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17.元剣聖は決意する
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俺は剣を振るう、白銀の髪を靡かせる美女と共に。
でもただの美人なお姉さんではない。彼女が剣を振るうその姿はただ逞しいとか力強いとかではなく、そのステータスに華美さを上乗せしたものだった。
一言でまとめるなら強く美しい。俺はそんな彼女の姿を見て新鮮味を感じていた。
「なかなかしぶといですね。魔力も以前より高まっているような気がします」
「恐らく裏で教唆する者が直接魔力を吹き込んでいるのでしょう。奴の他にも複数の魔力流動が感じられます」
「流動って……ゼナリオさんは魔力流動を読み取れるのですか!?」
「え? ま、まぁ多少は……」
「そう、ですか。初めてです」
「初めて?」
「はい。今まで多くの方とお会いしたことがありますが、誰一人として魔力の流動を読み取れる人がいなくて。一時期はそんな異端の力を持った自分が怖いとさえ思ったこともありました」
「異端、か」
確かにこの力は異端だ。他人の魔力が自分の体内に流れ込んでくるという感覚はあまり快いものではない。
なぜかと言えば魔力には人の感情が詰まっているからだ。人の精神や喜怒哀楽の感情、魔力はそう言ったものを媒介として増幅させたり減衰させたりする。
流動を読むというのは単純に魔力の増減を感じとるだけでなく、人の心の一端を読むこともできるのだ。
それは喜びであったり悲しみであったり……
中には耐え難い苦痛を強いられた感情を持つ者の流動を読み取り、それが伝播して自らにまで被害が及ぶということだってあるのだ。
彼女のいう”怖い”というのはそんな他人の中身を覗き見できることの罪悪感がきているのだろう。
俺も昔はそうだった。
でも今は――
「リーリアさん、少し時間を稼いでもらえますか?」
「操り人を探すのですね?」
「え、なんで……」
「あなたの魔力が、心がそう言っていたので」
少し微笑みながらそう話すリーリア。その表情は俺が頼むまでもなく理解していたかのような、そんな感じだった。
「すみません、こんな役回りを」
「気にしないでください。この国を守るためなら私はどんなことでもやり抜く所存です。そのために私はいるのですから」
彼女のその横顔は決意と覚悟で溢れていた。まだ若い年齢で一国を守るための要である騎士団の長を務める重圧や責任というものは計り知れない。
生前の俺みたいに自己責任だけで戦場を駆け巡るのとでは訳が違う。
彼女は……リーリアは自分だけではなく、その背後にいる多くの兵士たちの責任も一挙に負っているんだ。
「無理はしないでくださいね」
「ゼナリオさんも」
「了解です。では!」
役割は決まった。俺はすぐさま支配者の探索へと移行する。
「あの状況からみてタイムリミットは3分ほどといったところか」
十分すぎるくらいの時間だ。もう大体見当はついている。
少しずつ移動しながら魔力供給を行っていたみたいだが残念、膨大な魔力を放出すれば放出するほど流動は読みやすくなる。
リーリアはまだ気が付いていない様子だったが、俺にとっては筒抜けもいいところだった。
俺の挙動に不信感を募らせたのか距離を置き始めたようだけど――
「もう、手遅れだ」
瞬間移動。俺は支配者たちの逃げる先まで即座に回り込む。
そして数秒後、待ち伏せていたところで敵はやってきた。
黒いローブを身に纏い、ロッドを持った集団だった。
「おい、待て」
俺の一声でローブの集団はピタリと止まる。
「ほう、なるほどな。確かに術師が5人もいればあの化け物を召喚、魔力供給することも容易いだろうな」
「「……」」
ローブの集団は黙ったまま動かない。だが俺は話を進める。
「一つ聞かせてもらおう。お前たちは何者だ? なぜここを襲った?」
「「……」」
やはり何も喋らない。まるで魂を抜き取られたかのように――
(おかしいな。いや、待てよ。これってもしや……)
ハッと気が付いた瞬間だった。突然背後からスペルの詠唱が聞こえ、刃をたてる音が耳に入る。
(やはりかっ……!)
