転生伯爵令嬢は2度死ぬ。(さすがに3度目は勘弁してほしい)

七瀬 巳雨

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敵わない人

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 エルメレの港に着いて早々馬車に乗り込むと、まずは宮殿へ参りますとザイラはレオに言われた。
 
 ここがエルメレ…と感慨に浸る時間も今は無いらしい。ザイラは大人しくレオの指示に従った。
 
 レオ曰く、皇帝陛下ではなく、後継者である第一皇女キアラ殿下に謁見するという。
 謁見なぞ今の幽霊のような存在で大袈裟な…と思ったがことの成り行きからいけば仕方が無いだろう。
 
 馬車の窓は暑さのため開かれているが、湿度の低い心地よい風が吹いていてなんとも気持ちが良い。
 新天地へ来た興奮と緊張を、風が少しだけ和らげてくれた。
 
 
『緊張なさらなくて大丈夫です。キアラ様も今回の事は全てご存知ですので』
 レオは既に黒髪に小麦肌で、謁見もあるためか上質な織物で出来たゆったりとしたエルメレの伝統衣装を身に纏っていた。
 
 今回の事全て…どこまでだろうか…
 
 ザイラは相変わらず透ける素材で出来た黒いベールを頭に被っていた。
 謁見の事を知っていたのだろうテレサは、ザイラに控えめではあるが品の良い刺繍が施された鮮やかなエルメレの青いドレスを着させた。
 
『そのお召し物、ザイラ様の瞳の色とよくお似合いです。お顔の傷も癒えて、跡ももう見えません。ベールもすぐ必要無くなるかもしれませんね』
 
 レオは朗らかな笑みを浮かべてザイラにそう言う。
 向かい合わせで座る馬車の中でも、レオは相変わらずの距離感でザイラに接してくる。
 慣れもあってか以前の様にザイラが赤くなるスピードも遅くなった。
 
 夫婦を偽っていたせいか、なんだか距離感が狂ってしまっている気がする…
 
 客室は同じだがもちろん別々の部屋で寝泊まりはしていた。
 ただ朝起きた時から寝るまでほとんどの時間を共に過ごした。少なく無い言葉を交わし、親交も深まっただろう。
 だがザイラはそれなりに節度ある交流を図ってきたつもりだ。
 
 立場がある、それを言い聞かせてザイラは距離を取った。だが、夫婦ですから、で押し通された場面も多々ある。
 
 ここはもう船では無い。厄介な自分の立場を理解して慎重に行動せねば…
 緩んだ気持ちを引き締めるようにザイラは背筋を伸ばした。
 
 
『…キアラ殿下はどのような方ですか?』
 ザイラには次期帝国の女帝であり、第一皇女であるという情報しか知らないが、レオはよく知っている筈だろう。

『…聡明な方です。勿論武芸にも秀でた方ですが…恐らくエルメレにキアラ様に敵う男性は居ないかと』
 
 どこと無く説明しづらそうな顔でレオが言う。
 
 ザイラは、一体どんな女性なのだろう…と考えを巡らした。
 
 大柄で…筋肉隆々の…レオさえも勝てない…
 そんな猛者のような女性を想像したが、それはその後大きく覆される。
 
 
 厳重な警備を幾つも通り過ぎ、通された先は執務室に近かった。
 謁見、と言うよりも非公式な訪問…そう言った方が相応しいかもしれない。
 
 執務室には出入り口の扉とは別に続きになっている部屋があるようで、その扉の向こうから聞き取れないが話し声がした。
 部屋に案内してくれた従者が扉をノックし、ザイラ達の到着を告げる。
 
 
 ザイラ達は主が来るまで目を伏せ軽く腰を曲げて声が掛かるのを待った。
 扉はすぐに開かれ足音は近づく。
 
 
『長旅ご苦労であった、レオ。此度の働き、フィデリオからも聞き及んでいる。フィデリオもすぐにこちらへ来るであろう』
 そこまで高く無いが、耳に残る色気のある声色がした。
 ザイラが伏せた目でチラリとレオを見ると、レオは片手を胸の間に置き、より深く頭を下げた。
 
『キアラ殿下にご挨拶申し上げます。
 本日、無事に帝国に帰還致しました』
 
 レオからザイラへ主の目線が移ったのをザイラは感じた。
『そなたがコナー将軍の姪か。ザイラと言ったか。面を上げよ』
 
 謁見とはいえ思いの外砕けた雰囲気にザイラも安心したが、鼓動は速く大きくなる。
  
『第一皇女キアラ殿下にザイラ・ローリーがご挨拶申し上げます』
 王国式に膝を曲げて頭を下げ、そして顔を上げる。
 
 その主を見た瞬間、思わずザイラは息を呑んだ。
 
 ダークブラウンの細く波打つ長い髪、
 瞳の色は明るい茶色だが、光の加減で薄いグレーや水色が差す。色彩が少し異なるが、レオの瞳に似ていた。
 
 芯の強そうな顔立ちだが、女神のように神々しい美しさを放っていた。
 
 顔を上げたザイラをキアラはまじまじと凝視する。
 
『なんだ、亡国の美女と言うからどんなものかと思えば…普通ではないか』
 
 拍子抜け、とばかりに形の良い両眉を上げキアラが言った。
 
『わざわざ策を凝らして海の向こうからどんな美女を持ち帰ってくるかと思ったら…まさか既婚の婦人だとはな。いや、フェルゲイン夫人はもう墓石の下か』
 
 笑えばいいのか、流せば良いのか、判断を間違える訳にはいかないが、それ故にただ目をパチパチする事しかザイラには出来ない。
 
 キアラは口の端を上げて意味ありげな笑みを浮かべている。
 
 試しているのか、揶揄っているのか。
 
 
 
 ただ、この明け透けな物言いがザイラはなんだか懐かしい。
 ハラハラとして心臓に悪いこの感触…
 早くもホームシックだろうか…
 
 誰かを思い出す。
 誰だろう…
 
 いや、今思い出すのはやめておこう。
 
 
   
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