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第三章 【誓】
楽しんでますか
しおりを挟む──私が居たら……勝てない……──
「えっ?」
「あ、いやなんでもないよー。さぁ最終セットもがんばろー!」
「はい!」
心ではわかっているが、頭の片隅に残る夢の言葉。
──あなたが居たら団体戦で勝てない。
海香は中学に上がって一度も団体戦で勝ったことがない。それ即ち、海香が団体戦に出れば、必ず負けが一つ付いたという事実。
──第五セット──
夢叶ペアは、第四セットに続き、徹底的に和子を責め立ててきた。
【2ー3】
自分が狙われているのが分かっている和子だが、来る球を打ち返す以外に無い。練習通りに、必死にボールに喰らい付く。
海香のドライブ──
美しい弧を描くループドライブ。
いつもの様に、相手のコート奥ギリギリに突き刺さる──筈だった。
【3ー5】
さっきまでとはどこか違う。
そんな空気が漂い始めた最終セット。
「団体戦の原海香は終盤に必ず崩れる」
「そこに合わせて精神的に揺さぶりをかける」
「「ちょろいね」」
海香の息があがる。
疲れのせいではない。
精神的な弱さが顔を出そうとしている。
──引っ込んでてよー! 私は……夢を叶えるんだから。おかーさんが待ってる。皆が期待してる。負ける事を恐れている場合じゃないんだ。勝たなきゃいけないんだ。だから──お願いだよー」
【4ー6】
気持ちと反して、またしても外れる海香のドライブ。より繊細なコントロールの求められるドライブマンにとって、この差異はとてつもなく大きい。
なおも続く海香の失態。
思うように動いてくれない身体と、削ぎ落とされそうな心の葛藤。
【4-7】
そんな試合の中盤、和子が台下から大きくラケットを振り上げた。
これまでよりも高く、かつてない程大きなロビングボール。
力一杯振り抜かれたボールは、ぐんぐんその高度を上げ天井にぶつかりそうなまでに打ち上がった。
「た……高けぇ……桜、これどうなっちまうんだ……!?」
「知らないよ……私もこんなの見た事ない」
「おいおい……ちゃんと相手コートに入んのかよ!?」
「わかんないって!」
念珠崎ベンチから見ても異質の打球。こんなに高く打ち上げて、ちゃんと相手コートに収まるのだろうか──
落下地点を読み身構える夢と叶え。
スイングした瞬間は見えなかった。
この打球にもなんらかの回転がかかっているかもしれない。前回転か後ろ回転か、はたまた右回転か左回転か──
「叶! 後ろ後ろ! 後ろに下がって!」
「オーケー」
「あ、いや、前……前だ……前につめて、叶!」
「えっいや、どっち!?」
「前っ前だよ!」
位置エネルギーを蓄え、勢いよく落ちて来たボールには前進回転がかけられており、迷いが生じ中途半端な位置取りになった叶の頭の上を大きく越え、遙か向こう側まで跳ねて行った……
【5ー7】
──あ──ッ出鱈目な卓球して、このトーシロが──ッ──
あまりの珍事に会場はザワついた後、大きな盛り上がりを見せた。
そしてやってやったとばかりに、和子が大きな笑顔を弾けさせた。
「海香先輩、楽しんでますか?」
──────ッ
本人は大真面目のプレイだったが、会場の笑い混じりの反応とどよめきに、和子があわあわと困惑している。
「くっくくく……あはははーっ」
「むぅ。海香先輩まで笑ってー。和子はこれでも一生懸命なんですからね!」
「あーははっ、ごめんごめん。ふぅ。お腹痛い……いやー、別にバカにしてる訳じゃないんだよー。なんか、すっごい楽しいなーって」
「そうです! やっぱり卓球は楽しくやらなきゃですよね!」
「そうだよねー。ありがとう、わっ子ちゃん」
──なんだかなー。私ってばつくづく弱い人間なんだなー。いくら明るく振る舞ってても、心のどこかで怯えていたんだ。
わっ子ちゃんに言ってた言葉は、全部自分に言ってあげたかった言葉だ。
ただ、卓球を楽しむだけで良かったのに──
叶のスマッシュ!
すんでのところで和子がそれを交わす、と同時に振り抜かれた海香のカウンタードライブは、風切音と共に夢の横を通り過ぎた。
【7ー7】
──わっ子ちゃんのロビング。
笑っちゃうくらい高い。
こりゃ合わせるのも大変だよー。
相手もあの手この手で勝ちに来る。
褒められないところもあるけど。
それだけ必死で向かってきてくれる。
真剣勝負。
緊張感。
楽しい。
勝ち負け抜きにして
ただ単純に卓球が楽しい──
海香の対角線に送るバックドライブ。
角度、速さ、回転量、その全てが申し分無い。
【9ー7】
──少し先の未来を変えていく。
切り開くんだ。このドライブで──
【10ー8】
見守る念珠崎ベンチも色んな意味で気が気では無い。
これに勝てば、ダブルスとは言え海香の団体戦初勝利となるのだ。
夢叶ペアからも負けられない想いが伝わってくる。終盤の粘りは驚異的だ。
が──、
最後は海香のドライブが相手のラケットを弾き飛ばした所で勝負がついた。
【11ー9】
「ゲームセット。セットカウント3ー2となり、勝者、原&小岩川ペア!」
審判のコールと共に明暗がくっきりと分かれた。
肩を落とし、力無く最後の挨拶を済ませた夢、叶は、さっきまでとはまるで別人かのように元気無くベンチに引き下がって行った。
これでゲームカウントは【2ー1】
念珠崎が決勝戦にリーチをかけた。
海香の団体戦初勝利もあって、念珠崎ベンチはちょっとした興奮状態にあった。
「海香、わっ子! お疲れ様! やるじゃねぇか!」
「あ、ありがとうございます! えへへー。でも、九割九分、海香先輩のお陰なんですけどね」
和子自身、心からそう思った言葉だったが、海香もまた、九割九分和子のお陰だと思っていたため、思わず苦笑いをしてしまった。
「いよいよ次勝ったら決勝だぜ……あぁなんか、急に緊張してトイレに行きたくなってきたぜ……」
「もぅ。だからさっき行っときなって言ったのに。今日まだ一回も行ってないでしょ?」
「んなこと言ったってよ、出ねぇ時に行ってもしょうがねぇだろ……」
「子供じゃないんだから。世話の焼けるキャプテンだね」
まひると桜のやり取りに、チームは笑いに包まれた。
雰囲気はいい。
あともう一つ勝って決勝の舞台へ──
この後の第四試合はすぐに始まる。
次の試合は、いま戦ったばかりの海香の連戦だ。
「海香、疲れとか大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよー! 今すぐに試合をやりたくてウズウズしてるよー! 私の事より、まっひーはトイレの心配した方がいいんじゃないかなー?」
「なっ、てめぇ! もういい! 早く行ってこい!」
例え本当にまひるが自分の事を嫌ってたとしても、まひるを好きな気持ちに変わりは無い。と思いつつも、やっぱり海香は嬉しかった。
「んじゃー、行ってきまーす」
フルセットのダブルスが終わったばかりとは思えないテンションで、海香が第四セットに向かって行く。
対するは風北のキャプテン『川端未来』。
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