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スマイル17・大切

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――王雅・・・・



 美羽の声が、聞こえた。
 あたりを探すと、両手を広げて俺を待っている美羽がいた。
 俺は、夢中で美羽を抱きしめた。
 美羽に、好きだと囁くと、彼女は頬を赤く染め、微笑んで頷いてくれた。

 そうか。いよいよ、俺のものになってくれるんだな。覚悟を決めてくれたんだな。
 ここは場所が場所だけど、お前の同意が得られたなら、この際何でもいい。上手くやる。

 そう思って彼女に触れると、確かに柔らかな感触が手の平に広がっていく。

 恥ずかしそうに俯く彼女の顔を、クイッと引上げ、俺の方を向かせて引き寄せた。
 潤んだ瞳で俺を見つめる美羽に、心が高鳴る。


 大丈夫、優しくする。
 不愉快なんて、絶対に思わせない。
 むしろ良すぎて、トリップさせてやる。
 何も怖くなんて、ねーんだ。
 安心して、俺に全てを任せてくれ。

 たっぷり可愛がってやるから。
 二人で愛し合おう。




 美羽、好きだ。



 美羽――・・・・




 
 


 ふに。



 ふにふに。



 ん? なんか、美羽がふにふにしてるぞ。
 何だ、どうなってんだ?


「うわっ!!」


 視界に映ったものが何かわからなくて、慌てて飛び起きた。見ると、ガキ共にいっぱい囲まれて寝ていたのだ。俺のすぐ傍には、サトルとリョウのお尻や太ももがあった。寝相が悪すぎて、パンツがずれて半分お尻が見えてやがる。
 さっきからふにふにして柔らかい、美羽のものだと思っていたものは、何とガキ共のお尻や太ももだったのだ!




 くあ――――っ!
 こんな屈辱あるか――――っっ!!




 俺様とあろうものが、好きな女とのこれから・・・・っつー夢を見ている最中に、ガキのお尻を触ってしまうとは・・・・何たる不覚!
 しかも、危うくキスしてしまうところだったぜ。うぇぇ。


 あーもう、これも全部ぜーんぶ、美羽のせーだっ!!
 昨日は、あんなに楽しみにしていたイイコトは、結局できなかったし!
 アイツがさっさと俺のモンにならねーから、欲求不満がたまって、こんなことになるんだ!


 朝から・・・・ヘコむ。
 俺は冷や汗で濡れてしまったシャツをその場で脱ぎ、上半身裸のまま着替えを取りに行った。
 ホールの入り口の方に、俺の荷物があったハズだ。


「あっ、王雅、おは・・・・きゃあぁあ――っ!」


 外から戻ってきた美羽が、ホールの入り口で着替えを取ろうとしている俺を目撃して、悲鳴を上げて顔を背けた。顔を赤くして俯いている。

「なんだよ、うるせーな」

「なんでハダカなのよっ!?」

「汗かいたから、着替えようと思って。着替え取りに来ただけだよ」

「はっ、早く、服着てよね」

 美羽は明らかに動揺していた。俺の方を見ないように、赤い顔をしたまま視線をそらしている。俺の裸に、ドキドキしているのか。
 っつーコトは、男の裸に免疫ねーってコトだな。
 ふーん、おもしれーな。案外こういうの平気かと思ってたけど、美羽のヤツ、ウブなトコあるじゃねーか。

 さっきはお前のせいで、リョウやサトルのお尻をふにふにするハメになったんだ。
仕返しがてら、ちょっとからかってやろう。


「何だ、美羽。お前そんな赤くなってさ・・・・もしかして、俺の裸見て興奮してんの?」

「なっ・・・・ち、違うわよっ!」

 真っ赤になって怒った顔を向けてくる美羽を、逃す手はない。
 俺は入口近くの壁に美羽を閉じ込め、退路を断った。
 所謂、壁ドンってヤツだ。女子は好きだろ、こーゆーの。

