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しおりを挟む初めてのキスに動揺を覚えはするものの、しかし今はヴィクトールの様子がおかしいことのほうが気にかかった。
そう、彼は、決してこんな真似を強引にするひとではない。
ヴィクトールとは出会ったばかりであるが、それでもこれまでのやり取りから、その程度のことはわかるつもりだった。
依然として彼の乱れた呼吸は少しもおさまっておらず、汗もひいていない。
乃亜は尋ねた。
「ヴィクトールさん、どうしたんですか。なにがあったんです?」
ちらりと乃亜を一瞥した彼が、いくらか躊躇する様子を見せてから、ゆっくりと話し始める。
「……仕事で、少しミスを犯したらしい」
「ミス……?」
ああ、とヴィクトールは頷く。
「……儂は今日、王の命令で郊外にいるとされていた、とある魔術師の討伐に向かった」
「討伐……」
これも、日本にいた頃には馴染みのなかった言葉だ。
彼は続ける。
「最近、悪事を働いておった魔術師でな。被害も多く報告されていた……。しばらく居場所が突き止められないでいたが、それがようやく明らかになり、儂を含めた戦闘に秀でた者達が討伐の命令を受けたのよ……」
そこで、ヴィクトールは苦しげに深く息を吐いた。
乃亜は彼の背中をさすろうとしたものの、途中で手首を掴まれて、それを阻まれてしまう。
触れる手も、驚くほどに熱かった。このままでいいはずがない。
それでも、ヴィクトールは乃亜の手を離さないまま話を続けた。
「結果として、討伐には成功した。……が、戦いの途中で、どうも厄介な魔術を食らってしもうたらしい。戦闘のあと、味方の魔術師に解除の魔術を受けたのだが……解き漏らしがあったようだな……」
乃亜の手をようやく解放した彼は、乃亜を見つめる。
「……ノア、しばらく儂には近付くな」
「……どうしてですか」
「……わからんか。今の儂は、感情の抑えが利かん。……お前になにをするか、わからんのだ」
先程の口付けを、乃亜は思い出した。
突然の出来事に驚いたことは事実だったが、しかし――それに対する嫌悪感がないこともまた事実だった。
それに、苦しそうなヴィクトールを前にして、なにも出来ないのは心苦しい。
助けてもらってばかりの自分が彼の役に立ちたいと考えることは、決しておかしなことではないだろう。
「……なにされても、いいです」
乃亜はヴィクトールに顔を近付けた。
「私、ヴィクトールさんになら……なにをされても、かまいません」
この発言に、彼は顔を顰める。
「……自分がなにを言っているのか、わかっとるのか」
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