追放された滅びの魔女ですが、竜王陛下に拾われ甘やかされています

佐崎咲

文字の大きさ
36 / 52
第三章 その胸に育つもの

第10話 私は私として

しおりを挟む
 それからは、ティアーナに助けてもらいながら薬師として働く準備をし、資料を調べ、変わらぬ日々を過ごした。
 ただ一人で食事をするようになっただけ。
 夜に豚の姿に変わっても、レイノルド様に会うことがなくなっただけ。
 そう自分に言い聞かせながら。

 薬は作っただけでは誰も来ない。
 人との信頼関係を築くには挨拶からだ。
 私は基本に立ち返り、城の人たちに挨拶をし、勇気を出して声を掛けるようにした。
 最初は迷惑そうに引いた顔をされたけれど、そのうち私が声を掛けるのが当たり前になっていくと、「はいはい」とか「別に」とかつれないながらも反応が返るようになった。
 それからやっとティアーナに城内を案内してもらった。
 案内がないということは、つまり資料室と自分の部屋の行き来しか許されていないということ。
 もちろんレイノルド様は自由にしていいと言っていたけれど、まさかスヴェンとティアーナが許すわけはない。
 だけど薬師として働くためには必要だと話すと、ティアーナはしぶしぶ先に立って歩いてくれた。

 おかげで堂々と城内のあちこちに顔を出せるようになり、厨房にはあかぎれの薬、兵舎には傷薬を渡した。
 誰も使ってくれないかもしれない。
 その時はまた次の薬も考えようと、長期戦のつもりでいたけれど、何日かして厨房に顔を出した時、あかぎれの薬がもっと欲しいと言われた。
 兵舎では誰も使ってくれなかったようで、減った様子はなく、代わりに筋肉痛に効く薬を置いて帰ると、三日後に会った見張りの兵士から「あれ、けっこうよかったよ」と言ってもらえた。

 薬だってただただ良い作用があるだけでもなく、人によっては合わないこともあるし、副作用が出るものもある。
 なんでもかんでも薬を使えばいいというわけではないし、乱用が危険なことだってある。
 だから多くの人にたくさん薬を使ってもらうことがこの国のためになるというわけではない。
 ただ、思うように動けなくて不便だったり、辛かったりすることが楽になればいいなと思う。

 けれど、そこから使ってくれる人は思うようには増えなかった。
 薬を使う習慣もなく、薬がなくともこれまで通りの日々が続くだけなのだから、わざわざ他所から来た人間が作った怪しい物など手に取る気にならないのだろう。
 病にかからなくても、怪我をしなくても、薬が役に立つことはあるはずだと信じているけれど、それを押し付けて私が役に立つ人間だと知らしめようとすればさらなる不快感を募らせるだけ。
 結局のところ、私にできるのはこういうものがあるよと伝えることだけで、あとは待つ以外にない。

 そうして一日のほとんどを資料室で過ごしていたある日。
 久しぶりにティアーナが調合部屋を訪れた。

「何かご入用ですか?」

 わくわくとそう声を掛けると、ちらりと呆れた目を向けられた。

「怪しい物を作っていないか、抜き打ちで見回りに来ただけよ。相変わらず閑古鳥が鳴いているようだし、無用な心配でしょうけれど」
「そうなんですよねえ……。やはりみなさん、薬を必要とはされていないようです」
「当然でしょう。国を挙げて戦ってた頃なら場合によっては『名誉の傷』なんて言葉もありえたけれど。レイノルド様がこの国を治めるようになってからは怪我なんて個人同士の小競り合いとか事故くらいだもの。そんなことで傷を負うのも病にかかるのも、『私は弱いです』って言ってるのと変わりないわ」

 それはこれまでこの国に滞在してわかっていたことではある。
 けれど。

「――ということは、怪我をすることもあるわけですよね。兵士の方たちだって、訓練中に思わぬ事故だってあるでしょうし。そういう方たちは怪我をどうしているのでしょう」
「そんなの、誰にも言わずになんとかしてるに決まってるでしょう」
「その結果、『なんか気分じゃない』とか『用事ができた』とか言って部屋にひきこもっているわけですか? それって、労働力の損失では」

 仕事をする上では非効率だ。
 兵士で言えば、腕を怪我をしているなら足を鍛えるとか、できるはずのこともできなくなる。
 ティアーナはどういうことかというように腕を組んだまま私に目を向け、じっと黙っている。

「あまり病にかからないとは聞いていますが、薬を使って回復を早めることができれば、その分仕事に長く穴を開けずに済みます。怪我をしない、病にかからないことが強さの証であるとして、その強さが何に活かされるのかというと、戦ったり、人々の生活を支えたりという、いわば労働力ですよね」

 純粋に強いことが名誉でもあるのだろう。
 けれど、なんだか矛盾しているなと思ってしまった。

「――あんたって、いっつもそんなことばかり考えてるわけ? 『誰も気づいてないことを自分だけはわかっちゃってます。斜めに考えちゃう自分、頭いいー!』って感じ? 本当鼻につくわ」

 そう言われて首を傾げ、考えた。

「私はあまり他の人と会話したことがない、と言いますか、自分の考えを話したり、相手の考えを聞いたりする機会がないので、みなさんがどう考えるのか、自分の考えが斜めなのか、わからないんですよね。ただ、誰も気づいていないのではなく、そういう風潮の中で口にできないだけで、同じように考える人も中にはいるかもしれません」

 またキャロルの時と同じ失敗を繰り返してしまった。
 推測で話すからこうなってしまうのだ。
 不快にさせたくないと言いながら、ティアーナを怒らせてばかりだ。
 そう落ち込んだのだけれど、苛立っていたはずのティアーナはなんとも言えない顔をしていた。

「……この国にあんたとそんな話をする奴なんているわけがないのは当然だけれど、その前も部屋にひきこもってたんだったわね」

 軟禁されていたのであって、選択的に部屋に閉じこもっていたわけではないのだけれど、そのおかげで作った薬の売買に関わる会話くらいしかしてこなかった。
 誰かの考えを聞くという機会はとんとない。
 私は変なことを言っているのだろうかと、一気に不安になった。

「悪かったわよ。だからそんな捨てられた子どもみたいな顔しないでくれる? 辛気臭いったらない」

 ティアーナが謝った。
 初めてだ。
 つい呆然としていると、ティアーナが苛立ったように舌打ちをした。

「そういう顔もやめてくれる? いちいち腹が立つわね」
「すみません」

 どういう顔をしていいのかわからない。
 誰か正解を教えてほしい。
 おろおろしていると、ティアーナが諦めたようにため息を吐き出した。

「あんたがこの国の獣人たちが必死に守ってきた矜持を馬鹿にするようなことを言うからよ」
「あ……ごめんなさい」

 そうか。
 非効率だとか、もっと薬に頼ればいいのにとか、何故そうして名誉を守ってきたのかその気持ちを考えずに、自分がいいと思った方法だけを話していた。
 人の暮らしは最適解だけで成り立っているわけじゃない。
 心があるから、葛藤があって、それぞれの正解がある。
 それまでの歴史があるから、今が作られている。
 そういうものがあるはずで、軽視していいわけじゃない。
 無駄だと批判されたら腹だって立つ。

「だけど。国を守る身としては聞くべき話ではあるのでしょうね。レイノルド様もこうしてあんたに薬を作らせているということは、そういうことなんだと思うわ。いくら罰だとはいえ、ただの客人のやりたいようにさせるために私まで巻き込んだりはしないもの」

 床に目を落としたティアーナに、「あの……」と声をかけると、ギロリと睨まれた。

「それとあんたが腹立つのは別だけどね」

 そう言ってティアーナはすたすたと部屋を出て行ってしまった。

 それから数日して、だんだんと薬の注文が入るようになった。
 私は相変わらず、挨拶をしてもろくに返事も返らず、誰かと深く会話をすることもできていないまま。
 ティアーナが何か動いてくれたのかもしれない。
 けれど声をかけると「私は忙しいのよ」とふいっと顔を背けて行ってしまうから、何も聞くことはできていない。
 さらに数日後、初めてスヴェンが調合部屋に姿を見せた。
 ティアーナと同じように「抜き打ちで監査に来ただけです」と言いながら部屋の中を見て回ると、私を上から下までまじまじと見ながら言った。

「あなた、どうやってティアーナを動かしたのです? 恐ろしい人間ですね」

 やはり薬を使ってくれる人が増えたのは、ティアーナのおかげだったのだ。
 きっとティアーナは利があると思ってくれたのだろう。
 初めてティアーナが私を認めてくれたような気がして嬉しかった。
 まだまだ人としては信用されていない気がするけれど。



 そうしてだんだんと薬の注文も入るようになり、資料探しと薬師として働く時間は半分ずつになっていった。

 資料探しのほうは、レイノルド様が城を発ってから一週間後に進展があった。
 エラ王妃が遺した言葉を見つけたのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。 ――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。 「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」 破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。 重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!? 騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。 これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、 推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました

さら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。 裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。 「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。 恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……? 温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。 ――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!? 胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました

er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。 宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。 絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。 近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。

虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。

専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。

処理中です...