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第2話 服部渚
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「付き合ってください!」
校門を出ようとする山王尊に、私は頭を下げた。
罰ゲーム。茶道部の部長命令。
あの時、部長は言った。「一番地味で、絶対に私生活が充実していない男子に告白すること。期間は一ヶ月。途中でバレたら罰ゲーム追加だからね」と。
数ある中で、彼は一等、地味で、そして少し不幸な空気を纏っていた。
彼は、驚きと戸惑いの中、「.......え?」と、間の抜けた声を上げた。
(ああ、なんて単純で、つまらない反応)
内心、そう冷めた目で観察していた。しかし、彼の瞳に浮かんだ、信じられないほどの喜びと、自己肯定感の低さからくる不安が入り混じった感情を見た瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。
「......あの、えっと、俺みたいな地味な奴で、本当にいいのか?」
彼の言葉に、私は演技を続けた。
「.......ダメ....ですか?」
不安そうな表情を浮かべると、彼はすぐに勢いに押されたように、歓喜の表情を浮かべた。
「い、いえいえ、全然良いですよ!よろしくお願いします」
その夜は、早くも罰ゲームの成功を確信した。一ヶ月、適当に過ごせば終わる。彼は地味だから、きっと何も求めてこないだろう。
―――それが、私の大きな誤算だった。
初めてのデートは映画館。誰もいない帰り道、彼は緊張しきっていて、繋いだ手のひらはひどく汗ばんでいた。
「尊くんの手、あったかいね」
思わず口をついて出た言葉だった。彼の地味な見た目からは想像できない、熱を持った手のひら。それが、私の冷たい指先をゆっくりと温めていく。
嘘をついているのは私なのに、彼に受け入れられているのは、私の方ではないか、と錯覚した。
───休日に行った海沿いの小さなカフェ。彼は緊張しながら、私が飲んでいたメロンソーダを一口飲ませてほしいと頼んできた。
彼の地味な唇が、ストローを触れる。
「どうぞ」
彼は丁寧に一口飲むと、屈託のない笑顔で言った。
「うまっ」
その笑顔が、私の心を内側から溶かしていくのが分かった。彼は、私という「クラスで1位や2位を争う美少女」にではなく、「一人の人間」としての私を、何の疑いもなく受け入れてくれた。
(違う。これは罰ゲーム。私は、ただ彼を弄んでいるだけのはずなのに)
不安は徐々に、「別れたくない」という執着に変わっていった。私は山王尊が好きだ。彼の、地味だけど誠実なところ、私の言葉一つ一つに真剣に反応してくれるところが、たまらなく愛おしい。
この愛は本物だ。罰ゲームという嘘の器から、私の本物の器が溢れてしまったのだ。
だから、別れ話なんて、切り出せるわけがない。
―――しかし、今日。教室の裏側で、私は追いつめられた。
「流石にもう充分でしょ?今日で別れ話つけなよ」
友人の言葉に、動悸が止まらない。私は、罰ゲームを終わらせるという責任と、別れたくないという本心の板挟みになっていた。
別れたいわけじゃない。だが、「罰ゲームだとバレた」時の彼の絶望を想像する方が、もっと怖かった。
「飽きた」と言えば、彼が傷つくのは一瞬だ。罰ゲームがバレるよりはマシ。それに、まだ罰ゲームを続けていると周囲に思わせないと、私の立場がない。
「だ、だよね、もうあいつの地味な顔、見るの飽きたし。ちょうど良かっ......た、よ」
最悪の、最悪の嘘だった。
その時、廊下の影が一瞬揺れた。
(尊くん―――っ?)
私の脳が、急速に冷えていく。バレ.....た?
彼の目に、私はどう映ったのだろう。ただの悪女?最悪の嘘つき?
