婚約破棄させてください!

佐崎咲

文字の大きさ
3 / 10

第3話

しおりを挟む
 ユージーンとリリアナ様は想い合っていると学院中の噂だった。
 私との婚約は多くの人が知っていて、だからユージーンとリリアナ様には憐みの目が向けられていた。

「あの意地悪なメイシア様がユージーン様との婚約解消を認めないらしいわよ」

「そりゃそうよね。ユージーン様を逃したら、他にまともな婚約なんてありはしないもの。あのメイシア様じゃあねえ」

「幼い頃に親同士が決められたのでしょう? それが彼女の人生で一番の幸運だったわね」

 まったくもってその通りだと思った。
 ぐうの音も出ないほどに、同意の嵐だった。
 私の気持ちを代弁しているのかと思うくらいに。

 ただ一つ、私は特に誰かに意地悪をしたりはしていない。けれど時折焦って心にもないことを言ってしまう癖は幼い頃から健在だったから、人に好かれる人間ではなかった。
 それもユージーンに対しては顕著だったから、傍にいるリリアナ様に意地悪をしていると思われるのも当然だった。

 だけど。

「でもさー、そもそもさー、婚約者がいるのを知っていながらユージーンにべたべたするリリアナ様の方がひどくない?!」

 それくらい言わせてもらってもいいと思う。どうせ独り言なのだから。自分にしか聞こえないくらいの小声なのだから。
 でもそれもユージーンと両想いなのだとしたら、私にはリリアナ様を咎めることはできない。
 私は何年も婚約者という立場にあって、ユージーンに私を知ってもらう機会にも誰よりも恵まれていたのに、それでも好きになってもらえなかったということなのだから。
 ユージーンが思い合った人と結婚したがっていることも、幼い頃に聞かされて知っていた。
 それなのに、歩み寄ってくれるユージーンから逃げて逃げて逃げまくっていたのだ。

 好きだからこそ不器用になってしまうそんな自分の身が呪わしかった。
 だけどそれは誰のせいでもない。
 中庭のベンチで一人もそもそとサンドイッチを食べながら、思わず涙ぐみそうになる。

 そうしてため息交じりの昼食を終えて教室に戻ろうと歩いていると、なんとも罰の悪いタイミングで、最も会いたくない人に会ってしまった。

「あら? メイシア様、ごきげんよう。お昼はもう済まされたの?」

 さっきまで一人リリアナ様の文句を言っていた気まずさもあって、そう朗らかに声をかけられても、私は黙り込むことしかできなかった。
 そのうちそれを見かけた周囲からは、遠慮のない言葉が囁かれた。

「ほら、またメイシア様がリリアナ様に因縁をつけているわ」

「いつもああやって睨んで……。リリアナ様がおかわいそう」

「今日はユージーン様がいらっしゃらないからって、メイシア様も遠慮がないわね」

「ユージーン様がいらっしゃるときは走って逃げ去ってしまう癖に。リリアナ様が一人でいるときを狙うなんて、卑怯よね」

 睨んではいない。しかも狙ってもいない。どちらかというと今逃げたいのは私の方だった。
 だけど、確かに視線に恨みがましさは出ているだろう。どう思われても仕方がない。
 そんな私に、リリアナ様は周囲の声など聞こえていないかのように朗らかに声をかけた。天使か。

「メイシア様、よろしければ一緒にお茶でもいかが? 一度ゆっくり二人でお話ししてみたいと思っていたの。時間はあるかしら」

 返す返すも完敗でしかない。
 敵だとみなしている相手に対して、私はこんな風に優しくなんてなれない。
 容姿と性格だけでなく、人としての大きさも負けているし、婚約者としてのアドバンテージすら活かせない私に活路はない。

 そうして絶望感に苛まれた私は、つい声を荒げて叫んでしまった。

「お茶なんて、楽しく一緒に飲めるわけがないじゃない! リリアナ様なんて巨乳だし、おひさまみたいだし、笑うとかわいいし、リリアナ様のばかーー! 神様のばかーー! 天使に矮小な人間が勝てるか!」

 私のわけのわからない叫びに、リリアナ様はぽかんとしていた。
 それから、困ったように微笑を浮かべただけだった。

 ぜんっぜん相手にされていない。

 自分で自分がしてしまったことの衝撃に打ちのめされた私の耳に、どこからか忍び笑うような声が聞こえてきた。

 くっくっくっく、と込み上げる笑いをなんとか堪えようとするような笑い声の主を探して振り向けば、そこにはお腹を抑え、体を折り曲げて笑うユージーンの姿があった。

「ユ……! ユージーン! 今の、聞いて……?!」

 完全に聞かれていた。
 訊ねなくてもわかる。
 なんたる失態をおかしてしまったのか。

 そう思ったけど、今更だとも思った。
 だから私は込み上げる涙を堪えてただ一言残して走り去った。

「リリアナ様とユージーンはお似合いだわ。ばかなのは私よ」

 そんな誰もがわかっていることを口にしたのは、私の最後のプライドだったのだと思う。

 だけど私は振り返ることもしなかったから、知らなかったのだ。
 それまでこれ以上もなく楽しそうに笑っていたユージーンの顔が、豹変していたことを。
 ふと目にしてしまった令嬢が、「ひっ」と思わず息を呑んでしまうくらい、冷たく、昏く、怖い顔をしていたことを。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、どうぞお好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 「子供の親権も放棄しろ!」と言われてイリスは戸惑うことばかりで、どうすればいいのか分からなくて混乱した。

気がついたら婚約者アリの後輩魔導師(王子)と結婚していたんですが。

三谷朱花
恋愛
「おめでとう!」 朝、職場である王城に着くと、リサ・ムースは、魔導士仲間になぜか祝われた。 「何が?」 リサは祝われた理由に心当たりがなかった。 どうやら、リサは結婚したらしい。 ……婚約者がいたはずの、ディランと。

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

処理中です...