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馬車は無事に山を越え港町に着いた。
空はどんより曇り空で星は見えない。
私は事前に手配していた宿に行き、明日の船に乗り遅れないよう、早々にベッドに入った。
日付も変わりそうな今の時間なら、隊長に盛った薬の効果も切れているはずだ。
山道の門は閉められているから夜のうちに追いつかれることはない。計画は成功だ。
安心していいはずなのに、目が冴えて全く眠れそうにない。
毛布の中で、そっとお腹を撫でる。
同盟後三年経った今でも、獣人と人間の間に子供ができた話は聞かない。
計画実行前は、奇跡的に子供が出来たらきっと幸せだと思っていたけれど、今は罪の意識に苛まれて子供を愛せるかも分からない。
暗い部屋の中で、私は眠ることも出来ず、ただ波の音を聞いていた。
翌日。
一睡も出来ず、朝食も喉を通らず、そんな体調のまま船に乗った。
服装も、前開きのシャツにスカートと簡単なものなのに、ボタンをかけ間違えていることにしばらく気付かなかった。
ペイスン国とホンニュ国は気候が違うからもう少し厚着したほうがいいのだけれど、そういう気分になれない。
船旅は四時間ほどだ。船酔いしそうになりながらも、私はただひたすら故郷の島が見えてくるのを待った。
早く着いて。母の看病に追われれば、きっと忘れられる。
全く眠っていないのに船の上でも眠れず、私は船員にぎょっとされるような顔色で船を降りた。
故郷の島は懐かしい香りがした。
母の住む村は山奥で、そこまで行くにはまた乗合馬車に乗らなければならない。
その馬車の出発時間まで一時間以上あった。
辻馬車に乗るお金もないので、港町で時間をつぶすことにした。
母へのお土産としてホンニュ国でお菓子を買っていたけど、ここでも何か買っていこうか。
母の笑顔を見れば、この重い気持ちも元通りになる気がする。
観光客向けの市場に足を向けた。
港町ということもあって、新鮮な魚介が多かった。
その外にも色とりどりの花や他国のお菓子や本、貝殻を使ったアクセサリーもある。
活気づいていて、歩いているだけで声を掛けられる。
軍の施設もあるらしく、時折軍服を着た人とすれ違う。
その中には獣人もいた。その獣耳や尻尾が視界に入るたびに、私はきゅっと目を閉じた。
例え二度と隊長に会わなくても、これから一生、私はこうして罪悪感を持ち生きていくのだろう。
「お嬢さん、アクセサリーはいかが?」
向かいから獣人が歩いてくるのが見えた時、そう声を掛けられてその店員さんの方を見た。
店員さんが持っていたのは大ぶりの琥珀のついた指輪だった。
深みのある黄色の中央に深い茶色。
ラーン隊長の瞳と同じだった。
「お嬢さん?」
耳鳴りがした。
この世の全てのものが私を責め立てているような気がした。
街が急に騒がしくなった気がして、息苦しくなる。
眩暈がした。
駄目だ、私、このまま帰れない……
「危ない!」
誰かの叫びと共に、私は何かに突き飛ばされた。
背中から道に倒れ、曇った空が視界に入る。
何かが体の上に乗っていて、見ると。
白い大きな犬だった。
「女の子が野犬に襲われてるぞ!」
「誰か! 誰か警察を呼んで来い!」
「軍のやつがすぐそこの食堂にいる!」
街の人たちが悲鳴を上げながらも助けようとしてくれる声が聞こえる。
犬はとても大きく、私の肩に両手を付いているので身動きが取れなかった。
なぜかびしょ濡れで、はっはっと息を吐きながらも噛みついてくる様子はない。
飼い主と間違えている? 犬の下から抜け出せないかと上にずり上がろうとしたけど、犬も一緒に動くだけだった。
ただ、その動きのせいで、犬からばさりと濡れた何かが落ちる。
私の膝の位置に落ちた何かを見ると、軍服の上着だった。
毎日必ず誰かの軍服を洗っていたので間違えるわけはない。
犬と同じくぐっしょりと濡れ重くなっていた。
私は上に乗る犬を見た。
白い毛……いや、これは銀色?
