もう神には頼りません ~偽聖女にされたら王子の偽婚約者になりました~

佐崎咲

文字の大きさ
4 / 35
第一章 神様なんて信じてないのに聖女とか

4.ここに聖女がいるはずだ、と言った。腹に一物抱えた王太子である

しおりを挟む
「私はリヒャルト=エンブルム。この国の第一王子だ。私の目的は一つ。ここにいるはずの聖女に、私と共に城まで来てもらいたい」

 艶やかな金髪に、アイスブルーの透き通るような瞳。
 どこからどう見ても先日濡れそぼっていたあの男が、王子として再び我が家にやってきた。

 だから開けた扉を、そっと閉めた。
 ばっと振り返ると、同じ顔で唖然としていたアレクシアが言葉を取り戻した。

「ちょっと! 聖女って何よ! ユリシア、あんた何かやらかしたの?! ってかあの美形、王子様だったの? 王子様みたーい、とか思ったけど、誰が本当の王子様だなんて思うのよ」

 概ね同意で、そのままそっくりアレクシアに返したい。
 私は何もしてない。やらかすのはいつもアレクシアの方だ。

「私にも一体何がどうなってるのか。何でいきなり聖女とか言い出したんだろ」

 父と母は少し離れた畑で作業中で、私とアレクシアはお昼ご飯の準備で家にいたところだった。アレクシアは疲れたと言ってさぼってただけだけど。
 私達二人で対応しきれる話でもない。両親を呼んできたいけど、それには一度その扉を開けねばならない。
 その前にアレクシアと状況確認をしておく必要がある。っていうか扉を開けたら「私が呼んでくる」とか言ってアレクシアはそのまま逃げてしまいそうな気がする。面倒なことはとことん避ける性質だから。

「とりあえず逃げる?」

 やっぱりアレクシアの頭にはそれしかないようだ。

「さっき外にいっぱい人いたけど?」

 不審な行動をすればすぐに追手がつくぞと釘を刺しておく。
 さすがは王子。
 周りには軍隊一つ率いてきたんでしょうかというくらいの数の護衛だかなんだか武装した人たちがいたのだ。

「聖女ってさ、あれよね。教会でひたすら祈りを捧げて人々の願いを神に伝えるとかいう、あれでしょ。え、そんなのここにいるわけないじゃんね。よし、そう言って帰ってもらおう」

「待ってアレクシア! 『いる』って断言してる権力者に、村娘が『そんなのいません』って言ったって聞くと思う? 逆に周りの血気盛んな人たちに刺されかねないよ。だって王子を否定することになるじゃない。しかも本当に聖女そうだったらどうすんのよ」

「『聖女そう』、って。どっちがよ? 私じゃないわよ」

「私でもないわよ!」

 お互い全く心当たりはない。
 アレクシアがぽそりと口を開いた。

「城に連れてくって言ってたわよね。私、絶対いやなんだけど。エンリケと結婚の約束したもん。明日お父さんに許しをもらいに来るって言ってたもん」

 展開はやっ。
 両想いになってから一週間も経っていない。
 でもアレクシアの目は必死だった。
 掴みかけた幸せを逃したくない。その気持ちは痛いほどにわかった。
 生まれる前からずっと傍にいた姉妹だ。

 貧しくて働き詰めの私達には、恋をする心の自由の他は何も持っていない。
 せっかく好きになれた人がいて、相手も自分を想ってくれるなんて、すごいことだと思う。
 私は十七歳になる今でも、まだ恋を知らないから。

 考えこんでいるうち、アレクシアが小さな声で私に呼びかけた。

「ねえ、ユリシア」

 顔を向けると、そこにはまっすぐに私を見つめる目があった。
 身構えると、アレクシアはそっとドアノブに手をかけていた。
 何をしてるんだろうと、ぼんやり思った。

「もし逃げられなかったら、あんたが聖女ね」

「え?」

 私の呟きと同時に、扉が開かれた。

「失礼をして申し訳ありません、殿下。突然のことに動転してしまいました。無礼をお許しください」

 そう言ってアレクシアは精一杯娘らしく礼をして見せた。

『ちょっと待ってよ! なんで勝手にドア開けちゃうの?!』

 私の呟きは声に出すことができなかった。
 けれど。
 それなのに。
 答えが返った。

『仕方ないでしょ、私、お城へ行くなんてやなんだもん。本当にユリシアが聖女かもしんないし。とにかくできるだけバックレよう。私達は聖女なんかじゃないって、ただの村娘1と2ですってアピールしよう』

 なんで頭の中にアレクシアの声が響いてくるのか。
 思わず互いに顔を見合わせているところに、「許す。では改めて、失礼しよう」とリヒャルトがつかつかと足を踏み入れてきた。

 中に……と言っても、そんな大人数のお連れ様が入れるほどの広さは我が家にはない。
 勝手知ったるリヒャルトもそんなことは重々承知で、数名のお供だけ連れて入り、後は外に残した。
 まあつまり、逃げられないってことで。

「先日は世話になった。改めて礼を言おう」

 本当に、あのずぶ濡れの犬みたいだった人が、この王子なんだ。
 信じられないけど、妙に納得もしている。
 腹が立つほど農村の生活レベルなんて知らなくて、だけど寒さに震えながらも凛と立っていた気品あふれる佇まいだったから。
 思い返していると、リヒャルトの信じられない言葉が耳に入る。

「あの時、偶然この家の軒下で雨宿りしていた私は、雨の喧騒の中で不意に耳にしたのだ。家の中の少女の怒れる声を。それと同時に庭の木へと降り注いだいかづちを、この目で見たのだ。そんな力を持つのは聖女に他ならない」

 怒れる声……?

 ――おまえか!!

 ばっとアレクシアを振り向く。
 アレクシアは無言でちらりと私を見て、ぶるぶると首を振った。

『とぼけないで、あの日長雨にブチ切れてたのはアレクシアだったじゃない!』

『どっちかとか関係なく、ここはできるだけとぼけるって決めたでしょ!』

 脳内でそんなやり取りを必死に交わしているうち、リヒャルトの言葉は続いた。

「聖女は思春期に大きな心の変化を迎えるとその力を発露させると言われている。俗に言う、恋、というやつだな」

『絶対アレクシアじゃん』

 アレクシアはぶるぶると首を振る。頑なに首を振り続ける。

「どうした。震えているぞ」

「いえ、これは驚きで少々首がもげそうになっただけで」

「それは一大事ではないか」

「いえすいません、ものの例えです、本当すいません」

『落ち着いてアレクシア! 平常心! バックレるんでしょ!?』

 そうアレクシアに呼びかけながらも、頭では目まぐるしく考えていた。

 ――なんでこうなった。

 突然アレクシアが聖女だとか言われても戸惑いが大きすぎて、とてもまともには考えられない。
 特に私達姉妹は信仰心の欠片もないどころか、神なんぞクソくらえと普段から罵っていたのに。
 っていうか、あれ? 怒れる声が聞こえたって、あの時の私達の会話、リヒャルトどこまで聞こえてた? まさか、まさに神様をクソ呼ばわりしてたあたりとか、聞こえてないよね? 怒号が聞こえた、ってだけよね? いや、そのはず。そうだといい。そうだと信じたい。

 知られたらどうなるか――。

 ぞっとして、私はその考えを閉じた。
 もっとも大事な局面である今、恐怖で思考停止させるわけにはいかないのだ。
 教会に突き出されるのも、城の地下牢に閉じ込められ罰当たりとして処罰されるのも、そんな未来は今は考えてはいけない。

 他に何を言っていただろうか。
 そう記憶を繰り始めて、ふと皮肉なことになったと気が付いた。

 あの日アレクシアは、『大体ね、神様がいるんだったら私は今頃こんな鄙びた村なんかで暮らしてないで、城で贅沢三昧して暮らしてるわ』と言ったのだ。
 まさかその通りになろうとは、笑えてくる。

 いや、笑ってる場合じゃない。

 エンリケに恋をして聖女の力に目覚めたアレクシアが長雨にブチ切れてカミナリ落として、長雨を呪い殺すように憎んだから突然雨がやんで、神がいるなら城で暮らしてるはずだとか言うから城からの迎えがきた?

 まさか、全部アレクシアが聖女だから?

『まじかーーー!!』

 辻褄が合ってしまった。
 ここまで来ると、納得せざるをえない。

「急に叫ばないでよ!」

「あ、ごめん」

「ん? 何事だ」

 うっかり脳内で叫んだらアレクシアに届いてしまい、うっかり地声で喋り二人で慌てて口を閉じる。

「すみません、何でもありません」

 慌ててアレクシアが弁明したけど、供として中に入ったうちの一人、初老の男が、はっと気づいたように王子に目を向けた。

「もしや、神の声が聞こえたのでは……?」

 いやいやいや、ただの村民の娘の声だから。
 ただの双子の姉妹。

 ん。またいらんことに気付いてしまった。
 この声が私とアレクシアの間で通じてるのも、アレクシアが聖女の力に目覚めたせいなんじゃないの?

 なんてこった。
 なんだかすごい巻き込まれてる感が半端ない。
 気づきたくないことにどんどん気づいていってしまう恐怖たるや。

「いえ、私は聖女ではございませんので」

 すかさずアレクシアがぴっと掌を向け否定する。
 私も後押しするようにぶんぶんと首を縦に振る。

 なのに。

「こちらがお探しの聖女でございます」

 アレクシアはそう言って、さっと私に手を向けた。

 思ったよりも裏切るのが早かった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】完全無欠の悪女様~悪役ムーブでわがまま人生謳歌します~

藍上イオタ
恋愛
「完全無欠の悪女、デステージョに転生してる!?」  家族に搾取され過労で死んだ私が目を覚ますと、WEB漫画世界に転生していた。 「悪女上等よ! 悪の力で、バッドエンドを全力回避!」  前世と違い、地位もお金もあり美しい公爵令嬢となった私は、その力で大好きなヒロインをハッピーエンドに導きつつ、自分のバッドエンドを回避することを誓う。  婚約破棄を回避するためヒーローとの婚約を回避しつつ、断罪にそなえ富を蓄えようと企むデステージョだが……。  不仲だったはずの兄の様子がおかしくない?  ヒロインの様子もおかしくない?  敵の魔導師が従者になった!?  自称『完全無欠の悪女』がバッドエンドを回避して、ヒロインを幸せに導くことはできるのか――。 「小説化になろう」「カクヨム」でも連載しています。 完結まで毎日更新予定です。

捨てられた元聖女ですが、なぜか蘇生聖術【リザレクション】が使えます ~婚約破棄のち追放のち力を奪われ『愚醜王』に嫁がされましたが幸せです~

鏑木カヅキ
恋愛
 十年ものあいだ人々を癒し続けていた聖女シリカは、ある日、婚約者のユリアン第一王子から婚約破棄を告げられる。さらには信頼していた枢機卿バルトルトに裏切られ、伯爵令嬢ドーリスに聖女の力と王子との婚約さえ奪われてしまう。  元聖女となったシリカは、バルトルトたちの謀略により、貧困国ロンダリアの『愚醜王ヴィルヘルム』のもとへと強制的に嫁ぐことになってしまう。無知蒙昧で不遜、それだけでなく容姿も醜いと噂の王である。  そんな不幸な境遇でありながらも彼女は前向きだった。 「陛下と国家に尽くします!」  シリカの行動により国民も国も、そして王ヴィルヘルムでさえも変わっていく。  そしてある事件を機に、シリカは奪われたはずの聖女の力に再び目覚める。失われたはずの蘇生聖術『リザレクション』を使ったことで、国情は一変。ロンダリアでは新たな聖女体制が敷かれ、国家再興の兆しを見せていた。  一方、聖女ドーリスの力がシリカに遠く及ばないことが判明する中、シリカの噂を聞きつけた枢機卿バルトルトは、シリカに帰還を要請してくる。しかし、すでに何もかもが手遅れだった。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。 だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。 聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。 胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。 「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」 けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。 「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」 噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情―― 一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします

紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド  どこにでも居る普通の令嬢レージュ。  冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。  風魔法を使えば、山が吹っ飛び。  水魔法を使えば大洪水。  レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。  聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。  一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。 「その命。要らないなら俺にくれないか?」  彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。  もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!  ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。  レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。  一方、レージュを追放した帝国は……。

【完結】追放された大聖女は黒狼王子の『運命の番』だったようです

星名柚花
恋愛
聖女アンジェリカは平民ながら聖王国の王妃候補に選ばれた。 しかし他の王妃候補の妨害工作に遭い、冤罪で国外追放されてしまう。 契約精霊と共に向かった亜人の国で、過去に自分を助けてくれたシャノンと再会を果たすアンジェリカ。 亜人は人間に迫害されているためアンジェリカを快く思わない者もいたが、アンジェリカは少しずつ彼らの心を開いていく。 たとえ問題が起きても解決します! だって私、四大精霊を従える大聖女なので! 気づけばアンジェリカは亜人たちに愛され始める。 そしてアンジェリカはシャノンの『運命の番』であることが発覚し――?

処理中です...