滲んだ空の下、台本の空白に君を書いた。

羽澄ゆえ

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Overture - 陽だまりと傍白

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『むかしむかし、あるところに――』
 そう語られ始める物語の結末は決まっている。
『幸せに暮らしました』
 灰かぶりと笑われた彼女も、茨の中で眠りについた彼女も、毒りんごを食した彼女も、みんなページをめくれば素敵な日々が待っている。


「めでたしめでたし、か……」

 ぱたんと閉じられた絵本のカバーはボロボロに破れており、テープによってなんとかその役目を果たしている。もう記憶にはないほどずっと前、それでも『むかしむかし』なんていうほど大げさなものじゃない。本棚に視線を向ければ、十数年前に買ってもらった絵本がずらりと並んでいる。いつだったか、「もう子供じゃないんだから」と捨てられそうになったそれらを柄にもなく守ったのはなぜだったのだろう。考えるよりも先に、手が伸びていた。

「こんなの都合のいい、絵空事でしかないのに」

 ここにある絵本の中の物語は、きっとはじめから“主役になれる子”の物語だ。選ばれた人間で、脇役になることなどない。
 嫌いだ。大嫌いだ。こんな物語も、それを信じていたころの自分も。
 絵本を持つ手に力が入る。誰かに見られているわけでもないのに、それをごまかすように勢い良く机の上に置く。すると、真っ暗だったタブレットの画面が光を取り戻した。タブレットで開かれた絵描きアプリ、そのキャンバスにいる少女は笑っている。幸せな結末に相応しい、花の咲いたような笑顔。たったワンタップ、全削除のボタンを押してしまえばそこはあっけなく真っ白だ。
 中学校に入学してから絵本を描き始めて、気づけば中学校を卒業している。明日になれば高校の入学式で、これまでに描き上げた物語は二桁に突入した。SNSに投稿しようとしてできなかったあの物語、コンテストに応募しようとして勇気の出なかったあの物語。幸せな結末を迎えたのに誰にも見せられていないその物語は、今も幸せなままなのだろうか。
 嫌いだ、多分。好きだ、大好きだったはずなのに。
 私の人生を絵本にするのなら、きっとそれはとてつもなくつまらないものになるだろう。圧倒的なヒロインにも、悲劇のヒロインにもなれない脇役の物語なんて必要ない。今はまだ空白のページをめくれば何か変わるのだろうか。
 真っ白になったキャンバスに再びペンを走らせながら、明日のことを考える。同じ高校に入学する幼なじみの彼女は、何日も前から『楽しみで仕方ない』とメッセージをくれていた。そんな彼女を思い出しながら部屋の壁をちらりと見ると、まだ一度も着ていない制服が壁にかけられている。可愛いとみんなが憧れていた高校の制服。それを着た彼女はどれだけ可愛いのだろうか。想像するまでもなく、彼女のためにあるのではないかと思うほど似合うに決まっている。
 好きだ、大好きだ。誰よりも長く隣にいる、大切な幼なじみなのだから。でも、嫌いだ。大嫌いだ。圧倒的なヒロインの彼女には、幸せな結末が待っているのだろうから。
 やっぱり大嫌いだ。誰よりも醜い心を持っている自分が世界で一番大嫌いだ。
 ふとスマホが通知を知らせるように震えた。アプリのトーク画面を開けば、彼女からの新しいメッセージが来ている。『明日の入学式に一緒に行こう』というメッセージにスタンプだけで返す。そのままトーク画面を閉じて明日の天気を調べれば、インターネットはきっと雨は降ることのない快晴だと教えてくれる。

「明日もきっと眩しいなあ」

 そう独り言ちて、スマホの電源を落とした。
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