巧みな反射神経で奇襲を回避、攻撃態勢へと切り替える。
「今のを避けるか。さすがあのギガンテスとヤりあえる力を持つ者だ」
「なんかリーダーがいうと卑猥に聞こえますね」
「んだとゴラ?」
木陰から颯爽と現れたのは二人の男。赤髪の長身男に黒髪の少年だった。
彼らは刃をこちらへ向けながら、俺を睨みつけてくるので――
「お前たち、何者だ?」
そう一言放ち、様子を伺ってみることにする。
「それは言えねぇな。俺たちも仕事でやっているもんでね」
赤髪の長身男がすぐさま返答。
俺に理由を話す意思はないことを伝えてくる。
「仕事? お前たち冒険者か?」
「だったら何なんだ?」
「いや、こんな小汚い手段を使えるのは雇われ冒険者くらいかなと思っただけだ」
「小汚いだと? ガキのくせに言ってくれんじゃねぇか」
「実際そうだろ? 分かっているんだよ。そこの木陰に一人、そっちの草むらに二人隠れていることがね」
「……ッッ!?」
赤髪の男の反応がガラリと変わった。
驚いた表情を見せつつも、少しだけニヤリと頬を歪ませる。
「へぇ、まさか見破っていたとはな。ガキのくせにやるじゃねぇか」
「リーダー、こいつはただのガキじゃありませんよ。気を引き締めて行かないと危険です」
「だが物量差ではこっちが上だ。ちょっと実力があろうがB等級の冒険者5人でガキ一人殺せないようじゃ冒険者失格だ。おい、お前ら出てこい!」
赤髪の長身男がそういうと予め目をつけていた場所から新たに3人の冒険者が姿を現す。
三人ともフードを被っていたが、体型から察するに女のようだった。
(魔法か何かで気配を消していたようだが、甘いな)
数多もの戦場を生き抜いてきた俺にとっては目くらましにもならない。
それに、戦場は物量差が全てじゃない。それさえも凌駕する存在は少なからずともいるのだ。
だから――
「お喋りはここまでだ。お前ら、狩りの時間だ。まずはあのガキを殺せぇ!」
「「了解!」」
一斉に襲い掛かってくる5人の冒険者たち。動きからして男性陣二人が前衛、女性陣三人が後衛といったところか。
彼らは熟練した魔法と剣術で攻めてくる。
連携も取れているし、役割もしっかりと理解した機敏な動きだ。
だけど……
所詮は雇われ冒険者、連携は取れているが何人束でかかってこようが――
(俺の敵じゃない)
攻撃をことごとくかわし、一片たりとも隙を与えない。
後衛が魔法を打ち込む隙を狙っているんだろうが……動きが単調すぎる。
「くそっ、全然が隙ができやしねぇ」
「リーダー、ここは一端下がって――」
「うるせぇ! ここで下がったら報酬はチャラなんだぞ? こんな辺境の地まで来て帰れるかっつーの」
「でもこのままじゃ……」
「二人とも、今はそれどころじゃないのです!」
「そうよ、状況を考えなさい」
相手同士でいがみ合いが始まる。
こんな時に身内で戦闘だなんて、お気楽なやつらだ。
しかもあんなに隙だらけ。完全に俺への意識は消え去っていた。
と、なれば―――
「……悪い、少し寝ていてもらうぞ」
「「……!?」」
一瞬で相手の背後に回り、5人の首もとを軽く叩く。
「うっ……」
「ち、ちくしょう……」
バタバタと倒れていく5人の冒険者たち。そして彼らをロープで木に巻きつけ、捕縛する。
大丈夫、気絶させただけだ。殺してはいない。
まぁ、本来ならここで躊躇なく殺すとこなのだが――
「ゼナリオさーん!」
走ってくるは銀髪の美女。支配者の存在が喪失したことであの巨人も機能を停止したようだ。
「言われたとおり、捕縛しましたよ」
「ありがとうございます。お怪我は?」
「俺なら大丈夫です。リーリアさんこそご無事で何よりです」
ご無事、というよりは無傷。そこに立っていたのは鎧にすら傷一つない綺麗な彼女の姿だった。
(あの程度なら造作もないということか)
「ところでリーリアさん、彼らにはどのような処置を?」
