腐女子さんは魔女

花森黒

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ギルド事務員のお仕事

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 ここは何の変哲もない、中世ヨーロッパ風の異世界だ。冒険者がクエストを受注する冒険者ギルドには、今日も冒険者が集まっている。
 冒険者総合窓口の前には、いかつい鎧を装備して大きな剣を持ったマッチョな冒険者が立っている。しかし、このお話の主人公は彼ではない。
「お姉さん、何とかならないかな?」
「難しいですね。規定ですので、酒代は経費にできないんですよ」
窓口の内側で、ニコニコ笑っているギルド職員の女性――ラッキーが物語の主人公だ。栗色の髪は清潔感のあるボブカット。ギルド職員の制服である淡いオレンジのローブを着て、ギルドの紋章の入ったバッジをつけている。
「もう一度説明しますね。今回のクエストはFランク。村人からの報奨金は10000ゴールド。しかしギルドは手数料として30%いただきます」
ラッキーは羽ペンで羊皮紙に書きながら、丁寧に説明した。
「でも、ギルドも鬼じゃありません。交通費や宿泊費は経費として申告できます。経費は合計5000ゴールド。だから残りの5000ゴールドの30%、1500ゴールドが手数料です」
「でも、酒場で仲間と5000ゴールド使ったから、経費は10000ゴールドなんだって。それも交際費だろ?」
「アルコールを含む飲食費は交際費にできないんですよ。しかも、クエストに関係ない交際ですし」
冒険者はしばらくゴネていたが、最終的に諦めて、申告書類にサインをしてくれた。
(まったく、面倒な客だったわ。でも、この筋肉はいい感じ)
ラッキーは冒険者の上腕二頭筋をチラ見しながら、杖を出して一振りした。すぐに伝書鳩が飛んできて、書類を持って飛んでいった。
「手数料を差し引いた報酬、8500ゴールドは1時間後に冒険者銀行に振り込まれますので、ご確認ください」
「ありがとう。お姉さん、魔女なの?」
「ええ、そうですね」
「魔女なのに低賃金のギルド事務員か。大変だね」
「そうですか? ちょっとした魔法を使えれば、事務仕事をするのもラクなんですよ」
(もう、早く帰って! 余計なお世話よ)
内心で殺意を覚えながらも、ラッキーはにこやかな表情を崩さなかった。我ながら優秀なギルド事務員だ。

面倒な冒険者がようやく帰ると、次の仕事は各方面から来たクエストの仕分け作業だ。ラッキーが杖を振ると、「未決」とかかれたボックスから羊皮紙の束が飛んでくる。
「月光草の収集はFランク、農作物の魔虫駆除はFランク、商人の護衛は…魔獣の出やすい街道を通るからCランク…」
ラッキーは手際よく羊皮紙を分けていたが、ふと手を止めた。
「正体不明の魔物の退治…正体不明かあ」
ラッキーは立ち上がった。
「係長、ちょっと現地調査に行ってきます」
ギルドの奥のほうに座っている係長に声をかける。係長は小太りの初老の男で、いつも人が好さそうににこにこしている。
「ラッキー、いつもすまないね。魔女の君がやってくれるのは、経費がかからないから助かるが…」
「いえいえ、お役に立てて光栄です。報告書は明日で、直帰でいいですか?」
「もちろんだとも」
係長は頷いた。
「ありがとうございます。おつかれさまでーす!」
ラッキーは嬉しそうに鞄と杖を持って、ギルドを出ていった。
様子を見ていた同僚の女性たちは、ひそひそと話し合う。
「ラッキー、いつも大変ね。でも本当に、ラッキーのような優秀な魔女が、何でギルドの事務員なんてやってるの?」
「以前聞いたけど、勤務時間や休日が決まってて、固定給で安定してるからだって」
「でも、ラッキーは独身で一人暮らしだし、服装や暮らしぶりもそんなに派手じゃない。平日の夜や休みの日、退屈じゃないのかしら?」
「いい子だけど、ちょっと不思議だよね」
同僚たちは首を傾げたが、次の冒険者が窓口に来たため、皆それぞれの仕事に戻った。

ラッキーは、同僚たちに話していない秘密があった。箒に跨って現地に向かいながら、うきうき気分で妄想する。
(あの上腕二頭筋、目に焼き付けたわ! さっさと現地調査を終わらせて帰らなきゃ! 今日は筋肉キャラを描くぞー!)
ラッキーはBL、つまり男性同士の同性愛を好み、それに関する作品を読んだり自分で創作をしたりする、いわゆる腐女子だったのである。

〈続〉
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