ニュートラルからドライブへ

疼木 沙紀

文字の大きさ
3 / 3

***

しおりを挟む



「検定お疲れさまー。待合室Bで待っててね、後で結果持っていくから」



「お疲れ様です……」



「ねえねえ、どうだった?」





そう言う受け付けのお姉さんの瞳は、面白いと言わんばかりの好奇心に満ち溢れていて。









そんな彼女の意図するところは、きっと彼に関することだろうと思った。



けれど、







「あはは、私なんか揶揄われてるだけですよ」







最後まで、アクションを起こそうとしないのはそういうことでしょう?



ほとんど本音でそう言った私の言葉を、お姉さんは「またまたー」とまともに受け取ってはくれなかったけれど。













バタン、車とは違った類の開閉音と共に俯けていた顔を持ち上げる。



その瞬間、







「うそ……」





自分でも気付かない内に、そんな小さな呟きを発してしまっていた。











視線の先に居るのは、今日検定を受けた人数分の資料を持った彼だったから。



お姉さんの口振りからして、きっと彼女がその役目を担うものだと思い込んでいた。







だから彼と接するのは、先程の車内が最後だと。



そう、思い込んでしまっていたから。









一瞬ぱちりと合った視線の中で、彼がゆるりと笑みを浮かべた気がした。











「───つーわけで、今日の受検者で不合格者はゼロ。長い間お疲れさん、じゃ解散ー」



「センセ、最後まで適当だったな」



「はあ?ちゃーんと試験当日のイロハ教えてやっただろ。ほれ、帰れ帰れ」



「はは、ひっでー!じゃーなー」



「おー、気を付けてな」







鞄に書類を詰めている傍ら、そんな会話が耳に入り顔を上げた。



他の生徒を送り出していた彼は、指先をひらひらと泳がせている。







私の視線が捉えたのはその大きな背中のみだったから、少しだけ安堵した。









けれど、



「な?言っただろ」



そんな言葉と共に振り返った男は、私が視線を向けていることに。



まるで気付いていたかのように、悪戯な笑みをその口許に刻み込む。







「、受かってるか微妙だって…!」



「不合格だとは言ってねぇ」



「またそうやって揶揄うっ、」





言葉尻が、詰まってしまった最大の理由は。





「仕方ねーだろ」





その余りの至近距離に、呼吸を洩らすことさえはばかられたから――、





「気付いたらこんなことばっか言ってんだよ、お前には」













「ッ、」





瞬時に頬に赤い色が迸って。



それを目にした目の前の男が微笑んだあたり、またもや揶揄されているんじゃないかと気を揉む私。









だけれど、



「――…そういうとこ、可愛すぎ」







落とされたそんな言葉によって、心配は杞憂に終わってしまった。















ニュートラルからドライブへ
( 彼と私の関係の変化を表すなら、そんな感じ )

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

カラフル

凛子
恋愛
いつも笑顔の同期のあいつ。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

処理中です...