「とりあえず城内に連れて行きます。それから審問官に経緯を聞いてもらう予定です」
「ですけど彼らの運搬は……」
「それなら心配はいりません。もう迎えの兵士は手配してありますので」
おぉ、さすがは一騎士団の団長様。仕事が速い。
ただ驚いたのは、戦闘中に見せていた彼女の顔はもうそこにはなく、いつものリーリアに戻っていたことだった。
ほんわかと優しい笑みを浮かべる人があんな顔をするなんてな……
(まず女性が戦地に立つこと自体、信じられないのに)
そんなことを思っているとリーリアは少し申し訳なさそうな顔をしながら、
「あの、ゼナリオさん」
「は、はい?」
急に呼ばれ、即座に振り向く。
するとリーリアは大きく頭を下方へ下げ、
「その……ありがとうございました!」
「え、え?」
いきなり感謝の意を示してくるので驚きを隠せず変な声が出てしまう。
すぐに頭を上げるようにいったが彼女は頭を下げたまま動かない。
「ゼナリオさんには助けられました。もしあなたが戦ってくださらなければ今頃どうなっていたか……」
感謝と共に俯くリーリア。彼女の表情からは団長という責任の重さ、それに戦う彼女の苦悩が垣間見える。
本当は自分が守らなければならないものを……そんな悔しさに近い感情が彼女からは溢れ出ていた。
そんな姿を見ると思い出したくもない過去が心の底から蘇ってくる。
そしてその瞬間、もしこんなことがもう一度起こったらという考えが脳裏をよぎった。
今回の一件で騎士団は多くの兵を失った。しかもこの国の騎士団の現状がまだ経験も乏しい若者が率いていて、地盤はガタガタ。
おまけにも物資も満足にない状況だ。今回は運良く切り抜けたが冒険者の話を聞く限り、また雇われ冒険者が何かしらの手段でフォルガナを襲うなんてことも十分にあり得る。
いずれにせよ、このままじゃ国が滅ぶのも時間の問題。
リーリアもそれを承知の上で長である自らも戦地に出る決意をしたのだろう。
俺だって元軍人だ。どんな絶望を強いられても民がいる限り、前を向いて戦わなければならない。
でも俺たちだって人間だ。どんなに強かろうが異端であろうが人間なんだ。
人には限界があるし、越えられない壁というものが必ず存在する。
でも絶対に超えられないわけじゃない。方法は一つだけある。
昔、俺の戦友がよく口にしていた言葉だ。
『人には乗り越えられない壁なんてない。どうしても無理ならみんなで乗り越えればいいんだ』
友をなくし、一匹狼だった俺には無縁の言葉だった。
でも今ならわかる。
騎士団はとてもいいところだ。見ず知らずの俺にも分け隔てなく接してくれて色々なことを教えてもらった。
いつも笑顔が絶えず、賑やかすぎて疲れるほどだ。
それでも……心地はよかった。今まで感じたことのない感情だった。
過去のせいで傷を負った心にゆとりを持たせてくれた。
だから今度は俺がリーリアの、騎士団のみんなの手伝いをしたい。
壁を乗り越えるための助力をしたい。そしてこの騎士団をもっと強くし、皆が誇れる場としたい。
次々と溢れ出てくる感情で俺の決意は固くなっていく。
心は――決まった。
「あのリーリアさん、いや団長!」
「は、はい!?」
大きな声で呼ぶ俺に目を丸くするリーリア。
俺は息を吸い込み、ゆっくりと吐く。
緊張感が漂うこの空間。
十分な間をおき、静かに口を開くと俺はこう一言。彼女に伝える。
「リーリア団長、俺を騎士団の一員に加えていただけませんか?」
--------------------------------
こんにちは、トレキンと申します。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
お知らせなのですが、この話を持って1章は完結となります。
次話からは2章の内容に入って行きますのでどうぞこれからもよろしくお願い致します。
