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第二章 ここは魔王城いいところ
2.視察と言う名の誘拐
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もう悲鳴など上げてやるものか。
それではミッドガルドが喜ぶだけだ。というか、ミッドガルド本人すら知らなかった変なドアを開けてしまったような気がしてならない。
ミッドガルドは珠美の心中などお構いなしで、ご機嫌で滑空していた。
なんのはずみで手を離されてしまうかもわからないから、がっしりと掴まるのだけはやめない。
「お、見えてきたぞ。な? 空を飛べば早いんだって。だからぱぱっと用事を済ませてぱぱっと戻れば夕飯を食い損ねることもない。何事も悩んでる時間は無駄なんだよ」
一理あるかもしれないが、このミッドガルドという男に言われると腹が立つ。
しかも珠美は事前に計画と準備をしっかりしてから実行に移す性質だから、なおさらだ。
どこに下りるつもりなのかとそろりと眼下を見下ろせば、城を取り巻く森はあっという間に越えていて、小さな町を一つすぎ、広大な農地が見えてきたところだった。近くには村と思われる集落もある。
ミッドガルドがゆっくりと畑の真ん中に着地したのを見計らって、珠美はその腕からぴょいっと飛び降りた。
いつまでもこの男の腕の中にいるのは癪だった。
「そんなに焦らんでも、今下ろしてやるのに」
はははと快活に笑うミッドガルドにまた腹を立てながらも、周囲の作物の様子を覗う。
葉が少々しおれぎみではあったが、まだ枯れている様子はない。
空気を吸い込めば、土の匂いと一緒に雨が降る前特有の匂いが混じっていた。
「ねえ。もうすぐ雨が降るんじゃない? 私が今雨を降らせる必要もないと思うけど」
「そんなことは俺は知らねえよ。今回の俺の仕事は魔王サマに雨を降らせてもらうことだからな。さあ、雨を降らせてくれ。今すぐに」
まるで柔軟さがない。
ただ命令を遂行するだけならロボットの方が優秀だ。
せっかく自分で考えられる頭があるのだから、効率とか優先順位とか必要性とか考えればいいのに。
それとも、そんな判断はおまえの仕事ではないとでも雇い主に言われているのだろうか。
「誰がミッドガルドに依頼したの」
顔を顰めて問えば、ミッドガルドはなんということもない顔で答えた。
「この村の村長だよ。俺はこの辺りの村や町からの依頼を魔王の元に伝えに行く、いわば連絡係なんだよ。早くこの仕事を終わらせて、次の町に行かないと」
「え。魔王が来るまでずっと城で待ってたの?」
「そうだよ。だってそれが俺の仕事だからな」
「でも次の町でも依頼があるかもしれないんでしょ? どうせ魔王がいないとわかってるなら、先に用聞きに行っておいて、まとめて依頼すればよかったのに」
とんでもなく非効率的だ。
一つずつ順にしか処理できず、待機時間を考慮しないようなプログラムでは負荷が高くなりすぎる。
ちゃんとケースに応じて処理分けしておくべきだ。
「だって俺が城を離れてる間に魔王サマが帰ってくるかもしれなかっただろ?」
その心情はわかる。だがそもそも何故対面で伝えないといけないシステムなのか。
手紙でもいいではないか。
珠美は頭を抱えたくなった。
ミッドガルドだけがこうなのだろうか。
いや。城で誰もミッドガルドに言ってやらなかったことを考えると、全体的にこういうシステムなのだろう。
とんでもなく非効率的で、無駄ばかりに感じてしまう。
そもそも、作物に水を撒くのが魔王の仕事というのも解せない。
それほど枯れかかっているとかひっ迫した様子もないのに今すぐに水を撒く必要性はどこにあるのだろうか。
「ねえ。ミッドガルドに依頼した村長さんのところに連れていってくれる?」
ミッドガルドでは話にならなそうだ。
「まあそれはいいけど。早く仕事終わらせて早く戻らなくていいのか?」
「私、無駄なことはしたくないの」
日頃から無駄な反復だとか無駄な処理を省いて美しいプログラムを書くのを心がけているせいもあり、無駄が許せないのだ。
「ふーん。じゃあ、ちょいっと移動する」
だったらなおさら、さっさと雨を降らせてしまえばいいのにと思ったのだろう。
