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第四章 目覚めた力の使い道

4.彼から逃げるには

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 荷物をまとめた私が向かった先は、王城だった。
 実はアルフリードにもう一つ、お願いをしていたのだ。

 案内されて東屋に向かえば、そこには既にエレーナがベンチに座っていた。

「シェリア様。早速ご連絡がいただけて嬉しい限りですわ」

 エレーナは少女らしく明るい笑みを浮かべ迎えてくれた。

「いえ。不躾なお願いを聞いてくださり、ありがとうございます」

 あの家を出てギルバートから身を隠すと言っても、私に行ける場所などそうなかった。
 それにどこに行ってもギルバートなら追いかけてきそうな気がした。
 だって、九年も待っていたのだから。

 でもさすがに国を越えてしまえば、追ってはこられないのではないかと思った。
 吸血鬼は川や海が苦手だとする伝承がいくつもあったから。
 太陽もにんにくも平気なのだから、水だって平気かもしれないけれど、もう賭けるところはエレーナの元しかなかったのだ。

 本当は私の力のことをよく知るために、母の実家へ行き祖父母から話を聞きたかった。
 けれど母は養女で、祖父母とは血がつながっていない。
 それに母のことは結婚と同時に縁も切れたと思っているようで、私が母方の祖父母と会ったことはなかった。

 この力は成人する頃に目覚めるという。だとしたら、その時には母は既に父に嫁いでいたはずで、祖父母は力のことなんて全く知らない可能性の方が高い。
 迂闊に話を聞くわけにもいかない相手だし、私を置いてほしいなどと頼るのはもってのほかだった。

 父方の祖父母とも疎遠だ。同じくとても頼れない。
 家に泊めてもらえるほど仲の良い友人もいないし、そもそも貴族の子女が他家に長期間世話になるなど考えられもしない話だし、かといって町へ出て一人で生きて行けるほどの自信もなかった。

 だからアルフリードに、エレーナについて隣国へ行きたいとも頼んでいたのだ。
 返事は、直接エレーナに頼むように、とのことだった。
 私が納得できるように、話す機会をくれたのだろう。

「それで、相談したいことというのは? 内容は直接聞くようにとアルフリード殿下はお話しくださらなかったのですけれど。とても楽しそうな顔をしてらしたところを見ると、恋の相談かしら? シェリア様よりも経験の少ない私にする相談だもの、もっと他のことかしら」

 そう言いながらも、少女らしくわくわくとした目を向けられて、うっ、と言葉に詰まる。
 そうではない、とも言い切れないけれど、目的は国境を跨ぐことだ。そちらの方面の話になると、本題まで辿り着けずに終わってしまいそうな気がする。

「お国にお帰りになる際に、私も連れて行っていただけないか、ご相談したかったのです。できれば侍女として雇っていただけるとなお嬉しいのですが」

 私の言葉に、エレーナは目を丸くした。

「あら。我が国に興味がおありですか? それとも、この国を出ることに意義があるのかしら」

 エレーナは探る気満々だ。
 乙女の血が騒ぐのだろう。
 その目は少女らしく、らんらんと輝いていた。

 前者、とした方が聞かれたくないことに答えなくて済むとは思ったけれど、不勉強で情けないことではあるが「どんなところに魅力が?」と聞かれたらうまく答えられる気がしない。

「後者です」

 仕方なく正直に答えると、エレーナの瞳の輝きはますます強まった。

 うう、どんどん追い詰められている気がする。

「まああ! 追われているのですか? それとも何か悲しいことがあって、この国を離れたいとか? 強引な求婚者がいるとか、恋人を亡くして思い出の残るこの地にいられない、とか――。はっ! もしかして、駆け落ち?!」

 まああああ! とエレーナは興奮に赤く染まった頬に手を当て、きらきらとした目を向けた。

 まぶしい。
 まぶしいよ。

 そんな小説みたいなことじゃないのにどう説明すればいいものやら。
 私は悩みながらも、これはある程度話さないといつまでも質問攻めにあうと悟り、覚悟を決めた。

「つまらない話ではありますが。大事な人がいるんです。誰よりも失いたくない人が。だけど私が傍にいると、その人は――大事なものを失ってしまうのです。その人にとってはいらないものでも、私にとっては何よりも大事で、失わせたくはない。だから、その人と離れたいのです。彼が、追って来られないところまで」

「そうなのですね――。今、『彼』と言いましたわね? やはり恋のお話でしたのね……。身分違いの恋、というところでしょうか。結婚するには彼は家を捨てなければならない、とか。はっ! やっぱり駆け落ち?!」

 どうやらエレーナの恋物語のお気に入りは駆け落ちものらしい。どうしてもそこに行ってしまう。
 どうしよう。適当に話を合わせてそういうことにしておこうか。
 本当のことなど、話せることには限りがある。
 でも嘘をつくのは得意ではないし、侍女として雇ってもらうには信用に関わる。

 迷いながら口を開こうとしたときだった。

「ご歓談中失礼いたします」

 その声にはっとして振り向けば、エレーナに向かってきっちりと礼をとるギルバートの姿があった。

「シェリア様、お迎えにあがりました」

 また怒っているのかと思った。
 けれど違った。

 いつもの冷ややかな笑みは浮かんでいない。
 いつもの慇懃パーフェクトな執事の顔でもない。

 ギルバートは自分でもどうしたらいいのかわからない、というような迷いのある、苦渋に満ちた顔をしていた。
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