転生伯爵令嬢は2度死ぬ。(さすがに3度目は勘弁してほしい)

七瀬 巳雨

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十八番

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 準備を終えていよいよ明日が出立の日となった。
 
 ラティマの子供達はすっかりライラを遊び相手にして懐き、暫しの別れであっても行ってはダメだとせがむ。
 ウーゴとデボラも良くしてくれるが、ライラが何かしないかと気が気でない様子なので、同じ空間に居るとお互い気を張るが、カメリアとはたまにお茶をしたり買い物をしたりしてよく話すようになった。
 
『お姉ちゃん、次は馬描いて…』
 ニノがライラに枝を渡す。
 ライラが土の上に可愛らしい馬を描くとマリカとニノはそこに小石を並べたりして遊んでいた。
 外で遊ぶ時は美しい庭園では無くもっぱら大爺様の畑のそばだった。
 
 ライラと子供達が遊ぶ横で大爺様は相変わらずせっせと赤い実を増やして花壇に植え、時折赤いシミで服を汚している。
 体にどんな効果があるかを観察しているらしい。
 呪い、では無く効果、という所にやはり現実的な人物だとライラは思った。
 
 毒性はやはり無いらしい、と判断出来たからなのか、ウーゴ夫妻やカメリアの監視の目は一気に緩んだが、相変わらずあの実を食べはしない。
 
 
『明日は出立かね…トロメイといったら、あれだな…あれだ…』
 ライラの出立が明日と分かると大爺様はあれだあれ、と言いながら屋敷の中へ消える。
 

 ライラ達の元へ戻ってすぐに、大爺様は古布に包まれた掌に乗る大きさの何かをライラに差し出した。
 

 あれか?これが例のあれ、なのか?
 

 差し出されたのでライラはそれを受け取り、古布を取り除くと、陽の光を浴びた眩い煌めきが現れ、ライラも子供達も感嘆の声を上げた。
 金で型取られたY のような形にオパールだろう石がタイルのように嵌め込まれている。
 多様な色に心を奪われて眩い遊色から目を離せない。
 
 小さな輪っかが付いているので、ペンダントトップなのかもしれない、とライラは思った。
 
 
『肌身離さず持っておきなさい。
 困ったらそれを出したら良いだろう』
 大爺様の顔は相変わらず何を考えているかは分からないが、旅の安全を祈ってはくれているらしかった。
 
『…この形、トロメイと関係あるのですか?』
 
 ライラはYの形は字なのか、何かの紋様なのかが気になる。
 
『儂もよう知らんが、トロメイの信じる神を示すらしい。あちらの土地にはいろいろな神がおるが、トロメイでは、それが1番信仰されてるようだ。
 遥か昔、トロメイの貴婦人が御礼にとくれたんだが…要らぬと言うても聞かんでな。もうトロメイに還っても良かろう』
 
 集められる資料を集めて信仰や宗教について調べたが、エルメレはあまりに多種多様のものを受け入れている。
 宗教に関して、1つの神を信じる王国とは違いあらゆる信仰に寛容な対応をしているのだろう。
 ほんの少しだけ違うかと思えば、儀式や祈りの言葉が違ったりする。
 全てを覚えようと思ったらかなり時間がかかる事だろう。
 
『使い道は多様。使えるお守りだ…』
 
 そう言って大爺様は畑に戻った。
 
 使える、お守りか…
 確かに、金とオパール…オパールは王国では極々稀に出回る貴重な物だった。 エルメレでもそうであるなら、差し迫った危機にはかなり使える。
 根拠無く祈るより、遥かに効きそうなお守りにライラには思えた。
 
 
 夜に差し掛かる頃、宮殿から使いが来た。
 皇女殿下からのお呼び出しだ。
 
 行きの馬車でライラは大きくため息を吐く。
 
 あの厳かな空間で神々しい女神は何を仰ることやら…
 
 言葉を交わすより手を合わせて祈れるのなら、その方が断然に気が楽だ。
 あの形の良いぼってりとした唇が開かれずとも、存在するだけで何かしらの天啓を感じる。
 時期帝国女王に相応しい才を与えられている御方だ。
 
 この国に来た事がライラにとっての天啓であるなら…自らの役目もしっかりと女神様に果たさなければならない訳だが…
 
 胃が痛い…ライラは馬車に揺られながら腹を摩った。
 気のせいか肋骨も痛み始めた気がする。
 
 長生きしたい…
 
 ライラは物憂つげに窓から宮殿の道を眺めた。
 
 
 
 今回は皇女殿下の執務室では無く、応接間で謁見するらしい。
 
 更に広く、更に厳かで、ライラの胃の痛みが強まった。
 
 既にキアラ、フィデリオ、レオがライラをの到着を応接間で待っていた。
 
 軽く挨拶を交わすとすぐにソファへ腰掛けるようにキアラから促される。
 
『準備は出来たか?何か必要なものがあればなんなりと申せ』
 
 ゆったりとリラックスしてキアラがライラにそう言う。
 
『有り難いお申し出痛み入ります。お陰様で準備もしっかり整いました』
 
 ライラは顔に汗が滲まぬよう、務めて穏やかな雰囲気を出した。
 
『船で2日、滞在も1週間程だ。帰りは少し時間がかかるやも知れぬが、バルドリック…アクイラ卿はあの辺りの地理には詳しく縁者も多い。
 心配する事はない。よくトロメイの地を見て回ると良いだろう』
 
 バルドリック…アクイラ卿…ということは先日フィデリオ皇子から聞いたキアラ殿下の側室の事だろう…
 
 縁者が多いのなら、是非トロメイの神について聞いておきたい所だ。
 
 1週間…移動も含めれば10日程だろうか…
 帰ってきたら、その後は…
 
 ライラは不意に不安に襲われる。
 
 トロメイの領地に行ったからといって、自分の身分が安泰という訳でも無い。
 高齢の 前、当主の希望なだけであって、今更現れたライラに全ての人が快く迎えてくれる訳が無いのはライラも予想している。
 血筋でいくと、ライラも微妙な立場だ。
 
 何も後ろ盾が無い
 伯爵令嬢でも侯爵夫人でも
 頼れる人なんて1人も…
 
 意図せずして、キアラとフィデリオの後ろに立つレオを見てしまった。
 目が合うとレオも一瞬瞳の虹彩を揺らす。
 
 頼りたいのではなく寄りかかりたいのかも…
 
 このままでは王国からの土産では無く、重荷にまってしまう…ライラはすぐに目線を逸らし、目を伏せる。
 
 
『ご期待に添えるように尽力して参ります…』
 とだけ答えた。それしか、今は言えない。
 
 キアラはそんなライラの様子を見逃してはいなかった。
 
『レオが共に行かぬのが意外か?』
 探るような目つきでキアラはライラを見据える。
 
『…此奴は変幻自在であろう?それも仕事のうち。女に色香を振りまいて、秘密を引き出すのは十八番なのだ。
 どんなに身元が固い相手であってもな』
 
 十八番…ここへライラを連れて来た事も、まるでそれは仕事だから、と言いたいのが分かった。
 
『とはいえ今回訪問するトロメイは母系一族。あちらが此奴を返さないと言い出すと困る』
 含んだ笑みを浮かべてキアラがそう言った。
 



 その様子に、フィデリオはまずい、と唇を噛む。
 キアラの揺さぶりが波及して、後ろに立つ男から何やら物々しい熱波を感じる。
 
 キアラの言葉一つ一つの波紋が大きくなり、非常によろしく無い影響をこの場にいる人間へ伝えているとフィデリオは思った。
 
 とは言え、この2人…レオとライラの間にまだ確固たる何かがあるとはフィデリオも確信を持っていない。
 
 船上で夫婦を偽って…
 もしかしたらもしかしてしまうのかもしれない…と懸念したが、このライラという女性はレオの色気に当てられぬ程に中々に強固な壁をお持ちらしい、とフィデリオは感心していた。
 
 絆されず、流されず、厄介な立場を充分に理解して王国の婦人として矜持を持ち得ていた。
 とはいえレオ自身の立場も明確に出来てない内に、ここまでレオが我を出すのもいかがなものか…とフィデリオも心配していたが、案の定キアラもそれは同じであった様だ。
 
 だが…ここで芽を摘むと…
 
 微かな同情…いや背中から感じる熱の暴走への危惧…がフィデリオの重い体を動かす。
 
『今日はこのくらいに致しましょう。
 旅の準備も済み、ライラ殿のお加減も良いと確認出来た。ですが船で半日、とはいえ慣れぬことをすると思いの外疲れるものです。早めにお休みになられた方が良い。よろしいですね、姉上』
 
 フィデリオがすっと立ち上がると、ライラの隣へやって来る、腕を差すとフィデリオは少し腰を屈めた。
『ライラ殿、馬車までお見送り致します』
 フィデリオの気まずさを隠しきれない笑みが、先程の十八番、の言葉を裏付けしているようでライラはほんの少し動揺した。

 だが、それもそうかもしれない…と妙に腑に落ちた点もある。
 ライラの身に何か起こると、レオが必ずと言って良いほど手を差し伸べた。
 あの大きな暖かな手を。
 

 自分で選んで、エルメレへ来たのだから、熱に浮かされて淡い期待を持つ…そんな事は夢でも思ってはいけない。
 
 フィデリオの腕に手を乗せて、ライラが立ち上がる。

『キアラ皇女殿下が仰られる通り、レオ様は王国のお召し物も大変お似合いでした。
 レオ様には何度助けていただいたか分かりません。誠に、感謝の気持ちでいっぱいです』
 と恭しく頭を下げ、ライラは応接間を後にした。

 本当の事だ。
 あのジャケット姿、あの高級な香水…
 記憶が思い出されると、ライラの首や頬が熱を帯びる。
 
 浅はかで、身の程知らずにも。
 
 
 
 
 ライラがラティマの屋敷へ戻る。
 もう子供達は就寝し、屋敷の中も静まりかえっていた。
 部屋の衣装箪笥の引き出しを開き、服を仕舞い込んだの中の更に奥へ手を入れた。
 
 深い青のビロード張りの小箱を取り出す。
 開けると、美しいブローチがそこには入っている。
 
 すまない…その一言の意味が、遠く離れた海の向こうに来て分かるのかと思えば、そうでも無い。
 
 アイヴァンは優しい人だった。それ故に誰も切り捨てる事が出来ず家族、恋人、お飾りの妻に挟まれて苦しんだことだろう。だがライラ、ザイラにとっても確かに救われ瞬間はあったが、誠実な夫だったとは言い難い。
 
 人にはいろいろな面がある。
 それは…レオもきっと同じだ。
 
 戒めだ、とブローチを掌に乗せた。
 
 〝君は、僕を死ぬまで忘れられないよ。きっと誰と体を重ねても、誰と恋仲になっても、最初に思い出すのは僕だ〝
 頭の中に、ディオンが放った言葉か浮かんでくる。
 
 それは確かに呪いのように、ライラに憑いて離れてくれない。
 
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