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うっかりAランクドラゴン退治
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ラッキーは隣村の村長の家に来ていた。正体不明の魔物退治の依頼主だ。
「少しでも魔物の情報があれば、教えてほしいんです。それによって、お支払いいただく報奨金が変わってきますので」
ラッキーはゆっくりと、丁寧に説明する。村長は相当の高齢で、白く長い眉毛とヒゲをたくわえていた。村長は震え声でゆっくりと話す。
「事務員さん、申し訳ありませんのお。実のところ、魔物かどうかも、分からんのですわ。ただ、子どもらが、大きな影を見たと言っておりましてのお。あと、家畜の牛が殺されておったり、ブドウ畑が荒らされたり……」
「それは大変ですね」
ラッキーは辛抱強く聞きながら、うんうんと頷いた。人間として同情はするが、ラッキーもこういった仕事をしている以上、いちいち心を動かしてはいられない。今はとにかく事務員として自分の職務を全うするだけだ。そして遅くとも定時で帰りたい。
しかし村長はラッキーの気持ちも知らず、ゆっくりと話を続けた。
「今は、年寄りも子どもらも、みんな教会に避難させて、自警団が村を巡回しとるんですが、なかなか、正体を掴めておらんのです。いつまで、こんな生活が続くやら、不安で不安で……」
「でしたら、調査クエストとしてご依頼いただけませんか? その場合は、正体不明という危険度も併せて考えると、Dランク、30000ゴールドになります」
「お金は、いくらでも払います。一刻も早く、冒険者さんに解決してほしい。わしらの願いは、それだけです」
「では、こちらの羊皮紙にサインを」
ラッキーは村長の話を聞きながら作成していた依頼書の羊皮紙と羽ペンを、村長に渡した。村長はまた、ふるふる震えながらゆっくりと羊皮紙にサインをしている。その時、外から悲鳴が聞こえてきた。
「魔物だ!」
ラッキーは反射的に杖を握りしめ、外に飛び出した。
自警団の人々は、それぞれ武器を手に空を見上げていた。ラッキーも見上げる。
「Aランクドラゴン……!」
大きなドラゴンが、狂暴そうな赤い眼で村を睨みつけながら、村の真上を旋回していた。大きな翼が羽ばたくと、風圧が感じられるほどだ。村の自警団レベルでは太刀打ちできないだろう。このままでは村が壊滅してしまう。
緊急事態であり、ここは事務員ながらラッキーが戦うしかない。杖を振り、飛んできた箒に飛び乗って、ラッキーは空へ舞い上がった。巨大なAランクドラゴンがラッキーを睨み、火を噴く。ラッキーは火を避けながら杖を振った。
「炎熱の聖域!」
村を守るようにドーム状の防御魔法がかかる。実は、ラッキーもドラゴンと同じ火属性だ。ならば話は早い。力の強いほうが勝つのだ。
「十字火炎!」
ラッキーが十字の形に杖を振ると、それに合わせて炎が走り、ドラゴンは地面に落ちた。ちなみに、中二病っぽい技の名前をつけたのはラッキーの趣味である。どんなBLもたしなむラッキーは、ファンタジーももちろん守備範囲だ。
ラッキーが村の防御魔法を解いて、地上に降り立つと、村人たちが歓声と拍手で迎えてくれた。
「事務員さん、いや、魔女さま。あなたこそ、この村始まって以来の、英雄でございますじゃ」
村長は感激のあまり泣きながら、ラッキーの手を握った。
「いえいえ。あ、クエスト依頼をされるなら、ドラゴンの死体撤去、Fランク2人、20000ゴールドでいいかと思います」
「いいえ、魔女さま、お金はあなたにお支払いします。いくらでも、おっしゃってくださいませ」
「Aランクドラゴン退治は100万ゴールドですけど……私は、あくまで事務員ですから。副業はグレーなんですよね」
「ならば、せめてブドウを……」
村長が自警団の村人に指示すると、すぐに木箱いっぱいのブドウが運ばれてきた。
「魔女さま、この村の特産品、ブリリアントマスカットでございますじゃ。お気に召しましたら、ぜひまたお越しください。魔女さまは村の英雄、いつでも大歓迎です」
村人たちはラッキーの箒にブドウの木箱をくくりつけてくれた。
「ありがとうございます。何だか、かえってすみません。それでは、時間もありますので失礼します」
いつのまにか西の空が夕焼けに染まってきていた。ラッキーはこの後直帰なので、一刻も早く帰りたかった。ラッキーが箒で飛び立つと、村人たちはいつまでも手を振って見送っていた。
(まあ、いいことしたかな。勤務時間内に終わったし)
茜色の空を飛びながら、ラッキーはふと思った。
(ドラゴン死体除去クエストを受注して、村に向かったイケメン2人……攻めの逞しい上腕二頭筋にドキドキする受け……夕陽に照らされて輝く汗……ブドウから滴る汁……)