「ん? 上だけじゃなくて、下もどうなってるか、何なら今すぐ、ココで見せてやろうか?」

 夢の続きが、今ここで出来りゃいーけどな。ガキ共がこんなに大勢寝てる横で、しかも、もう朝だ。流石に俺もそれは勘弁したい。
 美羽は、大切に抱くって決めたんだ。俺の全てで、愛してやりたいからな。

「何考えてんのよっ!! バカッ! 変態っ」

「興奮して、俺が欲しくなっただろ?」

「じょっ、冗談言わないでっ。誰がアンタなんか! ほっ、ほしっ・・・・欲しくないわよっ!!」

 美羽はムキになって怒ってくる。からかい甲斐のある女だ。

「声、うわずってんぞ。素直になれよ。俺が欲しそうな顔してるクセに」

 キスしてやろうと迫ったら、後ろから視線を感じた。見ると、起きてきたリョウがじっと俺と美羽を見つめている。

「お兄さん、ミュー先生、何してるの?」

 俺はリョウに向かって言ってやった。「リョウ、女にはこうやって迫るんだよ。覚えとけ」


「バカッ! リョウ君にヘンな事教えないでよ――っ!!」


 バチーン、と久々に美羽のビンタが飛んできた。
 朝から、散々だった。



 朝食の準備ができたようだから、着替えて外へ出た。
 まだ痛みの残る頬を押さえ、顔を歪めた。

 美羽のビンタは本当に強烈だ。もう何回も見舞われてるが、かなり痛い。俺様の秀麗な顔に、キズでも残ったらどーしてくれるんだよ。
 っつーか、もう、キズもんになっちまったんじゃねーのか。親にも叩かれたことねーんだぜ。
 もう婿には行けねーな。
 こーなったら、責任取って結婚してもらうからな。覚えてろよ。
 次にプロポーズした時、万が一断りやがったら、絶対このこと持ち出してやる。

 朝食は、昨日張ったテントの中のテーブルの上に用意されていた。おにぎりや卵焼き、味噌汁、焼き魚等が並んでいた。いい香りがする。ガキ共も着替えが終わったらそろそろ出てくるだろう。今のところまだ、誰も来ていなかった。


「おはよう、王雅。アレ、顔、どーしたの? ほっぺた、ちょっと赤いのだ」


 朝食に使う皿などを運んでいたまりなが俺に気づき、少し腫れた頬を見て尋ねてくれた。

「ああ。暴力女に叩かれたんだ。ひでーだろ? この顔じゃ、もう婿には行けねーぜ。だから、責任取ってもらおうと思ってんだけどな。どう思う?」

「確かに、チョー痛そうなのだ。王雅、カワイソウなのだ」まりなが眉をしかめて同調してくれた。
 
「そーなんだよ。メチャクチャ痛いんだ! もう、死にそーなくらい」

 まりなと話していると、お茶やグラスを運んできた美羽が現れた。

「何が死にそー、よ。アンタなんかしぶといから、ちょっと叩いたぐらいじゃ死なないわよ。大袈裟ね」

「まりな、助けてくれ。俺、美羽にイジめられてんだ。叩いたの、美羽なんだ」

 俺はまりなを盾にして、彼女の後ろに隠れるようにして立った。「親からもらった大切な顔に強烈ビンタされたんじゃ、キズものになって婿にはもう行けないから、責任取って結婚するしかねーと思うよな? なあ、まりなもそう思うだろ」

