何でもするって言ったけど、そういうことじゃない。

深澤雅海

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前編

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「彩花……っ」
 お腹の中で達哉のものがびくびくと跳ねているのが分かる。
 もう何回目だろう。私はもう喘ぎ声すら出せず、息をするのに精一杯だった。
 ずるりと引き抜かれ快感に息が詰まる。
 ベッドの横のゴミ箱にコンドームが捨てられるのを横目に、だるさと眠気で意識がすーっと遠くなる。
 その瞬間、腰を掴まれてぐるりとうつ伏せにされる。

「……った、達哉……もう、無理……」
 汗でしっとりとしたシーツに顔を伏せながら私は訴える。喘ぎすぎて声がカスカスだ。
「まだだよ……彩花……なんでもするって、言っただろ?」
 体には力が入らない。腰を掴まれ達哉のものが再び挿ってくる。
 今、コンドームを捨ててたけど、また付けた?
 問いただしたいけれど、律動が始まり快感に襲われる。
 やめて、もう無理、そう言いたいけれど声がもう出ない。

「これからが本番だよ……彩花……っ」
 ぱちゅんぱちゅんと突き上げられて、とろけきった蜜口はすぐに快感を拾う。
 背中に、尻に、達哉の汗が落ちてくる。
 お互いの呼吸音と水音、肌がぶつかり合う音が繰り返される。
「なんでも、するって、言った、だろ……っ」
 私に覆いかぶさり、汗で濡れた熱い肌が背中に密着する。

「孕め、彩花」

 最奥をがつんと抉られ、私はとうとう意識を手放した。


*****


 達哉はひとつ年上の彼氏だ。営業部でそこそこの成績。中肉中背で顔も普通。
 私は総務部でその他大勢に含まれる目立たない存在。特別美人でもなければ、小汚いわけでもない。
 職場の新年会で知り合い、友達になり、告白されて付き合うことになった。
 特別に気が利くわけじゃないけれど、一人暮らしが長いからと時々ご飯を作ってくれたり、逆に私が作ったり。好きな本を交換したり、時には仕事の話をしたりと結構仲が良かったと思う。
 今年で付き合って四年目になる。

 愛の賞味期限は三年、とは誰が言ったのか。それを裏付けるかのように私たちの仲は拗れていた。
 一緒にいても楽しくない。喧嘩ばかり。ここ半年くらいはセックスレスだ。
 付き合い始めた時はどんな感じだったっけ? とぼんやりと思ったりする。
 告白された時は嬉しくて、素直に頷いた覚えがある。
 今も達哉のことは嫌いじゃない。でも、好きかと言われたら言葉に詰まる。
 
 そんな状態の時に、新しく赴任してきた美形上司に食事に誘われたり、新人君に手を握られたりと、ちょっとしたアプローチを受けてしまうと、このまま惰性で付き合い続けるのも無駄な気がしてくる。

 別れよう。
 熱く燃え上がるのが全てとは言わないけれど、一緒にいて楽しくないのであれば一緒にいても無駄だ。
 久しぶりに、私は仕事帰りに達哉を食事に誘った。



「金曜のこの時間だと混んでんじゃないの?」
 不満そうな言葉のわりにちょっと嬉しそうなのは、達哉のお気に入りの店だからだろう。
「個室予約してあるから大丈夫」
「個室?」
「大事な話があるから」
 そう言うと、達哉は何かを察したのか眉を寄せて口を閉じた。
 失敗した。話を切り出す前から機嫌が悪いとか最悪だ。

 ビルの三階にあるイタリアンはトマトソースがとても美味しくて私も結構好きだった。
 雑誌のデート特集にも載るくらい、夜景の見える個室は人気で、予約を取れたのは奇跡だった。
 きっと神様が、別れることに賛成してくれているのだと思う。

 上りエスカレーターに乗ると、真後ろで達哉がため息を吐いたのが聞こえた。
 こういう、いかにも自分は機嫌が悪いですというアピールも嫌いだ。
 でも今日で最後だ。今日我慢すればいいのだ。夜景の見える個室でトマトソースを味わいながらワインを飲んで別れ話をしてデザートを食べて帰る。
 頭の中で予定を組み立てていると、また後ろで大きなため息が聞こえた。
 大きすぎて、私が巻いているストールが揺れるほどだった。さすがにイラっとした。
「ちょっと! 達……あっ!」
 振り向いて文句を言おうとしたら、怒りのあまり勢い余ってバランスを崩した。
 咄嗟に手すりを掴むけれど滑ってしまう。
 これは転ぶ! 達哉にぶつからないように体を捻って受け身を取る。

