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芽吹
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お待たせしました!ゆっくり目の更新にまるかと思いますが、よろしくお願いします!過去のお話からスタートです!
運悪く、海で難破したエルメレの戦艦があった。嵐に揉まれ岩場で座礁したのだ。
運悪く…まさにそこは領海とはいえ敵対する国同士が主権を主張する、酷く堺が曖昧な場所である。
敵対する王国側も必ず巡航する場所だ。
降り頻る雨の中一体何人生きているか…ある兵士は辺りを見渡した。
海に放り出された者、怪我をした者、なんとか生き残ろうと必死に小型ボートを下ろそうとする者…
戦わざるして死ぬとは。
天は、嘲笑っているだろうか。
人間同士が命を奪い合わなくとも、嵐1つ…こんなにも簡単に命は尽きるというのに…甲板で呆然とする兵士は動かぬ戦友を抱きながら座り込む。
『敵だ!王国の戦艦だ!』
遂に、命運が尽きる…兵士は瞼を瞑る。 誰も生き残れないだろう。
故郷が目に浮かぶ
家族が目に浮かぶ
風の薫り
土を踏む音
後ろからは、聞き慣れた笑い声
振り返ると、家族が居る
帰りたい…
家へ…自らの帰りを待つ人の元へ…
『ちょっと待て、何かおかしいぞ…小船が来る…』
ハッとしてその小船の方向を見る。
乗り移るならば船を寄せるはずだ。
いくら岩場とはいえ遠すぎる…
必死に望遠鏡を覗き、様子を伺う者が何か動きがあるたびに大声でそれを皆に伝える。
『船が3隻こちらに来ます!』
雨が小降りになってきた…。
一体、何を…
『戦闘の意思は無いようです…』
『そんな訳あるかっ!皆殺しか捕虜だ!』
交戦出来るのだろうか…最早何も、戦える武器なぞない。
むしろ今必要なのは…
兵士は動かぬ戦友に目を落とす。
『あ、…諦めるな!』
片言のエルメレの言葉が、響き渡る。
発したのは王国側の小船からだ。
無謀にも小舟に乗った王国側の船員は生き残った全ての船員を王国の戦艦へ収容し、エルメレの国旗を掲げて1番近くの島へ向かった。
そこで事情を説明し、無事生き残った全員をエルメレ側へ引き渡した。
その際、1番位が高いであろう、王国側の男が流暢なエルメレ語で、生き残ったエルメレの者達へこう言った。
『我々が救ったのでは無く、救われたのだ。戦場で人は獣と化す…だが奪うのでは無く、与える事が出来るのだと教えてくれた。
敵では無く、同じ人間なのだと。失われた命に哀悼の意を送ると共に、生きて救えた者達に感謝したい。
よく、生き延びてくれた』
敵同士、憎み合っているのに…
説明のつかない涙が兵士の頬を伝う。
急いでそれを隠そうと拭ったが、皆一様に同じ動作をするので、そのうち隠す事もせず、皆同じように涙を流した。
夕焼けの宮殿、といっても首都にある宮殿では無い。郊外にある皇族所有の別邸だ。
その洗練された建物の一室、開かれたバルコニーに中年の男が2人、夕陽に体を向けて座っている。
1人はいかにも豪華な威厳ある装いで、もう1人は緊張した面持ちの軍服の男だ。
エルメレ帝国とアレキサンドロス王国の平和条約は互いの領海沿いの海の上で結ばれた。
今日で長い殺し合いは終わり、前途多難であるが平和への第一歩を踏み出した記念すべき日だ。
『…コナー・ローリーよ。
あの時、なぜ届けた。沈める方が簡単であったろう』
エルメレの頂に立つ、白髪混じりの男が先日の行いを行った張本人に問う。
男達は気持ちの良い風に当たりながら、意匠を凝らされた小さな卓を挟んでいる。
向き合っているわけでは無い。
椅子は夕陽に向けられていた。
軍服の男もそれに倣って、まるで横に並んで夕陽を眺める様に座っているのだ。
『恐れながら、皇帝陛下。
難破船を沈めろ、と命令は受けていません。命令であれば従うでしょう』
命令…そう聞いても皇帝陛下と呼ばれる男は一切表情を変えない。
『救え、とは言われておらんはずだ』
皇帝陛下がそう言っても、コナーと呼ばれる男も表情は変えない。
『…皆、ああいった時に浮かぶのは家族や故郷の事でしょう。私にも経験があります。奪わずに済むのであれば、それに越した事はありません。』
コナーは姿勢を崩さず両手は軽く握り膝の上に置かれ、頭だけを下げそう応えた。
『お人好しよのう』
そう言って指輪がいくつも光る手がグラスに伸び、葡萄酒を飲み干す。
『ではそなたに聞こう。
…争いを無くすにはどうしたらいい』空のグラスを眺めながら、皇帝陛下は質問を続ける。
この者ならどのような答えが返ってくるのか、例え耳障りが良い建前でも聞いてみたかった。
『…その者の良き友人となりましょう。
友人の家に刃物を持って押し入ろうとは思いません。私なら、このように美味しい酒が手に入ったら…共に飲みたい、と…友人の家を尋ねます』
このように、とコナーは酒瓶を手にして不躾にも皇帝のグラスに注ぐ。
『…美味であろう?』
皇帝陛下は両眉を上げてコナーを見る。
震えもせず、大胆にもグラスに葡萄酒を注ぐ男を。
『…はい。普段は葡萄酒はあまり嗜みませんが…今日は、格別美味しいです』
そこで初めてコナーの表情が緩んだ。
今日…平和条約が結ばれたその日…
『この国で1番美味い酒を持ってこさせたのだ…』
夕陽を眺めながら、男2人はポツリポツリと言葉を交わす。
静かで、穏やかで、心地よい時間がそこに流れていた。
少し開いたドアから父上と敵国の服を着たジジイが見える…とフィデリオは思った。
そしてその隙間を興味深く覗き込む。
とはいえ身長の小さなフィデリオにはソファや家具が邪魔してよく見えない。
この部屋は皇帝陛下であるフィデリオの父が持つ私室の一つで、宮殿の中でも入れる物が極小数なのをフィデリオは知っていた。
『ベルナルディ侯爵、父上がやられてしまう』
フィデリオは心配そうな顔で声を顰め、ここに居る唯一の大人に言った。
『大丈夫ですよ、フィデリオ皇子。お二人とも武器は持っていません』
笑みを浮かべた恰幅の良いベルナルディ侯爵と呼ばれた子守は、覗き込むフィデリオを止めはしない。
剣術の稽古をしよう、とフィデリオがベルナルディ侯爵にせがんだが、侯爵も皇帝陛下の様子を気にする子供達の気持ちを汲んで、侍女や侍従を下がらせた。
ベルナルディ侯爵も子守は慣れていないので、注意するよりも様子を見ている、といった感じだ。
『どうします、姉様、レオ。王国人だ。
父上がやられてしまう。我等が助けなかれば!』
フィデリオの声には焦りが見える。
『大丈夫だと言っているだろう、フィデリオ』
姉のキアラは顔色一つ変えずにフィデリオに言った。
『なぜですか?敵なのに…』
フィデリオはなんとかもっと中の様子が見えないかと背伸びをして覗き込む。
レオはベルナルディ侯爵を見上げて2人は目を合わせた。
少し不安そうにそれぞれの顔を見渡すレオの顔とあっけらかんとしているキアラ…
キアラの肝の座り様にベルナルディ侯爵は子供らしさを感じない。
なんと答えようか…ベルナルディ侯爵は考える。
もう敵では無いと伝えても、納得できる程の軽い喧嘩とは違うのだ。
長い長い間奪い合った…命や財産、その他の全てを。
『邪魔するな、フィデリオ。そなたは小さくて見えないのか。
父上は今、友と盃を交わしている。
邪魔すると怒られるぞ』
キアラは背の小さなフィデリオの木剣をひったくり、笑みを浮かべて揶揄う。
『なぜ友なのですか!?敵です!
