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最終章
【三】小春―新しい命(最終話)
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ズキリ。
「うっ!」
夜明け間近の寝室で、お腹に痛みが走った。胎内にいる赤ちゃんが足を蹴りつけるのとは違う鈍痛。これはもしかして……?
「テッちゃん。すごくお腹が痛いの」
敵を仕留める速度で俊敏に起き上がるマッチョ探偵。ベッドサイドの置き時計は午前五時を指していた。
「破水は?」
「わからない。でも……あっ!」
生暖かい水が私の股間からシーツへ伝っていく。産婦人科へ電話すると、すぐに入院することになった。
「この子が生まれたい日に、出産します」
私たちの出した答えは『自然に任せて出産する』だった――。
英子さんや七緒ちゃんは少しだけガッカリしていたけれど、私たち夫婦とリエママの計画を話したら、目を輝かせて賛同してくれた。
それに伴い、テッちゃんの探偵事務所は引っ越しすることに。え、移転先はタワマンでしょ?
いいえ。私たちの新居は花京院家の隣です!
持ちビルを龍青会の不動産会社へ売却して、実家の隣にある老朽化したビルを購入。五階建ての自宅に建て替えることになった。
新居の完成予定は五月末。私とテッちゃんは十月から花京院家で同居していた。義理の両親やテッちゃんが拉致未遂から過保護度数MAXだったので、これで良かったのかも。新居は探偵屋の事務所とキッチンスタジオの他に、子供たちが勉強したり運動したりできるフロアも作る予定。
無論、龍青会に何かしら繋がりのある人物の子供限定だけど、リエママの協力があれば百人力だ。
父さんが勤めていた新興宗教団体『クルーア=トルース星人教団』は、大麻栽培と違法薬物売買の容疑で教団関係者が多数逮捕された。首謀者の教祖と秘書の外国籍女性は人身売買にも関与していて、教団からは行方不明の女子高生や若い女性が保護された。
教団と金髪秘書についての情報を警察に情報提供した父さんは不起訴処分になったが、青龍神の逆鱗に触れて県外へ逐電し、未だ行方は知れない。
トシキは大麻の売人として逮捕され、全国区のテレビで放送されていた。
沼沢靴店だった場所には、お洒落なブティックが開店した。小さな靴屋も屋代亭と共に、人々から忘れ去られていくだろう。
唯一の慰めは、『小春亭の絶品親子丼』が日本料理屋『定(さだ)』の定番メニューになったこと。祖父ちゃんも新しい弟子を蓮さんの会社から派遣してもらい、醤油の生産量を増やした。ゆくゆくは丸川醤油店もブルーレングループの傘下企業になる予定だ。店の形や人が変わっても、自慢の味や製品が受け継がれたら嬉しい。
産婦人科に到着したのは午前五時五十分。そこから延々と陣痛が続いて、半日以上が経過していた。テッちゃんは横で私の腰を摩り、顔色が青くなっている。子供の名前は年末に家族会議で決めた。女の子なら春菜。男の子だったら……。
「テッちゃん、痛いよ~」
真っ白な壁の分娩室には、看護師と助産婦、妊婦の私に夫のテッちゃんが詰めていた。
「小春……」
「花京院さん、まだですよ。いきみを逃して」
助産婦さんのゴーサインが下りないと、子宮から我が子を産み落とすことができない。
「ひっひっふー。ひっひっふー。小春、頑張れ!」
マッチョ探偵が汗だくになってラマーズ法を実践していた。分娩台に足を固定された私は陣痛で意識が霞んでいたけれど、突然笑いがこみ上げてきて止まらなくなった。
「きゃははは。テッちゃん。お腹が痛いよう。力が出ない~」
「落ちつけ、小春」
「花京院さん、もうすぐですよ!」
「先生が来ました」
中年の女医は子宮口を確認すると、歌うように促した。
「さあ、次の波で息んでね~」
ああ、お腹がパンパンに膨らんだ日々が、もうすぐ終わる。ゴールはもうすぐだ、小春。頑張れ私。出産って、百キロマラソン並にハードだよ!