「ちょっと。まりなちゃんにヘンな事言わないでよ。私が悪いみたいじゃない」

「その通りだ。お前が悪い。だから結婚しろ」

「王雅っ!」美羽が怒った。

「まりな、助けて」俺は盾にしたまりなの後ろから、彼女に助けを求めた。

「美羽、ダメなのだ。王雅の事イジめたり叩いたりしちゃ、カワイソウだよ。ほっぺた、チョー痛そうだし」

 まりなが美羽から庇ってくれた。

 お、いいぞ、まりな。隠れたのが正解だったか。俺の味方してくれんのかよ。
 お前、イイ奴だな。
 もしお前が困った時は、俺様が助けてやるぞっ。
 
「まりなちゃん、違うの。あの、これには深いワケがあって・・・・その、王雅が悪いのよ」

 美羽はどうも、まりなに弱いようだ。まりなは不思議というか、純粋な子供みたいな少女だからかな。焦りながら、まりなに向かってさっきの事を必死に説明している美羽の姿を見て、笑いをこらえるのに苦労した。

「うーん・・・・それより美羽、王雅のコトが大切なら、もうちょっと優しくしてあげないとダメなのだ。叩いたりしたらダメだよ。嫌われちゃうよ?」

 ん?
 今、大切っつったよな?
 美羽、俺の事大切なのかよ!? マジか?

 俺のテンションは一気に上がった。

 大切っつったら、好きも同然だよな! 同じだ。今、俺が決めた。一緒でいい!!
 ということは、初夜ゴールインも、もうすぐか?
 昨日のリベンジだな。こんなに早くチャンス到来とは、思ってもみなかったぜ!
 いつやってやろう。今晩でもどうかな。後で誘ってみよう。


「なっ・・・・なに言ってるの、まりなちゃん! たっ、大切じゃないわっ、こんなヤツ!! ヘンな事言わないでっ!」


 美羽が真っ赤になって怒りだした。
 俺様の事、こんなヤツ呼ばわりの上に、大切じゃないとか言いやがって!
 本人前にして、全力否定するかフツー。テンション急降下だ。ヘコむんですけど。

 
「まりな、庇ってくれてありがとう。俺、今、大切じゃないとか言われて、傷ついちゃったぜ。美羽って酷い女だよな。俺をこんなキズものにしておいて、責任も取ってくれないんだ」

「誤解を招くような言い方しないでよ!」

「美羽・・・・ヒドイのだ。王雅がカワイソウ」

 まりなが悲しそうな顔をして、じっと美羽を見つめた。
 彼女の澄んだ団栗目で見つめられちゃ、たまんねーな。大したことしてないハズなのに、何だかものすごーく悪い事をしたように思えてくるから不思議だ。
 しかも、美羽が悪者になってるし。
 本当は、からかって美羽を怒らせた俺の方が悪いんだけどな。まりなに本当の事を言ったら、俺がこの瞳で見つめられるんだな、きっと。

 それはイヤだな。超極悪な罪人になった気分になるだろうからな。


「王雅、叩いてゴメンねっ。もういいでしょっ」


 いたたまれなくなった美羽は乱暴に俺に謝った後、グラスとお茶をテーブルに置いて逃げ出そうとする。

「待てよ」俺は盾にしていたまりなから抜け出して、美羽の腕を掴んだ。「結婚の話、まだ途中なんだけど。責任取って、俺と結婚してくれよ」

 何でもいいから、とりあえず結婚の約束を取り付けておきたい。
 俺を本当に好きになるのは、この際後からでいいから、他の男に盗られないっていう安心が欲しい。
 それに、今ここで結婚の約束が出来たなら、証人がいるから安心だ。まりなは、後から知らぬ存ぜぬが通用しない相手だろうからな。彼女の前で約束させたい。
 後から、ウソでした、なんて言おうもんなら、またこの悲しげな瞳で見つめられ、いたたまれなくなるだろうからな。
 今のところ俺様の味方してくれてるし、大いに役立ってもらおうじゃねーか。

「なんで私が、責任取ってアンタと結婚なんかしなきゃいけないのよ! 知らないわっ」

 怒って言う美羽に、まりなが援護射撃をしてくれた。


「美羽、素直にならなきゃダメなのだ。結婚なんて、女の子の一番の幸せだよっ。結婚してくれなんて言われて、羨ましいなぁ。オレも早く結婚したいのだ。王雅がこんなに言ってくれてるんだから、素直にいいよって言えばいいのに」