ラッキーの脳内に妄想が繰り広げられている。ラッキーは上機嫌になり、ゆらゆらブドウの木箱を揺らしながら帰宅した。
〈続〉
「少しでも魔物の情報があれば、教えてほしいんです。それによって、お支払いいただく報奨金が変わってきますので」
ラッキーはゆっくりと、丁寧に説明する。村長は相当の高齢で、白く長い眉毛とヒゲをたくわえていた。村長は震え声でゆっくりと話す。
「事務員さん、申し訳ありませんのお。実のところ、魔物かどうかも、分からんのですわ。ただ、子どもらが、大きな影を見たと言っておりましてのお。あと、家畜の牛が殺されておったり、ブドウ畑が荒らされたり……」
「それは大変ですね」
ラッキーは辛抱強く聞きながら、うんうんと頷いた。人間として同情はするが、ラッキーもこういった仕事をしている以上、いちいち心を動かしてはいられない。今はとにかく事務員として自分の職務を全うするだけだ。そして遅くとも定時で帰りたい。
しかし村長はラッキーの気持ちも知らず、ゆっくりと話を続けた。
「今は、年寄りも子どもらも、みんな教会に避難させて、自警団が村を巡回しとるんですが、なかなか、正体を掴めておらんのです。いつまで、こんな生活が続くやら、不安で不安で……」
「でしたら、調査クエストとしてご依頼いただけませんか? その場合は、正体不明という危険度も併せて考えると、Dランク、30000ゴールドになります」
「お金は、いくらでも払います。一刻も早く、冒険者さんに解決してほしい。わしらの願いは、それだけです」
「では、こちらの羊皮紙にサインを」
ラッキーは村長の話を聞きながら作成していた依頼書の羊皮紙と羽ペンを、村長に渡した。村長はまた、ふるふる震えながらゆっくりと羊皮紙にサインをしている。その時、外から悲鳴が聞こえてきた。
「魔物だ!」
ラッキーは反射的に杖を握りしめ、外に飛び出した。
自警団の人々は、それぞれ武器を手に空を見上げていた。ラッキーも見上げる。
「Aランクドラゴン……!」
大きなドラゴンが、狂暴そうな赤い眼で村を睨みつけながら、村の真上を旋回していた。大きな翼が羽ばたくと、風圧が感じられるほどだ。村の自警団レベルでは太刀打ちできないだろう。このままでは村が壊滅してしまう。
緊急事態であり、ここは事務員ながらラッキーが戦うしかない。杖を振り、飛んできた箒に飛び乗って、ラッキーは空へ舞い上がった。巨大なAランクドラゴンがラッキーを睨み、火を噴く。ラッキーは火を避けながら杖を振った。
「炎熱の聖域!」
村を守るようにドーム状の防御魔法がかかる。実は、ラッキーもドラゴンと同じ火属性だ。ならば話は早い。力の強いほうが勝つのだ。
「十字火炎!」
ラッキーが十字の形に杖を振ると、それに合わせて炎が走り、ドラゴンは地面に落ちた。ちなみに、中二病っぽい技の名前をつけたのはラッキーの趣味である。どんなBLもたしなむラッキーは、ファンタジーももちろん守備範囲だ。
ラッキーが村の防御魔法を解いて、地上に降り立つと、村人たちが歓声と拍手で迎えてくれた。
「事務員さん、いや、魔女さま。あなたこそ、この村始まって以来の、英雄でございますじゃ」
村長は感激のあまり泣きながら、ラッキーの手を握った。
「いえいえ。あ、クエスト依頼をされるなら、ドラゴンの死体撤去、Fランク2人、20000ゴールドでいいかと思います」
「いいえ、魔女さま、お金はあなたにお支払いします。いくらでも、おっしゃってくださいませ」
「Aランクドラゴン退治は100万ゴールドですけど……私は、あくまで事務員ですから。副業はグレーなんですよね」
「ならば、せめてブドウを……」
村長が自警団の村人に指示すると、すぐに木箱いっぱいのブドウが運ばれてきた。
「魔女さま、この村の特産品、ブリリアントマスカットでございますじゃ。お気に召しましたら、ぜひまたお越しください。魔女さまは村の英雄、いつでも大歓迎です」
村人たちはラッキーの箒にブドウの木箱をくくりつけてくれた。
「ありがとうございます。何だか、かえってすみません。それでは、時間もありますので失礼します」
いつのまにか西の空が夕焼けに染まってきていた。ラッキーはこの後直帰なので、一刻も早く帰りたかった。ラッキーが箒で飛び立つと、村人たちはいつまでも手を振って見送っていた。
(まあ、いいことしたかな。勤務時間内に終わったし)
茜色の空を飛びながら、ラッキーはふと思った。
(ドラゴン死体除去クエストを受注して、村に向かったイケメン2人……攻めの逞しい上腕二頭筋にドキドキする受け……夕陽に照らされて輝く汗……ブドウから滴る汁……)
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