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ハッピーエンド
共にずっと
しおりを挟む朝の支度を済ませた彼が いつも通り出かける直前『あんたの居る部屋は今日で最後なんだな』と呟いてから、僕に丁寧なお辞儀をした。
「今日まで あんたのお陰で毎日すげぇ楽しかったし、家事とかしてくれんのも超助かった。ありがとうございました。後で、逢いに行くから待ってて」
頬に伸びてきた手と慈しむような表情に胸がキュッと締め付けられる。
早く、その手に触れて欲しい。
『うん、待ってます』
玄関のドアが閉まるのを手を振って見送った。
いつも通り 洗濯物と布団を干して、いつも以上に部屋を掃除した。彼の机にあったノートへ簡単なメッセージを残し、彼の授業が終わる頃、目を閉じて自分の体に戻るイメージをしてみた。
病院の真っ白なベッドで管に繋がれた僕が眠っている。無機質な機械音が響く室内には僕しか居ない。
『僕、本当に……生きてたんだ……』
記憶の中の自分より、少し頬が痩けて老けて見える気がする。
鏡じゃない自分を見ているなんて酷く不思議な気分だ。
もしも、今体に戻ってもこのまま目が覚めなかったら……彼と話をすることすら出来なくなるんじゃないかと思うと、体に戻るのも少し怖い。
僕の体は穏やかな顔をして眠っているのに、僕の心は恐怖に震えてなんだか息が苦しい気がする。
「ただいま」
僕が体に戻るのを躊躇っていると 静かに病室のドアが開いて、彼がいつも通りの挨拶をした。
『……おかえりなさい』
「まだ戻ってなかったんだな。……できなかったの?」
心配そうな彼に首を横へ振って返事をする。勇気が出なかっただけだと言うと、彼は今なら俺がついてるから大丈夫だと言って触れることの無い僕の頭を撫でてくれた。
『あの、僕の手を 握ってて貰えませんか』
「もちろん」
眠ってる僕の手を、宝物でも扱うみたいにそっと握った彼に見守られながら、深呼吸を1つしてから僕は僕と重なった。
「ひなさん」
彼の声が聞こえて、握ってもらっていた手の温もりを感じる。じんわりと目頭が熱くなって、ゆっくりと目を開いたら彼の心配そうな顔が視界に入った。
「……っ…………」
口を開いて、彼にありがとうと言いたかったのに喉が張り付いて声が出ない。
「声、出ない?」
「……っ……」
不安そうな彼の声に頷いて答えると、ナースコールを押してくれて、看護師さんとか担当医が来て何か色々とやってくれた。落ち着いてからほんの少しだけ水分補給をさせてもらうと、喉が潤って掠れ声が出るようになった。
「あの……彼はどこですか」
「彼? あぁ、結城くん? 面会ルームで待ってもらってるの、今呼んでくるわね」
看護師さんは溌剌と笑いながらパタパタと部屋から出て行った。
数分後、彼がゆっくりと入って来てベッド横のパイプ椅子に座った。
「あの……えっと、結城 日南です。この度はお世話になりまし……」
「ふっ」
何から話したら良いか分からなくて 改まって挨拶をして感謝の言葉を述べようとしたのに、彼はいきなり笑い出した。
「……て、なんで笑うんですか」
「わりぃ。今までちゃんと言ってなかったけど 俺はT大医学部5年の結城暖人。あんたの苗字と同じ漢字でゆいしろ、暖かかい人ではるとって読むよ。よろしく、ひなさん」
楽しそうに笑いながら差し出された手をゆっくりと握った。
熱いくらいに暖かいその温もりは名前にピッタリだ なんて思っていると、暖人の顔がくしゃりと歪んで『あったけぇ』と呟く声が聞こえた。
「暖人 さん、あの 泣いてる?」
「ん? 泣いてないよ。あんたに触れて喜んでるだけ」
ずっとこうしたかったと言って僕の手の甲に唇を寄せると、小気味いいリップ音を響かせて離れた。
一瞬、驚きで思考が停止したものの 唇が触れた場所からじわじわと現実が戻って あっという間に全身が熱くなった。
「っな?!」
「俺さ、学校とかポリクリとか毎日すげぇ大変だけど、家帰ったらあんたが……日南さんが笑顔で『おかえりなさい』って迎えてくれるのほんと嬉しくてさ 超助けられてた」
暖人が照れくさそうに、けれど嬉しそうに話すのを 僕まで照れくさくなりながら、助けられていたのは むしろ僕の方だ と思う。
彼があの部屋に来なければ 僕が本当は生きている事なんか知らなかったし、あの部屋であの人との思い出に縛られたままだったかも知れない。
あの人が本当は僕を騙してただけだったのはすごくすごく悲しいけれど、彼が……暖人くんが居てくれたから過去の事として受け入れることが出来た。
「日南さん、俺 あんたが好きだ。俺と付き合って欲しい。つーか、退院しても一緒に住んで欲しいんだけど……どうかな?」
「っ……まるで……プロポーズですね」
答えは迷うことなく「はい」一択だ。
「まあ、プロポーズだと思ってもらってもいいよ。ずっと一緒に生きたいから……って俺重い?」
「ううん。僕も、一緒に生きていきたい……です」
微笑んだ目尻から温かな雫が落ちるなか、彼の唇がそっと僕の唇に重なった。
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