目は琥珀色に、中央は深みのあるこげ茶色。
「……ぃちょう……ラーン隊長?」
犬はゆっくり瞬きすると、みるみると姿を変えた。
「ぎゃあああああああ!」
叫んだのは私ではない。指輪を見せてくれた店員さんだ。
犬は人の姿、ラーン隊長の姿に変わった。
獣人は人の姿から、半分獣の姿になったり、まるきり四つ足の獣の姿にもなれるとは聞いていた。
ただ、隊長は、全裸だった。
*****
その場に駆け付けたのは、近くの食堂で食事をしていた軍人さんだった。
ラーン隊長の知り合いらしく、全裸で私を地面に縫い留める姿を見て大笑いしていた。
街のいざこざや犯罪を取り締まるのは警察だけれど、知り合いということで軍の施設へと連れて行かれた。
隊舎の空き部屋に通されたのは、ラーン隊長がびしょ濡れだからだろう。
ラーン隊長が部屋に備え付けの浴室でお湯を使っている間、私は案内してくれた軍人さんから名前や目的の他に、怪我はないか、ラーン隊長に何もされていないかなど訊かれた。
それが終わるとこのまま部屋にいるようにと言って軍人さんは出て行ってしまった。
部屋には机と椅子、チェストとベッドしかなく、大きめの窓がひとつあるだけだった。
開いている窓からは波の音が聞こえるだけで、とても静かだ。
私は椅子に座って、また誰かが来るか、隊長が出てくるのを待つしかなかった。
浴室から隊長が出てきたらどうすればいいのだろうか。
責め立てられる? 罵られる? 殴られる? それとも、殺される?
それもいい、と私は笑った。
死ぬ前に、母のことだけ頼もうか。
最期の願いと言えば、聞き届けてくれるかもしれない。
もう疲れた。
一睡もしていない体は疲れていたし、何より心が疲れていた。
椅子の背もたれに体を預けて目を閉じる。今なら眠れるような気がした。
寝ている間に殺してくれないだろうか。
「ブランカさん」
殺してはくれないのか。
目を開けると、すぐ横にしゃがんだ隊長がいた。
いつも見上げていた顔が逆に私を見上げている。
が、腰にタオルを巻いただけのほぼ全裸だった。
「たぃちょっ……! 服! 着てください!」
慌てて顔を逸らす。
「上着しか持ってきていないし着替えはない」
「だだだ誰かに借りてください!」
「昨日は自分から脱がせたのに?」
「そ……!」
私は思わず立ち上がり……
「おっと」
眩暈を起こして倒れかけ、隊長に受け止められた。
「……すみま……!」
お互い立ち上がると私は慌てて顔を上げた。
立ち上がると身長差があり、隊長の股間が顔に近い!
しかし顔を上げるとその動きにも眩暈が起こる。
「横になったほうがいい」
ほぼ全裸の隊長は冷静に私を抱き上げ、そっとベッドに寝かせた。
とても優しく丁寧だった。
「怒って、ないんですか?」
隊長は私の右手がすぐ触れる位置、ベッドの端に静かに腰掛けた。
体を捻って私を見下ろす。
「……別に怒ってはいない。驚いたが」
「ここまで追ってきたのに? まさか、追いつかれるとは思いませんでした……」
「頑張ってみた」
隊長は私の右頬をひと撫でして、優しく笑った。
なぜそんな顔で笑ってくれるの?
計画は完璧なはずだった。
道は閉ざされるし、海も越えなければならない。
「獣の姿になれば夜目も利くし馬車より速く駆けられる。ただ服が着られないから、上着だけ腰に巻いてきたんだが」
「船はなかったはずなのに」
「……海は泳いできた」
私が目を丸くすると、隊長はちょっと得意気に笑った。初めて見る表情だった。
見下ろされたまま、また右頬を撫でられる。
その手つきがとても優しい。
私は心臓がきゅっとなって、思わず両手で心臓を押さえた。
琥珀色の瞳が私を見る。
どうしてそんな優しい目でみるんだろう。
「怒ってないなら、どうして、追いかけてきたんですか?」
「確かめたいことがあって来た」
「確かめたいこと?」
隊長は私の右頬から手を離すと、顔の左側に手を付いた。
覆いかぶさるような体勢に、悲鳴を上げそうになる。
心臓の音が聞こえそうだし、顔も真っ赤になっているだろう。
「獣人は、人間より五感が鋭い。例えば嗅覚……この港町に着いてから君の匂いを辿って君を見付けた」
この街には新鮮な魚も色とりどりの花もあり、人もたくさんいたのに、その中から私を探した?