でもただの美人なお姉さんではない。彼女が剣を振るうその姿はただ逞しいとか力強いとかではなく、そのステータスに華美さを上乗せしたものだった。
一言でまとめるなら強く美しい。俺はそんな彼女の姿を見て新鮮味を感じていた。
「なかなかしぶといですね。魔力も以前より高まっているような気がします」
「恐らく裏で教唆する者が直接魔力を吹き込んでいるのでしょう。奴の他にも複数の魔力流動が感じられます」
「流動って……ゼナリオさんは魔力流動を読み取れるのですか!?」
「え? ま、まぁ多少は……」
「そう、ですか。初めてです」
「初めて?」
「はい。今まで多くの方とお会いしたことがありますが、誰一人として魔力の流動を読み取れる人がいなくて。一時期はそんな異端の力を持った自分が怖いとさえ思ったこともありました」
「異端、か」
確かにこの力は異端だ。他人の魔力が自分の体内に流れ込んでくるという感覚はあまり快いものではない。
なぜかと言えば魔力には人の感情が詰まっているからだ。人の精神や喜怒哀楽の感情、魔力はそう言ったものを媒介として増幅させたり減衰させたりする。
流動を読むというのは単純に魔力の増減を感じとるだけでなく、人の心の一端を読むこともできるのだ。
それは喜びであったり悲しみであったり……
中には耐え難い苦痛を強いられた感情を持つ者の流動を読み取り、それが伝播して自らにまで被害が及ぶということだってあるのだ。
彼女のいう”怖い”というのはそんな他人の中身を覗き見できることの罪悪感がきているのだろう。
俺も昔はそうだった。
でも今は――
「リーリアさん、少し時間を稼いでもらえますか?」
「操り人を探すのですね?」
「え、なんで……」
「あなたの魔力が、心がそう言っていたので」
少し微笑みながらそう話すリーリア。その表情は俺が頼むまでもなく理解していたかのような、そんな感じだった。
「すみません、こんな役回りを」
「気にしないでください。この国を守るためなら私はどんなことでもやり抜く所存です。そのために私はいるのですから」
彼女のその横顔は決意と覚悟で溢れていた。まだ若い年齢で一国を守るための要である騎士団の長を務める重圧や責任というものは計り知れない。
生前の俺みたいに自己責任だけで戦場を駆け巡るのとでは訳が違う。
彼女は……リーリアは自分だけではなく、その背後にいる多くの兵士たちの責任も一挙に負っているんだ。
「無理はしないでくださいね」
「ゼナリオさんも」
「了解です。では!」
役割は決まった。俺はすぐさま支配者の探索へと移行する。
「あの状況からみてタイムリミットは3分ほどといったところか」
十分すぎるくらいの時間だ。もう大体見当はついている。
少しずつ移動しながら魔力供給を行っていたみたいだが残念、膨大な魔力を放出すれば放出するほど流動は読みやすくなる。
リーリアはまだ気が付いていない様子だったが、俺にとっては筒抜けもいいところだった。
俺の挙動に不信感を募らせたのか距離を置き始めたようだけど――
「もう、手遅れだ」
瞬間移動。俺は支配者たちの逃げる先まで即座に回り込む。
そして数秒後、待ち伏せていたところで敵はやってきた。
黒いローブを身に纏い、ロッドを持った集団だった。
「おい、待て」
俺の一声でローブの集団はピタリと止まる。
「ほう、なるほどな。確かに術師が5人もいればあの化け物を召喚、魔力供給することも容易いだろうな」
「「……」」
ローブの集団は黙ったまま動かない。だが俺は話を進める。
「一つ聞かせてもらおう。お前たちは何者だ? なぜここを襲った?」
「「……」」
やはり何も喋らない。まるで魂を抜き取られたかのように――
(おかしいな。いや、待てよ。これってもしや……)
ハッと気が付いた瞬間だった。突然背後からスペルの詠唱が聞こえ、刃をたてる音が耳に入る。
(やはりかっ……!)
