3 / 16
Scene.1 - 桜雨の語り部
1 - 2
しおりを挟む
「――起立、礼」
「ありがとうございました」
終礼が終わると一気に全身の力が抜けたように席に座り込む。担任の声が教室のざわめきに飲まれていく中、私はぼんやりと廊下の先の曇り空を見ていた。
昨日、入学式を迎えたばかりの私たちの学校生活は、今日から本格的に始まった。入学式は半日程度だったというのに、今日からは一日を学校で過ごすことになる。そんな当たり前の学校生活は、中学を卒業してから久しぶりなもので、再び慣れるまでは時間がかかってしまいそうだ。とはいえ、まだ入学したばかりの時間割に難しい授業などなく、学級委員決めや部活動紹介などのオリエンテーションで一日が終わった。
「芽依はどこの部活に見学行くか決めた?」
緊張した体を和らげるよう小さく伸びをしていると、陽葵に後ろから声をかけられる。名簿順で決められた座席は、私が廊下側の一番前。そのすぐ後ろが陽葵だった。陽葵の周りには数名のクラスメイトが集まっており、出会ったばかりだというのに親しげに話していた様子だった。今日一日、たった数時間しか過ごしていないというのに、当たり前ように陽葵の周りには“友達”がいる。
陽葵からの問いかけに数時間前の部活動紹介を思い出すが、どれも深く印象に残っていない。昼ご飯を済まし眠気がさす時間帯だったことに加え、各部活動三分程度話すだけだったためどうにも興味が湧かなかった。
「特別気になるのはなかったかな」
「じゃあ、芽依も一緒にテニス部見に行こうよ」
みんなで行こうと話していたところなのだと周りのクラスメイトに視線を向けて言う。部活動に所属するのは強制ではないため見学も任意だ。私は高校は帰宅部にしようと考えていたが、陽葵は部活に入るつもりらしい。「どこにも入部しない人も多いが見学だけは行った方がいい」と語っていた担任の言葉が頭に過ぎり、行こうかなとうなづく。
「陽葵ちゃんと浅川さんって仲いいんだ」
周りのクラスメイトは静かに二人の会話を聞いていたが、私が返事をするとその中の一人の男子生徒が口を開いた。彼はサッカー部に入部を決めているが、テニス部も見学だけ行きたいのだと話していた。そんな会話を先ほど背中で聞いて、きっとこの人も陽葵と仲良くなりたいのだろうなと他人事に思った。
「芽依とは幼なじみだからね。親友だもん」
「ねー!」と笑いかける陽葵に「そうだね」と笑い返す。物心ついた頃にはもう一緒にいて、気づけば“親友”という肩書きがついていた。陽葵はいつでも当然のように親友だと言ってくれる。
「全然タイプ違いそうなのに、意外だね」
思ったままのことを口にしただけなのだろう。そうだよね――そう、何度目かもわからない言葉を心の中でつぶやく。ここ数年で何度も「意外だね」と言われてきた。
勉強も運動も得意で可愛い、まさに才色兼備。明るくて裏表のない陽葵はいつだってクラスの中心にいる人だ。一方私は、勉強も運動も普通。特別秀でている何かがあるわけではない私は、クラスでも特に目立たない存在。私が陽葵の隣にいるのは不釣り合いだと思うようになったのはいつからだろう。幼いころは私が人見知りだった陽葵の手を引いていたのに、いつの間にかその役割は逆になっていた。
まだ、勉強も運動もお互いにどれほどの能力があるのかわからない状態の今、それでも意外だと言われるほど、私たちは不釣り合いなのだろう。容姿や雰囲気、そんなことから一瞬で私たちは無意識に格付けし合う。
「そろそろ行こっか」
陽葵が席を立つと周りも動き始める。ここも陽葵中心に動いているのだと心の中で笑ってしまう。私も周りの人と変わらない。陽葵に倣ってを席を立ち、リュックを背負って静かに後ろをついていく。
陽葵と私、そして名前すらうろ覚えのクラスメイト四人――六人での移動は、全員と会話をするには多すぎた。陽葵を真ん中に歩く、サッカー部に入ると言っていた男子と女子。さらにその後ろに、もう一組の男女と私。
会話の中心にいる陽葵をよそに、私は一人、歩く速度を少しずつ緩める。誰も私の様子など気にしていない。みんなの視線は陽葵に注がれ、言葉を発していない私には、誰も気づかない。
一学年六クラスあるこの高校では、階段を挟んで三クラスと特別教室が並んでいる。生徒の普通教室は二階以上にあり、一年三組の私たちは、二階の一番端に配置されている。
階段に着くころには、私は完全に“空気”になっていた。みんなが一階へ下りていく中、一人、二階に上がる。踊り場で足を止めスーッと深呼吸をすると、久しぶりに少しだけ心が軽くなる感覚がした。
しばらく時間を置いて、陽葵に『用事ができた』とメッセージを送る。二分ほどして届いた返信には、いつもと変わらない調子の言葉が並んでいた。きっと陽葵は、私が嘘をついていることに気づいている。それでも敢えて指摘せず、私を気遣っているのだろう。私を責めることなどない。私に対しても、そんなところまで陽葵は優しくて完璧だ。そんな陽葵に黒い感情が湧いてしまう自分を、また少し嫌いになる。
そろそろ帰ろうと顔を上げ、階段を下ろうとしたそのとき、右肩に後ろからぶつかるような衝撃が走った。