いなくなればいいのです』
フィデリオはキアラから木剣を取り返そうと手を伸ばし、ぴょこぴょこと跳ぶが、キアラは更に腕を伸ばしフィデリオに届かないようにして揶揄い続けた。
『友でなけれな酒なぞ2人で父上は飲まない。ほら、見てみろ。この角度なら見えるか?』
キアラがフィデリオの肩を掴み、ほんんの僅かに見える2人の様子を見せてやる。
笑ってる…とフィデリオが呟いた。
レオもすかさず覗き込んだ。
『これ、レオ。そなたまで』
父に咎められても、レオはその様子を興味深く見続けた。
まるで敵同士には見えない…
『日が暮れる。さっさと行こう』
キアラは木剣2つを器用にくるくると回し、さっさと歩き出した。
新しい世代が新しい時代を作る、それに相応しい後継者が居る事に、ベルナルディ侯爵は誇らしさと可能性を感じた。
失われたもの、流された血、取り返しのつかない事は数え切れない。
だが、その中にもしっかりと希望の芽が育っていた。そこに、安堵した。
救いはきっとそこにある、と。
運悪く、海で難破したエルメレの戦艦があった。嵐に揉まれ岩場で座礁したのだ。
運悪く…まさにそこは領海とはいえ敵対する国同士が主権を主張する、酷く堺が曖昧な場所である。
敵対する王国側も必ず巡航する場所だ。
降り頻る雨の中一体何人生きているか…ある兵士は辺りを見渡した。
海に放り出された者、怪我をした者、なんとか生き残ろうと必死に小型ボートを下ろそうとする者…
戦わざるして死ぬとは。
天は、嘲笑っているだろうか。
人間同士が命を奪い合わなくとも、嵐1つ…こんなにも簡単に命は尽きるというのに…甲板で呆然とする兵士は動かぬ戦友を抱きながら座り込む。
『敵だ!王国の戦艦だ!』
遂に、命運が尽きる…兵士は瞼を瞑る。 誰も生き残れないだろう。
故郷が目に浮かぶ
家族が目に浮かぶ
風の薫り
土を踏む音
後ろからは、聞き慣れた笑い声
振り返ると、家族が居る
帰りたい…
家へ…自らの帰りを待つ人の元へ…
『ちょっと待て、何かおかしいぞ…小船が来る…』
ハッとしてその小船の方向を見る。
乗り移るならば船を寄せるはずだ。
いくら岩場とはいえ遠すぎる…
必死に望遠鏡を覗き、様子を伺う者が何か動きがあるたびに大声でそれを皆に伝える。
『船が3隻こちらに来ます!』
雨が小降りになってきた…。
一体、何を…
『戦闘の意思は無いようです…』
『そんな訳あるかっ!皆殺しか捕虜だ!』
交戦出来るのだろうか…最早何も、戦える武器なぞない。
むしろ今必要なのは…
兵士は動かぬ戦友に目を落とす。
『あ、…諦めるな!』
片言のエルメレの言葉が、響き渡る。
発したのは王国側の小船からだ。
無謀にも小舟に乗った王国側の船員は生き残った全ての船員を王国の戦艦へ収容し、エルメレの国旗を掲げて1番近くの島へ向かった。
そこで事情を説明し、無事生き残った全員をエルメレ側へ引き渡した。
その際、1番位が高いであろう、王国側の男が流暢なエルメレ語で、生き残ったエルメレの者達へこう言った。
『我々が救ったのでは無く、救われたのだ。戦場で人は獣と化す…だが奪うのでは無く、与える事が出来るのだと教えてくれた。
敵では無く、同じ人間なのだと。失われた命に哀悼の意を送ると共に、生きて救えた者達に感謝したい。
よく、生き延びてくれた』
敵同士、憎み合っているのに…
説明のつかない涙が兵士の頬を伝う。
急いでそれを隠そうと拭ったが、皆一様に同じ動作をするので、そのうち隠す事もせず、皆同じように涙を流した。
夕焼けの宮殿、といっても首都にある宮殿では無い。郊外にある皇族所有の別邸だ。
その洗練された建物の一室、開かれたバルコニーに中年の男が2人、夕陽に体を向けて座っている。
1人はいかにも豪華な威厳ある装いで、もう1人は緊張した面持ちの軍服の男だ。
エルメレ帝国とアレキサンドロス王国の平和条約は互いの領海沿いの海の上で結ばれた。
今日で長い殺し合いは終わり、前途多難であるが平和への第一歩を踏み出した記念すべき日だ。
『…コナー・ローリーよ。
あの時、なぜ届けた。沈める方が簡単であったろう』
エルメレの頂に立つ、白髪混じりの男が先日の行いを行った張本人に問う。
男達は気持ちの良い風に当たりながら、意匠を凝らされた小さな卓を挟んでいる。
向き合っているわけでは無い。
椅子は夕陽に向けられていた。
軍服の男もそれに倣って、まるで横に並んで夕陽を眺める様に座っているのだ。
『恐れながら、皇帝陛下。
難破船を沈めろ、と命令は受けていません。命令であれば従うでしょう』