隊長の目は嘘を言っているようには見えず、私はパチパチと瞬きすることしかできなかった。
「だから君が昨日食堂の前に現れた時……濡れていることにはすぐに気が付いた」
「ひっ!」
悲鳴が出た。出ないわけがない。
「俺は、君が何らかの理由で発情しているのだと思った。その状態で誰か男を待っていて、俺と会った後に男と寝るのかと思うと血の気が引いた。しかも故郷に帰るという。だから君が部屋まで来てくれた時、どうにかして部屋に引き留めようと思った。考えていたせいで、媚薬入りのお茶を飲んでしまったわけだが」
言外に含まれるもの……それは。
「薬が効き始めた時はまだ動けたんだが、君が……いつもと違って積極的だったから、その、ちょっと嬉しくなってしまったんだ。その間に薬が効いてきて動けなくなってしまった。君が……」
顔の横についていた手の肘を折り、さらに顔が近付く。
「君が辛そうな顔をしていたのに、止められなかった」
悔やむような顔で言われて、私の視界は涙でにじんだ。
「どうして優しくしてくれるんですか?」
「分からないか?」
私を見つめたまま、零れた涙を舐めとられる。
いつもは鋭い目つきが、今は優しく笑っている。
「君が好きだからに決まっている」
心臓がきゅっとなって、私は両手で自分の服を握り締める。
「う、そ……今まで、数えるほどしか話したことないのに」
「……君に、嫌われたくなくて話すのは躊躇してたんだ」
「嫌われる?」
「人間の女性は皆、ゴウみたいな男が好きだろう?」
確かにゴウ……ポチくんはアイドルのように人気だ。
でも、私は。
「ぐずぐずしていたせいで君を失うところだった。君は? あんなことをしたのは俺が嫌いで、嘲笑ってやろうとしたのか?」
「違います!」
「俺は、君の気持ちを確かめたいと思ってここまで来たんだ」
いつの間にか私の顔を挟むように両肘を付き、息がかかるような距離に隊長の顔がある。
ここまでされて嫌がるどころか喜びと期待で見上げる私の気持ちを、察することはできないのだろうか。
人間より耳がいいなら、私の鼓動の速さだって気が付いているでしょ?
「私は……ラーン隊長が好きです。好きだから、体を繋げたいと思ってあんなことをしたんです」
言い切った途端、唇が重なる。
昨日出来なかったキスは、とても優しく甘く感じた。
空はどんより曇り空で星は見えない。
私は事前に手配していた宿に行き、明日の船に乗り遅れないよう、早々にベッドに入った。
日付も変わりそうな今の時間なら、隊長に盛った薬の効果も切れているはずだ。
山道の門は閉められているから夜のうちに追いつかれることはない。計画は成功だ。
安心していいはずなのに、目が冴えて全く眠れそうにない。
毛布の中で、そっとお腹を撫でる。
同盟後三年経った今でも、獣人と人間の間に子供ができた話は聞かない。
計画実行前は、奇跡的に子供が出来たらきっと幸せだと思っていたけれど、今は罪の意識に苛まれて子供を愛せるかも分からない。
暗い部屋の中で、私は眠ることも出来ず、ただ波の音を聞いていた。
翌日。
一睡も出来ず、朝食も喉を通らず、そんな体調のまま船に乗った。
服装も、前開きのシャツにスカートと簡単なものなのに、ボタンをかけ間違えていることにしばらく気付かなかった。
ペイスン国とホンニュ国は気候が違うからもう少し厚着したほうがいいのだけれど、そういう気分になれない。
船旅は四時間ほどだ。船酔いしそうになりながらも、私はただひたすら故郷の島が見えてくるのを待った。
早く着いて。母の看病に追われれば、きっと忘れられる。
全く眠っていないのに船の上でも眠れず、私は船員にぎょっとされるような顔色で船を降りた。
故郷の島は懐かしい香りがした。
母の住む村は山奥で、そこまで行くにはまた乗合馬車に乗らなければならない。
その馬車の出発時間まで一時間以上あった。
辻馬車に乗るお金もないので、港町で時間をつぶすことにした。
母へのお土産としてホンニュ国でお菓子を買っていたけど、ここでも何か買っていこうか。
母の笑顔を見れば、この重い気持ちも元通りになる気がする。
観光客向けの市場に足を向けた。
港町ということもあって、新鮮な魚介が多かった。
その外にも色とりどりの花や他国のお菓子や本、貝殻を使ったアクセサリーもある。
活気づいていて、歩いているだけで声を掛けられる。
軍の施設もあるらしく、時折軍服を着た人とすれ違う。
