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しおりを挟む手鏡をノアに渡し、ヴィクトールは冷え切った目でナツネを見やる。
片手で自らの口許を覆っていたナツネは、ノアに負けないくらいに驚愕の面持ちをしていた。
「……死ぬ前に言い残すことはあるか?」
「違う違う! 俺じゃない! 俺はそんな妙な魔術は使ってねぇ!」
両手をばたばたと振り、ナツネは反駁する。
「お前じゃないなら、なんなんだ。これはお前が持ってきたもので、おまけに魔術を施したと、他でもないお前が先程言っていたではないか」
「魔術は使ったけど、そんな頭に耳が生えるような変なやつは使ってねぇって! ほんと! ほんとに!」
「なら、何故こんなことになっている」
視野の端で、依然として鏡を覗き続けているノアが、獣の耳をぴくぴくと動かしていた。ここに彼女がいなければ、ヴィクトールはとっくにナツネに手を出していただろう。
ヴィクトールに問われた彼が、視線を宙に流して記憶を遡る素振りを見せる。
「なんでって言われても、べつに妙なもんは使ってねぇし、魔術の順序だって――あ」
ナツネの台詞がそこでいったん途切れた。ヴィクトールは唇だけで笑う。
「……どうやら、覚えがあるらしいな」
「いや、違う。これは事故だ。ただ単に俺のうっかりが引き起こした事故で――」
「ほう、自らに非があると認めるか。殊勝な心掛けだ」
「ほんとにわざとじゃねーんだって! 見たところ半日かそこらでもとに戻りそうな感じだし、動物の耳やしっぽが生えたからってべつに死ぬわけじゃねーし……」
ヴィクトールが指の関節を鳴らせば、彼はあわてて椅子から飛び降りた。そうして、まるで感情のこもっていない白々しい声調で述べる。
「あー、そういえば俺、大事な用事があるんだったわ! すっかり忘れてた! ほんとはもっとゆっくりしたかったのに残念だなー! そんなわけで、俺そろそろ帰るわ! ノアちゃんに関することでなんかわかったらすぐに伝える! そんじゃあなー!」
「おい、待て」
ナツネを捕まえようと伸ばした手は、彼の魔術の結界によって弾かれてしまった。
反射的に舌打ちを漏らしたヴィクトールへナツネは笑顔で手を振って、驚くべき速度で走り去っていく。
あとには、頭から獣の耳を生やしたヴィクトールとノアだけが残された。
「……あいつ……」
明日、職場の城内で彼に会えば、しかるべき措置をとらなくてはなるまい。多少、事が荒くなっても今回は許されるだろう。
今日何度目になるかわからないため息を零してヴィクトールが振り返ると、ノアがまだ手鏡を覗き込んで獣の耳をぴょこぴょこと動かしていた。
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