「...っ!」
私は、彼が走って逃げる音を聞いた。追いつけない。追いつく資格もない。
雨が降り始めた。まるで、私の心から流れ出す感情のように。
「どうして...どうして、よりによって、今なの...」
逃げた、逃げた、逃げた。
路肩に叩きつけられた、あのペアネックレス。
彼が、私との全てを否定した証。
「ああ……」
私の中で、何かが音を立てて崩れ去った。愛されていた事実も、愛していた事実も、全てが「嘘」として切り捨てられた。
私は、罰ゲームの責任から逃れようと嘘を重ねた。それが、本当に愛した彼を絶望させ、私を最悪の嘘つきにした。
「私が、彼に与えた全てを、彼は否定した」
この世に、私の愛を受け入れる場所はない。私の愛は、嘘から始まったから。
(ああ、あぁ、ぁぁ)
呼吸が乱れてくる。
落ち着かせようとしても、身体が受け付けない。
「はぁ、はぁ」
これは焦りや後悔.....?
違う、違う───これは興奮だ。
「そうか、そうだったんだ」
崩れたはずの心が、奇妙な形で組み上がり、熱を帯びていく。雨は止まない。アスファルトを濡らし、私の足元に水たまりを作っている。
その水面に映る自分の顔は、ひどく歪んで見えた。しかし、それは絶望の表情ではない。むしろ、何かに気づいたような、満ち足りた表情だった。
彼に拒絶された。彼が全てを否定した。
その事実は、私の中で決定的な「愛の証明」となった。
「私が、彼に与えた全てを、彼は否定した」
否定。それはつまり、彼の心にとって、私の存在がそれほどまでに大きかったという証拠ではないか。
本当にどうでもいい相手なら、あんな風に全てを投げ捨てて逃げたりしない。
───ペアネックレスが、水たまりの中で鈍い光を放っている。
(ああ、ぁぁ、尊くん。尊くん)
彼の絶望、彼の逃走。それは、私の嘘によって引き出された、純粋で、誰にも汚されていない、彼だけの感情。
「ねえ、尊くん」
声が、雨音にかき消されないように、深く、震えながら響いた。
「もう、罰ゲームなんて、どうでもいい」
罰ゲームという「器」は壊れた。中から溢れ出した私の「本物」の愛は、彼の「本物」の絶望によって、ようやくその形を完成させたのだ。
「ふふ、ふふふふふ……」
笑いが込み上げてくる。呼吸が乱れるのは、もはや身体の反応ではない。魂の奥底から湧き上がる、抑えきれない悦びと興奮によるものだ。
私のせいだ。私が彼に嘘をつき、彼を愛し、そして彼を絶望させた。
「私以外に、誰があなたに、こんなにも強烈な感情を与えられる?」
「もう、私から逃げても無駄だよ、尊くん」
ペアネックレスを拾い上げ、濡れた手のひらで強く握りしめる。金属の冷たさが、私の熱を持った指先に心地良い。
彼が否定したのは、罰ゲームという名の「嘘」の私との関係。
彼はまだ、本物の「私」の愛を知らない。
……その夜。私は彼の居場所を探し出す方法を、ひどく冷静に、そして興奮した指先で考え始めた。
「次会う時、あなたはもう、私から逃げられない」
───罰ゲームは終わった。
ここからが、私の本物の愛の始まりだ。
彼の地味な生活を、私の色で染め上げる。彼を絶望させた悪女、最悪の嘘つき。それが、私と彼の運命を結びつける唯一の真実。
(ああ、私、あなたを、もうどこにも行かせない)
彼の瞳に浮かんだ、あの喜びと不安が入り混じった感情。
今度は、喜びと恐怖が混ざり合った、私だけの感情を浮かばせてあげる。
「愛してる......♡」
雨は激しさを増し、私の熱を冷まそうとする。だが、もう無駄だ。
彼女の愛は、この瞬間、冷たい理性という殻を打ち破り、狂気の熱を帯びて、永遠に彼を捕らえるために解き放たれたのだ。