恐怖とか不安よりも、汗と涙と鼻水と鈍痛でヘロヘロだぁ。壁の時計は十一時五十分を過ぎている。もうすぐ日をまたいでしまうが、こればかりは調整が不可能だ。
「さあ、息んで!」
「小春、頑張れ!」
分娩台の握り棒を掴んで下腹部に力を入れる。脳裏に若かりし頃の母親が浮かんだ。母さんも自然分娩で私を生んでくれた。私も頑張らなきゃ。
「んんんんん~!」
「もう一回!」
「んんんん~!」
赤ちゃん、お母さんは限界です。一緒に頑張って~!
「おぎゃあああ」
「うおおおお~! 生まれたぞ!」
テッちゃんが雄叫びを上げている。ああ、もう指一本さえ動かせない。生命を産み落とすって、まさに全身全霊をかけた偉業だ。母さん、私を生んでくれてありがとう……。
「テッちゃん、愛してる……」
「俺も愛してる」
たくましい旦那さまは、私をそっと抱きしめた。
看護師が清潔なタオルにくるまれた赤ちゃんを私の胸元に運んできた。
マスク越しの先生が目に笑いじわを刻んでいる。
「四月一日、午後二十三時五十五分。体重三千八百グラムの男の子よ」
どうやらこの子は三組の双子たちと一緒に、学校へ通いたかったらしい。
「小鉄はパパにそっくりだね……」
男の子は花京院家の、女の子は隠密安部家の訓練を受けた上で自分の生き方を自由に選択させる。この子は、どんな人生を送るのだろうか。
喜びの涙が頬を伝っていくのを、たくましい夫が優しく拭ってくれた。
私は探偵屋の恋女房。
胸の上では愛の結晶がすやすやと眠っている。
龍神の街で、愛する者と生きていこう――。
(完)
◆◆◇◇
本編完結です。
お読みいただき、ありがとうございます。
残り四話は番外編です。
「うっ!」
夜明け間近の寝室で、お腹に痛みが走った。胎内にいる赤ちゃんが足を蹴りつけるのとは違う鈍痛。これはもしかして……?
「テッちゃん。すごくお腹が痛いの」
敵を仕留める速度で俊敏に起き上がるマッチョ探偵。ベッドサイドの置き時計は午前五時を指していた。
「破水は?」
「わからない。でも……あっ!」
生暖かい水が私の股間からシーツへ伝っていく。産婦人科へ電話すると、すぐに入院することになった。
「この子が生まれたい日に、出産します」
私たちの出した答えは『自然に任せて出産する』だった――。
英子さんや七緒ちゃんは少しだけガッカリしていたけれど、私たち夫婦とリエママの計画を話したら、目を輝かせて賛同してくれた。
それに伴い、テッちゃんの探偵事務所は引っ越しすることに。え、移転先はタワマンでしょ?
いいえ。私たちの新居は花京院家の隣です!
