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おとぎ話は本人にとってホラーでしかないお話

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我が家の家系はヤバい。
何がヤバいって、顔。
え?見向きもされないような顔だからって?
いや、そっちの方が良いんじゃないか、と思う。マジで。

私の名前は、アンナ。
平民です。
苗字を辛うじて作るとしたら、父さんが漁師だからフィッシャーかしらね。
アンナ・フィッシャー。
あら、少しクールな感じになったわね?
名前がいい感じにクールなっても。
私の見た目は、甘々。
父に似て、黒檀のように美しい更々としたストレートの髪。可愛らしい小さな唇。
透き通るような白い肌に大きな二重で少しだけたれ目気味の黒い目。
これ、笑い顔ってんで人から憎まれない顔してるから得らしいけど、誰彼構わず微笑んでると思われて迷惑この上ない仕様だったりする。
私にはね。
そう、かなり控え目に言って、見目麗しい部類に、しかも頂点辺りに立てる顔だったりする。
えぇ。自慢でも何でもないですが、何か?

なぜなら、この顔はヤバい奴しか近付かないと、幼い時から懇々と母に言われ続けてるからね。
え?そんなの口だけだって?
嫌味だって?
違うんだって!

まず、母。
ピンクブロンドの艶やかな髪。
目が覚めるような碧眼。
きめ細かい陶器のような白い肌。
もちろん母の容姿は周囲で話題の的だった。

元裕福な商家の娘だった母は、踊りが大好きだった。
その容姿で優雅に踊る姿は、周囲にはそりゃ眼福だったろう。
が。
母の容姿プラス踊りの腕の噂が広がり、招待されたのが3日間開催される王城のパーティ。
母は、踊れるのなら、と行ったらしい
けど、王子様に見初められ、3日間連夜連続彼意外と踊れなかった挙句、身分を最後まで明かさなかった母の身元を探ろうとストーキングをされ。
母は母で根性で上手く逃げおおせたから良かったものの、捕まっていたら危なかったと言っていた。

普通、お姫様になるのって憧れるもんじゃないかなー、と小さい頃は思っていたけど、今ならそのヤバさが分かる。
王子様、母の意見何て最初から聞いちゃいないもんね。
とにかく、何を言っても話が通じない、一切人の話を聞かない人と一緒に踊る時間は拷問にも等しかった、とは母の談。
え?その後の王子?
母が王子から無事に逃げるために、母はこっそり囮に靴を置いてきたらしい。
え?勿論その靴は母のじゃないよ?
誰のかって?
取引先のお嬢様で、夢見る夢子ちゃんだそうです。
囮の靴を置いて逃げた母は、無事隣国行の船に乗り込み、その際に船に偶然乗っていた父と出会い結婚したのよね。
父としては、そこで母と出会えてラッキーだったみたい。

そして、兄。
兄がねぇ…
兄も又、母に似た容姿の優れた男だったのよね。
会ってないけど。だって遠い国にいるし。
え?なんでって?
決まってるじゃない。母そっくりの兄の容姿のせいよ。

兄に何があったか?えぇ、こっちはこっちで人外だから恐怖よね。
兄と父は、漁をしている最中に嵐に巻き込まれて兄が海に投げ出されてしまったの。
必死に助けようとしていた父が見たのは。
人魚に連れ去られようとしている兄。
以前から、漁の度に人魚が兄を見ていて、やばいかもとは思っていたらしいわ。
人魚が人間、兄に懸想しているって恐怖じゃない????
父が銛で人魚を追い込んで、どうにかこうにか人魚が浜辺に兄を置いていったの。
それが、たまたま朝の儀式?良く知らないけど、その国の儀式で、嵐の後の浜辺で姫様が海の神様にお祈りを捧げるってのがあるんだって。
その儀式の時に兄を見つけて、勝手に連れ帰っちゃったんだって。
国が違うし、父は黒髪黒目でと兄は見た目が違うし、言葉は違うし、色々大変で話が通じるようになった頃には兄はお姫様の婚約者。
記憶喪失で元は貴族のうんちゃら、って話が勝手に出来てたらしいわ。
え?兄?一生懸命説明しても言葉通じない、記憶がないのねってことで話が片付いたらしいわ。
このお姫様、かなり積極的だったらしくて、怯えて逃げ出されたらたまらないってことで、兄は襲われたらしいわー。怖い…

結婚式前にお腹が膨らんでいるといると困るからすぐに結婚式をするらしいわよ。
兄は真面目で責任感強いから、背負わされた運命をしょって生きることにしたらしいわ。
父と兄、秘密裏に二人で話しが出来ただけ、有難いわよね。
父は秘密を守るために、結婚式前に父は故郷に帰ってきたわ。
エライ疲れた顔して。

母は嘆いていたけど、死んでないし、人魚よりかはマシだと最後は納得していたわ。

そして、今、現在進行形の私よ!!!!
えぇ?
なんで、目を覚ましたら棺の上で知らん男の人にキスされてるの?
しかもすっごい気持ち悪いくらい激しいの!
何?この人、一体、誰?
パニックになっている私に気が付かないでこの人はキスをし続ける。

イヤなら押し返せ?無理だ。
私、まだ思考が朧げに動き出しただけで、体はまだ覚醒していないんだもん。
手とかで押し返したいけど、力が入らないんだもん!
そして、なんか喉に違和感が。
呼吸するのが苦しい。
キスされてるから、とかじゃなく。

というか、一体なんで私が棺の上にいるわけよ?
ご丁寧に周囲には花が添えてあるんだけど?
え?ちょっと待って、記憶…
最後の記憶…
えーと、買い物帰りに、近所のアマンダおばちゃんから庭でとれたリンゴを貰って、齧りながら家に帰っていたのよね。
んで、リンゴが落ちそうになって慌てて落ちる前に拾おうとして、噛んでいたリンゴ飲み込んじゃって…
飲み込んじゃった?
うん、苦しかったわよね。
辛かった。
すっごいむせたもん。
涙と鼻水でたもん、私の最後の記憶では。

え?死んだ、私?
生まれ変わったの?
あ、じゃ、私、今、赤ん坊でこの人が父親で、愛情のキス…

そんなわけないじゃん!!!!

どう考えても、これ、私の身体の感覚だよ。

え?じゃぁ気を失っていた私を死んだと勘違いした????
そう、私の国では、死んだら棺の上に置いて森の中で一晩放置というか、森の神様に魂を浄化してもらうっていう儀式があるのよね。
その後に世間一般で言われてる葬式するんだけど。

えー?
その葬式前の儀式で、私、連れ去られちゃったの?
ちょ、まって、有り得ないんだけど?葬式前の死体拉致するって。
しかも、死んでなかったけど、死んでるって扱われてる私にキスするってやばいでしょ?
これ…

そう思っていたら、急に喉につっかえていた何かがひっかかる感触がした。
ゴホゴホっと口から飛び出したのはリンゴの欠片。

「おお!」

キスした人が私から離れて、私の顔を覗き込む。
むせてる人の顔を覗き込むんじゃないよ。まったく失礼な男だな。
涙目でむせていたら、背中を撫でてくれた。
とりあえず、少しはいい人らしい。
死体にキスするような変態だけど。

一通りむせおわって、周囲を見ると、全員知らない顔だ。
洋服もどうやらうちの国とは違うっぽい。
おまけに、なんか、すっごい立派なところにいるっぽい。

「ここは…どこ…?」

聞いたけど、聞かなきゃ良かった。

えーと、普通に、棺泥棒だよね?
誰の許可を得て、棺移動したの?
家の親、絶対許可するわけないじゃん。

この人金持ちそうでチョロそうだもん。
騙しやすそうだし。
誰かが勝手に許可して金もらったんだろうなぁ。

というか、この状況。

私、逃げられるのでしょうか?
それとも兄のように、諦めなくちゃいけないのでしょうか?

いやいや、それはない。
いくら金持っていて、容姿が良くても。そして性格がよさそうでも関係ない!
これだけは胸を張って言える。
死体に惚れるような、死体にキスするような変態はご免被ります。
うん、さっさと逃げよう。

私は従順そうに見えるこの容姿を武器に、ここから姿をくらます計画を今から立てるのだった。

おしまい
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