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第三章 吸血鬼と執事
2.吸血鬼の家族
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エヴァがさっと淹れてくれたハーブティーは心も体もほっとさせてくれた。
いきなり夜空の遊覧飛行に連れ出されて、体が固まっていたのだと知る。
「私はエヴァ。ギルバートの姉よ。それからこっちは弟のユリーク。みんな血は繋がってると言えば繋がってるけど、まあ生物学的には繋がってない、かな」
カップを置いたエヴァが、どう説明すればいいかしら、と人差し指を口元に当て言葉に困っていると、ユリークがおずおずと口を開いた。
「初めまして、ユリークです。ギルが吸血鬼だってことはシェリアさんも知ってるかと思いますが、エヴァとギルは僕の父によって吸血鬼になったんです」
つまりは、みんな吸血鬼だけど、ギルとエヴァは元は人間で、ユリークは吸血鬼の父親から生まれた、ということだろうか。
だから本当の兄弟ではないけど、ユリークの父の血で繋がってはいる、ということなのだろう。
「私はもう嫁いだから普段はここにはいないんだけど、今日はたまたま来てたのよね。ギルバートが当主ってことにはなってるんだけど、今は、不在の間はユリークが管理してくれてるの」
「ユリークが?」
ギルバートが当主、というのにも驚いたけれど、幼いユリークが一人でこの大きな城を切り盛りしているのかと思うともっと驚く。
「あ、僕は人間としては幼く見えるかと思いますが、もう十六歳なんです。ですからもう十分に大人ですよ」
黒髪に赤い瞳が綺麗なユリークは、話し方もしっかりしているし、聡明に見える。
それでも私よりも年下だ。
こんなにかわいらしい弟に仕事をなすりつけて、ギルバートは何をしているのか。
と思えば、そうか、うちの執事をしてたんだった。
「ギルバートから事情は聞いてるわ。まああいつの念願だから私たちも叶えばいいと思ってはいたけど。なんかあいつ、どうにもややこしいことしてるみたいねえ。まったく、あいつのやることはいつもシンプルじゃないのよ」
エヴァの物言いに、私は笑いが堪え切れなくなった。
言ってることも喋り方も私の知ってるエヴァとは全然違うのに、これが本物のエヴァなんだとわかるくらいにしっくりとその姿に馴染んでいた。
ギルバートが姿を偽っていたときには妖艶だったけれど、今は姿はそのまま美しいながらも、さっぱりさばさばとしていて、とても話しやすい。
すぐに好きになってしまった。
「それ、すごくわかります。いつも何か企んでて、掌の上で転がされてばかりで腹が立つんですけど。理由を聞いてみれば、わざわざそんなことしなくてよくない? ってことばかりで」
妙に嬉しくなってしまうのは、これまでギルバートの悪口を一緒に言ってくれる人がいなかったからかもしれない。
「男ってそういうところあるわよねー! なーんか妙にかっこつけちゃってさあ。別にそんなの求めてないのに、男の矜持だとか言ってさあ。昨日だって旦那がね、」
話しかけて、はっと言葉を止めた。
「――ごめん。お察しの通り、ちょっと旦那と喧嘩しちゃってね。家出してきたところだったのよ。まあ明日には帰るからさ、シェリアはゆっくりしていってよ。あ、私のことはそのままエヴァって呼んでいいからね。もう『あんた誰?』とか言わないから」
ケラケラと笑ったエヴァに、家出?! と当惑する。
なんかギルバートが聞いたら怒り出しそうなワードだなあ、と思いながらカップを手にする。
と。
「家出? エヴァ、家出をしてきたんですか?」
ギィ、と扉が開いて、冷えた低い声が部屋に侵入してきた。
思わず、ひっ、と身をすくめる。
振り返ったそこにいたのは、灰色の瞳を銀に光らせたギルバート。
ごくり、と呑み込んだハーブティーののど越しが、やけにひんやりと感じる。
わずかにブレンドされたミントのせいだ。そう。きっとそのせい。
「ここにいると余計な話を聞かされそうですね。またシェリア様の家出熱が再燃したら困りますので、この辺りで引き取らせていただきます」
ギルバートはつかつかと部屋の中に踏み入ると、唖然としたままの私達にかまいもせずに私の腕をぐいと掴んだ。
「ちょ、ちょっと待ってギルバート、痛いってば! ねえ、まだ怒ってるの?」
「まずはゆっくりと話を聞かせてもらいましょう。お小言はその後です」
やっぱり怒ってた!!
