転生した元剣聖は前世の知識を使って騎士団長のお姉さんを支えたい~弱小王国騎士団の立て直し~

詩葉 豊庸(旧名:堅茹でパスタ)

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55.レオスの指導

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「いいか? そもそも童貞ってのはなぁ……」
「お、おいレオス」
「ん、なんだ? 質問するにしちゃあまだ早いぞ」
「いや、そうじゃない。俺が言いたいのはそんなことを聞いて何のためになるんだってことだ」
 
 こう言うのも俺は物事を合理的に考えてしまう癖があるからだった。
 
 軍人のサガと言えばそれで話は終わってしまうのだが、具体的な理由を述べられば戦場では常に合理的かつ迅速な現場対応が求められるからである。
 
 まぁ一言でいえば、不要因子を省いて必要因子だけを残す戦い方というものを軍人には求められるということ。

 要するに戦場において目的にそぐわない行動は不必要だということである。

 別に俺は性に関してまったく興味がないわけではない。
 
 生物学上では俺もかれと同じ男性に属するものだし、前に相部屋だったとある男が軍に入る前にこっそりと持ち出してきた"卑猥な本"を見せてきて、情けないことに見入ってしまったという過去もある。

 だから決して関心がないわけではないのだ。

 それに、彼の言い分も少し理解できる。
 何故なら我らが居る駐屯所には女性の軍人が誰一人もいなかったからだ。

 性を持て余すとはよく言ったもので、時折どこからか嘆きの声が聞こえてくることもあった。

 性的欲求に忠実なのは別におかしな話じゃない。

 だがな、正直なところ……

(俺たちが今考えるべきことはそこじゃないだろ!)

 ……と、思うのが俺としての意見だった。

 俺たちは常に死と隣り合わせの環境に身を置いている。
 気を抜けば確実に死ぬのが俺たちの生きている世界なのだ。

 それに、もう一つ俺が快く思わないことがあった。
 それはこのレオスの発言がまるで生きる続けることを諦めたかのように聞こえたからだ。
 
 いつ死んでもおかしくないから生きている内に童貞を捨てたい。

 詰まるところ、彼はこのような考えのもとで童貞喪失願望を言っていると推測できる。

 が、それは同時に生きることを諦めたとも捉えることができる。
 
 俺の考え方が堅いのか分からないが、たとえ冗談でもそういう風に反応してしまう。
 
 コミュニティーが崩壊したあの日から、俺は生に関して敏感になっていた。
 
 戦争が終わり、生き残って帰れたのなら女を抱く機会なんていくらでもある。
 なのにお前は生きることよりも性的欲求を優先するのかって、そう思ったからこその発言だったのだ。

 ……と、こんな思惑が俺の脳内を駆け巡っている時にレオスは、

「な、何のためって。そりゃあもちろん、今後のお前のためさ」
「俺のため?」
「ああ、そうだ。さっきの反応を見る限り、お前は自分の置かれている立場を理解できていない。このままじゃヤバイとも知らずにな」
「な、なんだと?」

 余計なお世話だと言えば話の決着はつくのだろうが、何か含みがあるように言われてしまうと先が気になってしまう。

 確かに俺は他人と比べれば性の知識は乏しいさ。
 
 だけどそれが俺の今後と何の関係が……

「ふん。その顔だとなぜヤバイかすらも理解できていないようだな。まったく、お前はエロスを何だと思っているんだ」
「いや、別に何とも思っていないんだが……」
「ま、俺は親切な男だ。今回だけは特別に教えてやる。何も知らぬ者に知恵を与えるのも知識人の役目だからな」

(む、無視かよ。しかも自分のことを知識人って……)

「じゃ、早速だがお前にはエロスがどういうものかを知ってもらおう。それを知らないと童貞であることがいかに罪深きことなのか理解できないからな」
「……そ、そうなのか?」
「そうに決まってんだろ! まずエロスがなければ生命は誕生しないんだから」
「は、はぁ……」

 適当に聞き流し、適当に返答する。

 もう何だかいちいち反応するのも疲れてきた。
 ここはいっそ諦めて彼の話を聞くことにする。

(はぁ……なんか熱く語り始めたし、長くなりそうだな)

 その予測は見事に的中し、俺はこの後、完全に日が落ちる時まで彼の熱弁に付き合うこととなった。

 で、長々と彼に性的知識を教え込まれ数時間後。

「――という理由があるから童貞であることは罪なのだ。どうだ、少しは自分の立場の危険性を理解したか?」
「あ、ああ……した、かもな」

 すまん、レオス。全く理解できなかった。
 むしろ眠気の方に気を取られて話が全然入ってこなかったし。

 だがレオスは満足そうな笑みを浮かべて俺の肩をバシバシと叩く。

「そうかそうか。ならばこれでもうお前は大丈夫だ。これからは気に病むことなく生きていくことができるだろう」
「お、おう……そうか」

 別に初めから気に病んでなどいないのだが……というツッコミはしないようにする。
 また面倒なことになりかねないし。

「……にしても、お前は何でそこまで童貞を捨てるのに拘るんだよ。別に今じゃなくてもいいだろ」

 溜息を漏らしながらそう聞いてみると彼は突然、

「そりゃあ夢だからに決まってんだろぉぉぉ!? 恥ずかしいこときくなよっ!」

 唐突に大声で性的な願望を求める理由をまき散らすレオス。
 生憎周りには人は誰もおらず、第三者に聞かれることはなかったが、なんかすごく恥ずかしい気分になった。

 俺は彼の一言にすぐに反応し、

「は、はぁ? 夢だと?」
「おうよ。俺には20までには童貞を捨てたいという夢があるんだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 自信満々に胸を張りながらそういうレオス。
 だが俺からすればあまりにも中身のない夢に少し驚いてしまった。

 まさか性的欲求を満たすことだけのことを夢と称すなんて……

「お前、夢って……。しかもこんな時によくそんなことを大声で口にできるよな」
「悪いかよ。男なら当然だろ?」
「当然って……」

 もう、なんか何を彼から学ぼうとしていたのかすらも分からなくなってきた。
 ただ、少なくとも俺は”当然”だとは思っていない。

 これだけは言える。

「俺は絶対に相手を見つけて童貞を捨ててみせる。だからレオス、お前も俺と一緒に童貞を捨てる努力をしようぜ! な?」
「あ、ああ……そうだな」

 もうこの時の俺の返答には何の意味もない。
 ただただ、相手に合わせて言葉を発しているだけだった。

(はぁ……この意欲を目の前のことに向けてくれれば助かるんだけどな)

 そう心の中で思いながら、俺は彼の話を頷きながら聞き流す。

 こうして、俺はレオスと共に童貞を捨てる努力をすることとなった。

 多分この環境から抜け出さない限り、未来永劫そんな日はこないだろうと、そう思いながらも。
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