その中には獣人もいた。その獣耳や尻尾が視界に入るたびに、私はきゅっと目を閉じた。
例え二度と隊長に会わなくても、これから一生、私はこうして罪悪感を持ち生きていくのだろう。
「お嬢さん、アクセサリーはいかが?」
向かいから獣人が歩いてくるのが見えた時、そう声を掛けられてその店員さんの方を見た。
店員さんが持っていたのは大ぶりの琥珀のついた指輪だった。
深みのある黄色の中央に深い茶色。
ラーン隊長の瞳と同じだった。
「お嬢さん?」
耳鳴りがした。
この世の全てのものが私を責め立てているような気がした。
街が急に騒がしくなった気がして、息苦しくなる。
眩暈がした。
駄目だ、私、このまま帰れない……
「危ない!」
誰かの叫びと共に、私は何かに突き飛ばされた。
背中から道に倒れ、曇った空が視界に入る。
何かが体の上に乗っていて、見ると。
白い大きな犬だった。
「女の子が野犬に襲われてるぞ!」
「誰か! 誰か警察を呼んで来い!」
「軍のやつがすぐそこの食堂にいる!」
街の人たちが悲鳴を上げながらも助けようとしてくれる声が聞こえる。
犬はとても大きく、私の肩に両手を付いているので身動きが取れなかった。
なぜかびしょ濡れで、はっはっと息を吐きながらも噛みついてくる様子はない。
飼い主と間違えている? 犬の下から抜け出せないかと上にずり上がろうとしたけど、犬も一緒に動くだけだった。
ただ、その動きのせいで、犬からばさりと濡れた何かが落ちる。
私の膝の位置に落ちた何かを見ると、軍服の上着だった。
毎日必ず誰かの軍服を洗っていたので間違えるわけはない。
犬と同じくぐっしょりと濡れ重くなっていた。
私は上に乗る犬を見た。
白い毛……いや、これは銀色?
目は琥珀色に、中央は深みのあるこげ茶色。
「……ぃちょう……ラーン隊長?」
犬はゆっくり瞬きすると、みるみると姿を変えた。
「ぎゃあああああああ!」
叫んだのは私ではない。指輪を見せてくれた店員さんだ。
犬は人の姿、ラーン隊長の姿に変わった。
獣人は人の姿から、半分獣の姿になったり、まるきり四つ足の獣の姿にもなれるとは聞いていた。
ただ、隊長は、全裸だった。
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その場に駆け付けたのは、近くの食堂で食事をしていた軍人さんだった。
ラーン隊長の知り合いらしく、全裸で私を地面に縫い留める姿を見て大笑いしていた。
街のいざこざや犯罪を取り締まるのは警察だけれど、知り合いということで軍の施設へと連れて行かれた。
隊舎の空き部屋に通されたのは、ラーン隊長がびしょ濡れだからだろう。
ラーン隊長が部屋に備え付けの浴室でお湯を使っている間、私は案内してくれた軍人さんから名前や目的の他に、怪我はないか、ラーン隊長に何もされていないかなど訊かれた。
それが終わるとこのまま部屋にいるようにと言って軍人さんは出て行ってしまった。
部屋には机と椅子、チェストとベッドしかなく、大きめの窓がひとつあるだけだった。
開いている窓からは波の音が聞こえるだけで、とても静かだ。
私は椅子に座って、また誰かが来るか、隊長が出てくるのを待つしかなかった。
浴室から隊長が出てきたらどうすればいいのだろうか。
責め立てられる? 罵られる? 殴られる? それとも、殺される?
それもいい、と私は笑った。
死ぬ前に、母のことだけ頼もうか。
最期の願いと言えば、聞き届けてくれるかもしれない。
もう疲れた。
一睡もしていない体は疲れていたし、何より心が疲れていた。
椅子の背もたれに体を預けて目を閉じる。今なら眠れるような気がした。
寝ている間に殺してくれないだろうか。
「ブランカさん」
殺してはくれないのか。
目を開けると、すぐ横にしゃがんだ隊長がいた。
いつも見上げていた顔が逆に私を見上げている。
が、腰にタオルを巻いただけのほぼ全裸だった。
「たぃちょっ……! 服! 着てください!」
慌てて顔を逸らす。
「上着しか持ってきていないし着替えはない」
「だだだ誰かに借りてください!」
「昨日は自分から脱がせたのに?」
「そ……!」
私は思わず立ち上がり……
「おっと」
眩暈を起こして倒れかけ、隊長に受け止められた。
「……すみま……!」
お互い立ち上がると私は慌てて顔を上げた。
立ち上がると身長差があり、隊長の股間が顔に近い!