「まっ・・・・まりなちゃん! もうっ、やめてよっ!!」

「だって美羽、昨日――・・・・モガッ」


 美羽はまりなの口を押さえつけ、ちょっと来て、と風のように連れ去ってしまった。


 な・・・・なんなんだ。一体。
 ちょっとからかいすぎたかな?
 それより、まりなは何を言おうとしたんだろう。気になるから、後で聞いてみよう。

 そんなやり取りをしていると、ガキ共が朝食に向かってわらわらと集まってきた。適当に座ってイタダキマスの合掌、神に祈って朝食タイム。


 朝食前の祈りの時、俺は、神に祈った。
 もう、何回も祈ってるが、今日も願わずにはいられない。




――神よ、いるならどうか、俺の願いを叶えてくれ。
  美羽が、早く俺の事を好きになりますように。そして、愛し合えますように、と。




 朝食の後、片付けに入った。手分けして女共は片づけしているから、まりなが一人になるのを狙った、まりなが重そうな食器を一人で片付けていたから、すかさず声をかけた。

「まりな、大変そうだな。手伝うぜ」

「アリガトなのだ。じゃ、半分お願いするのだ」

 手分けして食器を運びながら、俺はまりなに聞いてみた。「さっき、何言おうとしてたんだ?」

「さっきって?」

「ホラ、まりながさっき、美羽から俺の事庇ってくれただろ? その時だよ。昨日美羽がって、何か言いかけてただろ?」

「ああ、それは――・・・・美羽が王雅には言っちゃダメって。だから、教えられないのだ」

「なんだよ、それ。気になるじゃねーか。教えてくれよ。さっき言いかけてただろ」

「でも・・・・美羽と約束したのだ」

「そこを何とか」

「約束したから、ダメなのだ。ゴメン」


 まりなに懇願したが、ムダだった。義理堅いな。こりゃ絶対教えてもらえそうにないから、話を聞き出すのは諦めよう。気になるけど、仕方ない。
 話すことが無くなったので、暫く無言で片付けを手伝っていると、まりなに王雅、と呼ばれたので振り向いた。
 
「あのね、王雅。ちょっと聞きたいんだけど、イイ?」何か決心したようで、まりなが真剣な顔で、俺の方を見つめて語りかけてきた。「王雅って、美羽のコト、ホンキで好きなの? 美羽のコト、好きだって言うだけで、からかったりしてない?」

 あまりに真剣に聞くから、俺もごまかさず正直に答えた。

「ああ。好きだぜ。超本気だ。からかうなんて心外だな。ま、さっきはちょっとふざけすぎたけどな。でも、何とかして結婚の約束を取り付けておきたかったんだ。だってこの前、プロポーズしたけど、断られたんだぜ。アイツを、他の男に盗られたりしたら困るんだ。だから、どんな理由でもいいから、俺と結婚の約束をしておきたかったんだ。美羽のヤツ、俺が本気で好きだっつってんのに、全く信用してくんねーんだ。実のところ、苦戦中」

「そっか・・・・」まりなが悲しそうな顔をして、瞳を伏せた。

「なんだよ、まりなが落ち込むことねーだろが。俺が勝手に好きなんだ。気にすんなよ」

「ううん、そうじゃなくて・・・・あの、美羽のコトだけど・・・・聞いてくれる?」
 
「ああ。勿論聞くぜ。何だよ、美羽のコトって」

「うん、あのね――オレ、実は美羽からお話聞いたんだけど――美羽って、今まで施設や子供達のコトで、本当に色々大変だったみたいなんだ。信じてた人に裏切られたり、騙されたり、そういうヒドイ目に何度もあったんだって。だから美羽は、せっかく好きだって言ってくれる王雅のコトが、信用したくてもできないんじゃないかって思うんだ。でも、王雅が諦めずに想い続けてくれたら、美羽も、きっと大丈夫って安心する日が来ると思うのだ。だから美羽のコト、王雅がずっと大切にしてあげて。美羽を裏切ったりしないって、約束して」