命令…そう聞いても皇帝陛下と呼ばれる男は一切表情を変えない。
『救え、とは言われておらんはずだ』
皇帝陛下がそう言っても、コナーと呼ばれる男も表情は変えない。
『…皆、ああいった時に浮かぶのは家族や故郷の事でしょう。私にも経験があります。奪わずに済むのであれば、それに越した事はありません。』
コナーは姿勢を崩さず両手は軽く握り膝の上に置かれ、頭だけを下げそう応えた。
『お人好しよのう』
そう言って指輪がいくつも光る手がグラスに伸び、葡萄酒を飲み干す。
『ではそなたに聞こう。
…争いを無くすにはどうしたらいい』空のグラスを眺めながら、皇帝陛下は質問を続ける。
この者ならどのような答えが返ってくるのか、例え耳障りが良い建前でも聞いてみたかった。
『…その者の良き友人となりましょう。
友人の家に刃物を持って押し入ろうとは思いません。私なら、このように美味しい酒が手に入ったら…共に飲みたい、と…友人の家を尋ねます』
このように、とコナーは酒瓶を手にして不躾にも皇帝のグラスに注ぐ。
『…美味であろう?』
皇帝陛下は両眉を上げてコナーを見る。
震えもせず、大胆にもグラスに葡萄酒を注ぐ男を。
『…はい。普段は葡萄酒はあまり嗜みませんが…今日は、格別美味しいです』
そこで初めてコナーの表情が緩んだ。
今日…平和条約が結ばれたその日…
『この国で1番美味い酒を持ってこさせたのだ…』
夕陽を眺めながら、男2人はポツリポツリと言葉を交わす。
静かで、穏やかで、心地よい時間がそこに流れていた。
少し開いたドアから父上と敵国の服を着たジジイが見える…とフィデリオは思った。
そしてその隙間を興味深く覗き込む。
とはいえ身長の小さなフィデリオにはソファや家具が邪魔してよく見えない。
この部屋は皇帝陛下であるフィデリオの父が持つ私室の一つで、宮殿の中でも入れる物が極小数なのをフィデリオは知っていた。
『ベルナルディ侯爵、父上がやられてしまう』
フィデリオは心配そうな顔で声を顰め、ここに居る唯一の大人に言った。
『大丈夫ですよ、フィデリオ皇子。お二人とも武器は持っていません』
笑みを浮かべた恰幅の良いベルナルディ侯爵と呼ばれた子守は、覗き込むフィデリオを止めはしない。
剣術の稽古をしよう、とフィデリオがベルナルディ侯爵にせがんだが、侯爵も皇帝陛下の様子を気にする子供達の気持ちを汲んで、侍女や侍従を下がらせた。
ベルナルディ侯爵も子守は慣れていないので、注意するよりも様子を見ている、といった感じだ。
『どうします、姉様、レオ。王国人だ。
父上がやられてしまう。我等が助けなかれば!』
フィデリオの声には焦りが見える。
『大丈夫だと言っているだろう、フィデリオ』
姉のキアラは顔色一つ変えずにフィデリオに言った。
『なぜですか?敵なのに…』
フィデリオはなんとかもっと中の様子が見えないかと背伸びをして覗き込む。
レオはベルナルディ侯爵を見上げて2人は目を合わせた。
少し不安そうにそれぞれの顔を見渡すレオの顔とあっけらかんとしているキアラ…
キアラの肝の座り様にベルナルディ侯爵は子供らしさを感じない。
なんと答えようか…ベルナルディ侯爵は考える。
もう敵では無いと伝えても、納得できる程の軽い喧嘩とは違うのだ。
長い長い間奪い合った…命や財産、その他の全てを。
『邪魔するな、フィデリオ。そなたは小さくて見えないのか。
父上は今、友と盃を交わしている。
邪魔すると怒られるぞ』
キアラは背の小さなフィデリオの木剣をひったくり、笑みを浮かべて揶揄う。
『なぜ友なのですか!?敵です!
いなくなればいいのです』
フィデリオはキアラから木剣を取り返そうと手を伸ばし、ぴょこぴょこと跳ぶが、キアラは更に腕を伸ばしフィデリオに届かないようにして揶揄い続けた。
『友でなけれな酒なぞ2人で父上は飲まない。ほら、見てみろ。この角度なら見えるか?』
キアラがフィデリオの肩を掴み、ほんんの僅かに見える2人の様子を見せてやる。
笑ってる…とフィデリオが呟いた。
レオもすかさず覗き込んだ。
『これ、レオ。そなたまで』
父に咎められても、レオはその様子を興味深く見続けた。
まるで敵同士には見えない…
『日が暮れる。さっさと行こう』
キアラは木剣2つを器用にくるくると回し、さっさと歩き出した。
新しい世代が新しい時代を作る、それに相応しい後継者が居る事に、ベルナルディ侯爵は誇らしさと可能性を感じた。
失われたもの、流された血、取り返しのつかない事は数え切れない。
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