持ちビルを龍青会の不動産会社へ売却して、実家の隣にある老朽化したビルを購入。五階建ての自宅に建て替えることになった。
新居の完成予定は五月末。私とテッちゃんは十月から花京院家で同居していた。義理の両親やテッちゃんが拉致未遂から過保護度数MAXだったので、これで良かったのかも。新居は探偵屋の事務所とキッチンスタジオの他に、子供たちが勉強したり運動したりできるフロアも作る予定。
無論、龍青会に何かしら繋がりのある人物の子供限定だけど、リエママの協力があれば百人力だ。
父さんが勤めていた新興宗教団体『クルーア=トルース星人教団』は、大麻栽培と違法薬物売買の容疑で教団関係者が多数逮捕された。首謀者の教祖と秘書の外国籍女性は人身売買にも関与していて、教団からは行方不明の女子高生や若い女性が保護された。
教団と金髪秘書についての情報を警察に情報提供した父さんは不起訴処分になったが、青龍神の逆鱗に触れて県外へ逐電し、未だ行方は知れない。
トシキは大麻の売人として逮捕され、全国区のテレビで放送されていた。
沼沢靴店だった場所には、お洒落なブティックが開店した。小さな靴屋も屋代亭と共に、人々から忘れ去られていくだろう。
唯一の慰めは、『小春亭の絶品親子丼』が日本料理屋『定(さだ)』の定番メニューになったこと。祖父ちゃんも新しい弟子を蓮さんの会社から派遣してもらい、醤油の生産量を増やした。ゆくゆくは丸川醤油店もブルーレングループの傘下企業になる予定だ。店の形や人が変わっても、自慢の味や製品が受け継がれたら嬉しい。
産婦人科に到着したのは午前五時五十分。そこから延々と陣痛が続いて、半日以上が経過していた。テッちゃんは横で私の腰を摩り、顔色が青くなっている。子供の名前は年末に家族会議で決めた。女の子なら春菜。男の子だったら……。
「テッちゃん、痛いよ~」
真っ白な壁の分娩室には、看護師と助産婦、妊婦の私に夫のテッちゃんが詰めていた。
「小春……」
「花京院さん、まだですよ。いきみを逃して」
助産婦さんのゴーサインが下りないと、子宮から我が子を産み落とすことができない。
「ひっひっふー。ひっひっふー。小春、頑張れ!」
マッチョ探偵が汗だくになってラマーズ法を実践していた。分娩台に足を固定された私は陣痛で意識が霞んでいたけれど、突然笑いがこみ上げてきて止まらなくなった。
「きゃははは。テッちゃん。お腹が痛いよう。力が出ない~」
「落ちつけ、小春」
「花京院さん、もうすぐですよ!」
「先生が来ました」
中年の女医は子宮口を確認すると、歌うように促した。
「さあ、次の波で息んでね~」
ああ、お腹がパンパンに膨らんだ日々が、もうすぐ終わる。ゴールはもうすぐだ、小春。頑張れ私。出産って、百キロマラソン並にハードだよ!
恐怖とか不安よりも、汗と涙と鼻水と鈍痛でヘロヘロだぁ。壁の時計は十一時五十分を過ぎている。もうすぐ日をまたいでしまうが、こればかりは調整が不可能だ。
「さあ、息んで!」
「小春、頑張れ!」
分娩台の握り棒を掴んで下腹部に力を入れる。脳裏に若かりし頃の母親が浮かんだ。母さんも自然分娩で私を生んでくれた。私も頑張らなきゃ。
「んんんんん~!」
「もう一回!」
「んんんん~!」
赤ちゃん、お母さんは限界です。一緒に頑張って~!
「おぎゃあああ」
「うおおおお~! 生まれたぞ!」
テッちゃんが雄叫びを上げている。ああ、もう指一本さえ動かせない。生命を産み落とすって、まさに全身全霊をかけた偉業だ。母さん、私を生んでくれてありがとう……。
「テッちゃん、愛してる……」
「俺も愛してる」
たくましい旦那さまは、私をそっと抱きしめた。
看護師が清潔なタオルにくるまれた赤ちゃんを私の胸元に運んできた。
マスク越しの先生が目に笑いじわを刻んでいる。
「四月一日、午後二十三時五十五分。体重三千八百グラムの男の子よ」
どうやらこの子は三組の双子たちと一緒に、学校へ通いたかったらしい。
「小鉄はパパにそっくりだね……」
男の子は花京院家の、女の子は隠密安部家の訓練を受けた上で自分の生き方を自由に選択させる。この子は、どんな人生を送るのだろうか。
喜びの涙が頬を伝っていくのを、たくましい夫が優しく拭ってくれた。
私は探偵屋の恋女房。
胸の上では愛の結晶がすやすやと眠っている。
龍神の街で、愛する者と生きていこう――。
(完)
◆◆◇◇
本編完結です。
お読みいただき、ありがとうございます。
残り四話は番外編です。
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