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第三章 【誓】
ハーモニー
しおりを挟む──第三セット──
『斉唱』
これは、同じ音階をみんなで揃えて歌うという方法だ。
『重唱』
これは、主旋律に対して違う副旋律を重ねて歌うという方法。
「主旋律はわっ子ちゃんが歌ってねー、私はハモリに徹するから」
「ええっ、わ、私が主旋律ですか!?」
「大丈夫大丈夫ー、わっ子ちゃんは、自分の思うままに奏でればいいんだよー。私がそれに上手く合わせるから」
ここまで全く息の合わなかった二人。
それは互いが相手を気遣うあまり、結果として逆効果となっていたのが現状だ。しかしここからは──
和子はシングルスをやる様に自由にプレイをさせ、海香がそれに合わせに行く。
二人が互いに動きを合わせるより、一人がサポートに徹した方が良いという、海香の判断。
「行くよー」
「はっはい!」
海香のサーブ。
美しい純回転の、伸びのあるボール。
あまりの伸びにサーブを受ける叶は、思わずそのボールを緩い浮き球で返してしまった。
このボールなら例え和子だとしても返すのは容易である。
和子は思い切って、そのボールをラケットで叩いた。
夢もそう易々と得点をゆるすわけにはいかない。コースを読み、叶と即座に体を入れ替え、スマッシュに対応して見せたが、そこに待っていたのは海香のドライブ。
かなり離れた所から飛んできた、強烈なスピンのかかったドライブが叶のラケットにぶつかりミスを誘った。
「もー! このドライブやめてほしい!」
【1ー0】
来ると分かっていても取れない、海香のドライブ。
叶の文句も多くなる。
通常ダブルスは、前後もしくは左右交互に選手が入れ替わるやり方が主流だが、第三セットに入ってからの、和子海香ペアのフォーメーションは──、
前に張り付く様に和子が居て、その後ろで海香が構える。常にこの形を保つ様な動き。
海香は和子の動きに制約をかけない様、極力後ろの位置をキープし続けた。
【2ー1】
それでも試合が成立するのは、海香のドライブがあってこそ。
大勢十分に打ち込まれてくる海香のドライブは脅威的だ。
その技術を目の当たりにした和子は、改めて海香の凄さを思い知らされた。
──す、凄い……海香先輩って本当に凄いんだ……私の元に帰ってくるボール、本当に取りやすい。それだけ海香先輩の、あの距離からの攻撃が強烈なんだ──
【3ー1】
──私が下手なのは……始まる前から分かってた事なんだ……何もできないのは当たり前で、私に出来る事なんて、本当に少ないんだ──
【5-3】
──どんなに頑張ってもミスをする……でも、出来る事をやるしか無いんだ……出来る事を……私に出来る事、練習してきた事──
和子の横をすり抜け、白球が落ちそうになったその瞬間、和子は後ろ向きのまま、それを救い上げる様に拾い上げた。
和子の代名詞、ロビングボール。
高く上がったロビングが夢の元へ落ちてくる。
直後を狙うか──
跳ねた後を狙うか──
迷った末に、夢はそれの跳ね上がりを狙ってスマッシュを打ち込んだ。
その直後に返ってくる海香からのスピードドライブ──、
とここで、今まで無かった事が起きた。
完璧を誇った夢、叶ペアの体が僅かに触れ合ったのだ。そして、その影響からか、叶はそのボールを返す事ができなかった。
【6-3】
「ごめん夢、上見てて」
「ごめん叶、上見てて」
高く上がったロビングを目で追うあまり、お互い相方の姿が一瞬視界から外れ、反応が遅れたのだ。
ロビングボールに、嫌でも目が上下に釣られる。そしてそこからの海香の前後左右に動くドライブ──、
【8ー4】
【10ー5】
「おい桜、アイツらなんかすげぇぞ」
「前後上下左右。これだけ揺さぶられたら相手もキツいだろうね。まるで3D攻撃だね」
体格も技術も性格も違う、二人の奏でるハーモニー。絶妙に響き合う即興の旋律。
ならばと、夢の打球。
海香を前に引き出す、手前に落とすバックスピンの効いたカットボール。
海香は、まるでそれを待っていたかの様に勢いよく前に出て、卓上ドライブを打ち込んで勝負有り。
当然、こういうボールが来るのは織り込み済みだった。
【11ー6】
セットカウント【1ー2】
──第四セット──
海香のドライブ攻撃が尽く相手のミスを誘い続けた。
「夢、またドライブだよ!」
「わかってるよ──、あ……」
ナックルドライブ──ッ
──こんなのもあるのか……ちょっと攻略するのは難しいかも……──
【6ー3】
「ごめん叶、やっぱり上手いよ……あの子。私達じゃ……」
「そうだね……でも、私達は絶対ここで負ける訳にはいかないよね。例えどんな手を使ってでも、勝たなきゃいけないんだから」
「うん……そうだよね。よし、失点を抑える事より、点を取る事だけ考えよ!」
夢、叶ペアは、海香のドライブを返す事より、相手の弱みである和子を徹底的に潰しにかかった。
徹底的に──
ひたすらに和子目掛けてボールを飛ばし続けた。
【9-6】
なんでもないボールでも、和子はミスをしてくれる。
そして、稀に和子の体が邪魔になり、海香の攻撃も曖昧なものとなる。
徹底した和子狙い──
【11ー8】
その作戦をなんとか乗り切り、このセットを奪い切った和子海香ペアが連取に成功した。
セットカウント【2ー2】
「──もう少しだったのに……そのハリボテコンビに不協和音を響かせてやる……」
そしてコートチェンジ。
夢はここぞとばかりに海香に精神的な揺さぶりをかけた。
「あんたチームメイトに嫌われてるんだってね。さっき偶然、そっちのキャプテンがトイレで話してるの聞いたんだよね。あなたが居たら、団体戦で勝てないってね。可哀想に」
「────?!」
──知っているんだよ、原海香。あんたが精神的に弱いって事を──
そして始まる第五セット。
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