「ありがとうございました」
終礼が終わると一気に全身の力が抜けたように席に座り込む。担任の声が教室のざわめきに飲まれていく中、私はぼんやりと廊下の先の曇り空を見ていた。
昨日、入学式を迎えたばかりの私たちの学校生活は、今日から本格的に始まった。入学式は半日程度だったというのに、今日からは一日を学校で過ごすことになる。そんな当たり前の学校生活は、中学を卒業してから久しぶりなもので、再び慣れるまでは時間がかかってしまいそうだ。とはいえ、まだ入学したばかりの時間割に難しい授業などなく、学級委員決めや部活動紹介などのオリエンテーションで一日が終わった。
「芽依はどこの部活に見学行くか決めた?」
緊張した体を和らげるよう小さく伸びをしていると、陽葵に後ろから声をかけられる。名簿順で決められた座席は、私が廊下側の一番前。そのすぐ後ろが陽葵だった。陽葵の周りには数名のクラスメイトが集まっており、出会ったばかりだというのに親しげに話していた様子だった。今日一日、たった数時間しか過ごしていないというのに、当たり前ように陽葵の周りには“友達”がいる。
陽葵からの問いかけに数時間前の部活動紹介を思い出すが、どれも深く印象に残っていない。昼ご飯を済まし眠気がさす時間帯だったことに加え、各部活動三分程度話すだけだったためどうにも興味が湧かなかった。
「特別気になるのはなかったかな」
「じゃあ、芽依も一緒にテニス部見に行こうよ」
みんなで行こうと話していたところなのだと周りのクラスメイトに視線を向けて言う。部活動に所属するのは強制ではないため見学も任意だ。私は高校は帰宅部にしようと考えていたが、陽葵は部活に入るつもりらしい。「どこにも入部しない人も多いが見学だけは行った方がいい」と語っていた担任の言葉が頭に過ぎり、行こうかなとうなづく。
「陽葵ちゃんと浅川さんって仲いいんだ」
周りのクラスメイトは静かに二人の会話を聞いていたが、私が返事をするとその中の一人の男子生徒が口を開いた。彼はサッカー部に入部を決めているが、テニス部も見学だけ行きたいのだと話していた。そんな会話を先ほど背中で聞いて、きっとこの人も陽葵と仲良くなりたいのだろうなと他人事に思った。
「芽依とは幼なじみだからね。親友だもん」
「ねー!」と笑いかける陽葵に「そうだね」と笑い返す。物心ついた頃にはもう一緒にいて、気づけば“親友”という肩書きがついていた。陽葵はいつでも当然のように親友だと言ってくれる。
「全然タイプ違いそうなのに、意外だね」
思ったままのことを口にしただけなのだろう。そうだよね――そう、何度目かもわからない言葉を心の中でつぶやく。ここ数年で何度も「意外だね」と言われてきた。
勉強も運動も得意で可愛い、まさに才色兼備。明るくて裏表のない陽葵はいつだってクラスの中心にいる人だ。一方私は、勉強も運動も普通。特別秀でている何かがあるわけではない私は、クラスでも特に目立たない存在。私が陽葵の隣にいるのは不釣り合いだと思うようになったのはいつからだろう。幼いころは私が人見知りだった陽葵の手を引いていたのに、いつの間にかその役割は逆になっていた。
まだ、勉強も運動もお互いにどれほどの能力があるのかわからない状態の今、それでも意外だと言われるほど、私たちは不釣り合いなのだろう。容姿や雰囲気、そんなことから一瞬で私たちは無意識に格付けし合う。
「そろそろ行こっか」
陽葵が席を立つと周りも動き始める。ここも陽葵中心に動いているのだと心の中で笑ってしまう。私も周りの人と変わらない。陽葵に倣ってを席を立ち、リュックを背負って静かに後ろをついていく。
陽葵と私、そして名前すらうろ覚えのクラスメイト四人――六人での移動は、全員と会話をするには多すぎた。陽葵を真ん中に歩く、サッカー部に入ると言っていた男子と女子。さらにその後ろに、もう一組の男女と私。
会話の中心にいる陽葵をよそに、私は一人、歩く速度を少しずつ緩める。誰も私の様子など気にしていない。みんなの視線は陽葵に注がれ、言葉を発していない私には、誰も気づかない。
一学年六クラスあるこの高校では、階段を挟んで三クラスと特別教室が並んでいる。生徒の普通教室は二階以上にあり、一年三組の私たちは、二階の一番端に配置されている。
階段に着くころには、私は完全に“空気”になっていた。みんなが一階へ下りていく中、一人、二階に上がる。踊り場で足を止めスーッと深呼吸をすると、久しぶりに少しだけ心が軽くなる感覚がした。
しばらく時間を置いて、陽葵に『用事ができた』とメッセージを送る。二分ほどして届いた返信には、いつもと変わらない調子の言葉が並んでいた。きっと陽葵は、私が嘘をついていることに気づいている。それでも敢えて指摘せず、私を気遣っているのだろう。私を責めることなどない。私に対しても、そんなところまで陽葵は優しくて完璧だ。そんな陽葵に黒い感情が湧いてしまう自分を、また少し嫌いになる。
そろそろ帰ろうと顔を上げ、階段を下ろうとしたそのとき、右肩に後ろからぶつかるような衝撃が走った。
10
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる