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しおりを挟む「あんた……今、なんて言った……?」
「言葉通りの意味だ。マーガレット、私との婚約を破棄してほしい。今すぐに」
その場に、静寂が満ちた。
レイディン国の城の裏手の出口である。
マーガレットはこの城の未来の姫君であり、目の前の男ギャレオスはそんなマーガレットの婚約者であるのと同時に、この城の王子であった。
周囲に、他の人影はない。それは、ここが緊急時にのみ使用する極秘の通路だからだ。
マーガレットは、この通路を使ってひとりでこっそりと今日も買い物に出かけていたのである。
本来ならば付き人なしでの外出は厳禁なのだが、マーガレットは堅苦しいことが基本的に得意ではなかった。
故に、身分を隠してこっそりと街へ遊びにいくのは、よくあることなのだ。
そんなマーガレットが、ショッピングを終えて城に戻ってきた直後である。
裏手の出口に、何故かギャレオスが待ち構えていた。
お説教でもされるのだろうかとマーガレットがうんざりした矢先の「私との婚約を破棄してほしい」発言である。
マーガレットが耳を疑うのも、無理はないというものだ。なにせ、ふたりの結婚は、もう目前に迫っているのだから。いや、そんな立場で好き勝手に街へ遊びにいくマーガレットもマーガレットなのだけれど。
風が吹いて、周囲の木の葉が騒めいた。
ふたりは、しばし無言で見つめ合う。
眉根を寄せて、マーガレットは訊いた。
「婚約破棄って……な、なんで急にそんな話になるのよ。っていうか、そういう大事な話はせめて部屋でやりなさいよ。こんな外じゃなくて」
「ここで話さなければ、すぐに君を追い出せないだろう」
「今ここで追い出す気⁉」
「そうだ。君はおてんばだからな。部屋でこんな話をすれば、拒否した挙句に暴れて部屋を破壊しかねん」
「さ、さすがにそこまでしないわよ!」
「君の荷物はここにまとめた。君が祖国に帰るのに充分な資金も入れてある。もっとも、君は魔法が使える上に武術にも優れているので、万が一のことがあっても問題ないとは思うが」
「待って待って、話の展開が早すぎるわ! 私、買い物から帰ってきたばっかりなのよ!」
「そうか。楽しかったかね?」
「そりゃもう! 素敵な指輪が買えたのよ。アクセサリーにもなるしメリケンサックの代わりにもなるわ。ほんと指輪って優秀!」
「さぁ、早く出ていきたまえ」
「だから待って! 理由! せめて理由を教えてちょうだい! いきなり追い出されたんじゃ、納得できないわ!」
「他に好きな女が出来た」
「最低!」
「ちなみに、城の者には私にとって都合のいい噂を流している。今や君はこの城の嫌われ者だ。余計な抵抗は我が身を滅ぼすだけだぞ」
「な、なによ噂って。いったい、どんな変な噂を流したっての? まさか、私が頻繁に街へ出かけるのは浮気をしているからだとか、そういう?」
「ほう、察しがいいじゃないか。城の者はすぐに信じたぞ。日頃のおこないが悪いと苦労するな」
「嘘をバラまくようなやつに、日頃のおこないとか言われたくないんだけど!」
「なにを言う。日頃のおこないは重要だ。日頃のおこないがいいと、たまに吐く嘘も信じてもらえる。反面、日頃のおこないが悪い者は、たまに真実をくちにしたところで信じてはもらえない」
「クズ! あんた本当にクズね!」
「なんとでも言えばいい。ほら、早く祖国に向かわないと日が暮れるぞ。この国から君の祖国であるマリス国へ行くには、森を抜けなければならない。夜の森を歩く趣味があるのなら、止めはしないがね」
「あんた、私が狼に襲われてもいいっての?」
「以前、倒したクマを城へ持ち帰ってスープにしろとせがんだのは、どこの誰かね」
「あのときは仕方なかったのよ。森で遊んでたら急にクマが襲ってきて、反撃しなきゃせっかくのお気に入りのワンピースがダメになるところだったの。私だって、穏便に済ませられるなら穏便に済ませたかったわ」
「君に出会ってしまったクマの不運を思うと、涙が出そうだ。君の代わりに私が祈りを捧げるとしよう」
「クマに祈り捧げる暇があるなら、私を城に入れなさいよ! 私よりクマのほうが大事だっての?」
「否定はしない」
「しなさいよ! 政略結婚だからべつにあんたのことは全然愛してなかったけど、こんな理由で婚約を破棄されるのはやっぱり納得できないわ!」
「君に納得してもらう必要などない。重要なのは、もはやこの城には君の居場所はないという事実だ」
「くっ……!」
マーガレットは、ギャレオスを睨みつけた。しかし、彼の態度は依然として冷静で、揺らぐ様子がない。
仕方なく、マーガレットは思案の末に、ギャレオスが用意したというマーガレットの荷物を奪って、身を翻した。
「っ覚えてなさいよ! 絶対に仕返ししてやるんだから! このまま素直に引き下がる私だと思わないことね!」
「おやおや、まるで悪役のようなセリフじゃないか。絵本では、そういったセリフをくちにした悪者が幸福になった例はないと思うがね」
「うるさい! 絶対に後悔させてやるんだから! 顔洗って待ってなさい!」
「首では?」
「首洗って待ってなさい!」
そう叫んで、マーガレットは足早に城を離れた。
復讐の炎に身を燃やし、拳を固く握りながら――。
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