理解できないと顔に書いたまま、それでもミッドガルドは従ってくれた。
だが。
再び珠美は掴み上げられ、必死で悲鳴を噛み殺した。
「……!」
悲鳴など上げて、二度とミッドガルドを喜ばせたくはない。
ぐっと歯を食いしばった珠美を見て、ミッドガルドはにやりと口の端を笑ませた。
能面のような顔を貫けなかった悔しさに頬を染めた珠美に何も言わず、ミッドガルドは低空でゆっくりと羽ばたき、農地を抜け村落へと向かう。
昨日泊まった村と似ている。みんな木造りの簡素な家だ。
村の奥へと辿り着くと、ばさりと羽を仕舞い足を着いた。
珠美は再び腕から飛び降りようとしたが、その前にミッドガルドがそっと下ろしてくれた。
悪い奴ではないらしい。
「……ありがとう」
小さく告げると、ミッドガルドは二ッと笑って見せた。
歯を見せた、害意のない笑みだ。
こういうところがあるから憎めない。
「村長の家はこの先」
すたすたと歩くミッドガルドに小走りについていけば、躊躇うことなく木のドアをコンコンとノックした。
「ミッドガルドだ。入るぞー」
答えを待たずに乱暴に扉を開けると、木の椅子に深く腰掛けた老人の姿があった。
「なんだ、やっと来たのか。随分遅かったじゃないか」
茶色と白の豊かな口ひげをたくわえた老人は、垂れ下がった眉に隠れそうな目をちらりとこちらに向けた。
「む……? そちらは、魔王様では?」
この世界は角さえ生やしていれば魔王と認識されるらしい。
説明の手間が省けて便利だが、時にはすぐにバレることが不便だ。
「はい。一年ほどクライアの代理を務めることになりました、珠美です。タマでもタマミでもお好きにお呼びください」
ヤマモト様と呼ばれるのが一番シュールで嫌だったから、タマかタマミで手を打つことにした。
「これはこれは。わざわざこのような狭いところへお出でいただき恐縮です。タマ様、今後ともよろしくお願いいたします。――して、本日はどのようなご用件で? クライア様ならさっとご依頼を片付けたら去ってしまわれるので面会を望まれたこともないのですが」
「突然で申し訳ありません。実は今回の依頼をお受けする前に色々とお聞きしたいことがありまして」
「ほお。どのような?」
「先程対象の作物を拝見させていただきましたが、少し元気がない程度のように見受けられました。雨が降らずとも耐えられるのは何日くらいのことですか?」
「さあ……。そのようなことは存じませんが」
珠美は目を見開いた。
知らないとはどういうことなのか。
彼らがこの地で作物を作っているのではないのだろうか。他に小作人がいるから把握していない?
村長は引退して最近農作業をしていないから、覚えていないとか?
いやいや、どちらにしろ村民の意見を取りまとめて依頼するのだろうから、知識として把握しているものではないのだろうか。
「じゃあ、どういった基準で依頼を?」
村長は、ふむ、と口ひげをなでさすり、なんでもないことのように答えた。
「最近雨が降らないなとか、作物に元気がないように見えましたらお願いするようにしております」
「――そんな適当な。じゃあ、普段から水撒きをするようなことは……?」
「そんな非効率なことはいたしませんよ。これだけ広大な農地なのですから、ひしゃくで水を撒いていては人手がどれだけあっても足りません」
一笑に付した村長に、珠美は唖然とした。
まさか『非効率』と返されるとは思ってもいなかったのだ。
ひしゃくということは、バケツに汲んだ水を手ずから撒くという方法を言ってるのだろうから、それは確かに非効率ではある。
だがそもそも、これだけ農地が広大なのに、他に便利な道具や機械はないのはどういうことか。
「それは農地が人手にあった大きさではないということではないのですか? 管理しきれないのなら、人を雇うとか、農地を縮小するとか、新たな道具を導入するとか」
「何故それをする必要があります? 魔王様が水を撒いてくださったらそれまでですのに」
言っていることはわかる。
だがとてももやもやする。
「魔王がいなかったらどうするつもりなんですか?」
「たくさんの農作物を収穫できることはこの国の人々が飢えずに済むということです。この国を守るのは魔王様のお仕事でしょう」
逆に何故仕事をしようとしないのかと疑問の目を向けられ、珠美は一気にカッチーンときた。
