11 / 113
2.ニセ嫁修行、始めました。
3
しおりを挟む
鬼中松に店まで送ってもらい、開店と同時にコック服に着替えてグリーンバンブーのキッチンに立った。
「聞いたよー。いおちゃん、イチのヤツと結婚するんだって?」
田村銀次郎(たむらぎんじろう)――通称ギンさん――に早速おめでとう、と言われた。
ギンさんは私が産まれる前からこの店で働いているコックで、幼少期私の家に入り浸っていた一矢の事もよく知っている。
洋食だけでなく、繊細な料理が得意でいつも美味しいまかない(料理人が自分たちの為に、残り物やありあわせで作る料理の事)を作ってくれる。年齢は五十五歳でやせ型、背は一般的な五十代の高さ。最近白髪が多くなってきた。身だしなみは綺麗でフレンドリーなおじさんだ。
ギンさんの持ち場は特に決まって無い。どのポジションでもこなせるので副料理長みたいなものかな。ちなみに料理長は父。あんなアホ父でも、一応三代目を引き継いでいるし、料理人としては立派で尊敬している。アットホームな洋食屋だから、特別感は無いけれど。
グリーンバンブーは、料理長の父がまず矢面に立つ。ホールから見えるオープンカウンターから全体を見渡せる真ん中が揚場になる。
私はずっと通路を挟んだすぐ横に設置された洗い場から仕事を見てきたけれど、この店は本当に毎日が忙しい。洋食店なのにコックは多い時で揚場に一人、焼き場に二人、オープンカウンターのデシャップ(配膳)に一人、洗い場に一人。客席は大きな四人掛けテーブルが六席の合計二十四席の小さなホールはたった一人で全てこなさなければならないから、スタッフ一人一人の負担が大きいけれど、連係プレーで乗り切っている。無駄な人件費を割かない分、創業当時からの変わらぬ味と低価格で提供を続けている。
お客様がグリーンバンブーに来てくれて、私達の作った料理を食べて満足そうに帰っていくのを幼い頃から私は見ていた。何時か立派なコックになって、私が作った料理を食べてもらいたいと思うのはこの環境で育った私にとったら当然のことだった。
繰り上がりだけれど、サポートでしかやった事のない焼き場をようやく一人で任されるようになったものだから、仕事は絶対に頑張りたい。まだオムライスの卵まきが上手くないから、早くお父さんやギンさんみたいに、綺麗なオムレツを上手に作れるようになりたいと思っている。
まずは焼き場を完璧にマスターして、次は揚場を教えてもらうんだ!
でも今。大変な問題に直面している。
焼き場としてのポジションをこなすために日々の料理の修行もさながら、三成家のニセ嫁修行も同時進行しなくちゃいけない。
この店を守るためとはいえ、初恋の男と偽装結婚しなくちゃいけなくなってしまった原因を作った両親はほんのちょっとだけ憎いけれど、こうなった以上はニセ嫁の仕事も両方頑張ろうと思う。
成り行きとはいえ、一矢の役に立てるなら嬉しい。
昨日は『偽装結婚』という最悪なフレーズに打ちのめされたけど、逆に言うとチャンスという事になる。これはモノにせねば、女がすたる。
こんなチャンスは二度とない。離婚のリミットまでに本当に一矢に私の事を好きになってもらえるように頑張るのだ。
もっと素直になる努力しよう。偽装結婚かーらーのーっ、本物のお嫁さんになれるように!
