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# 第8話 重荷
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わたしは、生まれた時から剣の才能を持っていた。
物心ついた頃には、大人の剣士よりも速く剣を振ることができた。五歳で、父の稽古相手を務めた。十歳で、町の剣術大会で優勝した。
周囲の大人たちは、わたしを「天才」と呼んだ。
「この子は、将来大物になる」
「きっと、王国一の剣士になるだろう」
期待の眼差し。羨望の視線。
わたしは、それに応えなければならなかった。
天才として生まれた以上、天才であり続けなければならなかった。
でも——わたしは、そんな重圧を感じさせない子どもだった。
少なくとも、表向きは。
*
レイドと出会ったのは、六歳の時だった。
彼は、わたしの家の隣に引っ越してきた。
父親のいない、母子家庭。貧しい暮らし。
最初に見た時、彼は一人で庭に座っていた。知らない土地で、友達もいなくて、寂しそうだった。
わたしは、塀を乗り越えて彼の庭に飛び込んだ。
「ねえ、あんた! 暇なら遊びましょ!」
レイドは、目を丸くしてわたしを見た。
「え……誰?」
「隣に住んでるセレナよ! あんた、名前は?」
「レイド……」
「レイドね! よし、決まり! 今日からあんたはわたしの友達よ!」
有無を言わさず、わたしは彼の手を掴んで走り出した。
町の外れにある秘密の場所。川辺の遊び場。裏山の洞窟。
わたしは、レイドをあちこちに連れ回した。
「ほら、早く来なさいよ!」
「ま、待ってくれよセレナ……っ、速いって……っ」
「何言ってんの、これくらいで音を上げないでよね!」
わたしは、いつも先頭を走っていた。レイドは、息を切らしながらついてきた。
それが、わたしたちの始まりだった。
*
レイドには、剣の才能がなかった。
わたしが誘って、一緒に稽古をするようになったけれど——差は歴然だった。
わたしが一振りで倒せる相手に、彼は十振り、二十振り、時には百振りかかった。
普通なら、諦める。わたしと自分を比べて、嫌になって、離れていく。
周囲の子どもたちは、皆そうだった。
でも、レイドは違った。
「セレナ、もう一回やろうぜ」
何度負けても、彼は立ち上がった。
汗だくになって、膝をすりむいて、それでも剣を握り続けた。
「ねえ、レイド」
「ん?」
「なんで、そんなに頑張るの? わたしに勝てるわけないのに」
レイドは、少し考えてから答えた。
「セレナと一緒にいたいからだよ」
「……それだけ?」
「それだけ」
彼は、笑った。
「セレナは強いし、かっこいいし、一緒にいると楽しいからさ。だから、ついていきたいんだ」
わたしは、顔が熱くなるのを感じた。
「……馬鹿じゃないの」
「よく言われるよ」
レイドは、また笑った。
その笑顔を見て——わたしは、思った。
この人は、絶対に手放さない、と。
*
「ねえ、レイド。一緒に冒険者になりましょ」
十五歳の誕生日、わたしは彼にそう言った。
「冒険者?」
「そうよ。ダンジョンを攻略して、魔物を倒して、お宝を手に入れるの。楽しそうじゃない?」
「セレナが行くなら、俺も行くよ」
レイドは、即答した。
「本当にいいの? 危険よ?」
「セレナを一人で行かせるわけないだろ」
彼は、当然のようにそう言った。
わたしは、嬉しくて——でも、少しだけ不安だった。
レイドには、才能がない。わたしと一緒にいたら、危険な目に遭うかもしれない。
でも、わたしは——彼なしでは、いられなかった。
わたしが引っ張り、彼がついてくる。
それが、わたしたちの形だったから。
最初は、二人だけのパーティ。低ランクの依頼をこなしながら、少しずつ実力をつけていった。
わたしは、前衛として敵を斬り伏せた。レイドは、斥候として罠を見抜き、索敵をこなした。
わたしたちは、良いコンビだった。
わたしが攻め、レイドが守る。わたしが進み、レイドが支える。
二人でいれば、どんな困難も乗り越えられる気がした。
*
でも、年月が経つにつれて——わたしとレイドの差は、開いていった。
わたしの剣は、日に日に速くなった。敵を斬る数が増え、倒せる相手の強さが上がった。
レイドは——変わらなかった。
いや、彼も成長していた。確実に、強くなっていた。
でも、わたしの成長速度には、追いつけなかった。
気がつけば、わたしはAランク相当の実力を持ち、レイドはBランクに届くかどうか——そんな差がついていた。
パーティにフィーネが加わり、リゼットが加わり、『蒼穹の剣』はAランクパーティになった。
リーダーは、わたしだった。
当然だった。わたしが一番強い。わたしが皆を率いるべきだ。
でも——その重荷は、年々重くなっていった。
*
リーダーとして、わたしは常に先頭に立った。
一番危険な場所で戦い、一番強い敵を相手にした。
仲間を守るのは、わたしの役目だった。
レイドが傷つけば、わたしの責任だ。
フィーネが危険に晒されれば、わたしの責任だ。
リゼットが窮地に陥れば、わたしの責任だ。
全部、わたしの責任。
リーダーだから。一番強いから。
わたしが、皆を守らなければならない。
その重圧に、押し潰されそうになることがあった。
でも、弱音は吐けなかった。
わたしは、リーダーだから。
皆の前では、常に強くあらなければならなかった。
*
レイドの怪我が増え始めたのは、いつ頃からだっただろう。
Aランクの依頼をこなすようになってから、彼の体には傷が絶えなくなった。
かすり傷、切り傷、打撲。時には、骨折することもあった。
フィーネの回復魔法で治っても、また新しい傷ができる。
わたしは、それを見ているのが——辛かった。
レイドは、わたしのために無理をしている。
わたしについてくるために、実力以上の場所で戦っている。
その結果、傷ついている。
わたしの——せいだ。
「セレナ、大丈夫だって。これくらい、かすり傷だよ」
レイドは、いつもそう言って笑った。
でも、わたしには分かっていた。
彼が、無理をしていること。
彼の体が、限界に近づいていること。
このままでは——いつか、取り返しのつかないことになる。
だから、わたしは——
*
レイドを、追放した。
あの日のことを、今でも覚えている。
酒場で、彼に告げた時の——あの顔を。
驚きはなかった。
彼は、どこかで分かっていたのだろう。いつか、この日が来ることを。
「分かったよ」
彼は、そう言って頷いた。
怒らなかった。恨み言も言わなかった。
ただ、静かに受け入れた。
それが——余計に、辛かった。
*
レイドがいなくなって、わたしは——楽になるはずだった。
彼を心配しなくていい。彼が傷つくのを見なくていい。
そう思っていた。
でも、現実は違った。
レイドがいないパーティは、どこか——欠けていた。
カイナは優秀だった。斥候としての腕は、レイドよりも上かもしれない。
でも、何かが違った。
レイドがいた時の、あの安心感がなかった。
彼がいれば大丈夫。そう思えた、あの感覚がなかった。
わたしは、それでも前に進んだ。
リーダーだから。止まるわけには、いかなかったから。
そして——あの日が来た。
*
最深部で、あの化け物と遭遇した瞬間——わたしは、直感した。
逃げなければ。
でも、体が動かなかった。
リーダーとして、先頭に立たなければならない。
逃げるわけには、いかない。
わたしは、剣を構えた。
斬りかかった。
そして——右腕を、失った。
*
痛みは、一瞬だった。
腕が、落ちていくのを見た。
わたしの腕。剣を握っていた、わたしの腕。
それが、地面に転がっていた。
現実感がなかった。
これは、夢だ。そう思った。
でも、夢じゃなかった。
血が、噴き出していた。
痛みが、遅れてやってきた。
わたしは、叫んだ。
*
その後のことは、あまり覚えていない。
リゼットが、わたしを庇おうとして——目を——
フィーネが、回復魔法を使おうとして——腕を——
カイナが、わたしたちを引きずって——
ダンジョンを抜けた時、わたしは——もう、何も考えられなくなっていた。
*
わたしの、せいだ。
全部、わたしのせいだ。
リーダーとして、撤退を判断できなかった。
剣士として、仲間を守れなかった。
リゼットの目を奪ったのは、わたしだ。
フィーネの腕を奪ったのは、わたしだ。
わたしが——皆を、壊した。
*
部屋に閉じこもった。
誰にも会いたくなかった。
わたしの顔を見れば、皆は思い出す。
あの日のことを。わたしが、皆を守れなかったことを。
わたしは、リーダー失格だ。
剣士失格だ。
人間——失格だ。
生きている価値なんて、ない。
*
でも、死ぬ勇気もなかった。
右腕がなくては、剣も握れない。
首を吊る縄も、結べない。
ただ、部屋の中で——蹲っているだけ。
何もできない。
何も、できない。
*
レイドが、毎日来る。
扉の向こうから、声をかけてくる。
「セレナ、朝食持ってきたぞ」
「セレナ、今日は天気がいいぞ」
「セレナ、リゼットが少し歩けるようになったらしい」
その声を聞くたびに、胸が締め付けられる。
なぜ。
なぜ、来るの。
わたしは、あなたを追放したのに。
わたしは、皆を守れなかったのに。
なぜ——こんなわたしに、優しくするの。
*
分からない。
レイドが、何を考えているのか。
わたしを、許しているのか。
それとも、責めているのか。
分からない。
分からないから——怖い。
彼の顔を見るのが、怖い。
彼の目に映る、わたしの姿を見るのが——怖い。
だから、扉を開けられない。
だから、声を返せない。
わたしは——
わたしは、もう——
*
ある夜、レイドが扉を壊して入ってきた。
彼の顔を見た瞬間——わたしは、泣き崩れた。
全部、吐き出した。
自分を責める言葉。
皆への謝罪。
レイドへの、懺悔。
レイドは、何も言わずに聞いていた。
そして、最後に言った。
「俺は、お前を見捨てねえ」
その言葉が——わたしには、理解できなかった。
なぜ。
なぜ、見捨てないの。
わたしは、あなたを——
*
レイドが帰った後、カイナが部屋にいた。
彼女は、何も言わずに——ただ、傍にいてくれた。
わたしは、眠れなかった。
目を閉じると、あの日の光景が蘇る。
腕が落ちる瞬間。リゼットの悲鳴。フィーネの叫び。
何度も、何度も——同じ悪夢を見る。
朝が来るのが、怖い。
でも、夜が続くのも、怖い。
わたしは——どこにも、逃げられない。
(第8話 了)
物心ついた頃には、大人の剣士よりも速く剣を振ることができた。五歳で、父の稽古相手を務めた。十歳で、町の剣術大会で優勝した。
周囲の大人たちは、わたしを「天才」と呼んだ。
「この子は、将来大物になる」
「きっと、王国一の剣士になるだろう」
期待の眼差し。羨望の視線。
わたしは、それに応えなければならなかった。
天才として生まれた以上、天才であり続けなければならなかった。
でも——わたしは、そんな重圧を感じさせない子どもだった。
少なくとも、表向きは。
*
レイドと出会ったのは、六歳の時だった。
彼は、わたしの家の隣に引っ越してきた。
父親のいない、母子家庭。貧しい暮らし。
最初に見た時、彼は一人で庭に座っていた。知らない土地で、友達もいなくて、寂しそうだった。
わたしは、塀を乗り越えて彼の庭に飛び込んだ。
「ねえ、あんた! 暇なら遊びましょ!」
レイドは、目を丸くしてわたしを見た。
「え……誰?」
「隣に住んでるセレナよ! あんた、名前は?」
「レイド……」
「レイドね! よし、決まり! 今日からあんたはわたしの友達よ!」
有無を言わさず、わたしは彼の手を掴んで走り出した。
町の外れにある秘密の場所。川辺の遊び場。裏山の洞窟。
わたしは、レイドをあちこちに連れ回した。
「ほら、早く来なさいよ!」
「ま、待ってくれよセレナ……っ、速いって……っ」
「何言ってんの、これくらいで音を上げないでよね!」
わたしは、いつも先頭を走っていた。レイドは、息を切らしながらついてきた。
それが、わたしたちの始まりだった。
*
レイドには、剣の才能がなかった。
わたしが誘って、一緒に稽古をするようになったけれど——差は歴然だった。
わたしが一振りで倒せる相手に、彼は十振り、二十振り、時には百振りかかった。
普通なら、諦める。わたしと自分を比べて、嫌になって、離れていく。
周囲の子どもたちは、皆そうだった。
でも、レイドは違った。
「セレナ、もう一回やろうぜ」
何度負けても、彼は立ち上がった。
汗だくになって、膝をすりむいて、それでも剣を握り続けた。
「ねえ、レイド」
「ん?」
「なんで、そんなに頑張るの? わたしに勝てるわけないのに」
レイドは、少し考えてから答えた。
「セレナと一緒にいたいからだよ」
「……それだけ?」
「それだけ」
彼は、笑った。
「セレナは強いし、かっこいいし、一緒にいると楽しいからさ。だから、ついていきたいんだ」
わたしは、顔が熱くなるのを感じた。
「……馬鹿じゃないの」
「よく言われるよ」
レイドは、また笑った。
その笑顔を見て——わたしは、思った。
この人は、絶対に手放さない、と。
*
「ねえ、レイド。一緒に冒険者になりましょ」
十五歳の誕生日、わたしは彼にそう言った。
「冒険者?」
「そうよ。ダンジョンを攻略して、魔物を倒して、お宝を手に入れるの。楽しそうじゃない?」
「セレナが行くなら、俺も行くよ」
レイドは、即答した。
「本当にいいの? 危険よ?」
「セレナを一人で行かせるわけないだろ」
彼は、当然のようにそう言った。
わたしは、嬉しくて——でも、少しだけ不安だった。
レイドには、才能がない。わたしと一緒にいたら、危険な目に遭うかもしれない。
でも、わたしは——彼なしでは、いられなかった。
わたしが引っ張り、彼がついてくる。
それが、わたしたちの形だったから。
最初は、二人だけのパーティ。低ランクの依頼をこなしながら、少しずつ実力をつけていった。
わたしは、前衛として敵を斬り伏せた。レイドは、斥候として罠を見抜き、索敵をこなした。
わたしたちは、良いコンビだった。
わたしが攻め、レイドが守る。わたしが進み、レイドが支える。
二人でいれば、どんな困難も乗り越えられる気がした。
*
でも、年月が経つにつれて——わたしとレイドの差は、開いていった。
わたしの剣は、日に日に速くなった。敵を斬る数が増え、倒せる相手の強さが上がった。
レイドは——変わらなかった。
いや、彼も成長していた。確実に、強くなっていた。
でも、わたしの成長速度には、追いつけなかった。
気がつけば、わたしはAランク相当の実力を持ち、レイドはBランクに届くかどうか——そんな差がついていた。
パーティにフィーネが加わり、リゼットが加わり、『蒼穹の剣』はAランクパーティになった。
リーダーは、わたしだった。
当然だった。わたしが一番強い。わたしが皆を率いるべきだ。
でも——その重荷は、年々重くなっていった。
*
リーダーとして、わたしは常に先頭に立った。
一番危険な場所で戦い、一番強い敵を相手にした。
仲間を守るのは、わたしの役目だった。
レイドが傷つけば、わたしの責任だ。
フィーネが危険に晒されれば、わたしの責任だ。
リゼットが窮地に陥れば、わたしの責任だ。
全部、わたしの責任。
リーダーだから。一番強いから。
わたしが、皆を守らなければならない。
その重圧に、押し潰されそうになることがあった。
でも、弱音は吐けなかった。
わたしは、リーダーだから。
皆の前では、常に強くあらなければならなかった。
*
レイドの怪我が増え始めたのは、いつ頃からだっただろう。
Aランクの依頼をこなすようになってから、彼の体には傷が絶えなくなった。
かすり傷、切り傷、打撲。時には、骨折することもあった。
フィーネの回復魔法で治っても、また新しい傷ができる。
わたしは、それを見ているのが——辛かった。
レイドは、わたしのために無理をしている。
わたしについてくるために、実力以上の場所で戦っている。
その結果、傷ついている。
わたしの——せいだ。
「セレナ、大丈夫だって。これくらい、かすり傷だよ」
レイドは、いつもそう言って笑った。
でも、わたしには分かっていた。
彼が、無理をしていること。
彼の体が、限界に近づいていること。
このままでは——いつか、取り返しのつかないことになる。
だから、わたしは——
*
レイドを、追放した。
あの日のことを、今でも覚えている。
酒場で、彼に告げた時の——あの顔を。
驚きはなかった。
彼は、どこかで分かっていたのだろう。いつか、この日が来ることを。
「分かったよ」
彼は、そう言って頷いた。
怒らなかった。恨み言も言わなかった。
ただ、静かに受け入れた。
それが——余計に、辛かった。
*
レイドがいなくなって、わたしは——楽になるはずだった。
彼を心配しなくていい。彼が傷つくのを見なくていい。
そう思っていた。
でも、現実は違った。
レイドがいないパーティは、どこか——欠けていた。
カイナは優秀だった。斥候としての腕は、レイドよりも上かもしれない。
でも、何かが違った。
レイドがいた時の、あの安心感がなかった。
彼がいれば大丈夫。そう思えた、あの感覚がなかった。
わたしは、それでも前に進んだ。
リーダーだから。止まるわけには、いかなかったから。
そして——あの日が来た。
*
最深部で、あの化け物と遭遇した瞬間——わたしは、直感した。
逃げなければ。
でも、体が動かなかった。
リーダーとして、先頭に立たなければならない。
逃げるわけには、いかない。
わたしは、剣を構えた。
斬りかかった。
そして——右腕を、失った。
*
痛みは、一瞬だった。
腕が、落ちていくのを見た。
わたしの腕。剣を握っていた、わたしの腕。
それが、地面に転がっていた。
現実感がなかった。
これは、夢だ。そう思った。
でも、夢じゃなかった。
血が、噴き出していた。
痛みが、遅れてやってきた。
わたしは、叫んだ。
*
その後のことは、あまり覚えていない。
リゼットが、わたしを庇おうとして——目を——
フィーネが、回復魔法を使おうとして——腕を——
カイナが、わたしたちを引きずって——
ダンジョンを抜けた時、わたしは——もう、何も考えられなくなっていた。
*
わたしの、せいだ。
全部、わたしのせいだ。
リーダーとして、撤退を判断できなかった。
剣士として、仲間を守れなかった。
リゼットの目を奪ったのは、わたしだ。
フィーネの腕を奪ったのは、わたしだ。
わたしが——皆を、壊した。
*
部屋に閉じこもった。
誰にも会いたくなかった。
わたしの顔を見れば、皆は思い出す。
あの日のことを。わたしが、皆を守れなかったことを。
わたしは、リーダー失格だ。
剣士失格だ。
人間——失格だ。
生きている価値なんて、ない。
*
でも、死ぬ勇気もなかった。
右腕がなくては、剣も握れない。
首を吊る縄も、結べない。
ただ、部屋の中で——蹲っているだけ。
何もできない。
何も、できない。
*
レイドが、毎日来る。
扉の向こうから、声をかけてくる。
「セレナ、朝食持ってきたぞ」
「セレナ、今日は天気がいいぞ」
「セレナ、リゼットが少し歩けるようになったらしい」
その声を聞くたびに、胸が締め付けられる。
なぜ。
なぜ、来るの。
わたしは、あなたを追放したのに。
わたしは、皆を守れなかったのに。
なぜ——こんなわたしに、優しくするの。
*
分からない。
レイドが、何を考えているのか。
わたしを、許しているのか。
それとも、責めているのか。
分からない。
分からないから——怖い。
彼の顔を見るのが、怖い。
彼の目に映る、わたしの姿を見るのが——怖い。
だから、扉を開けられない。
だから、声を返せない。
わたしは——
わたしは、もう——
*
ある夜、レイドが扉を壊して入ってきた。
彼の顔を見た瞬間——わたしは、泣き崩れた。
全部、吐き出した。
自分を責める言葉。
皆への謝罪。
レイドへの、懺悔。
レイドは、何も言わずに聞いていた。
そして、最後に言った。
「俺は、お前を見捨てねえ」
その言葉が——わたしには、理解できなかった。
なぜ。
なぜ、見捨てないの。
わたしは、あなたを——
*
レイドが帰った後、カイナが部屋にいた。
彼女は、何も言わずに——ただ、傍にいてくれた。
わたしは、眠れなかった。
目を閉じると、あの日の光景が蘇る。
腕が落ちる瞬間。リゼットの悲鳴。フィーネの叫び。
何度も、何度も——同じ悪夢を見る。
朝が来るのが、怖い。
でも、夜が続くのも、怖い。
わたしは——どこにも、逃げられない。
(第8話 了)
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