「うん。俺はそのつもりなんだけどな」


――成程な。やっぱ美羽のヤツ、人間不信なんだ。
 俺の、思った通りだったんだ。
 アイツが俺様の事を全く信用しようとしないのは、今まで色々大変だったからなんだな。前、自分で言ってたし。

 でも、根は深そうだ。花井の事だってあるし、俺には想像もつかないほど、今まで辛い事が沢山あったんだろう。その度に独りで泣いてきたに違いない。
 それで、誰も信用しないって決めたのかもしんねーな。

 だから恭一郎みたいな、絶対に裏切らないって解ってる安全牌(身内)に惚れたりするんだ。
 

 そうだったんだ。だから、美羽は俺を拒むのか。
 別に俺様が嫌いだからとか、そういった理由じゃねーんだな。


 ま、俺も今までは、美羽が信用できない部類の人間だったからな。最初は、施設の立ち退きを迫ったりしたんだ。
 しかも施設は、美羽が命がけで守ってんだ。それを奪おうとしていた男が手の平返して、お前の事が好きになったから大丈夫だ、信用してくれ、っつーのは無理があるな。俺だったら絶対信用しねえぞ。
 まあ、真面目な童貞の好青年とかならまだしも・・・・自分で言うのもなんだけど、女に対しては来るもの拒まずだったし、かなり奔放でやりたい放題だったから、そっち面もアウトだな。


 ・・・・まずいな。改めて考えると、俺、最低じゃねーか。美羽に好きになってもらえる要素が、全くねーぞ。これじゃ、ただの土地持ち男・・・・いや、それ以下じゃねーか。

 でも、俺だってこんなに自分が変わると思っちゃいなかったし、こんなに美羽のコトが好きになるとは思わなかったんだ。変わっちまったもんは、しょーがねーだろ。前の俺とは違うんだ。
 女だってもう抱いてねーし。美羽しか欲しくねーんだ。
 その事を早く解って欲しかったし、お前を誰かに盗られやしないかって、焦ってたのは確かだけど。
 
「美羽は、色々あったせいで素直になれないトコがあると思う。信じてた人に裏切られるって、ホントに辛いから。オレ、解るんだ。美羽は王雅のコト、きっと大切に想ってるよ。でも、もしまた裏切られたり騙されたりしたら、って思うと怖くて前に進めない。だから、要らないって思っちゃうのだ。要らないって思う方が、傷つかないし、楽だもん。オレだってそうだったから、よく解るのだ」

「そっか。じゃ、まりなはどーすりゃいーと思う? 俺もこんな恋愛経験したことねーからさ。友達のお前なら、美羽の事どうしてやったらいいか、わかるだろ?」

「うーん・・・・美羽のことは、ゆっくり大事にしないとダメだと思う。オレも好きな人いるんだけど、振り向いて欲しくてつい焦っちゃうから、王雅のキモチわかるよ。でもね、美羽は強引に迫ったり、からかったりしたら、余計に意地になっちゃうからダメなのだ。さっきのコト、美羽にちゃんと聞いたけど、王雅も悪いよ」

「そうだな。うん。調子に乗って悪かったと思ってる。でも、好きだから、ついちょっかいかけたくなっちまうんだよな」

 まりなに注意されると、素直に悪かったと言えるのが不思議だ。美羽もきっと、純粋なまりなには隠さず本音を話せるのだろう。
 人間不信だっつー女が、ここまで自分の弱い部分を曝け出せるのが、その証だ。
 美羽のヤツ、まりなの事は信頼してるんだな。話してて、解る。
 まりなは嘘をつかない、人を騙したりしないって。さっきの小さな約束でさえ、破らず守るんだからな。

「ホントは美羽のコト、オレが勝手にこんな風にお話するのは良くないと思うけど・・・・でも、美羽を真剣に想ってくれる王雅には、言っておいた方がいいと思って。だから王雅、美羽のコト大切にしてあげてね。オレの大事な友達だから。傷つけたりしないで」

「ああ、勿論だ。美羽は、この俺が惚れた最高の女だからな。全力で大切にしたいって思ってる。心配ない」

「良かったのだ! 王雅なら大丈夫って思った。間違いじゃないんだね」


 そっか。何か、色々解ってスッキリした。
 よし。美羽の事は諦めずに、これからも焦らずゆっくり進めていこう。

 それより、美羽のヤツ・・・・俺様のコト、大切に想ってくれてるって本当かな。
 好きとは違うのかな。やっぱ、ちょっと違うよな。
 大切って事は、そのうち好きになってくれたりすんのかな。


 大切――か。
 今は好きじゃなくてもいい。美羽が、俺の事をそう思ってくれてるだけで、スゲー嬉しい。まりなが言うなら、まあ間違いないかな。勝手にそう思う事にした。
 だったら俺が今まで通り美羽を好きでいることに、問題はないワケだ。
 今まで俺が、どれだけお前に信用してもらえねー最低な男だったって事は、良く解った。
 でも、それでも俺はお前が欲しい。今までの俺とは違うんだ。
 俺はこれから、お前に認められるような男になる。

 今のままでも信用してくれるっつーなら、俺の方は、いつでも迎え入れてやる体制はできてんだ。まあ、今のままじゃ無理なのはもう解ったけどな。
 俺はお前が手に入るなら、櫻井家に未練はない。結婚に反対されたら、施設の土地だけは貰って、こっちから捨ててやる。

 あとは、美羽次第なんだ。

 ちゃんと美羽が俺の事を好きになって、俺の事を心の底から信用してこの胸に飛び込んで来てくれるその日まで、しょーがねーから、待っててやるよ。



 この俺様を待たせるなんて、お前しかできないんだぜ、美羽。


 
「まりな。お前と話してると、何か、元気出るな。頑張ろうって思える。大事な美羽のコト、教えてくれてサンキュー」

「そお? それは良かったのだ。でも、オレが美羽の大事なコト、王雅に話したことはヒミツだよっ」

 まりながにっこりと笑った。本当に不思議な女だ。俺もつられて微笑んだ。

「わかってる。誰にも言わねーよ。俺とお前のヒミツだ、まりな」

「王雅の恋が、上手く行くといいね」

「行かせるさ、必ず。俺を誰だと思ってんだ」

「誰なの?」

「この世で一番カッコイイ男、櫻井王雅だ」

「エーッ!? 直哉(まりなの好きな男の名前らしい)の方がカッコイイのだ!! 王雅もカッコイイと思うけど、でも、直哉の方が、もっともっともーっとカッコいーんだよっ!」

「お前、この、言ったな」

 アハハ、と笑ってまりなを軽く小突いた。ふわふわの肩までの金髪を撫でて、お前の恋も上手く行くといいな、と言ってやった。


 片付けが終わったから、今から全員で紙飛行機を作って飛ばす、紙飛行機大会を開催することになった。
 まりなが、祐樹とかいう友達のガキから、面白くて良く飛ぶ紙飛行機の折り方を教わったとかで、全員に折り方を教えてくれた。


 俺は、紙飛行機を作るのは初めてだ。折り紙も初めてだ。


 というのも、家には本物の飛行機があったし、飛行機の玩具は、本格的な高級なラジコンのようなものしかなかった。そんなもので遊んでた記憶があるが、一人で遊ぶのはつまらなかったから、あまりやらなかった。
 玩具は山のように沢山あったが、全部高級品ばかりだった。普通の子供が喜んで持つような玩具なんか持たせてもらえなかったし、第一、そんなものは家に無かった。

 だから遊ぶよりも、本を読んだり勉強をしたりする方が多かったと思う。自分の為になることに向き合う事の方が多かったな。漫画やアニメみたいな子供っぽいものを見聞きするより、ビジネス書や専門書を読む方が、俺は好きだった。

 実戦でのビジネスの駆け引きは、特に面白かった。金があったから、大きな取引だって臆せず出来た。大抵俺の読みは当たったから、取引は成功することの方が多かった。おかげで会社の利益にも貢献しているし、たまに損失が出ても、もっと大きな取引で取り返した。マイナスは出したことが無い。
 
 取引をする上で、ムカつく奴は、徹底的に叩き潰してきた。
 要するに、金があれば何でも出来たワケだ。

 俺は小さな頃から、そんな世界で生きて来たんだ。
 紙飛行機を飛ばして遊ぶなんて、櫻井家は無縁だったんだ。


 そんなワケだから、最初は紙飛行機が上手く折れなくて全然飛ばなかったが、まりなにコツを教えてもらったら、面白いほど良く飛ぶようになった。
 紙飛行機は先を尖らせず、少し折り曲げて平らにして、多少形は悪くても、翼は水平になるように折って調整すると良いらしい。たったこれだけで、驚く程良く飛ぶんだ。

 俺はガキ共と一緒になって、競い合って飛行機を飛ばした。
 一番になりたくて、ムキになった。本気でやった。


 スゲー楽しかった。


 昨日のバーベキューも、飯盒炊爨も、キャンプファイヤーも、花火も、風呂も、雑魚寝も、飛行機も。
 全部、初めてだった。こんなに楽しい休日を過ごすこと、こんな楽しい時間は、初めてだった。

 飛行機を飛ばしたり、鬼ごっこをしたり、何もない草原で体を使ってたっぷり遊んで施設に戻ってきた。路地の角を曲がって舗装の悪い狭い道を少し歩くと、施設のボロい門扉が見える。あれが見えると、帰って来たな、という気になる。
 なんか、美羽がこの施設を大切にする気持ち、わかる気がする。


――本当は、俺なんかが、立ち入れる場所ではないのかも知れない。


 でも、もう無理だ。お前やガキ共の事を忘れて、今まで通りの生活なんて、できやしない。
 美羽、お前が居るから、今までつまらなかった世界が色づいて、毎日がドキドキして楽しくなるんだ。
 ガキ共が居るから、俺の冷めていた心が温まって、生きてる喜びを感じることができるんだ。

 俺はこんな世界、全然知らなかった。でも、お前たちのおかげで、知ってしまったんだ。
 だから、もう知らなかったあの頃には戻れない。


 美羽――お前が命をかけて守り続けてきた大切なこの場所を、俺にも守らせてくれないか。
 お前の手伝いを、させてくれないか。
 俺も一緒に、この施設を守ってみせる。俺の全力で大切にする。


 俺はこれから、お前に信用してもらえるような男になって、この気持ちがお前に伝わるよう、精一杯努力する。
 この俺様をホンキにさせた女は、お前が初めてだからな。
 そんな風に考えていると、門のところに人影が見えた。誰だろう。こんなボロ施設に用事の客なんていんのかよ。


「サトル!」


 真っ赤なミニのワンピースから胸を露出させた女が、サトルの名を呼び、俺達の方に近寄ってきた。年齢は、三十代半ばってところか。巻き髪に安物のブランドのバッグ、真っ赤な口紅を唇に引いていた。見た目、スナックなんかで働いてそうな女だ。

 どーでもいーけど、ケバいな。昼間の恰好じゃねーぞ、それ。


「お母さん・・・・」


 サトルは赤い女を見た途端、怯えるようにして俺の後ろに隠れた。


 ・・・・ん、今、お母さんって言わなかったか?


「サトル、迎えに来たんだよ。さあ、おいで」


 ケバい女――サトルの母親は、サンダルのヒールをカツカツと鳴らしながらこちらにやって来た。




 母親って・・・・どういことだ!?



 
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