11 / 36
11
しおりを挟む時計台の鐘の音が、街に響く。もう直ぐ門限が近い…エヴァリーは時間を確認すると、アイゼイアを見る。
だがアイゼイアが居たはずの場所に、彼は居ない。
辺りを見渡すと、アイゼイアは小さな店の小窓から、持ち帰り用のドリンクカップを二つ持ってエヴァリーの元へ戻ってくる。
「風が冷たくなってきた。これ飲んで帰ろう」
アイゼイアが渡したのは、ホットチョコレートだ。確かに春めいてきたとはいえ、日が沈むと風は冷たい。
エヴァリーが一口飲むと、途端に口内にチョコレートの香りと、どこかスパイシーな香辛料の風味を感じる。甘いだけでは無く、口当たりがさっぱりして飲み易い……エヴァリーは続けて二口三口と飲み込んだ。
「口に合った?あそこのお店のホットチョコレートは特製のスパイスが入ってるんだ。体が温まるんだよ」
確かに、エヴァリーの体は火照って、なんだか構えていた体も和らいでくる。
まるで魔女が作った飲み物のようだ……––––
ホットチョコレートを飲み終えると、エヴァリーとアイゼイアはバスに乗った。
「そう言えば、名前…教えてくれないの?」
アイゼイアが、エヴァリーの方を向いてそう尋ねる。
教えない……訳にはいかないような気がして、エヴァリーは暫く沈黙した。
だが、自分は今男子生徒の格好のままだ。名前を告げたら、また何か憎まれ口を叩かれるのだろうか––
「エヴァリーです」
エヴァリーは小さく、絞り出すようにしてその名を告げる。
「エヴァリー…。僕はアイゼイア・デ・ロー。以前も言ったけど、ブライトンの5年、よろしくね」
エヴァリーの予想通りの反応をしないアイゼイアに、逆にエヴァリーが驚いた。
「…っ驚かないんですか?こんな格好なのにっ––」
エヴァリーの驚く顔を見て、アイゼイアが一瞬フッと笑みを溢す。
「最初から、男だなんて思ってないよ」
そう言って青い瞳はエヴァリーを見る。
エヴァリーは目を見開いて、固まってしまった。
「パーベル・アビーのエヴァリー…聞こうと思ってたんだけど、君達の学校の雨漏りは思いの外酷くて、あと3ヶ月は施設を使えないって話はもう聞いた?」
施設…ああ、雨漏りの––…
なんで今その話?とエヴァリーは首を傾げる。
「ブライトン生として、こうやってパーベル・アビーの生徒と交流を持てるのは嬉しい事だよ。
今回の雨漏りの件も、ブライトンとパーベル・アビーが何か良い方向に向かう機会だと思うんだ。学園長も変わったし、仲を深めて行くのは有意義な事だ。
ブライトンの学園長と、パーベル・アビーの学校長はなんでも幼馴染同士らしいんだよ。だから、これからは交流をより活発化しようって風向きが変わったらしいんだ。
その手始めに、今年の夏のダンスパーティーは、ブライトンとパーベル・アビーの合同開催になる予定なんだよ。パーベル・アビーの雨漏りの事があったからこれを機会にって––」
何の話をしているのか…––エヴァリーには全く見えてこない。
「ブライトンの生徒会としても、僕個人としてもこの催しは絶対成功させたい。そこで…パーベル・アビーにも協力してくれる生徒が必要なんだ」
エヴァリーはダンスパーティーなぞ出た事は無い。故に、自分には関係無い……はずだ。
「––協力、してくれるよね?」
また天使のような微笑みを浮かべて、アイゼイアはエヴァリーを見る。
「……飲み物のお金返します」
エヴァリーはそう言って財布を出した。
勿論、そのお話には乗れませんという意思表示だ。
「要らない。僕の奢り。あと、あの本のことに関しては、……黙っているかは君の働き次第かな」
アイゼイアはエヴァリーが出した財布をグッと押し込む。
「アイゼイアっ…先輩も読んだじゃないですかっ!同類ですっ––!」
エヴァリーはそう僅かに抵抗してみせる。
「エヴァリーの話しと僕の話し、ブライトンの生徒は一体どっちを信じるかなぁ?」
えもいわれぬ微笑みを浮かべた悪魔を、エヴァリーは引き攣った顔で見つめる。
まずいことになった。非常に、まずいことになった…エヴァリーは冷や汗が止まらない。今頃になって、またあのスパイスが効いてきた。
15
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
戦いの終わりに
トモ
恋愛
マーガレットは6人家族の長女13歳。長く続いた戦乱がもうすぐ終わる。そんなある日、複数のヒガサ人、敵兵士が家に押し入る。
父、兄は戦いに出ているが、もうすぐ帰還の連絡があったところなのに。
家には、母と幼い2人の妹達。
もうすぐ帰ってくるのに。なぜこのタイミングで…
そしてマーガレットの心には深い傷が残る
マーガレットは幸せになれるのか
(国名は創作です)
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
悪女の最後の手紙
新川 さとし
恋愛
王国を揺るがす地震が続く中、王子の隣に立っていたのは、婚約者ではなかった。
人々から「悪女」と呼ばれた、ひとりの少女。
彼女は笑い、奪い、好き勝手に振る舞っているように見えた。
婚約者である令嬢は、ただ黙って、その光景を見つめるしかなかった。
理由も知らされないまま、少しずつ立場を奪われ、周囲の視線と噂に耐えながら。
やがて地震は収まり、王国には安堵が訪れる。
――その直後、一通の手紙が届く。
それは、世界の見え方を、静かに反転させる手紙だった。
悪女と呼ばれた少女が、誰にも知られぬまま選び取った「最後の選択」を描いた物語。
表紙の作成と、文章の校正にAIを利用しています。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる