《短編集》グラシアース物語

文月・F・アキオ

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Part 4. クチナシの君

4.

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 あっという間に一週間が経ち、十日を過ぎても彼女が目覚めることは無かった。

 私は暇さえあれば彼女の隣に腰掛けて、頭を撫でながら耳元で語りかけていた。

 私のことを話すこともあったが、彼女のことを問う方が多かった。
 彼女のことを何も知らない。見かけの年齢と性別、肌の色や毛並みの色艶から九官鳥族ではないかと思われる(蝙蝠族の可能性も考えたが、牙が無いので除外した)ということ。
 分かったのはそれだけで、尋ねたいことが山ほどあった。


 名前はなんというのだろう。なんと呼ばれていたのだろうか。
 その瞳は何色なのか。どんな声をしているのか。
 番の好みはあるだろうか。どんな姿を好むのだろうか。
 食べ物の好みは?
 何を喜び、どんな時に怒りを感じるのだろうか。


 その内のいくつかはこの先ずっと知り得ないことかもしれないが……繰り返し問いかける。聴こえてなくても良かった。
 僅かな音の振動からでも、触れた手先の熱からでも何でも良い。刺激を与えていたかった。何が目覚めるきっかけなるかも分からないのだから。

 それでなくとも愛しい番を前にして、何もせずにはいられなかった。




 番とはいえ初対面(厳密には対面前の他人だが)であり、相手は若い女性なのだから、目が覚めるまでは浄化技能スキルを用いて身を清め、直には肌に触れずにいるべきだと……解ってはいるのだが、私は敢えてそうしなかった。
 古典的な方法。蒸したタオルで全身を拭き清めることを選んだ。

 そして九官鳥族が特に好むと聞いて、数日に一度は行水として入浴させて身体を温める。血行を促すようにマッサージしながら、異変が無いかどうか丹念に観察した。

 浴室のように暖かな場所にいると、番の甘い香りはより一層強まった。
 凝縮された花の蜜のようにしっとりとまとわりつく濃密な空気……意識して遮断し続けなければ、狂いそうなほどで。
 その時間は色んな意味で耐え難く、苦しい時間であるとともに、番を肌で感じることができる至福のひと時でもあった。


 何カ月でも何年でも、待てと言うのならいくらでも待つ……だからいつかその瞳に私を映し出して欲しい。

 自分の意思で、私の手を取って欲しい。

 そのためなら何でもする。どんな努力も厭わない。だから――


「起きてください……私の愛しい人」


 音もなく水滴が伝う浴室に、掠れた自分の呻き声がやたら大きく反響した。
 頬を伝う雫は湯水なのか汗なのか、分からないこの場所を今だけは有り難く思った。



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