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56.最高の夕飯と……

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 テント張りが終わり、辺りもすっかり暗くなった。
 
 そんな焚き火の灯が必須になり始めた頃、俺たちはさっきの男に呼ばれて、とあるテントの前まで来ていた。

「よう、お疲れさん。外で話すのもあれだからとりあえず中に入れ」
「あ、はい……」
「お邪魔します!」

 俺たちはテントの中へと導かれ、ランタンとテーブルしかない空間に腰を落ち着かせる。

「ま、何もないが飯くらいは食っていけ。は特別だ」

 そう言って男は外から持ってきた鍋をテーブルに置き、蓋を開ける。
 すると中には温かいシチューが入っており、美味しそうな匂いが一気にテント内に充満する。

「ふぅ……今日も美味そうにできたな。ほらよ」

 男は紙で作られた使い捨ての食器にシチューを盛り、俺たちに渡してくる。

「ど、どうも」
「ありがとうございます!」

 レオスはシチューを受け取るなり、ガツガツと口の中に運んでいく。
 もちろん、顔に巻いた布は取るわけにはいかないので上手い具合に外して食べていた。

「お、おい……飯の時くらいターバンは取れよ」

 ま、マズイ! 一番突かれてはいけないところを……

「い、いや……俺たち重度の冷え性でして……」
「そ、そうなんですよ! これがないと凍死しちゃう……なんつって」

 おい、レオスそれは流石に言いすぎだって!

 と、思ったが男は何も不思議な顔を見せず、

「ほう……そこまでなのか。うむ、なら仕方ないな!」

(え、えぇ……今ので納得するのかよ)

 この人がアホなのかレオスの嘘を言わないような雰囲気が功を成し得たのか誤魔化すことに成功・
 そしてレオスは何事もなかったかのようにシチューを口に運んでいた。

「うっひょー! めっちゃうめぇ! ほら、ゼナリオも食えよ。すんげー旨いぞ!」
「あ、ああ……」

 すげぇ……食いっぷり。

 でも、俺はまた別の意味で食うことに躊躇していた。

 だって不自然とは思わないか?

 勘違いされているとはいえ、俺たちは一兵士に過ぎないのにここまで特別扱いをしてくれるなんて……

 それに胸元から下げられている勲章の数をみる限り、この人はだいぶ高位に位置する軍人だと推測できる。

 最低でも俺と同じような下士官クラスの人間ではない。

「ん、どうした? 食わんのか?」
「あ、いえ……」

 何とも言えない表情を見せる俺に男は、

「ん、ああ……お前、さてはそのシチューに何か仕組んでないかと疑ってるんだな?」
「えっ? い、いや俺は……」
「ガッハッハッハ! 別に隠さんでもいいさ。俺たちのいる環境は疑心暗鬼の心を持たないと生き残っていけないからな」

 男は笑い飛ばしながら、そう言う、

「でもよ、心配するな。俺は絶対にそんなことはしない。詰まるところ特別扱いに関して疑いを持っているんだろう?」

 図星である。
 
 確かに他人からの良心を無碍にするのは心が痛む。
 だが俺たちの住む世界はその良心を用いたり、相手の良心につけ込んだりして対象を陥れるというのが日常茶飯事なのだ。

 それは敵だろうが味方だろうが関係ない。

 自分にとって邪魔になるような奴がいれば容赦なく人を殺す。
 戦争で殺すことに抵抗も持たなくなった人間なら何らおかしな話ではない。

 実際に俺の周りにもそんな事件があった。
 殺し殺されが当たり前の環境。

 所謂、精神欠陥による共食いってやつだ。

 だからこそ、俺は警戒していたのだ。この状況に。

「んなこと、どうでもいいだろ。早く食わねえと俺が貰っちまうぞ!」
「お、お前なぁ……少しは遠慮しろって」

 気がつけばレオスはもう三杯目に突入していた。
 相当お腹が空いていたのか知らないが、とんでもない勢いで食している。

 そんな姿を見ていると、俺もお腹が……

 ――ぐぅぅぅぅ~

「……あっ」
「ん、今の音はお前か?」
「あ、いや……」
「心は疑っていても身体は正直なんだな」
「……」
「大丈夫だ。俺を信じろって。お腹空いてるんだろ?」
 
 正直な話、滅茶苦茶腹が減っている。
 その証拠に口内に唾液が次から次へと溢れ出て止まらないくらいだ。

(……この人なら、大丈夫か)

 遂に俺も自らの疑心を跳ね除け、シチューを口に運ぶ。
 すると……

「う、旨い。なんだよこれ……」

 衝撃的な味だった。
 こんな上手い飯、軍隊にいて初めて食った。
 
 食材はジャガイモと人参、そして駒切にした鳥肉だけというシンプルなものなのにまるで高級料理を食べているかのような感覚だった。

「旨い……旨すぎる!」

 手が勝手に動き、もう自制心では止まらなくなっていた。
 俺はレオスよりもさらに勢いよく、貪るように食いつくし、二杯目を貰う。

「はっはっは! そうだろそうだろ? 俺の作るシチューは世界一だからな!」

 男は高笑いをしながら、俺たちの肩をバシバシと叩く。
 そして二人で突きまくった鍋はあっという間になくなり……

「ふぅ……旨かったぁぁ」

 レオスはご満悦にシチューで膨れ上がった腹をポンポンと叩く。

「ごちそうさまです。とても美味でした」
「おう! 満足したか?」
「はい」

 最高だった。
 マジで毎日食いたいと思うほどの絶品シチューで是非ともレシピをと言いたいくらいだった。

 それにこの人も良い人そうだし、居心地も良かった。

(何か久々だな。この感じ)

 コミュニティがあった時のあの楽しいひとときと似たような感じだった。
 
(くそ……)

 だがそれと同時に嫌な記憶も蘇って来る。
 
 やはり戦争なんて……

 そう考えていた時だった。

「……さてと、じゃあ腹も膨れたことだし、そろそろ本題に入るか」

 男が両手をバシッと合わせながら、そう言った。
 するとレオスが、

「ほ、本題?」
「おうよ。俺がここに呼んだのはお前たち二人に用があったからだ」
「えっ、そうなんですか?」
「当たり前だ。ここは一応将校たちが住まうための特別なテントだからな。それに言っただろ? お前たちは”特別”だと」

 俺はそう聞いた時、何かを悟った。
 
 確かにこの人は俺たちをテントに入れる前に『お前らだけは特別』と言っていた。
 ということは初めから何かを聞き出すために俺たちをここに呼び寄せたということだ。

(何か聞き出す……俺たちに……? ま、まさか……!)

「おい、レオス。構えておけ」
「えっ? なんで?」
「いいから……」

 俺は小声でレオスにいつでも臨戦態勢を整えられるようにしておけと伝える。
 するとどうやらそのやり取りを男に見られたようで、

「ほう、気づいたのか。坊主」
「ああ……さっきの貴方が放った言葉で俺たちを呼んだ意図がはっきり分かりましたよ」
「え、え? な、なによ二人とも。何がどうなって……」
 
 阿呆なレオスはもちろん、この状況を察することができていなかった。
 俺はレオスに聞こえるようにその意図を説明した。

「初めから分かってたんだよ。この人は……」
「初めから……? な、何をだよ……」
「正体さ」
「しょ、正体?」

 まだ首を傾げるレオスに俺は、

「ああ、この人は分かっていたんだ。俺たちが初めからこの軍の兵士なんかじゃないってことをね」
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