え。無理なときは断る。これから毎日お前に会いに行く。まだ手は出さねえから、お喋りしようぜ」

「はい、かしこまりました」

「俺のことはザイルって呼べ。呼んでみろ」

「ザイル殿下」

「違う。ザイルだ。ほれ、もう一回」

「ざ……ザイル」

「そうだ。そうやって呼べ。俺に気を使うなよ。俺達は夫婦になるんだからな。敬語もやめろ」

「うん、わかったよ、ザイル」

 僕はふわりと微笑んだ。

「お前、すげえ可愛いよ。獣人に偏見がないんだな。楽しそうで、こっちも嬉しい。俺のせいで二度襲われたと聞いたが、大丈夫そうだな」

「うん。怖かったけれど、冒険者が倒してくれたしね。戦争のことはどうしようもないよ。ザイルは悪くないと思ってる」

「恨まれるべきは戦争を決めた儂だろうけれどな。恨みの矛先はザイルに向かっておる。ザイル、重々気を付けるようにな」

「ああ、わかっている」

 そこまでで夕餉は終了。
 王族から退席していき、僕は最後。

 ダンティスに促されて食堂を出る。
 自室に案内され、荷解きされた今は僕の私室みたいだ。
 僕はお気に入りの本が本棚に並んでいるのを指でなぞりながら、旅路で買ったカエルの玩具をぽんと叩く。
 ぴょんっと飛んだカエルが棚から落ちたのをダンティスが元に戻した。

「お疲れでいらっしゃるでしょう。お休み下さい」

「わかった……おやすみ、ダンティス」

 ベッドに入ると、疲れが出たのか夢も見ず、ぐっすりと眠った。
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