「じゃああなた方の仕事は何なんです? あなた方は作物を育て、収穫するという仕事をしているのではないのですか? 自分たちでできもしないことを仕事と呼べますか? ただ見守るだけがあなたがたの役目なのですか」
全てを自分たちで担う必要はないとは思う。
協力を仰ぐことがあったっていい。
便利なものは使えばいい。
なんとなくと言っても、それがこれまでの経験に裏打ちされたものであるなら話は別だ。珠美だって枯れる前に作物と村の人々の暮らしを守りたいとは思う。
だがこの村の実態はそうではない。
さつまいものように水はけをこのむ作物だってある。
逆に毎日のように水撒きをしなければならない作物だってあるだろう。
それを知りもしないで、何となくで絶対的な力に頼る。
そして不作であれば魔王のせいとでもいうつもりなのだろうか。
万が一魔王の手が届かない場合に打てる手立ても用意していない。
できることもやるべきこともしていない、単に魔王におんぶに抱っこで甘えているだけ。
これでは極論、全ての生産活動は魔王一人がやるべきという話になりかねない。
「何か気を悪くされてしまったのなら申し訳ない。これまで魔王様はそんなことは仰らずにお願いすればすぐに雨を降らせてくださいましたので、そのようなことは考えたこともありませんでした。ですからタマ様が一体何を仰りたいのか、私には少々わかりかねるのです」
村長に悪気はないのはわかっている。
だが、だからこそ。
この国全体が同じような考えなのではないかと思えてしまって、ぞっとした。
この国は、魔王に頼り過ぎて自らの力で生活する力を失くしているのではないか。
珠美が何も言えず固まったままでいると、外でザアッと雨が地表を打つ音が聞こえた。
「おお、早速雨を降らせてくださったのですな。ありがとうございます、助かりました」
村長は椅子から立ち上がり、珠美に深々と頭を下げた。
珠美は否定する気力もないまま、村長の家を後にした。
それではミッドガルドが喜ぶだけだ。というか、ミッドガルド本人すら知らなかった変なドアを開けてしまったような気がしてならない。
ミッドガルドは珠美の心中などお構いなしで、ご機嫌で滑空していた。
なんのはずみで手を離されてしまうかもわからないから、がっしりと掴まるのだけはやめない。
「お、見えてきたぞ。な? 空を飛べば早いんだって。だからぱぱっと用事を済ませてぱぱっと戻れば夕飯を食い損ねることもない。何事も悩んでる時間は無駄なんだよ」
一理あるかもしれないが、このミッドガルドという男に言われると腹が立つ。
しかも珠美は事前に計画と準備をしっかりしてから実行に移す性質だから、なおさらだ。
どこに下りるつもりなのかとそろりと眼下を見下ろせば、城を取り巻く森はあっという間に越えていて、小さな町を一つすぎ、広大な農地が見えてきたところだった。近くには村と思われる集落もある。
ミッドガルドがゆっくりと畑の真ん中に着地したのを見計らって、珠美はその腕からぴょいっと飛び降りた。
いつまでもこの男の腕の中にいるのは癪だった。
「そんなに焦らんでも、今下ろしてやるのに」
はははと快活に笑うミッドガルドにまた腹を立てながらも、周囲の作物の様子を覗う。
葉が少々しおれぎみではあったが、まだ枯れている様子はない。
空気を吸い込めば、土の匂いと一緒に雨が降る前特有の匂いが混じっていた。
「ねえ。もうすぐ雨が降るんじゃない? 私が今雨を降らせる必要もないと思うけど」
「そんなことは俺は知らねえよ。今回の俺の仕事は魔王サマに雨を降らせてもらうことだからな。さあ、雨を降らせてくれ。今すぐに」
まるで柔軟さがない。
ただ命令を遂行するだけならロボットの方が優秀だ。
せっかく自分で考えられる頭があるのだから、効率とか優先順位とか必要性とか考えればいいのに。
それとも、そんな判断はおまえの仕事ではないとでも雇い主に言われているのだろうか。
「誰がミッドガルドに依頼したの」
顔を顰めて問えば、ミッドガルドはなんということもない顔で答えた。
「この村の村長だよ。俺はこの辺りの村や町からの依頼を魔王の元に伝えに行く、いわば連絡係なんだよ。早くこの仕事を終わらせて、次の町に行かないと」
「え。魔王が来るまでずっと城で待ってたの?」
「そうだよ。だってそれが俺の仕事だからな」
「でも次の町でも依頼があるかもしれないんでしょ? どうせ魔王がいないとわかってるなら、先に用聞きに行っておいて、まとめて依頼すればよかったのに」
とんでもなく非効率的だ。
一つずつ順にしか処理できず、待機時間を考慮しないようなプログラムでは負荷が高くなりすぎる。
ちゃんとケースに応じて処理分けしておくべきだ。
「だって俺が城を離れてる間に魔王サマが帰ってくるかもしれなかっただろ?」
その心情はわかる。だがそもそも何故対面で伝えないといけないシステムなのか。
手紙でもいいではないか。
珠美は頭を抱えたくなった。
ミッドガルドだけがこうなのだろうか。
いや。城で誰もミッドガルドに言ってやらなかったことを考えると、全体的にこういうシステムなのだろう。
とんでもなく非効率的で、無駄ばかりに感じてしまう。
そもそも、作物に水を撒くのが魔王の仕事というのも解せない。
それほど枯れかかっているとかひっ迫した様子もないのに今すぐに水を撒く必要性はどこにあるのだろうか。
「ねえ。ミッドガルドに依頼した村長さんのところに連れていってくれる?」
ミッドガルドでは話にならなそうだ。
「まあそれはいいけど。早く仕事終わらせて早く戻らなくていいのか?」
「私、無駄なことはしたくないの」
日頃から無駄な反復だとか無駄な処理を省いて美しいプログラムを書くのを心がけているせいもあり、無駄が許せないのだ。
「ふーん。じゃあ、ちょいっと移動する」
だったらなおさら、さっさと雨を降らせてしまえばいいのにと思ったのだろう。
理解できないと顔に書いたまま、それでもミッドガルドは従ってくれた。
だが。
再び珠美は掴み上げられ、必死で悲鳴を噛み殺した。
「……!」
悲鳴など上げて、二度とミッドガルドを喜ばせたくはない。
ぐっと歯を食いしばった珠美を見て、ミッドガルドはにやりと口の端を笑ませた。
能面のような顔を貫けなかった悔しさに頬を染めた珠美に何も言わず、ミッドガルドは低空でゆっくりと羽ばたき、農地を抜け村落へと向かう。
昨日泊まった村と似ている。みんな木造りの簡素な家だ。
村の奥へと辿り着くと、ばさりと羽を仕舞い足を着いた。
珠美は再び腕から飛び降りようとしたが、その前にミッドガルドがそっと下ろしてくれた。
悪い奴ではないらしい。
「……ありがとう」
小さく告げると、ミッドガルドは二ッと笑って見せた。
歯を見せた、害意のない笑みだ。
こういうところがあるから憎めない。
「村長の家はこの先」
すたすたと歩くミッドガルドに小走りについていけば、躊躇うことなく木のドアをコンコンとノックした。
「ミッドガルドだ。入るぞー」
答えを待たずに乱暴に扉を開けると、木の椅子に深く腰掛けた老人の姿があった。
「なんだ、やっと来たのか。随分遅かったじゃないか」
茶色と白の豊かな口ひげをたくわえた老人は、垂れ下がった眉に隠れそうな目をちらりとこちらに向けた。
「む……? そちらは、魔王様では?」
この世界は角さえ生やしていれば魔王と認識されるらしい。
説明の手間が省けて便利だが、時にはすぐにバレることが不便だ。
「はい。一年ほどクライアの代理を務めることになりました、珠美です。タマでもタマミでもお好きにお呼びください」
ヤマモト様と呼ばれるのが一番シュールで嫌だったから、タマかタマミで手を打つことにした。
「これはこれは。わざわざこのような狭いところへお出でいただき恐縮です。タマ様、今後ともよろしくお願いいたします。――して、本日はどのようなご用件で? クライア様ならさっとご依頼を片付けたら去ってしまわれるので面会を望まれたこともないのですが」
「突然で申し訳ありません。実は今回の依頼をお受けする前に色々とお聞きしたいことがありまして」
「ほお。どのような?」
「先程対象の作物を拝見させていただきましたが、少し元気がない程度のように見受けられました。雨が降らずとも耐えられるのは何日くらいのことですか?」
「さあ……。そのようなことは存じませんが」
珠美は目を見開いた。
知らないとはどういうことなのか。
彼らがこの地で作物を作っているのではないのだろうか。他に小作人がいるから把握していない?
村長は引退して最近農作業をしていないから、覚えていないとか?
いやいや、どちらにしろ村民の意見を取りまとめて依頼するのだろうから、知識として把握しているものではないのだろうか。
「じゃあ、どういった基準で依頼を?」
村長は、ふむ、と口ひげをなでさすり、なんでもないことのように答えた。
「最近雨が降らないなとか、作物に元気がないように見えましたらお願いするようにしております」
「――そんな適当な。じゃあ、普段から水撒きをするようなことは……?」
「そんな非効率なことはいたしませんよ。これだけ広大な農地なのですから、ひしゃくで水を撒いていては人手がどれだけあっても足りません」
一笑に付した村長に、珠美は唖然とした。
まさか『非効率』と返されるとは思ってもいなかったのだ。
ひしゃくということは、バケツに汲んだ水を手ずから撒くという方法を言ってるのだろうから、それは確かに非効率ではある。
だがそもそも、これだけ農地が広大なのに、他に便利な道具や機械はないのはどういうことか。
「それは農地が人手にあった大きさではないということではないのですか? 管理しきれないのなら、人を雇うとか、農地を縮小するとか、新たな道具を導入するとか」
「何故それをする必要があります? 魔王様が水を撒いてくださったらそれまでですのに」
言っていることはわかる。
だがとてももやもやする。
「魔王がいなかったらどうするつもりなんですか?」
「たくさんの農作物を収穫できることはこの国の人々が飢えずに済むということです。この国を守るのは魔王様のお仕事でしょう」
逆に何故仕事をしようとしないのかと疑問の目を向けられ、珠美は一気にカッチーンときた。
「じゃああなた方の仕事は何なんです? あなた方は作物を育て、収穫するという仕事をしているのではないのですか? 自分たちでできもしないことを仕事と呼べますか? ただ見守るだけがあなたがたの役目なのですか」
全てを自分たちで担う必要はないとは思う。
協力を仰ぐことがあったっていい。
便利なものは使えばいい。
なんとなくと言っても、それがこれまでの経験に裏打ちされたものであるなら話は別だ。珠美だって枯れる前に作物と村の人々の暮らしを守りたいとは思う。
だがこの村の実態はそうではない。
さつまいものように水はけをこのむ作物だってある。
逆に毎日のように水撒きをしなければならない作物だってあるだろう。
それを知りもしないで、何となくで絶対的な力に頼る。
そして不作であれば魔王のせいとでもいうつもりなのだろうか。
万が一魔王の手が届かない場合に打てる手立ても用意していない。
できることもやるべきこともしていない、単に魔王におんぶに抱っこで甘えているだけ。
これでは極論、全ての生産活動は魔王一人がやるべきという話になりかねない。
「何か気を悪くされてしまったのなら申し訳ない。これまで魔王様はそんなことは仰らずにお願いすればすぐに雨を降らせてくださいましたので、そのようなことは考えたこともありませんでした。ですからタマ様が一体何を仰りたいのか、私には少々わかりかねるのです」
村長に悪気はないのはわかっている。
だが、だからこそ。
この国全体が同じような考えなのではないかと思えてしまって、ぞっとした。
この国は、魔王に頼り過ぎて自らの力で生活する力を失くしているのではないか。
珠美が何も言えず固まったままでいると、外でザアッと雨が地表を打つ音が聞こえた。
「おお、早速雨を降らせてくださったのですな。ありがとうございます、助かりました」
村長は椅子から立ち上がり、珠美に深々と頭を下げた。
珠美は否定する気力もないまま、村長の家を後にした。
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