しかし顔を上げるとその動きにも眩暈が起こる。
「横になったほうがいい」
ほぼ全裸の隊長は冷静に私を抱き上げ、そっとベッドに寝かせた。
とても優しく丁寧だった。
「怒って、ないんですか?」
隊長は私の右手がすぐ触れる位置、ベッドの端に静かに腰掛けた。
体を捻って私を見下ろす。
「……別に怒ってはいない。驚いたが」
「ここまで追ってきたのに? まさか、追いつかれるとは思いませんでした……」
「頑張ってみた」
隊長は私の右頬をひと撫でして、優しく笑った。
なぜそんな顔で笑ってくれるの?
計画は完璧なはずだった。
道は閉ざされるし、海も越えなければならない。
「獣の姿になれば夜目も利くし馬車より速く駆けられる。ただ服が着られないから、上着だけ腰に巻いてきたんだが」
「船はなかったはずなのに」
「……海は泳いできた」
私が目を丸くすると、隊長はちょっと得意気に笑った。初めて見る表情だった。
見下ろされたまま、また右頬を撫でられる。
その手つきがとても優しい。
私は心臓がきゅっとなって、思わず両手で心臓を押さえた。
琥珀色の瞳が私を見る。
どうしてそんな優しい目でみるんだろう。
「怒ってないなら、どうして、追いかけてきたんですか?」
「確かめたいことがあって来た」
「確かめたいこと?」
隊長は私の右頬から手を離すと、顔の左側に手を付いた。
覆いかぶさるような体勢に、悲鳴を上げそうになる。
心臓の音が聞こえそうだし、顔も真っ赤になっているだろう。
「獣人は、人間より五感が鋭い。例えば嗅覚……この港町に着いてから君の匂いを辿って君を見付けた」
この街には新鮮な魚も色とりどりの花もあり、人もたくさんいたのに、その中から私を探した?
隊長の目は嘘を言っているようには見えず、私はパチパチと瞬きすることしかできなかった。
「だから君が昨日食堂の前に現れた時……濡れていることにはすぐに気が付いた」
「ひっ!」
悲鳴が出た。出ないわけがない。
「俺は、君が何らかの理由で発情しているのだと思った。その状態で誰か男を待っていて、俺と会った後に男と寝るのかと思うと血の気が引いた。しかも故郷に帰るという。だから君が部屋まで来てくれた時、どうにかして部屋に引き留めようと思った。考えていたせいで、媚薬入りのお茶を飲んでしまったわけだが」
言外に含まれるもの……それは。
「薬が効き始めた時はまだ動けたんだが、君が……いつもと違って積極的だったから、その、ちょっと嬉しくなってしまったんだ。その間に薬が効いてきて動けなくなってしまった。君が……」
顔の横についていた手の肘を折り、さらに顔が近付く。
「君が辛そうな顔をしていたのに、止められなかった」
悔やむような顔で言われて、私の視界は涙でにじんだ。
「どうして優しくしてくれるんですか?」
「分からないか?」
私を見つめたまま、零れた涙を舐めとられる。
いつもは鋭い目つきが、今は優しく笑っている。
「君が好きだからに決まっている」
心臓がきゅっとなって、私は両手で自分の服を握り締める。
「う、そ……今まで、数えるほどしか話したことないのに」
「……君に、嫌われたくなくて話すのは躊躇してたんだ」
「嫌われる?」
「人間の女性は皆、ゴウみたいな男が好きだろう?」
確かにゴウ……ポチくんはアイドルのように人気だ。
でも、私は。
「ぐずぐずしていたせいで君を失うところだった。君は? あんなことをしたのは俺が嫌いで、嘲笑ってやろうとしたのか?」
「違います!」
「俺は、君の気持ちを確かめたいと思ってここまで来たんだ」
いつの間にか私の顔を挟むように両肘を付き、息がかかるような距離に隊長の顔がある。
ここまでされて嫌がるどころか喜びと期待で見上げる私の気持ちを、察することはできないのだろうか。
人間より耳がいいなら、私の鼓動の速さだって気が付いているでしょ?
「私は……ラーン隊長が好きです。好きだから、体を繋げたいと思ってあんなことをしたんです」
言い切った途端、唇が重なる。
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