巧みな反射神経で奇襲を回避、攻撃態勢へと切り替える。
「今のを避けるか。さすがあのギガンテスとヤりあえる力を持つ者だ」
「なんかリーダーがいうと卑猥に聞こえますね」
「んだとゴラ?」
木陰から颯爽と現れたのは二人の男。赤髪の長身男に黒髪の少年だった。
彼らは刃をこちらへ向けながら、俺を睨みつけてくるので――
「お前たち、何者だ?」
そう一言放ち、様子を伺ってみることにする。
「それは言えねぇな。俺たちも仕事でやっているもんでね」
赤髪の長身男がすぐさま返答。
俺に理由を話す意思はないことを伝えてくる。
「仕事? お前たち冒険者か?」
「だったら何なんだ?」
「いや、こんな小汚い手段を使えるのは雇われ冒険者くらいかなと思っただけだ」
「小汚いだと? ガキのくせに言ってくれんじゃねぇか」
「実際そうだろ? 分かっているんだよ。そこの木陰に一人、そっちの草むらに二人隠れていることがね」
「……ッッ!?」
赤髪の男の反応がガラリと変わった。
驚いた表情を見せつつも、少しだけニヤリと頬を歪ませる。
「へぇ、まさか見破っていたとはな。ガキのくせにやるじゃねぇか」
「リーダー、こいつはただのガキじゃありませんよ。気を引き締めて行かないと危険です」
「だが物量差ではこっちが上だ。ちょっと実力があろうがB等級の冒険者5人でガキ一人殺せないようじゃ冒険者失格だ。おい、お前ら出てこい!」
赤髪の長身男がそういうと予め目をつけていた場所から新たに3人の冒険者が姿を現す。
三人ともフードを被っていたが、体型から察するに女のようだった。
(魔法か何かで気配を消していたようだが、甘いな)
数多もの戦場を生き抜いてきた俺にとっては目くらましにもならない。
それに、戦場は物量差が全てじゃない。それさえも凌駕する存在は少なからずともいるのだ。
だから――
「お喋りはここまでだ。お前ら、狩りの時間だ。まずはあのガキを殺せぇ!」
「「了解!」」
一斉に襲い掛かってくる5人の冒険者たち。動きからして男性陣二人が前衛、女性陣三人が後衛といったところか。
彼らは熟練した魔法と剣術で攻めてくる。
連携も取れているし、役割もしっかりと理解した機敏な動きだ。
だけど……
所詮は雇われ冒険者、連携は取れているが何人束でかかってこようが――
(俺の敵じゃない)
攻撃をことごとくかわし、一片たりとも隙を与えない。
後衛が魔法を打ち込む隙を狙っているんだろうが……動きが単調すぎる。
「くそっ、全然が隙ができやしねぇ」
「リーダー、ここは一端下がって――」
「うるせぇ! ここで下がったら報酬はチャラなんだぞ? こんな辺境の地まで来て帰れるかっつーの」
「でもこのままじゃ……」
「二人とも、今はそれどころじゃないのです!」
「そうよ、状況を考えなさい」
相手同士でいがみ合いが始まる。
こんな時に身内で戦闘だなんて、お気楽なやつらだ。
しかもあんなに隙だらけ。完全に俺への意識は消え去っていた。
と、なれば―――
「……悪い、少し寝ていてもらうぞ」
「「……!?」」
一瞬で相手の背後に回り、5人の首もとを軽く叩く。
「うっ……」
「ち、ちくしょう……」
バタバタと倒れていく5人の冒険者たち。そして彼らをロープで木に巻きつけ、捕縛する。
大丈夫、気絶させただけだ。殺してはいない。
まぁ、本来ならここで躊躇なく殺すとこなのだが――
「ゼナリオさーん!」
走ってくるは銀髪の美女。支配者の存在が喪失したことであの巨人も機能を停止したようだ。
「言われたとおり、捕縛しましたよ」
「ありがとうございます。お怪我は?」
「俺なら大丈夫です。リーリアさんこそご無事で何よりです」
ご無事、というよりは無傷。そこに立っていたのは鎧にすら傷一つない綺麗な彼女の姿だった。
(あの程度なら造作もないということか)
「ところでリーリアさん、彼らにはどのような処置を?」
「とりあえず城内に連れて行きます。それから審問官に経緯を聞いてもらう予定です」