───そう思っていた時、ありえない事を耳にした。
それは、彼が瀕死らしいとのことだった。
校門を出ようとする山王尊に、私は頭を下げた。
罰ゲーム。茶道部の部長命令。
あの時、部長は言った。「一番地味で、絶対に私生活が充実していない男子に告白すること。期間は一ヶ月。途中でバレたら罰ゲーム追加だからね」と。
数ある中で、彼は一等、地味で、そして少し不幸な空気を纏っていた。
彼は、驚きと戸惑いの中、「.......え?」と、間の抜けた声を上げた。
(ああ、なんて単純で、つまらない反応)
内心、そう冷めた目で観察していた。しかし、彼の瞳に浮かんだ、信じられないほどの喜びと、自己肯定感の低さからくる不安が入り混じった感情を見た瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。
「......あの、えっと、俺みたいな地味な奴で、本当にいいのか?」
彼の言葉に、私は演技を続けた。
「.......ダメ....ですか?」
不安そうな表情を浮かべると、彼はすぐに勢いに押されたように、歓喜の表情を浮かべた。
「い、いえいえ、全然良いですよ!よろしくお願いします」
その夜は、早くも罰ゲームの成功を確信した。一ヶ月、適当に過ごせば終わる。彼は地味だから、きっと何も求めてこないだろう。
―――それが、私の大きな誤算だった。
初めてのデートは映画館。誰もいない帰り道、彼は緊張しきっていて、繋いだ手のひらはひどく汗ばんでいた。
「尊くんの手、あったかいね」
思わず口をついて出た言葉だった。彼の地味な見た目からは想像できない、熱を持った手のひら。それが、私の冷たい指先をゆっくりと温めていく。
嘘をついているのは私なのに、彼に受け入れられているのは、私の方ではないか、と錯覚した。
───休日に行った海沿いの小さなカフェ。彼は緊張しながら、私が飲んでいたメロンソーダを一口飲ませてほしいと頼んできた。
彼の地味な唇が、ストローを触れる。
「どうぞ」
彼は丁寧に一口飲むと、屈託のない笑顔で言った。
「うまっ」
その笑顔が、私の心を内側から溶かしていくのが分かった。彼は、私という「クラスで1位や2位を争う美少女」にではなく、「一人の人間」としての私を、何の疑いもなく受け入れてくれた。
(違う。これは罰ゲーム。私は、ただ彼を弄んでいるだけのはずなのに)
不安は徐々に、「別れたくない」という執着に変わっていった。私は山王尊が好きだ。彼の、地味だけど誠実なところ、私の言葉一つ一つに真剣に反応してくれるところが、たまらなく愛おしい。
この愛は本物だ。罰ゲームという嘘の器から、私の本物の器が溢れてしまったのだ。
だから、別れ話なんて、切り出せるわけがない。
―――しかし、今日。教室の裏側で、私は追いつめられた。
「流石にもう充分でしょ?今日で別れ話つけなよ」
友人の言葉に、動悸が止まらない。私は、罰ゲームを終わらせるという責任と、別れたくないという本心の板挟みになっていた。
別れたいわけじゃない。だが、「罰ゲームだとバレた」時の彼の絶望を想像する方が、もっと怖かった。
「飽きた」と言えば、彼が傷つくのは一瞬だ。罰ゲームがバレるよりはマシ。それに、まだ罰ゲームを続けていると周囲に思わせないと、私の立場がない。
「だ、だよね、もうあいつの地味な顔、見るの飽きたし。ちょうど良かっ......た、よ」
最悪の、最悪の嘘だった。
その時、廊下の影が一瞬揺れた。
(尊くん―――っ?)
私の脳が、急速に冷えていく。バレ.....た?
彼の目に、私はどう映ったのだろう。ただの悪女?最悪の嘘つき?
