転生伯爵令嬢は2度死ぬ。(さすがに3度目は勘弁してほしい)

七瀬 巳雨

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太陽

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「はぁあああ…疲れた……」
 相変わらずライラの憂鬱は続く。
 特に帰り道はどっと石の様に疲労がのし掛かった。
 
 あの優しげな顔立ちは見かけ倒しのお姫様は、なんやかんやと難癖をつけて授業の進みを阻む。
 だが、それでもレオの話を出せばそれなりに効果があった。
 
 あれからレオは来ていない。
 また随分忙しくしてるらしいと人伝に聞いたが、あの日が特別であっただけで、本来はそれが普通なのだろう。
 
 
 なんとか授業も工夫をせねば…と思ってた時、ライラの元に手紙が届いた。
 
 差出人はレイモンドだ。
 会って見せたいものがあるらしい。
 
 
 
 見せたいもの?しかし、これは…ライラの頭に、妙案が浮かぶ。
 
 山程受け取った乳香は、勿論レイモンドにも必要な分だけ譲った訳で…
 話に載ってくれないことも無いだろう…
 
 この憂いを晴らすため、使えるものは使うしか無い。
 
 
 
「ライラ様」
 レイモンドが店に入ったライラに手を挙げ、こちらですと声を掛ける。
 
 指定された店は、少し高級なカフェの様な所で、店の半分は外に出ていて日除がしてあった。
 
 レイモンドは外と中の丁度間の席で、ライラを待っていたようだ。
 
「食事は済まされましたか?適当に頼んでしまいましたが…」
 レイモンドはそう言うと、板に書かれたメニューを指差す。
 
 レイモンドの風貌はあれからあまり変わっていない。髪を少し整えた位で、髭を生やした顔は日に焼けた肌と相まってとても似合っている。
 王国に居た頃よりも口数も随分増えた。
 
 こちらの気質が合っているのか…ウミトにやられっぱなしで口を開かざるえなかったかは分からないが…その話ぶりいつも通りはとても柔らかだ。
 
 
 ライラも適当な飲み物を頼み、先にレイモンドが注文した食事が運ばれて来た。クレープのようなものに、付け合わせの肉や海鮮、小さなカップに入った豆のスープと手に取って食べやすい物ばかりだ。
 
 さすがに気の利く男だなぁ…と思いながら勧められるままライラも手を伸ばす。
 
 
「帰ってから、レイモンド様は何を?」
 手を伸ばしながら、ライラがレイモンドに尋ねる。
 
「光栄にもこちらの薬房に出入りさせていただき、学ばせていただいてます。また王国の調薬をこちらの方々に広めたり…薬草も種類が違うので、忙しいですが充実しております」
 
 やはり…これもクレイグのお陰なのだろうか…性格は別として、王国から選ばれて留学しただけある。
 フォーサイスの名もそれなりに通用するらしいし、あのメガネはしっかり爪痕を残したのだろう。
 
 
「ライラ様は末の姫様のご教育係をされているとか…」
 その言葉にライラは両眉を上げた。
 
 
「はい。光栄にも…」
 笑みを浮かべたいが、どうも顔が引き攣ってしまう。その様子に、レイモンドは苦笑いを浮かべた。
 
「そのことでレイモンド様に折入ってお願いしたい事が…若い女性が好きそうなな王国の本を取り揃えては下さいませんか?物でも構いません。私はほとんど持って来てないので…」
 
 その言葉に、レイモンドは動きを止めた。
 
 
「実は…かくいう私も…ライラ様のお手をお借りしたく…」
 レイモンドは気まずそうに頬を掻いてライラを見遣る。
 
 料理は既にライラの胃に収まってしまった。
 
 ミリアムの事で頭がいっぱいで、ライラの手は、勧められるまま美味しい料理に手を伸ばしていたのだ。
 
 聞かない訳にいかない…
 
 
 
「どのような事でしょうか…」
 
「母がエルメレに居るのだから、と翻訳して欲しい物を頼まれるのですが、いかんせん数が多く…。私の手だけでは回らないので…。ライラ様にも少しお手をお借り出来たら、と…。勿論報酬はお支払いします」
 