 しかし、避けたはずなのに、達哉は私を抱きしめる様にしてエスカレーターを転げ落ちた。

「お客様!」
「達哉!!」
 近くの店の店員が走ってくる。
 エスカレーターの真ん中あたりから私たちは転げ落ちた。
 後ろに人がいなかったのが不幸中の幸いだろう。
 何事かと野次馬が集まる中、達哉はただうめき声をあげていた。



 その後、一旦ビルの医務室に運ばれた後、打ち身程度の怪我ではないと判断され、タクシーで病院に行った。
 私は無傷だったけれど、達哉は左手中指の突き指と左足を捻挫していた。
 利き腕じゃないからマシだけど、仕事もしばらく休まなければならないし、足も手も満足に動かせないのは生活に支障があるだろう。

「ごめん、達哉。私が避けきればこんなことにはならなかったのに」
 エスカレーターは片側が空いていたし、後ろにも前にも人がいなかったから、私が上手く達哉を避けていれば、私が落ちただけで達哉は無事だったはずだ。
 営業部の仕事と違って、総務の仕事は座ってできる仕事が多い。私が手足を怪我しても誰も困らない。
 帰りのタクシーの中で、私は申し訳なさで小さくなっていた。

「別に……痛いけど治るし。痛み止めも貰ったし」
「本当にごめん。治るまで私、なんでもするから」
 この状態で別れ話を出来るわけがない。
 完治まで一カ月くらいと医者に言われていた。
 私が原因で怪我をしたのだ。完治まで出来る限りのことをしようと思う。

「なんでも……する……」
「利き手じゃないけど、片手が使えないと不便でしょ。しばらく達哉の家に通う」
 とりあえず達哉をマンションに送ったら、スーパーに走って夕飯を作ろう。
「夕食何が食べたい? 私に作れるものなら作るよ」
「……」
「片手で食べられるものがいいよね。パスタと丼ならどっちがいい?」
「……なんでも」
 達哉がちょっと笑ってくれたので、罪悪感が和らいだ。


 達哉のマンションに着くと私は松葉杖で歩く達哉を支えながら部屋へ行く。
 冷蔵庫を確認してからスーパーに行くことにした。
 私も達哉も料理が得意というわけではないけれど、一人暮らしをしているのでそれなりに作ることは出来る。
 冷蔵庫に卵と玉ねぎがあったので、鶏肉を買ってきて親子丼を作ることにした。
「じゃあ達哉、ちょっとスーパーに行ってくるから……」
「彩花、こっち来て」
 ベッドに座った達哉に呼ばれる。

 達哉のマンションは1DKだ。大きめのキッチンに部屋が一つ。
 キッチンにコートとバッグを置いて、達哉の傍へ行った。

「彩花、なんでもするって言ったよな?」
「うん。出来る限りのことはするよ。私に出来ることなんてたかが知れてるけど」
「じゃあまず、脱いで」
「は!?」
「なんでもするんだろ?」
 達哉はにやりと笑った。
 ちょっと楽しいことを思いついた。そんな顔だ。

「達哉、怒ってる……よね」
「別に怒ってない。なんでもするって言ったのは嘘なのか?」
「嘘じゃないけど」
「じゃあ脱いで。そこで。俺の目の前で」
 怒っていないと言いつつ、やっぱり怒っているのだろう。
 私を辱めるくらいは受け入れるべきなのかもしれない。

 セックスレス半年とはいえ、達哉は彼氏だ。何度も裸は見られている。
 私はため息を飲み込んで服を脱ぎ始めた。
 薄手のニットとスカートを脱いで下着姿になる。軽く畳んですぐ横にあるテーブルに置いてから達哉を見ると、足を開いて座り、腿に肘を付いて私を見ていた。
 やや下から見上げられている状態だ。

「全部脱いで」
 屈辱というよりは、悲しい気持ちになった。
 達哉がこういう仕返しをする人だとは思わなかった。
 それだけ怒っているということだろうか。
 直前にちょっと機嫌を損ねたのもいけなかったのかな……
 泣きそうになるのを目を閉じて堪えながら、ブラとショーツも脱ぐ。
「隠すな。まっすぐ立って」

 明るい室内で、私は全裸で達哉の前に立った。

 全裸になると少し寒い。
 微かに震えながら目を開ける。

 達哉は熱を帯びた目で、私を見ていた。

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