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38.お手伝い
しおりを挟む「その辺に腰かけてちょうだい。仕事内容を説明するから」
そういうヴェルリールの指示に従い、俺は近くに合ったクリーム色のお洒落なソファに腰をかける。
ここは城内にあるとある部屋。
ヴェルリールが部隊長を務める経理運営部の仕事部屋だった。
周りを見渡すと、沢山の書類やら纏められたデータやらが至るところに置かれており、聞いてみればここにあるデータは過去50年以上に渡る騎士団の経営に関するデータが保管されているとのこと。
なので本棚にも本ではなく、バインダーで保管された書類たちで溢れてかえっていた。
「よいしょっと。はぁ~疲れた」
「仕事内容ってこれ全部がですか?」
「そうよ。今からこれを種別ごとに仕分けしてもらうわ」
とはいってもスゴイ量だ。
自分の目線ほどまでに積まれた書類の山が一つ、二つ、三つ……
とにかく半端ない量だと普通は思うはずなのに、この時は何だかそういう気にはならなかった。
恐らくあのリベルの時の書類攻めの影響によって、耐性が出来てしまったのだろう。
逆にこんな大量の書類の前で何とも思わない俺が怖くなってくる。
「じゃ、早速始めましょうか」
そういうとヴェルリールは上着のポケットから赤縁のメガネを取り出す。
「あっ、メガネ……」
「ん? ああ~私がメガネかけているとこみたことなかったっけ?」
不意に出てしまった一言にヴェルリールが反応する。
「あ、はい。とても似合っています」
「ありがとう。まぁ普段は魔法で視力を無理矢理上げているからメガネなんていらないのだけど、仕事をする時にはかけるようにしているわ。メガネをかけているとなぜか仕事に集中できるのよ」
「へぇ~そうなんですか」
何かのきっかけで気分が変わると他の行動にも影響を及ぼすとは聞いたことがあるが……
(彼女の場合、それがメガネをかけることだったってことか)
しかもすごく似合っているのが、彼女の美人さをさらに際立たせている。
その上なぜか分からないが、よりセクシーさが増した気がする。
なんか大人な女性がさらに大人になったというか……
ただメガネをかけただけなのに不思議なものだ。
(さて、気を取り直して作業するか)
と、そんな会話を経て、俺とヴェルリールの共同作業が始まった。
書類の仕分けと言ってもごく単純なもので、書類の種別に関しては色付シールで色ごとに分けられていたから、いちいち中身まで見る必要はなかった。
ただその代わり量が尋常じゃないくらい多いので、根気との勝負になりそう。
(またあの時の悪夢が蘇らなきゃいいけど……)
でも、冷静に考えると副団長はほぼ毎日同じような仕事をしているんだよな……
この経理運営部では下にいる者がデータを紙へ一枚一枚丁寧に書き綴り、ヴェルリールは種類に不備がないか厳重に確認し、それらを纏めるのが主な仕事らしい。
複数人でやっていたのならまだしも書類作成後の作業は全てヴェルリールが担当することになっており、湧くように出てくるその膨大なデータは二日三日で処理できるようなレベルではないとのこと。
ちなみにだが、ここでは騎士団のみのデータを纏めているわけではなく、地方に駐在するバンガード王国所属の他の騎士団の経理なども一挙に担っているらしく、王国全体の騎士団の情報がここに集結する。
要はこの経理経営部は他の騎士団を代表してデータを扱う、いわば国の軍事組織の核のような場所だったのだ。
(よく平気な顔して仕事できるな……俺だったらとっくにギブアップしてるぞ)
このヴェルリールという人も普段は少し変な感じの人だが、仕事に関してはとんでもない技量を持っている。
現に物凄い速さで書類が仕分けされている。その速さはリベルの時と同じように肉眼でも視認できないくらい。
まぁ、人間辞めてるよねって感じだ。
(ホント、この騎士団って人間的にはあれでも仕事はできる人ばかり多いよな)
そんなことを考えながら、暫く何も話すことなく、黙々と仕事をこなしていく。
そして時間を確認すると、もう二時間が経過しようとしていた。
「んんん……」
「あら、もう疲れちゃった?」
「えっと、ちょっとだけ肩回りが……」
「じゃあ、ちょっとだけ休憩しましょうか。私も目を休めたいし」
「すみません……」
「全然いいのよ。元々は私が付き合わさせちゃっているんだし……」
そういうとヴェルリールは「紅茶を持ってくるわね」と言って席を外す。
俺も少しでも早く作業を再開させようと深くソファに座り、休憩を取る。
「書類整理には慣れたけど、やっぱり疲れが残ってるな……」
普段の仕事に側近騎士の仕事、その上今度は部隊長としての仕事も追加される。
(再建計画のこともあるしな……)
まさに多忙。
もうこれから毎日休む暇も無くなるだろう。
最初の内は大丈夫だろうけど、時間の経過と共にバテてしまわないか心配だ。
「心身共に鍛えるために朝の鍛錬を少し長めにとろうかな……」
どうせなら生前の時のスタミナも同時に引き継いでほしかった。
子どもの身体に年相応のスタミナじゃ、正直キツイ。
何とか気力で頑張れてはいるが、前途多難な気がしてならない。
(魔力がそのまま引き継がれていることだけが唯一の救いだな……その代わり魔力を使いすぎるとすぐバテるけど)
「お待たせゼナリオくん。紅茶とお菓子持ってきたよ~」
「ありがとうございます、副団長」
ヴェルリールは洒落たマグカップを乗せたプレートをテーブルの上に置き、それぞれの目の前にマグカップを置いていく。
俺は出されたマグカップの取っ手を持つと、紅茶を一口含む。
「……ふぅ」
息を吐き、マッサージをしながら肩周りを少し解す。
ヴェルリールもメガネを外して紅茶を飲み、リラックスしていた。
すると、
「あ、そういえばゼナリオくん。リーリアから例の計画のことについては聞いたかしら?」
「例の計画……? ってまさか……」
「そう、再建計画の事よ。その様子じゃもう聞かされたみたいね」
会話の筋的に前々から知ってましたと言う感じで話をするヴェルリール。
副団長という立ち位置からか計画のことは認知しているようだった。
「知ってたんですか? あの計画のこと」
「そりゃ当然よ。なんだかんだ言ってあの子とは古い付き合いなんだから。それに、ゼナリオくんにこの計画を話したらって言ったのはこの私なのよ?」
「えっ! そうなんですか!?」
まさかの真実。でもどうして?
リーリアがヴェルリールに相談を持ち掛けたってことなのだろうか?
「何で俺なの~って顔ね」
「そ、それは……」
心を見透かされて戸惑う。
でも、俺の中でも疑問に思うところはあった。
理由は聞いたとはいえ、あまりにも唐突すぎるなって。
「ま、いずれ話そうとは思ってたし、いい機会になったわ」
「じゃ、じゃあ……」
「ええ、全て話すわ。その経緯を」
おふざけは一切なし。
ヴェルリールの表情は普段は見ないほどまでの真剣さを帯び、いつものようなセクシーでネチョっとした喋り方ではなく、ぎゅっと引き締まった声色へと変化する。
俺も目に力を入れ、ヴェルリールの目をじっと見つめていると、彼女はゆっくりと話しを始めた。
「これは、戦争が終結して崩壊寸前だった団をリーリアが引き継いだ時の話になるわ……」
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