エヴァはこうなるとギルバートが話を聞かないとわかっているのか、家出をしてきた手前後ろめたいのか、ハーブティーをずずっと啜り、そっと目を伏せた。
ユリークはおろおろと私とギルバートを交互に見ていたけれど、自分がどうにかできることではないと悟ったのだろう。
諦めるようにして私に申し訳なさげな視線を送ってきた。
一つしか違わないのに、そのくりくりとした黒い瞳が健気に見えて、私のなけなしの母性をくすぐった。
私は(一歳だけ)年上として毅然とした笑みを浮かべ、『大丈夫!』とユリークに力強く頷いて見せた。
かくして私はずるずると引きずられ……るのかと思ったらまたお姫様抱っこされて、どこかの部屋へと連れて行かれたのでした。
いきなり夜空の遊覧飛行に連れ出されて、体が固まっていたのだと知る。
「私はエヴァ。ギルバートの姉よ。それからこっちは弟のユリーク。みんな血は繋がってると言えば繋がってるけど、まあ生物学的には繋がってない、かな」
カップを置いたエヴァが、どう説明すればいいかしら、と人差し指を口元に当て言葉に困っていると、ユリークがおずおずと口を開いた。
「初めまして、ユリークです。ギルが吸血鬼だってことはシェリアさんも知ってるかと思いますが、エヴァとギルは僕の父によって吸血鬼になったんです」
つまりは、みんな吸血鬼だけど、ギルとエヴァは元は人間で、ユリークは吸血鬼の父親から生まれた、ということだろうか。
だから本当の兄弟ではないけど、ユリークの父の血で繋がってはいる、ということなのだろう。
「私はもう嫁いだから普段はここにはいないんだけど、今日はたまたま来てたのよね。ギルバートが当主ってことにはなってるんだけど、今は、不在の間はユリークが管理してくれてるの」
「ユリークが?」
ギルバートが当主、というのにも驚いたけれど、幼いユリークが一人でこの大きな城を切り盛りしているのかと思うともっと驚く。
「あ、僕は人間としては幼く見えるかと思いますが、もう十六歳なんです。ですからもう十分に大人ですよ」
黒髪に赤い瞳が綺麗なユリークは、話し方もしっかりしているし、聡明に見える。
それでも私よりも年下だ。
こんなにかわいらしい弟に仕事をなすりつけて、ギルバートは何をしているのか。
と思えば、そうか、うちの執事をしてたんだった。
「ギルバートから事情は聞いてるわ。まああいつの念願だから私たちも叶えばいいと思ってはいたけど。なんかあいつ、どうにもややこしいことしてるみたいねえ。まったく、あいつのやることはいつもシンプルじゃないのよ」
エヴァの物言いに、私は笑いが堪え切れなくなった。
言ってることも喋り方も私の知ってるエヴァとは全然違うのに、これが本物のエヴァなんだとわかるくらいにしっくりとその姿に馴染んでいた。
ギルバートが姿を偽っていたときには妖艶だったけれど、今は姿はそのまま美しいながらも、さっぱりさばさばとしていて、とても話しやすい。
すぐに好きになってしまった。
「それ、すごくわかります。いつも何か企んでて、掌の上で転がされてばかりで腹が立つんですけど。理由を聞いてみれば、わざわざそんなことしなくてよくない? ってことばかりで」
妙に嬉しくなってしまうのは、これまでギルバートの悪口を一緒に言ってくれる人がいなかったからかもしれない。
「男ってそういうところあるわよねー! なーんか妙にかっこつけちゃってさあ。別にそんなの求めてないのに、男の矜持だとか言ってさあ。昨日だって旦那がね、」
話しかけて、はっと言葉を止めた。
「――ごめん。お察しの通り、ちょっと旦那と喧嘩しちゃってね。家出してきたところだったのよ。まあ明日には帰るからさ、シェリアはゆっくりしていってよ。あ、私のことはそのままエヴァって呼んでいいからね。もう『あんた誰?』とか言わないから」
ケラケラと笑ったエヴァに、家出?! と当惑する。
なんかギルバートが聞いたら怒り出しそうなワードだなあ、と思いながらカップを手にする。
と。
「家出? エヴァ、家出をしてきたんですか?」
ギィ、と扉が開いて、冷えた低い声が部屋に侵入してきた。
思わず、ひっ、と身をすくめる。
振り返ったそこにいたのは、灰色の瞳を銀に光らせたギルバート。
ごくり、と呑み込んだハーブティーののど越しが、やけにひんやりと感じる。
わずかにブレンドされたミントのせいだ。そう。きっとそのせい。
「ここにいると余計な話を聞かされそうですね。またシェリア様の家出熱が再燃したら困りますので、この辺りで引き取らせていただきます」
ギルバートはつかつかと部屋の中に踏み入ると、唖然としたままの私達にかまいもせずに私の腕をぐいと掴んだ。
「ちょ、ちょっと待ってギルバート、痛いってば! ねえ、まだ怒ってるの?」
「まずはゆっくりと話を聞かせてもらいましょう。お小言はその後です」
やっぱり怒ってた!!
エヴァはこうなるとギルバートが話を聞かないとわかっているのか、家出をしてきた手前後ろめたいのか、ハーブティーをずずっと啜り、そっと目を伏せた。
ユリークはおろおろと私とギルバートを交互に見ていたけれど、自分がどうにかできることではないと悟ったのだろう。
諦めるようにして私に申し訳なさげな視線を送ってきた。
一つしか違わないのに、そのくりくりとした黒い瞳が健気に見えて、私のなけなしの母性をくすぐった。
私は(一歳だけ)年上として毅然とした笑みを浮かべ、『大丈夫!』とユリークに力強く頷いて見せた。
かくして私はずるずると引きずられ……るのかと思ったらまたお姫様抱っこされて、どこかの部屋へと連れて行かれたのでした。
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