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第1章 二人の婚約
お茶会と密談 ii(Various people)
しおりを挟む数日後の昼下がり。恒例のウィンストン邸での茶会にて、招待主である伯爵令嬢ロザンナに、決まったばかりの婚約についてセリーナは報告をしていた。
「ふぅん、良かったじゃない。でも随分と簡単に決まったのね」
「そうなの。私も意外だったのだけど……思っていたよりもずっとお父様たちはウィルと私のことを考えてくださっていたみたい。それにどうせ言っても私たちは聞かないだろうから、少し早いけど良いだろうって」
「早いっていうのは、年齢が? それとも時期的に?」
「その両方みたいね……ウィルの仕事上での経験もそうだし、私の年齢のことも。でも来年には私も十七になるのよ? 誰だって最初の頃は経験不足だし、お母様だって十八の時に嫁いでそこから妻としての経験を積んでいったのだもの。私は早過ぎるということはないと思うのだけど……」
「どちらかというと、デュボワ子爵が娘を手放したくないって感じね。あなたはほとんど一人娘として育ってきたわけだし、父君はまだ子離れできていないのよ、きっと」
ロザンナがくすくすと笑いながら指摘する。
そうかもしれないと思いつつ、それだけでもないような気がしているセリーナだった。
父自身の経験からくる予測でなにか懸念事項でもあるのかもしれない。しぶしぶながら〝まだ直ぐどうこうなる訳でもないから〟という微妙な意味合いがあった。
セリーナがロザンナと話しながら、幸せな笑みを浮かべているのと同じ頃――そこから少し離れた場所にあるスタンレー伯爵家の薔薇園でも、気品溢れるマダム二人による優雅な茶会が繰り広げられていた。
「それにしても良かったわねぇ。私てっきりウィリアムは駆け落ちするものと思ってましたのよ。実行される前に上手くまとまって、ほっとしたわ。ようやく安心して眠れるもの」
「本当ですわ。セリーナも跡継ぎとして育てられたせいか、淑女としては我が強すぎて……このままでは実力行使に出るのも時間の問題と心配でしたの。辛うじて踏みとどまっていられたのも、オデット様の御子息のおかげですわ」
「よしてちょうだいよ、マリエッタ。私たちもうすぐ親戚になるのよ? そろそろ敬語も敬称も止めにしましょうよ。これからは同じ娘と息子を持つ立場として、昔みたいに話しましょう。それなら良いでしょう?」
「……そうね、オデット。あなたの息子と私の娘が結婚するなんて……夢みたいだわ。それにウィリアム様はセリーナには勿体無いくらい立派な紳士だし……本当にうちの娘で良いのかしら?」
「なに言ってるのよ。セリーナちゃんの方がウィリアムには勿体無いくらいの宝玉だわ。デビュー初日でかなり注目されていたのだもの。今だって、あちこちからの招待に応じていれば、ひっきりなしに申し込まれていたはずよ。あの子が四苦八苦しながら方々に手を回したり牽制したり、競うように奪う姿が目に浮かぶようだわ……実際に見れなくて残念ね」
スタンレー伯爵夫人――オデットは愉しげに微笑んだ。
自分の可愛い息子たちが、困ったり悩んだりして成長していく姿を見ることは、夫人の密かな楽しみで、彼らの幸せを願うからこそ、若いうちに思い悩んで困難に立ち向かって欲しいというのが本音だった。
オデットが思う理想の紳士とは、いつの世も変わらぬ人気の騎士であり、何かと戦って打ち克つ「強き男子」だった。
ゆえに勝負事も大好きで、勝ち進む事にこそ意味があると思っていた。
「オデットったら……まだ騎士との夢物語を諦めていないのね? そんな事をスタンレー伯爵様が聞いたらまた泣かれてしまうわよ?」
「泣かせておけば良いのよ、あんな腰抜けた男なんて! 私の騎士とは認めないわ! 私の理想の騎士様は、いつかきっと私を攫いに来てくださるのよ。それまでは息子たちが騎士道を極める様を眺めて楽しむと決めているの」
「そんなこと言って……自分にだけ気弱な態度を見せるご主人に惚れてるくせに。素直じゃないわね、相変わらず」
なにを言っているのかしらと惚けるオデットを、呆れた表情で眺める子爵夫人ことマリエッタ。
彼女の理想とする夢物語は少女時代からずっと変わらずに存在している。その一方で、理想とは異なる現実を受け入れて、それを心から愛していることも真実で……時折こうして夢物語を覗かせては、伯爵の不安を煽っているのだった。
それが一種の刺激物なのか、地を固める雨なのか……その度に夫婦の絆を深めていっているように思われた。
なんだか回りくどいそのやり方を、真似したいとは思わないまでも……そのように風を巻き起こしては仲睦まじくまとまるスタンレー伯爵夫妻の姿を時に羨ましく、時に微笑ましい気持ちで見守るばかりのマリエッタだった。
互いの子供たちの結婚式を挙げる場所やその段取りについて、セリーナが着る花嫁衣装や新婚旅行の行き先、新居の立地や広さ、その後に迎える日々や、まだ見ぬ孫の名前など……ひたすら身勝手に今後の予定や計画を立てる夫人たちを止める者は無い。
まるで少女時代に戻ったかのように、賑やかにはしゃいで夢を膨らませる夫人たちの姿は、離れた場所から見守る執事には、いつまでも可憐さを失わず、華やかに咲きほこる令嬢の姿に見えていた。
そんな夫人たちを妻に迎えた男たちも、少なからず今後の子供たちの展開をそれぞれ思案していた。
妻たちのように先々までを語り尽くすということは無く、差し当たっての問題と向き合って、援助の範囲を固めつつ、なるべく本人たちの意思を尊重したいと考えていた。
セリーナを嫁がせることになるデュボワ子爵は淋しさを隠し切れず、それを知るスタンレー伯爵は娘を持たぬ身で、更には相手の愛娘を貰う立場であるために慰めの言葉も掛けづらい。
それでも長男ではなく次男が貰い受けるので、少なからず独立して離れてゆく子供を持つという意味では同じ立場になれると安堵した。
我々は同じ子供を持つ親族となるのだと、今後も長い付き合いなることを互いに宜しく言い合うことで、目に見えない握手を強く交わすのだった。
二つの家の人々が、それぞれの娘と息子の結婚を喜んだり浮かれたり、物悲しい気分に浸っている場所とは全く異なる雰囲気で、同じ男女についてを語る者がいた。
「ああ、彼なら良いんじゃないか。少し話しただけだが、悪い感触はしなかった。そんな能力があるなら尚更だ……次男というのも丁度良い。後はそうだな、女がいると面倒かもしれない。真面目で義理堅そうな雰囲気だったしな……婚約とかしてたら面倒だな。その辺ちょっと探っておいてよ」
「畏まりました。もう一人はどうなさいますか? 親族等はほとんど残っていない者のようですが……」
「彼は申し分ないかな。素行調査の裏取りだけしっかりやってくれ。これ以上の問題が無ければ彼に決定する」
王宮の奥深い場所にて密やかに繰り広げられた会談で、ほんの数分ばかり話題となった人物――ウィリアムとセリーナ。
図らずも栄転の兆しが見え始めると同時に、二人の絆を試されるような試練と向き合うことになるのだった。
今はまだ何も知らない人々は、吉報に心を躍らせて、束の間の幸福に包まれている――
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