「聞いたよー。いおちゃん、イチのヤツと結婚するんだって?」
田村銀次郎(たむらぎんじろう)――通称ギンさん――に早速おめでとう、と言われた。
ギンさんは私が産まれる前からこの店で働いているコックで、幼少期私の家に入り浸っていた一矢の事もよく知っている。
洋食だけでなく、繊細な料理が得意でいつも美味しいまかない(料理人が自分たちの為に、残り物やありあわせで作る料理の事)を作ってくれる。年齢は五十五歳でやせ型、背は一般的な五十代の高さ。最近白髪が多くなってきた。身だしなみは綺麗でフレンドリーなおじさんだ。
ギンさんの持ち場は特に決まって無い。どのポジションでもこなせるので副料理長みたいなものかな。ちなみに料理長は父。あんなアホ父でも、一応三代目を引き継いでいるし、料理人としては立派で尊敬している。アットホームな洋食屋だから、特別感は無いけれど。
グリーンバンブーは、料理長の父がまず矢面に立つ。ホールから見えるオープンカウンターから全体を見渡せる真ん中が揚場になる。
私はずっと通路を挟んだすぐ横に設置された洗い場から仕事を見てきたけれど、この店は本当に毎日が忙しい。洋食店なのにコックは多い時で揚場に一人、焼き場に二人、オープンカウンターのデシャップ(配膳)に一人、洗い場に一人。客席は大きな四人掛けテーブルが六席の合計二十四席の小さなホールはたった一人で全てこなさなければならないから、スタッフ一人一人の負担が大きいけれど、連係プレーで乗り切っている。無駄な人件費を割かない分、創業当時からの変わらぬ味と低価格で提供を続けている。
お客様がグリーンバンブーに来てくれて、私達の作った料理を食べて満足そうに帰っていくのを幼い頃から私は見ていた。何時か立派なコックになって、私が作った料理を食べてもらいたいと思うのはこの環境で育った私にとったら当然のことだった。
繰り上がりだけれど、サポートでしかやった事のない焼き場をようやく一人で任されるようになったものだから、仕事は絶対に頑張りたい。まだオムライスの卵まきが上手くないから、早くお父さんやギンさんみたいに、綺麗なオムレツを上手に作れるようになりたいと思っている。
まずは焼き場を完璧にマスターして、次は揚場を教えてもらうんだ!
でも今。大変な問題に直面している。
焼き場としてのポジションをこなすために日々の料理の修行もさながら、三成家のニセ嫁修行も同時進行しなくちゃいけない。
この店を守るためとはいえ、初恋の男と偽装結婚しなくちゃいけなくなってしまった原因を作った両親はほんのちょっとだけ憎いけれど、こうなった以上はニセ嫁の仕事も両方頑張ろうと思う。
成り行きとはいえ、一矢の役に立てるなら嬉しい。
昨日は『偽装結婚』という最悪なフレーズに打ちのめされたけど、逆に言うとチャンスという事になる。これはモノにせねば、女がすたる。
こんなチャンスは二度とない。離婚のリミットまでに本当に一矢に私の事を好きになってもらえるように頑張るのだ。
もっと素直になる努力しよう。偽装結婚かーらーのーっ、本物のお嫁さんになれるように!
0
あなたにおすすめの小説
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
社長の×××
恩田璃星
恋愛
真田葵26歳。
ある日突然異動が命じられた。
異動先である秘書課の課長天澤唯人が社長の愛人という噂は、社内では公然の秘密。
不倫が原因で辛い過去を持つ葵は、二人のただならぬ関係を確信し、課長に不倫を止めるよう説得する。
そんな葵に課長は
「社長との関係を止めさせたいなら、俺を誘惑してみて?」
と持ちかける。
決して結ばれることのない、同居人に想いを寄せる葵は、男の人を誘惑するどころかまともに付き合ったこともない。
果たして課長の不倫を止めることができるのか!?
*他サイト掲載作品を、若干修正、公開しております*
一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。
青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。
その肩書きに恐れをなして逃げた朝。
もう関わらない。そう決めたのに。
それから一ヶ月後。
「鮎原さん、ですよね?」
「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」
「僕と、結婚してくれませんか」
あの一夜から、溺愛が始まりました。
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。
【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。
花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞
皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。
ありがとうございます。
今好きな人がいます。
相手は殿上人の千秋柾哉先生。
仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。
それなのに千秋先生からまさかの告白…?!
「俺と付き合ってくれませんか」
どうしよう。うそ。え?本当に?
「結構はじめから可愛いなあって思ってた」
「なんとか自分のものにできないかなって」
「果穂。名前で呼んで」
「今日から俺のもの、ね?」
福原果穂26歳:OL:人事労務部
×
千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる