執事な吸血鬼は伯爵令嬢を逃がさない

佐崎咲

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第三章 吸血鬼と執事

7.婚約者と婚約者立候補

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 いや、やっぱりわからない。
 なんでそこでミシェルが出てくる。

 ミシェルは、ふん、と口元を歪め、腕を組んだままでギルバートを見下ろすようにした。ミシェルの方が背が低いから仰け反るようになってるけど。

「お姉さまと私は姉妹なのですから、私でもいいでしょう」

 ここでもその論理を出してくるのか。
 やっぱりミシェルはどうしてもそこに拘ってしまうのだろう。
 姉妹なのに自分が選ばれないことが許せないのかもしれない。

「いいわけがありませんよ。あなたはシェリア様ではない」

「半分も血が繋がってたら大体同じよ!」

 すっごい論理が飛んで来た!

「ミシェル様には私の望む力はありません。シェリア様のお母様に継がれていた力ですから。ですが、ミシェル様にはミシェル様の魅力という力があります。どうぞミシェル様を心から望まれる方とご結婚されてください」

 珍しくギルバートが言葉を尽くして返せば、ミシェルはぐっと言葉に詰まった。
 しかしミシェルは絆されはしなかった。
 褒められ慣れていないせいで耳から抜けていってしまったのかもしれない。

「お姉さまにできて私にできないことがあるなんて、同じ姉妹なのに不公平じゃない! そもそもねえ、自分にできないことを他人にさせようだなんて、他力本願だわ! 自分のことくらい自分でなんとかしなさいよ! あなた、なんだって自分でできるじゃない」

「そういうのを個性というのですよ。それからミシェル様。着替えも他者に手伝ってもらわなければならない方に言われたくはありません。誰しもできることとできないことがあるのはミシェル様がよくご存じでしょう」

 見事なまでに火に油を注いだ。
 業火だ。
 ミシェルの赤黒く染まった顔に地獄の様相が見える。

「キイイィィィ!! 悔しい!! それは私が貴族だからよ! なんでも自分でできてしまうお姉さまがおかしいのよ! ねえお父様、あいつをやっつけてくださいませ! どうでもいいからあいつを伸して黙らせて!!」

 あんなにこき下ろしておきながら、まさかここで父を武器化するとは。
 父は、うーん、と唸りながらまたしても空を見上げている。天国の母もこんな面倒にはいい答えなど返してくれようはずもないのに。

 でも、ギルバートに対する気持ちはわかる。
 うん、腹立つよね。
 本人が変わらず平然としてるから余計にね。

 初めてミシェルにシンパシーを感じてしまった。ギルバートの味方ができない。
 そっとあちら側に移動しようとしたら、素早くその腕を取られた。

「シェリア様? どこへ行かれるのです」

「あ、いや、ミシェルの言うことももっともだなと思って」

 しどろもどろに言葉にすれば、ミシェルの顔がぱっと明るんだ。
 反対にギルバートの眉がぴくりと吊り上がるのはふいっと顔を反らし見ないフリをした。

「そうですわよね! お姉さまも一緒に腹黒執事をやっつけましょう! さあ、こちらにおいでになって! ついでに私と一緒に帰りましょう」

 そう言われて、はたと我に返った。

「いや待ってよ。ミシェル、私の顔なんて二度と見たくないんじゃないの?」

 ミシェルは私を心から憎んでいるのではないのか。
 邪魔だと思っていたのではないのか。
 そんな思いを植え付けてしまったのは私だとわかっている。
 だから話をしなければならないと思っていたのに。
 そもそもミシェルがここまで来た目的はなんなのか。もしかして、私を連れ戻しに来たというのだろうか。

「私はそんなことは言ってはおりませんわ」

「だって、私がいなければいい、とか……」

「思っていません」

「だって、ミシェル、あなたずっと――」

 何と言えばいいのかわからない。
 
「お姉さまがいなくなってしまったら、私は永遠にお姉さまに勝てませんわ。それではお姉さまの勝ち逃げではありませんの」

 その言葉に、胸が重くなった。

 それは、私が最初にミシェルを否定してしまったから。
 『悪』だと思わせてしまったから。だから頑ななまでに私に勝たねばならないと思っているのだろう。

 私は唇を噛みしめ、まっすぐにミシェルに向き合った。

「ミシェル。そうじゃないの。私もミシェルもただの一人よ。どちらも同じ、アンレーン家の娘。私がどう思っていようと、私がどうであろうと、ミシェル自身の何が損なわれるわけでもない。逆もそうよ。私が認めることがあなたの価値じゃない。ミシェルにはミシェル自身に価値があるのよ。勝つとか負けるとかに関わらずに」

「それこそ、私たちがどう思おうと周囲には関係のないことですわ。私がお姉さまに勝って見せなければその価値は認められることがありませんのよ。長女よりも劣った次女が当主だなんて、あまりにお粗末だわ」

 ミシェルこそががんじがらめにされているのだと実感した。
 もはや私とミシェルだけの問題ではなくなってしまっているのだ。

 言葉に迷う私に、ミシェルはふん、とわずかに鼻をならした。

「それに私がいなければいいと思っているのはお姉さまの方じゃない。嫌っているのはお姉さまの方でしょう」

 その言葉に、私は懸命に首を振った。

 面倒だとは思ってきた。だけど、憎いわけじゃない。嫌いなわけじゃない。
 でもまだ心も言葉も整理できていなかった。
 何と言えばいいのかわからない。
 迷っている間に、ミシェルの瞳は冷えていった。

「あの家にとって私はただの厄介者でしかないのよ」

 それは私の方だ。
 そう口を開きかけた私よりも、早くに声が上がった。

「それは違う」

 割って入ったのは父だった。

「ミシェル、おまえは私が心から望んでできた子だ。それだけは確かだ。それはシェリア、おまえもだ。様々に事情があったことは確かだが、おまえたちが無事に生まれたことを私は心から幸せなことだと思っている」

 父は私に過去を打ち明けたことを気にしていたのだろう。
 自分の存在価値がわからなくなっているのはミシェルだけではなかったことに、気づいていたのだろう。

「嘘よ。今まで見向きもしなかったくせに、そんなの信じられるわけないでしょう」

 ミシェルは嘲笑するように、心を閉ざした。

 父はぐっと言葉に詰まり、言葉を探すようにして拳を握り締めた。

「おまえはシェリアに許されたかったんじゃないのか? あの家にいていいと。姉妹でいていいと」

 その言葉に、私もミシェルも黙り込んだ。

 そうなのかもしれない。
 私はミシェルの存在を肯定し、それを示すだけでよかったのかもしれない。

 ミシェルはただ父を睨むように黙り込んだ。
 それこそが父の言葉を肯定している証に思えた。
 だから私は言葉を連ねた。

「ミシェル。初めて会ったあの時、あなたを憎んでごめんなさい。ミシェルが悪いわけではないのに、そのせいで母が早くに亡くなったのだと筋違いの怒りを向けてしまった。ミシェルはアンレーン家の娘よ。私なんかに惑わされずに、ミシェルはミシェルそのままに生きていいのよ」

 ミシェルは私とは目を合わせないままに、足元をじっと睨んでいた。
 けれど唐突にくるりと背を向けた。

「お父様。帰りますわよ。山の上は虫が多くて、私には長時間ここにいることは耐えらえません」

 父は私とミシェルとを交互に見て、それからギルバートを見た。

「ギルバート、シェリア。落ち着いたら改めて話をしよう。だから家に戻ってきてくれるか」

 口を開きかけた私よりも先にギルバートが「いいでしょう」と答えた。
 おい。そこは私が答えるところではないのか。

「執事としての仕事も突然放りだすわけにはいきませんし。まあ、約束は果たし終えてますけどね?」

 口元を吊り上げるように笑ったギルバートに、父は複雑そうに眉を下げた。

「まあ、財産二倍の件は、確かにな。本当にやり遂げるとは思ってはいなかったが……。だが、他の件はまだだ。十八歳になるその時まで、約束を果たしたとは言えん。だから今はとにかく、ちゃんと話をしよう。シェリアから話を聞かねば約束を守っているかどうかもわからんしな」

「ねえ、お父様。その、他の約束ってなんなの?」

 まさか、それが執事としてギルバートを雇い入れるための条件だったのだろうか。
 問えば、父は首を振った。

「それは言えない。あくまでギルバートの心身を試すためだ。シェリアの協力があっては約束を果たしたとは言えんからな。知ればおまえはきっとギルバートに協力するだろう。今日の二人を見ていて思った」

 ギルバートも口にはしなかった。
 否定できないということだろう。

 また秘密か。
 ギルバートに関わることは、あれもこれも秘密ばかりだ。

 腹が立つ。

 いつもいつも優位に立って、いつもいつも余裕で私を見下ろして。
 主従関係なんて本当に上辺ばかりで、いつもギルバートにいいようにされていたのだ。

 ギャーギャーと文句を言いながら山を下りていくミシェルとそれを宥める父と護衛たちを見送りながら、私は腹の中の怒りを捏ねて丸めて錬成した。
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