「薬草まみれの地味な女」と婚約破棄された宮廷薬師ですが、辺境でのんびり暮らしていたら元婚約者が全てを失っていました  

メトト

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第十話 新薬と再会



 薬師顧問に就任してから一ヶ月。エルザは新しい研究に没頭していた。

 ヴェルデン周辺に自生する月光草と、山岳地帯に生息する希少な鉱物性薬石を組み合わせた、新しい万能解熱薬の開発だ。従来の解熱薬よりも効果が持続し、副作用も少ない画期的な処方。

 宮廷薬師時代にも理論上は構想していたが、月光草の入手が困難で実現できなかった。しかしここヴェルデンでは、原材料が豊富に手に入る。

 何十回もの試行錯誤の末、エルザはついに安定した処方を完成させた。

「できた……!」

 深夜の調合台で、エルザは小瓶に入った淡い紫色の薬液を掲げた。

 翌日、領内の患者で試験したところ、効果は予想以上だった。高熱の農夫が半日で平熱に戻り、関節の痛みも翌日には軽減された。

 噂はたちまち広がった。隣の領地、さらにその先の領地からも問い合わせが来た。

 そしてついに、王都の宮廷薬師団にもその情報が届いた。

* * *

「エルザの新薬だと?」

 グレン・ヘルツォークは報告書を読み、老いた目を細めた。

 月光草と鉱物性薬石の複合処方。処方箋を見れば、エルザの独創性と緻密さが一目でわかる。同じものを作れる薬師は、この王国に数えるほどしかいないだろう。

「やはりあの子は天才だ」

 グレンは侍医長に報告した。侍医長は即座に動いた。

「その新薬のサンプルを取り寄せなさい。王妃殿下の処方問題も含め、ヴェルデンの薬師に協力を要請する」

 こうして、エルザの新薬のサンプルが王都に届けられた。

 宮廷で試験が行われ、その効果は従来のどの解熱薬よりも優れていると証明された。

 この知らせは、瞬く間に貴族社会に広まった。

「ヴェルデンに天才薬師がいる」

「元宮廷薬師の子爵令嬢らしい」

「ああ、あの……ヴァレンシュタインの嫡男に婚約破棄された?」

 レオンの耳にも、当然のようにその噂は届いた。

* * *

 秋が深まるある日、エルザの薬屋に予想外の来客があった。

「久しぶりだな、エルザ」

 店の入口に立っていたのは、レオン・ド・ヴァレンシュタインだった。

 以前の傲慢な態度はなく、どこか疲れた顔をしている。仕立ての良い服を着てはいるが、袖口が少し擦り切れているのをエルザは見逃さなかった。

「お久しぶりです、レオン様。何かお薬がご入用ですか」

「薬じゃない。話がしたくて来た」

 エルザは静かに椅子を勧めた。

 レオンは落ち着かない様子で店内を見回した。整然と並ぶ薬瓶、壁に掛けられた薬草の図鑑、調合台の上の銀の器具。小さいが、丁寧に手入れされた空間。

「繁盛しているようだな」

「おかげさまで」

「……新薬の話は聞いた。宮廷でも大きな評判になっている」

「ありがとうございます」

 レオンは口ごもった。言葉を探しているようだった。

 その時、ノエルが店に入ってきた。

「エルザさん、薬草園の手入れの件で——」

 ノエルは足を止めた。見知らぬ貴族の男が座っているのを見て、表情を改めた。

「失礼。お客様がいらしたんですね」

「ノエルさん、こちらは——」

「ヴァレンシュタイン侯爵家のレオンだ」

 レオンが立ち上がった。ノエルの騎士服と、エルザとの親しげな空気を見比べるような目つきだった。

「辺境伯家のノエル・グラオスです」ノエルは丁寧に、しかし警戒を隠さずに名乗った。

「エルザ。改めて二人で話がしたい」

「ノエルさんはこの領地の管理者です。何であれ、隠すような話はありません」

 エルザの声は穏やかだったが、揺るがなかった。

 レオンは一瞬ひるみ、そして言った。

「……わかった。率直に言う。エルザ、王都に戻ってこないか」
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