「ですけど彼らの運搬は……」
「それなら心配はいりません。もう迎えの兵士は手配してありますので」
おぉ、さすがは一騎士団の団長様。仕事が速い。
ただ驚いたのは、戦闘中に見せていた彼女の顔はもうそこにはなく、いつものリーリアに戻っていたことだった。
ほんわかと優しい笑みを浮かべる人があんな顔をするなんてな……
(まず女性が戦地に立つこと自体、信じられないのに)
そんなことを思っているとリーリアは少し申し訳なさそうな顔をしながら、
「あの、ゼナリオさん」
「は、はい?」
急に呼ばれ、即座に振り向く。
するとリーリアは大きく頭を下方へ下げ、
「その……ありがとうございました!」
「え、え?」
いきなり感謝の意を示してくるので驚きを隠せず変な声が出てしまう。
すぐに頭を上げるようにいったが彼女は頭を下げたまま動かない。
「ゼナリオさんには助けられました。もしあなたが戦ってくださらなければ今頃どうなっていたか……」
感謝と共に俯くリーリア。彼女の表情からは団長という責任の重さ、それに戦う彼女の苦悩が垣間見える。
本当は自分が守らなければならないものを……そんな悔しさに近い感情が彼女からは溢れ出ていた。
そんな姿を見ると思い出したくもない過去が心の底から蘇ってくる。
そしてその瞬間、もしこんなことがもう一度起こったらという考えが脳裏をよぎった。
今回の一件で騎士団は多くの兵を失った。しかもこの国の騎士団の現状がまだ経験も乏しい若者が率いていて、地盤はガタガタ。
おまけにも物資も満足にない状況だ。今回は運良く切り抜けたが冒険者の話を聞く限り、また雇われ冒険者が何かしらの手段でフォルガナを襲うなんてことも十分にあり得る。
いずれにせよ、このままじゃ国が滅ぶのも時間の問題。
リーリアもそれを承知の上で長である自らも戦地に出る決意をしたのだろう。
俺だって元軍人だ。どんな絶望を強いられても民がいる限り、前を向いて戦わなければならない。
でも俺たちだって人間だ。どんなに強かろうが異端であろうが人間なんだ。
人には限界があるし、越えられない壁というものが必ず存在する。
でも絶対に超えられないわけじゃない。方法は一つだけある。
昔、俺の戦友がよく口にしていた言葉だ。
『人には乗り越えられない壁なんてない。どうしても無理ならみんなで乗り越えればいいんだ』
友をなくし、一匹狼だった俺には無縁の言葉だった。
でも今ならわかる。
騎士団はとてもいいところだ。見ず知らずの俺にも分け隔てなく接してくれて色々なことを教えてもらった。
いつも笑顔が絶えず、賑やかすぎて疲れるほどだ。
それでも……心地はよかった。今まで感じたことのない感情だった。
過去のせいで傷を負った心にゆとりを持たせてくれた。
だから今度は俺がリーリアの、騎士団のみんなの手伝いをしたい。
壁を乗り越えるための助力をしたい。そしてこの騎士団をもっと強くし、皆が誇れる場としたい。
次々と溢れ出てくる感情で俺の決意は固くなっていく。
心は――決まった。
「あのリーリアさん、いや団長!」
「は、はい!?」
大きな声で呼ぶ俺に目を丸くするリーリア。
俺は息を吸い込み、ゆっくりと吐く。
緊張感が漂うこの空間。
十分な間をおき、静かに口を開くと俺はこう一言。彼女に伝える。
「リーリア団長、俺を騎士団の一員に加えていただけませんか?」
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こんにちは、トレキンと申します。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
お知らせなのですが、この話を持って1章は完結となります。
次話からは2章の内容に入って行きますのでどうぞこれからもよろしくお願い致します。
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