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第3話
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ユージーンとリリアナ様は想い合っていると学院中の噂だった。
私との婚約は多くの人が知っていて、だからユージーンとリリアナ様には憐みの目が向けられていた。
「あの意地悪なメイシア様がユージーン様との婚約解消を認めないらしいわよ」
「そりゃそうよね。ユージーン様を逃したら、他にまともな婚約なんてありはしないもの。あのメイシア様じゃあねえ」
「幼い頃に親同士が決められたのでしょう? それが彼女の人生で一番の幸運だったわね」
まったくもってその通りだと思った。
ぐうの音も出ないほどに、同意の嵐だった。
私の気持ちを代弁しているのかと思うくらいに。
ただ一つ、私は特に誰かに意地悪をしたりはしていない。けれど時折焦って心にもないことを言ってしまう癖は幼い頃から健在だったから、人に好かれる人間ではなかった。
それもユージーンに対しては顕著だったから、傍にいるリリアナ様に意地悪をしていると思われるのも当然だった。
だけど。
「でもさー、そもそもさー、婚約者がいるのを知っていながらユージーンにべたべたするリリアナ様の方がひどくない?!」
それくらい言わせてもらってもいいと思う。どうせ独り言なのだから。自分にしか聞こえないくらいの小声なのだから。
でもそれもユージーンと両想いなのだとしたら、私にはリリアナ様を咎めることはできない。
私は何年も婚約者という立場にあって、ユージーンに私を知ってもらう機会にも誰よりも恵まれていたのに、それでも好きになってもらえなかったということなのだから。
ユージーンが思い合った人と結婚したがっていることも、幼い頃に聞かされて知っていた。
それなのに、歩み寄ってくれるユージーンから逃げて逃げて逃げまくっていたのだ。
好きだからこそ不器用になってしまうそんな自分の身が呪わしかった。
だけどそれは誰のせいでもない。
中庭のベンチで一人もそもそとサンドイッチを食べながら、思わず涙ぐみそうになる。
そうしてため息交じりの昼食を終えて教室に戻ろうと歩いていると、なんとも罰の悪いタイミングで、最も会いたくない人に会ってしまった。
「あら? メイシア様、ごきげんよう。お昼はもう済まされたの?」
さっきまで一人リリアナ様の文句を言っていた気まずさもあって、そう朗らかに声をかけられても、私は黙り込むことしかできなかった。
そのうちそれを見かけた周囲からは、遠慮のない言葉が囁かれた。
「ほら、またメイシア様がリリアナ様に因縁をつけているわ」
「いつもああやって睨んで……。リリアナ様がおかわいそう」
「今日はユージーン様がいらっしゃらないからって、メイシア様も遠慮がないわね」
「ユージーン様がいらっしゃるときは走って逃げ去ってしまう癖に。リリアナ様が一人でいるときを狙うなんて、卑怯よね」
睨んではいない。しかも狙ってもいない。どちらかというと今逃げたいのは私の方だった。
だけど、確かに視線に恨みがましさは出ているだろう。どう思われても仕方がない。
そんな私に、リリアナ様は周囲の声など聞こえていないかのように朗らかに声をかけた。天使か。
「メイシア様、よろしければ一緒にお茶でもいかが? 一度ゆっくり二人でお話ししてみたいと思っていたの。時間はあるかしら」
返す返すも完敗でしかない。
敵だとみなしている相手に対して、私はこんな風に優しくなんてなれない。
容姿と性格だけでなく、人としての大きさも負けているし、婚約者としてのアドバンテージすら活かせない私に活路はない。
そうして絶望感に苛まれた私は、つい声を荒げて叫んでしまった。
「お茶なんて、楽しく一緒に飲めるわけがないじゃない! リリアナ様なんて巨乳だし、おひさまみたいだし、笑うとかわいいし、リリアナ様のばかーー! 神様のばかーー! 天使に矮小な人間が勝てるか!」
私のわけのわからない叫びに、リリアナ様はぽかんとしていた。
それから、困ったように微笑を浮かべただけだった。
ぜんっぜん相手にされていない。
自分で自分がしてしまったことの衝撃に打ちのめされた私の耳に、どこからか忍び笑うような声が聞こえてきた。
くっくっくっく、と込み上げる笑いをなんとか堪えようとするような笑い声の主を探して振り向けば、そこにはお腹を抑え、体を折り曲げて笑うユージーンの姿があった。
「ユ……! ユージーン! 今の、聞いて……?!」
完全に聞かれていた。
訊ねなくてもわかる。
なんたる失態をおかしてしまったのか。
そう思ったけど、今更だとも思った。
だから私は込み上げる涙を堪えてただ一言残して走り去った。
「リリアナ様とユージーンはお似合いだわ。ばかなのは私よ」
そんな誰もがわかっていることを口にしたのは、私の最後のプライドだったのだと思う。
だけど私は振り返ることもしなかったから、知らなかったのだ。
それまでこれ以上もなく楽しそうに笑っていたユージーンの顔が、豹変していたことを。
ふと目にしてしまった令嬢が、「ひっ」と思わず息を呑んでしまうくらい、冷たく、昏く、怖い顔をしていたことを。
私との婚約は多くの人が知っていて、だからユージーンとリリアナ様には憐みの目が向けられていた。
「あの意地悪なメイシア様がユージーン様との婚約解消を認めないらしいわよ」
「そりゃそうよね。ユージーン様を逃したら、他にまともな婚約なんてありはしないもの。あのメイシア様じゃあねえ」
「幼い頃に親同士が決められたのでしょう? それが彼女の人生で一番の幸運だったわね」
まったくもってその通りだと思った。
ぐうの音も出ないほどに、同意の嵐だった。
私の気持ちを代弁しているのかと思うくらいに。
ただ一つ、私は特に誰かに意地悪をしたりはしていない。けれど時折焦って心にもないことを言ってしまう癖は幼い頃から健在だったから、人に好かれる人間ではなかった。
それもユージーンに対しては顕著だったから、傍にいるリリアナ様に意地悪をしていると思われるのも当然だった。
だけど。
「でもさー、そもそもさー、婚約者がいるのを知っていながらユージーンにべたべたするリリアナ様の方がひどくない?!」
それくらい言わせてもらってもいいと思う。どうせ独り言なのだから。自分にしか聞こえないくらいの小声なのだから。
でもそれもユージーンと両想いなのだとしたら、私にはリリアナ様を咎めることはできない。
私は何年も婚約者という立場にあって、ユージーンに私を知ってもらう機会にも誰よりも恵まれていたのに、それでも好きになってもらえなかったということなのだから。
ユージーンが思い合った人と結婚したがっていることも、幼い頃に聞かされて知っていた。
それなのに、歩み寄ってくれるユージーンから逃げて逃げて逃げまくっていたのだ。
好きだからこそ不器用になってしまうそんな自分の身が呪わしかった。
だけどそれは誰のせいでもない。
中庭のベンチで一人もそもそとサンドイッチを食べながら、思わず涙ぐみそうになる。
そうしてため息交じりの昼食を終えて教室に戻ろうと歩いていると、なんとも罰の悪いタイミングで、最も会いたくない人に会ってしまった。
「あら? メイシア様、ごきげんよう。お昼はもう済まされたの?」
さっきまで一人リリアナ様の文句を言っていた気まずさもあって、そう朗らかに声をかけられても、私は黙り込むことしかできなかった。
そのうちそれを見かけた周囲からは、遠慮のない言葉が囁かれた。
「ほら、またメイシア様がリリアナ様に因縁をつけているわ」
「いつもああやって睨んで……。リリアナ様がおかわいそう」
「今日はユージーン様がいらっしゃらないからって、メイシア様も遠慮がないわね」
「ユージーン様がいらっしゃるときは走って逃げ去ってしまう癖に。リリアナ様が一人でいるときを狙うなんて、卑怯よね」
睨んではいない。しかも狙ってもいない。どちらかというと今逃げたいのは私の方だった。
だけど、確かに視線に恨みがましさは出ているだろう。どう思われても仕方がない。
そんな私に、リリアナ様は周囲の声など聞こえていないかのように朗らかに声をかけた。天使か。
「メイシア様、よろしければ一緒にお茶でもいかが? 一度ゆっくり二人でお話ししてみたいと思っていたの。時間はあるかしら」
返す返すも完敗でしかない。
敵だとみなしている相手に対して、私はこんな風に優しくなんてなれない。
容姿と性格だけでなく、人としての大きさも負けているし、婚約者としてのアドバンテージすら活かせない私に活路はない。
そうして絶望感に苛まれた私は、つい声を荒げて叫んでしまった。
「お茶なんて、楽しく一緒に飲めるわけがないじゃない! リリアナ様なんて巨乳だし、おひさまみたいだし、笑うとかわいいし、リリアナ様のばかーー! 神様のばかーー! 天使に矮小な人間が勝てるか!」
私のわけのわからない叫びに、リリアナ様はぽかんとしていた。
それから、困ったように微笑を浮かべただけだった。
ぜんっぜん相手にされていない。
自分で自分がしてしまったことの衝撃に打ちのめされた私の耳に、どこからか忍び笑うような声が聞こえてきた。
くっくっくっく、と込み上げる笑いをなんとか堪えようとするような笑い声の主を探して振り向けば、そこにはお腹を抑え、体を折り曲げて笑うユージーンの姿があった。
「ユ……! ユージーン! 今の、聞いて……?!」
完全に聞かれていた。
訊ねなくてもわかる。
なんたる失態をおかしてしまったのか。
そう思ったけど、今更だとも思った。
だから私は込み上げる涙を堪えてただ一言残して走り去った。
「リリアナ様とユージーンはお似合いだわ。ばかなのは私よ」
そんな誰もがわかっていることを口にしたのは、私の最後のプライドだったのだと思う。
だけど私は振り返ることもしなかったから、知らなかったのだ。
それまでこれ以上もなく楽しそうに笑っていたユージーンの顔が、豹変していたことを。
ふと目にしてしまった令嬢が、「ひっ」と思わず息を呑んでしまうくらい、冷たく、昏く、怖い顔をしていたことを。
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