「...っ!」
私は、彼が走って逃げる音を聞いた。追いつけない。追いつく資格もない。
雨が降り始めた。まるで、私の心から流れ出す感情のように。
「どうして...どうして、よりによって、今なの...」
逃げた、逃げた、逃げた。
路肩に叩きつけられた、あのペアネックレス。
彼が、私との全てを否定した証。
「ああ……」
私の中で、何かが音を立てて崩れ去った。愛されていた事実も、愛していた事実も、全てが「嘘」として切り捨てられた。
私は、罰ゲームの責任から逃れようと嘘を重ねた。それが、本当に愛した彼を絶望させ、私を最悪の嘘つきにした。
「私が、彼に与えた全てを、彼は否定した」
この世に、私の愛を受け入れる場所はない。私の愛は、嘘から始まったから。
(ああ、あぁ、ぁぁ)
呼吸が乱れてくる。
落ち着かせようとしても、身体が受け付けない。
「はぁ、はぁ」
これは焦りや後悔.....?
違う、違う───これは興奮だ。
「そうか、そうだったんだ」
崩れたはずの心が、奇妙な形で組み上がり、熱を帯びていく。雨は止まない。アスファルトを濡らし、私の足元に水たまりを作っている。
その水面に映る自分の顔は、ひどく歪んで見えた。しかし、それは絶望の表情ではない。むしろ、何かに気づいたような、満ち足りた表情だった。
彼に拒絶された。彼が全てを否定した。
その事実は、私の中で決定的な「愛の証明」となった。
「私が、彼に与えた全てを、彼は否定した」
否定。それはつまり、彼の心にとって、私の存在がそれほどまでに大きかったという証拠ではないか。
本当にどうでもいい相手なら、あんな風に全てを投げ捨てて逃げたりしない。
───ペアネックレスが、水たまりの中で鈍い光を放っている。
(ああ、ぁぁ、尊くん。尊くん)
彼の絶望、彼の逃走。それは、私の嘘によって引き出された、純粋で、誰にも汚されていない、彼だけの感情。
「ねえ、尊くん」
声が、雨音にかき消されないように、深く、震えながら響いた。
「もう、罰ゲームなんて、どうでもいい」
罰ゲームという「器」は壊れた。中から溢れ出した私の「本物」の愛は、彼の「本物」の絶望によって、ようやくその形を完成させたのだ。
「ふふ、ふふふふふ……」
笑いが込み上げてくる。呼吸が乱れるのは、もはや身体の反応ではない。魂の奥底から湧き上がる、抑えきれない悦びと興奮によるものだ。
私のせいだ。私が彼に嘘をつき、彼を愛し、そして彼を絶望させた。
「私以外に、誰があなたに、こんなにも強烈な感情を与えられる?」
「もう、私から逃げても無駄だよ、尊くん」
ペアネックレスを拾い上げ、濡れた手のひらで強く握りしめる。金属の冷たさが、私の熱を持った指先に心地良い。
彼が否定したのは、罰ゲームという名の「嘘」の私との関係。
彼はまだ、本物の「私」の愛を知らない。
……その夜。私は彼の居場所を探し出す方法を、ひどく冷静に、そして興奮した指先で考え始めた。
「次会う時、あなたはもう、私から逃げられない」
───罰ゲームは終わった。
ここからが、私の本物の愛の始まりだ。
彼の地味な生活を、私の色で染め上げる。彼を絶望させた悪女、最悪の嘘つき。それが、私と彼の運命を結びつける唯一の真実。
(ああ、私、あなたを、もうどこにも行かせない)
彼の瞳に浮かんだ、あの喜びと不安が入り混じった感情。
今度は、喜びと恐怖が混ざり合った、私だけの感情を浮かばせてあげる。
「愛してる......♡」
雨は激しさを増し、私の熱を冷まそうとする。だが、もう無駄だ。
彼女の愛は、この瞬間、冷たい理性という殻を打ち破り、狂気の熱を帯びて、永遠に彼を捕らえるために解き放たれたのだ。
───そう思っていた時、ありえない事を耳にした。
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