 ライラは思わずうへぇあ…とした顔をしてしまった。
 
 
 魔女の頼み事が厄介なのはライラもよく知っている。当てにならない長男の分も弟はよくよく使われていることだろう。
 
 だが、報酬…それは確かに魅力的な響きだ。幾ら備えがあっても良いし、これからの事を思えば有ればあるだけ欲しい。
 
 
 だが、ミリアムの教育係と魔女の翻訳…暫く寝不足が続きそうだな、とライラは思った。
 
 
「母に言えば直ぐにライラ様のお望みの物を送ってくれると思います」
 
 
 その報酬から差し引きして、果たして残りがあるのだろうか…
 
 
「…わかりました。まっいえ…フォーサイス夫人のお願いでしたら…」
 
 ライラは急に食欲が無くなって来た。
 ここのところ疲れて夕飯も碌に食べすにいたので、市井の料理は家庭的でとても美味しい。それなのに、急に胃が締め付けらる。
 
 
「ありがとうございます。あとでお部屋に届けさせますね。あと、これを…」
 
 先程よりも軽やかな笑みを浮かべたレイモンドはライラの前に数枚の写真を置く。
 
 
 写真…?
 
 
 覗き込むと、それはクレイグ…アレシア、そして産まれたばかりの赤ん坊と上の娘達だった。
 
 ライラは思い切り息を吸い込んで、その写真を手に取る。
 
 
 
「無事、産まれました。男の子だったので、父も母も跡取りが出来たと喜んでいます。勿論、ジャスとオーロラが産まれた時も喜んでおりましたが…。
 何より両親は兄が結婚出来た事以上は望んでいなかったので…。しかもお相手は王国一の美女と名高いアレシア様でしたから。親族達が嫉妬して大変です…」
 
 へへっと笑みを浮かべるレイモンドに、ええ、ええ、そうでしょうね、珍しくご両親と意見が合います、とライラは深く何度も頷く。
 
 神々しく美しい笑みを浮かべるアレシアに、げっそりとしたクレイグ、そして可愛い姪達と新しい甥っ子…
 
 アレシアによく似た赤子は、アレシアの手に抱かれている。
 
 
 ライラの胸はいっぱいになる。
 アレシアはやり遂げた…
 自らの命と人生を賭けた賭けに、見事アレシアは勝った。
 
 ライラより余程強かだ…。
 それがなんともアーダの血を感じさせる…
 
 
 何よりも、無事で幸せいっぱいな笑みを浮かべるアレシアが、ライラはこれ以上無いほど嬉しかった。
 
「もう、そんなに時が経ったのですね…」
 ライラは写真を眺めながらそう呟く。
 
 
 姪達は少し大きくなっているし、クレイグが妊娠したアレシアをどうにか説き伏せようと苦心していた頃を思うと、それだけの月日が流れたらしい。
 
 あっという間だった…
 
 ライラが感慨に浸っていると、レイモンドは手紙を取り出した。
 
「あと、これは義姉からです」
 
 ライラはそれを受け取ると、すぐさまそれを開いた。
 
 この字や言い回し、アレシアだ…と胸に込み上げる物があった。
 
 そして子供の名前は…
 
 
「…ザカリー。素敵な名前です」
 ザイラに因んで、そう名付けた、と手紙には書いてある。
 
 早く抱いて欲しい、ザザに会いたい、もう2度と会えないであろうと予想出来ても、アレシアの手紙にはそう綴られていた。
 
 
「この写真はライラ様がお持ちください。ライラ様の分なので…」
 
 レイモンドは微笑んでそう言った。
 
 
 ライラの頬を伝うものは悲しみや寂しさでは無い。
 
 胸がいっぱいになり、溢れてしまったものだ。
 
 
 
 いつでも太陽のように希望を語るアレシアに、ライラは遠い異国の地でも照らされている。
 その暖かさは確かに、しっかりとライラに伝わった。
 
 
 
 後日、ライラの部屋に届いた荷物には、確かに若い貴婦人が好きそうな本や小物で溢れていた。そして勿論それに負けない程の書籍の山が隣には出来ている。
 
 …あの魔女はどうやら息子にも容赦無かったらしい。
 
 レイモンドに押し付けられ…いや、頼まれた仕事の報酬は恐らく得られないだろう。それ程目を見張る物があったが、それと同時に戦慄しながらライラは眠い目を擦り、机へ向かった。
 
 
 
 
 
 
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